天上天下唯我独尊

2016年04月18日(月) 宗教と日本人

主人が先日、知り合いの子供に会ったそうだ。
以前から優秀だったが、現在は某旧帝大の学生で、海外の留学先から帰国したばかりという事もあり、土産話を聞かせてくれたという。
外人は、大抵何かしらの宗教の信者である。
留学先は中東で、イスラム教徒の学生が多かったそうな。
日本では政治と宗教と野球の話はタブーと言われるが、当然向こうは違う。
「君はどこの信者?」と訊かれたので、特に信仰している訳でもないけれど、無宗教だと答えると色々と面倒らしいと聞いていたため、取り敢えず仏教徒だと答えると、そこからが大変だった。
「仏教徒は仏像を拝むんだろ? 偶像崇拝イクナイ!」に始まり、あれやこれや宗教議論を吹っ掛けられたという。

そもそも、仏教は宗教ではない。神を信じて崇拝するものではなく、どのように生きるべきかを説いた哲学である。
仏像は仏の像、つまり悟りを開いた仏陀の像であり、神ではないから偶像崇拝ではない。
信者は彼のように悟りを開きたいと願うから、仏像に頭を下げるのだ。師を敬って頭を下げるのと同じである。
大体、お前んとこのイスラム教が偶像崇拝を禁じているからって、その価値観をこっちにまで押し付けんな!
人間50年も生きればそれぐらいの知識というか雑学は身に付くものだが、未成年の彼には無理であった。
宗教なんて興味無いから知識も無いし、面倒だから仏教徒だと答えただけなのに、こんな事になるなんて。
正直、クッソ面倒臭え……!と思ったそうである。
そしてしみじみ思ったという。宗教に関して曖昧な日本は、なんて素晴らしい国なんだと。

最近の若者は内向きで、海外に出て行こうという気概が足りない!と若者の気質を心配する声が老人から聞かれるが、若者の気質の問題だけではないと、彼等は何故気付かないのだろう。
日本ほど、食べ物が美味しくて治安が良くて衛生的な国は無い。
レストランでチップを取られる事も無いし、言葉も通じる。これ以上の国は無い。
寧ろ、海外が以前ほど魅力を持たなくなったという事ではないのだろうか。
知らない子だけれど、彼が若いうちに外国に行って、日本の素晴らしさに気付けて良かったと思った。



2016年04月17日(日) 災害と日本人

東日本大震災の時もそうだったが、天変地異が起こると、人はこれを天罰や神罰と捉えてしまう事がある。
しかし世界を見渡せば、個体差はあるものの、日本人ほど大人しくて、非常時でさえ秩序を守ろうとする民族は珍しいという。
海外では何かあるとすぐに、混乱に乗じて暴動やら略奪やら放火やら始まるらしい。日本人としては考えにくい事である。何故そうなるのか、理解に苦しむ。
普通に考えると、日本より民度の低い国は幾らでもある。罰を下すなら、そちらが先だろう。
以上の事から考えると、天災が天罰であるとは考え難い。
逆に、天災が多い日本では、罰が当たらないようにと人々が行動した結果、こういう気質になったとも言えよう。

などと、熊本地震に関連して、色々と考えてしまった。
一神教は高等宗教であるという人もいるらしいが、一神教を信じている連中が果たして高等であろうか。寧ろ荒唐に思える。
エクアドルでも大きな地震があったけれど、日本のような耐震基準とか、地震に備えるシステムは、他の国ではなかなか広まらないのだろうな。
神様は、彼等に何をしてくれるのだろうか。


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