アナリーゼというのは、楽曲分析の事である。 「のだめカンタービレ」では、主人公が海外に渡って以降、この用語が屡登場する。普通に日本の音大でもやると思うのだけれど。 私はピアノを弾くのは好きだったが、楽典もアナリーゼも嫌いだった。どちらも音楽の専門教育を受けるには避けて通れない道なので、受けなくて良かったと思っている。 音楽が美しければそれでいいじゃん、作品をパーツに分解して捏ね繰り回して何になるのさ。 そう思っている性質なので、文学作品に関しても、物語が書かれた背景なんかどうでもいい、肝心の物語が面白いかどうかが私にとっては重要であった。
無料だったので、タブレットにダウンロードして、「山月記」を読んでみた。 高校国語の教材にもなっている人気小説らしいが、正直何が面白いのか、私にはわからなかった。 カフカの「変身」の虎版でしょ?ぐらいの感想しか持てなかったのだが、それを言うと、知り合いの国語教師に全否定された。 「ええっ、『山月記』、面白いのに! 『変身』は、主人公は芋虫になってしまったけれど彼の心は変わっていない、そして彼の姿が変容してしまった事で家族をはじめとする周囲が変わっていく様子を描いたもので、『山月記』は全く別物なんだよ」 から始まり、 物語を主人公ではなく友人の視点で見るとどう変わるかとか、「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という表現から主人公の心を分析するとか、 物凄い熱弁を振るわれてしまった。 「この話は、作者が死んだ年に発表されているんだ。僅か33歳でこの世を去った中島敦がどんな気持ちで書いたか、もうすぐ自分が人間でなくなってしまうという主人公と重ね合わせる事で、色んなものが見えて来る。 小説は文章だけでなく、書かれた背景を知る事によって、更に深みを増すんだよ」 私は常々、作者と作品とは分けて考えるべきだと思っていたが、作者を知る事で作品がより面白くなるという事もあると、初めて知ったのであった。
さてこの国語教師、音楽系の部活の顧問もしているのだが、何故その情熱を音楽に対して傾けないのかと、残念に思ってしまった。 分析以前にせめて、オリジナルの曲を生徒に聴かせるぐらいは、最低限やった方がいいと思うの。
2015年06月09日(火) |
医療費の無駄遣いを目撃 |
出かけた序でに気が向いたので、ふらりと駅前の中華料理屋に入ってみた。 個人でやっている小さな店だが、味は悪くない。 店内は少し煙草臭かったが、なるべく煙の来ない席を選んで腰を落ち着けた。 私の席から店内の対角になる所に、鼻に管を着けた男性がいた。足元には、ボンベの入った鞄が置いてあるので、呼吸器疾患の患者だと思われる。 しかし、彼の向かいに座っている連れの男性は、煙草をスパスパ吸っているのだ。これには驚いた。 そして時々咳き込むボンベ付き患者。 連れなのに、何の配慮もしないのか……やはり喫煙者は総じて自己中心的なクズである。 あーあと思って見ていると、なんと、
ボンベ付き患者も煙草を吸い出した。
そして当然だが咳き込む。 馬鹿なの?死ぬの? 寧ろ死ねよ。 医療費を無駄遣いしてんじゃねーよ。 そんなに煙草吸いたいんなら、もう病院行くなよ。
やはり喫煙者は総じてクズであると確信した出来事であった。
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