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『人生、一度きりよ』
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電車の中でこんな広告を見つけた。
「ガーデニング霊園」
ええっ! っと思ってまじまじと見る。 写真の中にはきれいに区画されたお墓とそのまわりを色取る花々が写っている。 赤いのは薔薇の花かな。ふーん、行ってみたいな。
と、なんとなく思ってしまい、自分で自分にびっくりした。 たしかにきれいだけどさ。でもなんかちょっとグロいよね。
だって「桜の樹の下には・・・」って昔からいうじゃない。 この設定でホラー小説が一本書けそう。
今日は「伽藍とバザール」を読み終わって(と言っていいのだろうか? コンピュータの用語が多すぎて、わからない部分が多すぎた。でも有益な書でした)、 とあるモンゴルの詩人、ボヤンヒシグが日本語で書いた「懐情の原形」を読んだ。
詩とエッセイ。紙がなぜか分厚くて、すこしざらついている。軽いんだか重いんだか分からない質感(たぶん軽いのだと思うけど、確信が持てない)。
モンゴルのある地域では、手紙のことをプレゼント、と言うそうだ。 たしかに手紙ってもらうと嬉しい。それが思いがけない人からだと、なおさら。
仕事のしすぎで眼がしょぼしょぼ。 って言いながら日記書いてるのって、なんかイイ。
では。 あ、オートバイまであと2日!
| 2001年09月19日(水) |
「電話でやさしい前向き」なモノとは |
きのうのつづきをちょっと。
週刊文春、そしてテレビ朝日もいつのまにやら「ビンラディン」派。 でもなぜかAERAは「ラディン」派。 そんだけ。 もうこの話題はおわりにします。
さて、さいきんは山形浩生を読んでいる(こういう言いかたって、よく使う用法だけど、考えてみるとへんな日本語だね。だって「山形浩生」本人は読めないじゃん。もちろん会ったこともないし、顔も知らないのに)。
先週「新教養派宣言」を読んで、きのうは「山形道場」、んでもってきょうは「伽藍とバザール」(あ、これは翻訳&解説ね)を半分ほど。
気に入ると固め撃ち体質なので、このあとは「CODE」(これも翻訳&解説)を読もうと思ってる。
先月は素樹文生を読んだ(このひとは顔は知ってる。本に著者近影がついてたから)。いろいろなことを考えさせてくれた。たとえば「名前をつける」という行為についての歴史的な意味合いとか。 あ、言っとくけどそんな内容は作品のどこにも書いてないよ。 良い作品と言うのは、読者にいろんなことを想像させるものなのです。
そういえばきのう電車の中吊り広告でこんなのを見た。 「電話でやさしい 前向きキャッシング」
「やさしい」ってのは、たぶん「易しい」と「優しい」をかけてるんだろうね。 (それも意味不明だけど。そもそも「優しい」ってどういう意味でつかってんの?) で、「前向きキャッシング」ってのはナニ? 留学費用とか自己啓発費用を想定してんの? 夢をかなえる、とかそういう用途になら金利は安くしてくれんの?
キャッシングはキャッシングだろ。 つーか借金だろ。 前向きでも後ろ向きでもそれは同じこと。
そんなニセモノの言葉をつかってると、いつか言葉に返り討ちに遭うよ。 言葉って、それくらい危険でやっかいで、でもだからこそ魅力的なものなんだと思う。
では、また明日。
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