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『人生、一度きりよ』
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ラジオやテレビからいろんな歌が流れてくる。 そのひとつひとつに大なり小なりの好き嫌いがある。 メロディが美しいのは必須条件。その好悪はけっきょくは歌詞で決まる。 まあストライクゾ〜〜〜ン(トリック2の見すぎ)、というかツボがどこにあるか、ということなのだろう。
で、自分の場合、歌詞のツボがどこにあるのかと考えたら、
1.ドラマ(ストーリィ)性がある 2.自分のことが主体である 3.感情を言葉で伝えていない
ということに思い当たった。
よく恋愛の歌であるような「君こそすべて」的な歌詞は嫌いなのねん。君とぼくだけで、ほかになにものも存在しないかような歌詞がさ。 だったら、その「君」がいなくなっちゃったら、どうするわけ? とか、ぐるぐる考えてしまうのねん。いや、いらん世話だろうが。 つまり、そこにはドラマがないわけよ。だって登場人物2人だもん。しかも愛し合ってるんだもん。「愛、あなたとふたり」なワケよ。 だからそこには、そこはかとなく「相手次第」感がただよい、主体性がないどころか相手と同一化してしまっているようにすら感じられる。
で、ちなみに私が好きな歌をひとつ選ぶとすれば ちあきなおみ『喝采』。 名曲であーる。
なおみ、カムバック!
| 2002年02月24日(日) |
昼寝をすると罪悪感にかられるのはなぜだろう |
今年最大級の眠気が襲っている。 ゆうべは午後8時に寝て、午前1時過ぎに喉が乾いて起きて、日記書いてまた2時に寝た。次に目を覚ましたら朝の9時半だった。とりあえず起きた。
昨日買ったドイツパンを食べた後、洗濯してたら友達から電話があった。 長電話をする相手はもうこの友人ひとりきりだ。学生時代はいろんな友達とよく長電話してたな、そういえば。話題はいつも同じだったけど。いま思うと、みんな悩むのが好きだったのだろう。行動と思考のバランスが1対9くらいだった。
で、午後の2時半から5時まで昼寝。気持ちよかったが少し後悔。 シーマンは特に進展なし。読みかけの小説を最後まで読んで、7時からスパゲッティを作り始める。
寝すぎたせいか頭がぼんやりする。いやちがう。寝すぎたせいではない。 すべてに対する関心度が下がっている。ひとにも自分にも期待していない。なにかしなければ、という焦燥感が消失している。
こーゆーときは風呂だ、風呂。 これ以上弛緩してどーする、という気もするが。
風呂んなかで、なんか目標を立ててこよう。 がむしゃらになれるような。
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