ものすごーく沢山の文章を書くため、今までのレイアウトではかなり見づらいと思われますので、変更いたします。ご了承下さいませ。 1ページ辺りに表示する日数の方も、少なめに設定いたしました。これで少しは見やすくなるかなあ?
※文中で出てきた「その髪型・・・町奉行ではなくて、火附盗賊改ですね?」について。 歴史ものに詳しい人は知っていると思いますが、実は町奉行所と火付盗賊改は服装は似たようなもので、髪型が違っていたのだそうです。町奉行所の与力と同心は、いわゆる「八丁堀風」の髪形をしていたのだとか。(ちゃんちゃん☆ も最近知った事実だったりする☆) でも「涼浬ちゃん、第拾弐話で榊さんたちが龍泉寺に駆けつけた時にでも、彼らと顔を合わせていなかったのかい?」というツッコミはお許し下さいませ。仮にも本家本元の公儀隠密の彼女が、あんな敵と闘うことになってはあまりに酷と、主人公がわざと戦闘から外していたのだ、とでも思ってください。うっ・・・ものすごく苦しいイイワケ・・・☆
※外法帖CDドラマ発売まで、いよいよ残り10日切りましたね。火附盗賊改が中心の話、とのことですが、どんな物語になるのでありましょうか? 多分榊さんではなく、御厨さんがメインなんだろうなあ。複雑な気分・・・御厨さんも好きなキャラなだけに。ま、それが分かっているからこそ、こちらは榊さんメインで好き勝手なSS、書く事が出来るんですけどね(苦笑)。 で、こっちのSSではやっと《龍閃組》の登場であります。主人公は話がややこしくなるため登場しませんが、メインの4人組ともう1人、ちゃんちゃん☆ も当初は思いもしなかった女性が出てくれます。事件の性質上、彼女以上の適任はいないんですけどね、考えてみれば(汗)。でわっ! *********************** 茂保衛門様 快刀乱麻!(4)外法帖 身支度を整えたあたしは、御厨さんと一緒に京橋へと足を運ぶ事にした。さっき与助に言った、木綿問屋の笹屋って店へ行くためにね。どう考えてもこの事件、笹屋も無関係とはとても思えなかったから。 え? だからどうして笹屋が、岸井屋の主・焼死に関連あるのか、ですって? ・・・そう言えばまだ、説明してなかったわね。じゃあ、簡単で良かったら教えておいてあげるわ。 ********************* 1月前のおろくの付け火、のことなんだけど、あたし言ったわよね。 「この小津屋って商人は店を大きくするためにって、裏では結構あくどい事をしてたって有名だった。主を怨んでたり、殺したいと思ってた人間は山ほどいた」って。 ・・・まあ先に結論を言っちゃえば、その容疑者たちの中に岸井屋の主・又之助と、今訪ねようとしている笹屋の主・久兵衛(くへい)がいた───ただ、それだけのことなの。 ただ彼ら2人は当初あたしたちの間では、他の容疑者とは別格に扱われてた。何故かって? こともあろうに2人とも、火事が起きた時刻前にたまたま小津屋へ訪れてて、顔を合わせてたからよ。 何でも彼らは揃って、店はそこそこに繁盛させてはいるものの、小津屋に相当な借金があったって話。その返済日が間近に迫り、どうもまだ返す事が出来る目星がつかないからと事件当日、返済を待ってもらおうと別々に頼みに来たんだけど、けんもほろろに突っぱねられたらしいわ。 「金を返さない人間は、うちの敷居をまたぐ資格などないわ!」って。 おまけにその時、玄関口で小津屋の主が、 「今度会う時は、そちらの店の看板を戴きに参上する時だろうなあ」 ・・・なんて、よせばいいのにわざわざ怨みを売りつけるような嘲笑混じりの言葉を浴びせ掛けたのを、近所の人間が何人も目撃している。 火の気が上がったのは、その直後の事だった───。 ───こうなると動機の点からも、岸井屋と笹屋を疑わない方が不自然よね。火事で証文が焼けてしまえば、小津屋の借金は返さずに済むんだもの。当然、店の看板を取られる心配もないし、殺してやりたいって怨みもかなりあるはずだし、ってことで。 おまけに2人とも、玄関口で追い出されたその後で、何故か店の裏口から出て来たのも目撃されてたのよね。裏口から入るところはあいにく、見られてなかったらしいけど。 で、泣く子も黙る火附盗賊改方役宅へ呼ばれた2人は───どちらかと言うと多弁だったのは、今回死んだ岸井屋の方だったけど───揃って主張したの。 「確かに自分たちは追い出された後、小津屋にとって返した。だけどそれは再度返済日の延長を申し入れるためで、裏口から入ったせいか結局会えなくて、諦めて戻って来た」ってね。 でもさあ・・・「結局会えなくて」って話が、どこまで信じられると思う? 本当は小津屋の主とばったり出会って、前以上に罵られた挙げ句にカッ! となって火を付けた、ってこともありうるわけじゃない。それを隠したくて「会えなかった」って口走っちゃったとしても、人間の心理としてはよくあることよね。 こうなったら、2人を拷問して白状させるしかない、って担当者が考えてたら、又之助が思い出したようにこう、言ったらしいの。 「そう言えば裏口から引き返してきた時、油売りの行商に会いました。赤い、子供の手作りみたいな不器用な繕いのお守り袋を下げている男でしたが、彼に聞いて下されば分かります。私どもが出て来た時はまだ、小津屋は火など付いていなかったはずだということを」 ってね。 ・・・もっとも、そうなる前におろくが火付を白状したから、本格的な取り調べは行なわなかったらしいけど。 笹屋も岸井屋も、さぞや胸をなで下ろしたでしょうよ。おろくが罪状を認めるのがもう少し遅かったら、「白状しない限り生きて出られない」と噂の拷問を、受ける羽目になったんだから。 もっとも、それから1月もたたないうちに原因不明の焼死をとげるとは、思いもよらなかったでしょうけど・・・。 ───分かったでしょ? 笹屋の主が、岸井屋の主の死に関連があるかもしれないって理由が、さ。 さすがに笹屋が殺した、とまでは言わないわよ。だけど、岸井屋が今回あんな目に遭った理由について、心当たりくらいあってもおかしくない、って思わない? 何せ2人には共通点があるんだもの。借金で店を取られそうになっていて小津屋を怨んでいた事、小津屋から火が出る直前に「揃って」店を後にしている事、とりあえず火傷は負わずに済んだ事───なんて、一見重箱の隅を突っつくみたいなものではあるけれど。 万が一にも、岸井屋と同じような怨みとか買っていたとしたら・・・今度狙われるのは笹屋の方、ってことになり兼ねないわ。そしてその恨みを晴らす場所が人けのない屋外じゃ無く、燃えるものがいっぱいある家の中だったとしたら・・・! 罪もない町人達が、また巻き込まれて犠牲になったんじゃ、たまったものじゃないわよ。 ********************* 「・・・何だか平和よね。この間龍泉寺で、あんな物騒な事があった後とは思えないくらいに」 あたしはゆっくりと歩きながら、一歩下がってついて来る御厨さんにそう話し掛ける。 良い天気だわ〜。空がどこまでも青いこと。仕事がなかったら、のんびりと散歩でもしたい気分よ。 「そうですね。最近は大宇宙党も、鬼道衆とやらも目立った動きは見せていませんし」 そう頷きながらも、御厨さんの顔色は冴えない。 ・・・ま、そうでしょうね。いわゆる嵐の前の静けさなんじゃないかって、あたしだって思っちゃうもの。あの胡散臭い黒蠅翁なんて奴が、思わせぶりな言葉を残して消えたりしなかったら、あたしだってもう少しは楽天的な考え、出来たと思うんだけど。 あたしたちの複雑な思いとは裏腹に、町人たちは今日も元気に動き回ってる。 今もちょうど目の前を、天秤棒を担いだ魚の行商人が通り過ぎて行ったわ。 その姿を何となく見送っていたあたしだけど、ふと思い出す事があって御厨さんに聞いてみることにした。 「・・・ねえ、御厨さん。そう言えば結局、岸井屋たちが言っていた油売りには話、聞く事が出来たんだったかしら? 記録には残ってなかったみたいだけど」 「それなんですが・・・」 荷物を積んだ荷車をよけながら、律義な御厨さんは渋い顔で応えてくれる。 「あの火事の後、その油売りは浅草に姿を見せなくなったそうなんです。確かに火事の前までは、よく灯油を売りに来ていたみたいなのですが」 ちらちらと周囲をうかがいながら、人が近寄ってこないのを見計らって御厨さんは話を続けた。 「・・・聞くところによると、その油売りは小津屋の近所の長屋の連中に、灯油用の魚油を売りに来てたと言う話です。馴染み客が多いと言う事で、毎日のようにあの近辺に売りに来てたとも聞いています。もちろん、火事当日も」 「なのに、今はぱったりと来なくなった・・・?」 「ええ。・・・もっともその油売りは、小津屋から火が出た時に結構近くにいたそうで、真っ先に油を抱えて逃げたらしいですが」 「ま、それが賢明でしょうね」 だって売ってた油に火が付いたら、油売りが焼死するくらいじゃ済まないわ。火事の被害がもっと拡大した可能性もありうるし。 「多分、その時の恐怖のせいで、油売りを再開できずにいるんじゃないか、というのが近所の者のもっぱらの噂で。現に、あれから家で寝込んでいるらしいですから」 「根性ないわねえ、その油売りも・・・馴染み客取られても、知らないから」 どうせだからその行商人に、岸井屋たちの火事前の様子とか聞いておきたかったんだけど。小津屋とは関係ない別の事件が、あったかもしれないし。 でも───寝込んでいるって言うんじゃ、そうもいかないわね。今回は諦めましょ。 *********************** そうこうするうちに、あたしたちはやっと目的地の京橋・木綿問屋の笹屋へ辿りついたわ。 「?」 ───だけど到着早々、何だか不穏な空気を感じたのよねえ。だって評判によるとここの店、小津屋に取られそうになるくらいには繁盛してる、って話じゃない。 なのに今、店先には誰もいないのよ。繁盛してるって言うんなら、御用聞きの1人くらい、配置しておくもんじゃない? おまけに玄関先に無造作に脱がれている草鞋、全然揃えてないと来てる。これじゃ見た目にも悪いわ。 この店、本当に繁盛しているんでしょうね? 何だか想像していたのとは違って、荒んでいるような気がするんだけど。 「・・・声をかけてみますか?」 「そうね。まさか黙って上がるわけにも行かないでしょう」 御厨さんがあたしに伺いを立ててから、奥へ向かって声を発しようとしたまさに、その時。 「お帰り下さい! 帰って!!」 せっぱ詰まった女の声で、御厨さんてば思い切り出鼻をくじかれちゃったわ。あらら〜、可哀想☆ でも・・・変ね。声はすれども姿は見えず。少なくともここからじゃ、声の主の姿は伺えないわ。つまり家の奥からも、あたしたちは見えないはず。 なのにどうして向こうは、あたしたちが来た事を知ったのかしら? 「ちょっと待てよ。どうしてそんなに目くじら立てるんだよ?」 「おちつけ蓬莱寺。そう喧嘩腰になる事もないだろう」 ・・・え? 今の男たちの声、さっきの女の声と違って聞き覚えがあるわよ。ひょっとして「帰って」って、こいつらに対して言ったってこと? でも、何で・・・。 「ねえ、怖がってないでボクたちに任せてよ。炎の鬼なんて、きっとやっつけてあげるからさ」 「そ、そんなもの知りません。ウチの人が火傷をしたのは、単なる事故です! さっさと帰って下さいな!」 「お願いですから聞いて下さい。もし本当に笹屋さんに火傷を負わせたのが炎の鬼なら、また狙われる危険が・・・」 「違うと言ってるでしょう!?」 随分感情的な声に急き立てられるようにして、玄関先に姿を現したのは5人の男女。 ああ・・・やっぱり、声に聞き覚えがあると思ったら───運の悪い事に、あたしたちには彼らとは面識があったりするのよね・・・☆ そして向こうも、よもやあたしたちがいるとは思いもよらなかったらしく、ギョッと目を剥いてたわ。 「げえっ!? 御厨(はっちょうぼり)はともかく、何でホ・・・」 「茂保衛門よ、もほえもんっ! 何度言ったら覚えるのっ!!」 「御厨殿・・・榊殿まで、どうしてここに・・・」 「お前たちこそ、どうしてここへ来ているんだ?」 あたしの名前を間違って覚えてる、失礼千万な風来坊の剣士は、確か蓬莱寺京梧。そして一応は礼儀を知ってる風の、図体が妙にデカい僧侶の方は、醍醐雄慶・・・だったわよね? で、さっきからここの家の女───きっと笹屋の女房ね───に食い下がってる女2人も当然、あたしたちとは顔見知り。 髪が短くて女らしくない言葉づかいの方が、弓道道場の娘・桜井小鈴。そして髪が長くて、(くやしいけど)清楚な美人の方は確か・・・医者の手伝いをしてるって言う、美里藍・・・よね? 薬の入っていそうな包みを持っているから、きっと治療か何かのためにここを訪れていた、ってところかしら。 ───実は彼らこそが、与助の言う《龍閃組》。何とも騒々しい公儀隠密なのよ。あたしもつい最近まで、彼らの正体は知らなかったんだけどさ。龍泉寺なんて怪しげなところを根城にしてる、いかがわしい連中としか思ってなかったから。 しかしまさか、こういうところで鉢合わせしちゃうなんて、ね。 ・・・って、あら? よく見ると、1人知らない女がいるじゃない。 蓬莱寺たちと一緒にいるって事は、やっぱり彼女も《龍閃組》なんでしょうけど・・・何だかやけに、存在感薄いわね。 桜井に負けず劣らず髪が短くて、露出度が高い着物を身に付けてる彼女は、美人なのに何だか冷たい感じの、人間味を感じさせない印象を受けた。 その目が不意にこちらへと向けられ───ひた、と固定される。 「あなたがたのその髪型・・・町奉行ではなくて、火附盗賊改ですね? こちらにはどのような用向きで来られたのです?」 ・・・ちょっと待ちなさいよ。 初めて会ったって言うのに、開口一番、名乗りもしないでいきなり詰問!? どういう態度よ、それ! それに、聞いてるのはあたしたちの方なの。何で逆に聞かれなきゃいけないのよ! 「あんたたちに教える義務はないわ。特に、自分から名乗りもしない女に対しては、ね・・・」 与力の貫禄を見せ付けてやったのに、女は全然ひるむ気配を見せない。・・・どころか、思い切り睨んで来るなんて、ホントいい根性してるわね。 何者なのかしら、一体。 「ちょ、ちょっと待ってよ涼浬サン、火附盗賊改がそう簡単に、自分たちの仕事の内容を教えられるはず、ないじゃないかあ」 険悪な雰囲気を察したんでしょうね、慌てて桜井があたしたちの間に割って入って来たわ。 ・・・ふん、ただ元気が取り柄のおてんば娘かと思ってたけど、結構気遣いできるじゃない。少しだけ、見直してあげる。 もっとも『涼浬』の方は今一つ納得してなかったみたいだけど、蓬莱寺が目で叱り付けるようにし、桜井には泣き付かれるような格好になったせいか、渋々・・・本当に渋々って感じで、自己紹介をしたわ。 「・・・失礼いたしました。私は王子で骨董品店を営んでおります、涼浬と申します。以後、お見知りおきを」 言葉だけ聞いてると、それなりに丁寧なんだけど・・・いかんせん、目が全然笑ってないのよ、この女。 それに、こんな不愛想な女が骨董品店の主ですって? ちゃんとやっていけてるのかしら。まあ、こいつの店が潰れようとあたしの知ったこっちゃないけどさ。 「俺は火附盗賊改方同心、御厨惣州と言う。そしてこちらは俺の上役で与力の、榊茂保衛門さんだ」 あたしがむっつりと黙っているので、代わりに御厨さんが涼浬とやらに紹介してくれたわ。気が利くわよねえ、ホントいい部下を持ったわv ところが、御厨さんの言葉に息を呑んだ人物が、ここにはいた。 他ならぬ、笹屋の女房よ。まあ、当然って言えば当然よね。町奉行所ならともかくも、あたしたち火附盗賊改が出張ってくるなんて、めったにないことですもの。一体何の用だ、って身構えてるんでしょうよ。 ・・・そう、思ったんだけどね・・・。 「ひ、火附盗賊改・・・・!?」 ───その声には、予想以上の脅えの色があった。そう、隠している事を嗅ぎ付けられた、って言う者独特の、恐怖の表情が。 そう言えばさっき、桜井と美里が彼女に対して、変な事言ってなかったかしら? 『炎の鬼なんて、きっとやっつけてあげるから』 『笹屋さんに火傷を負わせたのが炎の鬼なら、また狙われる危険が・・・』 ───まさか・・・!? 「笹屋とやら」 御厨さんが動く前に、あたしは笹屋の女房に詰め寄ってきつく言い放つ。 「・・・よもやあなた、失火があった事実を隠しているのではないでしょうね?」 その途端。 彼女の顔からは、血という血が一気に失せてしまったかのように見えた。 「い、いえ、そのような・・・」 「ですけど、さきほど気になる事を聞きましたよ。ウチの人が火傷をした、と」 「そ、それは・・・」 「実は私たちは、その久兵衛殿に会いに来たのですよ。もちろん仕事で。もしあなたに後ろ暗い事がないのなら・・・会わせてもらえますよね?」 「・・・・・」 青褪め、ガタガタとふるえ出した女房だけに聞こえるように、あたしは小声で言ってやったわ。(唇の動きで内容を≪龍閃組≫に読まれないよう、念のため口元は手で隠してね) 「・・・岸井屋の又之助もね、炎の鬼に殺されたんですよ。あたしの目の前で」 「ひぃっ!?」 効果は想像以上だったわ。笹屋の女房は半ば、腰を抜かしてしまったもの。 浅草と京橋で少し離れていることもあって、商売柄名前はお互いに知ってはいたものの、岸井屋・又之介と笹屋・久兵衛が会ったのは火事の日が初めてだ、と聞いてたわ。でも・・・。 この様子だと十中八九、彼女「も」又之助のことを知ってるわっ! ───何があったのか分からない、って様子の《龍閃組》を尻目に、あたしは普通の声に戻って話を続ける事にした。 「もし久兵衛殿が火傷を負った理由が、失火ではない別の理由があると言うのなら、ことと次第によっては死罪にならなくて済むと思うのですけどね。・・・とにもかくにも、話は奥で伺うといたしますか。会わせてもらいますよ、久兵衛殿に」 まるで魂をどこかへ持ってかれてしまったような表情の女房は、あたしの言葉にふらり、と立ち上がった。そして、ゆっくりと家の奥へと歩いて行く。 ついて来て下さい、ってことなんでしょうね、きっと。 あたしは草鞋を脱いで玄関に上がると、硬い表情の御厨さんへ肩越しに申し渡した。 「御厨さん、悪いですけれどそこで、彼らを見張っていて下さいな。・・・素人に火附盗賊改のお仕事に割り込んでこられては、正直言って迷惑ですからね」 「迷惑」と口にした時、心の中では「危険」とも言い添える。 いざって時に将軍さまの手足となって働いてもらわなくちゃならない彼らに、こんな小規模な事件で身辺を煩わせるわけにはいかないわ。万が一にも怪我でもされたらコトだもの。 ───そんなあたしの気持ちが分かってくれたんでしょうね。御厨さんは珍しく眉をひそめることはなく、指示に従うべく実に気持ちのいい返事をしてくれた。 「分かりました、榊さん」 「な・・・何だとっ! 俺たちをしろ・・・」 「だから少しは落ち着かんか、蓬莱寺」 素人呼ばわりされ、今にも食って掛かってきそうな蓬莱寺だったけど、背後から醍醐に羽交い締めにされ、御厨さんにも止められてしまう。 とりあえず女性陣は、追ってくる様子はない。 それを確かめてから、あたしはゆっくりと、笹屋の女房の後に続いて店の奥へと入って行くのだった・・・。 《続く》
※続きです・・・長くなったからマズいな、とは思ってたんですが、エラー起こすとは☆ とりあえず、どうぞ。 ********************** 「浅はかな女よね」 事件の帳面を読み終わって、あたしはすっぱり言い切った。 「・・・手厳しいですね、榊さんは」 ま、お優しい御厨さんがこう応えるのは、何となく予想がついてたけど、そのまま持論を続けるあたし。 「でもだって、そうでしょう? 確かに今までの怨みがあるからって、すぐに感情的になって火を付けちゃうなんてさ。それで火あぶりになんてなったら、それこそ病弱な弟とやらがのたれ死んじゃうのは、目に見えるじゃない。 ここは自分のためにも、弟のためにも、新しい仕事でも見つけて頑張ろう、って気持ちにだけでもなってたら、結果は少しは違ったと思いますけどね」 「・・・・・」 「ま、人の思いはそれぞれか」 あたしはそう言って、話を打ち切った。御厨さんの反論は、あえて聞こうとも思わないわ。 「しかし、あの事件の関係者が死んだとなると・・・犯人はおろくっすかねえ?」 今まで黙って帳面をめくるあたしたちを見ていた与助が、そう言って話に加わってくる。(与助は役人じゃないから、事件帳簿はおいそれと閲覧できないのよ) 美人が事件に絡むとなると、俄然張り切っちゃうって言うその性格、分かり易いわね全く。 「おろくの怨霊だと言いたいのか? 与助」 「だってそうとしか、思えねえっすよ。この世に未練を残した美人幽霊が、せめて極楽浄土へ行った弟が寂しくないように、あの火事で死にぞこなった連中を道連れに狙ってるとしか・・・くうううっ、何て弟思いなんだっ、泣かせるじゃあありやせんかあっ」 弟が寂しくないように道連れを、ねえ・・・。 「与助・・・あんた、御芝居の脚本書けるんじゃないの? 何ならそっちに転職する?」 「殺生な事、言わないで下さいよぉ榊様。親分も何とか言って下さいってば」 「何とかと言われても・・・」 「あっしは岡っ引きが天職と、心に決めてるんでさあ」 与助の天職だか、転職だかはまあともかく。 あたしはむしろ、おろくはとっくに怨みは残してないって気がしたんだけど。弟の供養のためにも、さ。だって変に他人を怨んだせいで、弟の勇之介は死んだんだから。まあ、それこそ人の考えはそれぞれだけど。 でも、それはどうやら御厨さんも同じだったらしい。 「生き残りを道連れにしたいと願うなら、どちらかと言うとおろく姉弟以外で焼け死んだ者だと、俺は思うがな。彼らは理不尽にも、言わばおろくと小津屋の痴話喧嘩に巻き込まれたのだから」 「・・・そうね。自分たちの無念を思い知れ、ってばかりにね」 そう相槌を打ってたけど、あたしはその時おかしな事に気づいた。 「でもさあ、何で火傷も怪我もしてない岸井屋を狙うわけ? ・・・例えばスリが道で財布を狙うとするじゃない。屈強の男と、火傷や怪我を負った人間と、どっちが狙いやすいと思う?」 本格派のスリともなると、実は困ってるような人間からは絶対スリ取らないとは聞いてるんだけどね、まあ例え話って事で。 「・・・火傷も怪我も負っていない岸井屋を殺すとなると、手間取るのが目に見えてますしね。火付としても同じことだ。すぐに消火されるかもしれない、か」 御厨さんがそう言って首を捻っていると、何故か与助がポン、と手を打った。 「わかった! きっとその怨霊なり幽霊は、榊様のような御人なんだ」 「・・・何ですって?」 「自分の美貌とか、美肌とかに自信があったりしたんじゃないっすかねえ。で、火傷を負わせられて、怨みに思った。だから、火傷を負ってない岸井屋を妬ましく思って火を付けた。・・・どうっす? いいセン言ってると思いやすが・・・って、どうしたんです、親分」 「・・・いや、何でも・・・」 横目で睨むと、御厨さんてばソッポ向いて言葉を濁してる。 ───ふん。おおかた御厨さん「あたしとそっくりな幽霊」って言うのを想像しちゃった、ってところでしょうよ。子分の言葉につられたとは言え、ちょっと失礼しちゃうじゃない。 でも、まあ確かに与助の指摘通り、あたしが焼け死んでお顔に惨い火傷でも残ったりしたら、うらめしや〜〜って化けて出るかもしれないけど。・・・って、何言わせるのよ☆ 「とにかく、色々と再調査してみないと分からないわね」 あたしは帳面を閉じて、気分を引き締めることにする。 「とりあえず与助、あなたはおろくの火事で火傷を負った連中に聞き込みを開始して頂戴。あなたの説がもし当たってたら、案外生き霊って事も有り得るし。祟るにしたって、体が弱ってる人間の方が楽に呪い殺せるだろうし」 あたしがそう指示を出すと、与助ってば情けない声を上げた。 「あっし1人で、っすかあ?」 「御厨さんはこれからあたしと、木綿問屋の笹屋のところへ行かなきゃいけないの」 「・・・・・」 ちなみにこの笹屋って言うのは、岸井屋と一緒に役宅へ呼ばれた人間よ。小津屋から火が出た直前に、「所用」で訪れていたってことでね。 「も、もし生き霊だったらどうするんすか〜。あっし1人じゃ太刀打ちできないっすよお」 「あなたねえ・・・仮にも御厨さんの子分を名乗ってるんなら、もっと男を見せなさいな」 「そうは言っても・・・」 よほど心細かったのね。いつまでもボヤいてた与助だったけど、ふと気がついたように顔を上げた。 「そうだ! どうせだから龍泉寺の連中にも手伝ってもらう、ってのはどうっす?」 いきなり思いもよらぬ名前を出されて、あたしも御厨さんも眉をひそめずにはいられない。 「・・・与助・・・」 「だって聞くところによると《龍閃組》って、鬼とか怨霊とかと戦って、勝って来たって連中でしょ? やっぱり餅は餅屋って言うか、専門家の手を借りた方が良いんじゃねえかと思って」 そうしやしょう、と、今にも駆け出しそうな与助を、だけど御厨さんは制した。 「そんなわけにはいかんだろう。彼らは言わば、公儀隠密だ。今回の事件は正直言って、畑違いになると思うがな」 「けど、今までだって・・・」 「今の彼らは黒蠅翁などと言う、得体の知れない人間の行方を追っている最中ではないのか? ただでさえ忙しいのに、手を煩わせるわけにはいかぬと思うが」 「忙しいって・・・何か最近は暇そうっすけど」 ───確かに、最近の彼らは街中を巡回してるだけで、大きな事件に巻き込まれてる気配はないわね。でも・・・。 「いざって時には、それこそ寸暇を惜しんで戦う羽目になるんですよ、彼らは。今は骨休めの時期だと思った方がいいと思うけど」 それに、と、あたしは何とか食い下がろうとする与助にピシリと言ってやる。 「与助、あなたには火附盗賊改としての誇りはないの?」 「・・・!」 「あたしたちには、この江戸の町を火付と盗賊から守らなきゃいけない義務があるんですよ。なのにその義務を放ったらかしにして、公儀隠密に頼っていては話にならないじゃないですか。・・・せめて火附盗賊改が正式に廃止されるその日まで、果たすべき義務ぐらいは果たしておかないとね。岡っ引きが天職だ、って言うんなら、行動で証明してみなさいな」 「・・・へい」 さすがに自分の言い草が、怠慢のなれの果てと気がついてくれたみたいね。与助は神妙な顔をして、渋々だけど頷いたわ。 「じゃ、さっそく行って来やす」 気合いを入れ直して1人で出かける与助を、あたしは見送ろうとしたんだけど。 「・・・あ、ちょっとお待ちなさいな。もう1つ、調べてきて欲しい事があるんだったわ」 ふと思い出した事があり、慌てて引き止める。 「何を調べるんすか?」 「死んだ岸井屋の主なんだけどね、どうもこのところ女房に内緒で、岡場所に入り浸りだったらしいわ」 あの律義者の番頭が、奥方の耳の届かないところでそっと教えてくれたのよ。 「馴染みの遊女が、何か知っているかもしれないじゃない。それとなく聞き出して頂戴な。・・・あんまり、長居はしないようにね」 「へいっ!」 出かけるところに岡場所が加わった、ってことで、与助ってば妙に張り切っちゃってるわね。ホントに単純だこと。 「じゃ、あたしたちも早速出かけるといたしますか、御厨さん」 一目散に走って行った与助を見ながらあたしがそう言ったら、御厨さんはどこか怪訝な目をしてこっちを見る。 「? 何よ」 「いえ・・・何も、榊さんが出る事もないと思うもので・・・」 確かに御厨さんが言う通り、与力が調査に出る事は本来ならあまりないの。同心たちに調査を任せてあたしたちは役宅で取り調べ、って言うのが普通なのよね。 「今回は他ならない、このあたしが目撃者ですからね。他の人では分からない手がかりが、あるいは掴めるかも知れないじゃない。・・・それともあたしが同行しちゃ、何かまずい事でもあるんですか?」 「そう言うわけじゃなく・・・少しお疲れなのでは?」 ・・・あら、顔に出ちゃったってわけ? うまく隠してたつもりだったのに、御厨さんてホント侮れないわね。 まあ、気遣ってくれる事自体は、とっても有り難いんだけど。 「疲れてるからこそ、さっさと事件解決に乗り出したいのよ、あたしは」 「は?」 「・・・焼き魚、あれから全然食べられないのよ」 �爐△譴�ら�瓩辰討い弔里海箸�、ですって? 決まってるでしょ。岸井屋の主の、焼き立てこんがりの焼死体を見てからよっ☆ 「お刺し身は高いし、御飯ばかりじゃ力が出やしないし、このままじゃあたし財政的にも体力的にも干上がっちゃうわっ。こうなったら是が非でも、自分の力で犯人捕まえて精神的安定を手にしなきゃ、って思ってるの。これっていけないことかしら? 御厨さん」 「・・・・・☆」 闘志が変な方向に燃えてるな、とは自分でも思うけど、しょうがないわよ。 ・・・とにもかくにも。 御厨さんは諦めの態度として、軽く溜め息を吐きながら天井を見上げてみせたのだった。 《続》 ***************************** ※ちょろっとだけ、《龍閃組》の話が出てくれてほっとしてます。もちろん出番はこれだけではありません。これからそこそこ登場する予定です。 それと、作中で女性が火あぶりになったとしてますが、お芝居などで有名な「八百屋お七」が、後にも先にも火あぶりに処せられた唯一の女性だった、という説もあるみたいですね。まあ、この辺りはフィクションと言う事で、勘弁してくださいませ。
*「外法帖」の火附盗賊改トリオ以外、全然出て来ないとヤキモキしておられる方。心配する事はありません。実はちゃんちゃん☆ もなかなか「外法帖」メインキャラを登場させられないので、ヤキモキしてる最中であります(苦笑)。出したいのはヤマヤマなんですけどね、とりあえず「謎解き」モードにしている以上、伏線を張らない限り話を先に進められないもので・・・。ああ、やっぱり長丁場みたいだなあ。CDドラマ発売までに、せめて「推理編」へ到達できればなあ、と思ってますけどね。(ちなみに今のはまだ「事件編」) でわ。 ************************* 茂保衛門様 快刀乱麻!(3) ───そうして。 正式にあたしたち(火附盗賊改)が今回の事件を引き受けたその日のうちに、焼死体の身元が判明したわ。 元々着衣等から裕福な町人だろう、ってことは見当がついていたんだけど、何とか燃え尽きずに焼け残っていた薬籠(やくろう)の細工が、きっかけになったの。 どうやら男は浅草の小間物問屋、岸井屋の主・又之助。飼い猫に一月前引っかかれた爪痕が顎の辺りに残っているはずだ、との申し出があって、それが決定的な証拠になったってわけ。 ********************* とりあえず死体を引き取ってもらうためと、被害者が日頃怨みを買うような人間だったどうかを確かめるべく、又之助の妻と小間物屋の番頭を役宅へ呼び付けることにした。 彼らはまるで落ち着きがなかったわ。・・・ま、それはそうでしょうね。ここは「送られたら白状しない限り生きて出られない」なーんて皆から怖がられている、噂の火附盗賊改方役宅だもの。それに、もともとあたしたちって町人とは縁が薄いはずなのよね。町民が普通に暮らしてれば、呼び出されるとしても町奉行所の方だから。 加えて、どうやら又之助と思しき人間が焼け死んだ、なんて聞かされてご覧なさいな。生きた心地なんてしないに違いないわ。 とりあえず死に顔を確認してもらうことになったんだけど。 たまたま他の人が出払ってて、あたしと御厨さんだけが立ち合うことになっちゃって。死体にかけられた筵(むしろ)を御厨さんがめくり上げたと同時に、あたしは視線を逸らして廊下へと出た。 まあ、家族の悲惨な泣き声とかを聞きたくない、ってこともなくはなかったんだけど・・・どうも事件当時のことを、思い出しちゃうのよね。あの時の焼け爛れた人間の匂いとか、生々しくもおぞましい色合いとか・・・そう言ったのが、さ。いくら仕事で見慣れてるったって、さすがに焼け死んだ直後の死体、って言うのはそうそうお目にかかった事なかったから。あの時ぐらいよ、はっきり言って。 これじゃあしばらく御飯とかまともに食べられないじゃない、って吐きそうになってたら、どうしてだか御厨さんまで部屋から出てきたの。 「・・・ちょっと御厨さん、あなたまで彼らから離れてどうするつもりなんですか?」 遺族に気を遣ったのかもしれないけど、あまり感心できることじゃない。そう思って意見したら、彼はあたしの耳元で小声で言ったの。 「榊さん、あの番頭の男なんですが・・・以前この近くでうろついているのを、見掛けたような気がするんですよ」 「・・・何ですって?」 あたしは気配を伺いながらも、御厨さんを引っ張って部屋から遠ざかる。 部屋からはひそやかに、女房の泣き声が聞こえ始めた・・・。 「いつなの? それは」 「確か一月ぐらい前かと。私が見回りに出た時に、こちら(役宅)へ歩いて来た者があの男に良く似ていたような気が」 「それはおかしいわね・・・」 さっきも言ったけど、普通町人が用事があるのは町奉行所の方なの。放火とか、押込み強盗とかに遭ったことでもない限り、あるいはその下手人でもない限りは、ここへ来る用事なんてありえないはず。 ひょっとして今回の事件に関わりがあるのかも───そうは思ったけど、単刀直入に尋ねて口を割るとも思えないでしょ。だからとりあえず、又之助の話を聞くことで様子を見るってことに、御厨さんとも意見が一致したわ。 女房が落ち着くのを見計らって、あたしたちは部屋へ静かに戻る。 あまりに惨い死に様だったせいだからか、死体には再び筵がかけ直してあって、あたしを心底安堵させた。 「岸井屋とやら」 とりあえず人当たりの良さそうな御厨さんが、又之助の女房に話し掛ける事になった。 その後ろであたしはと言えば、それとなく番頭の雰囲気を見守っている。 「時に聞きたいのだが、又之助は誰ぞに怨みを買うような人物であったか?」 「怨み、でございますか。・・・それは、商いなどしております故、どうしても私どもの知らないところで少しばかりの怨みは、買っていようとは思うのでございますが・・・」 「殺されるような怨みには覚えがない、と?」 「は、はい、さようでございます」 「殺されるような、と申されますと、まさか旦那様は殺されたと申されますのか?」 すかさず、驚き顔の番頭が聞き返して来た。 ・・・結構鋭いわね。ま、そのくらいじゃないと、番頭がつとまるはずもないか。 「それを今調べているところだ。・・・では又之助の様子は、このところどうであったか」 「どう、と申されますと?」 「何かに脅えていたとか、金回りが良くなったとか、逆に金に困っていたとか───そう言ったことだ」 女房の方は緊張と悲しみとで頭が良く回らない、と言った感じ。それで見かねた番頭が、おずおずと口を挟む。 「・・・金回りが良くなったわけではございませんが、このところ旦那様はどこか脅えておられたようで。可愛がっていた飼い猫がいなくなった時、祟りだ呪いだのと取り乱しておられたり。いえ、猫の方はその後すぐに帰ってまいりまして、旦那様はそれは喜んでおられましたが。・・・後は・・・そのう・・・」 言いにくそうに番頭が視線を送るのに気づいて、今度は女房が涙を拭いながら言葉を繋いだ。 「・・・どういうわけかこのところ、うちの人はてまえどもの息子を、そばに寄せ付けたがらなかったんでございますよ」 「息子を?」 「ええ。年を取ってからの子供でしたから、それは可愛がっておりましたのに、ここ一月ばかりは顔を見るのも嫌がるほどで。可哀想に、息子は父親に嫌われたかと泣いておりました。・・・でも今にして思えば、あれは嫌がっていると言うよりも、怖がっている、と言った方がよろしかったように思います」 ───息子を怖がる父親、ねえ。 成人して乱暴になった息子を父親が怖がる、って言うなら、話も分からないではないんですけど・・・さっきから聞いてると、その息子ってどうもまだ子供って感じがするわよね。なのにどうして・・・。 ・・・その時ふと、あたしは又之助の死体を思い出した。 正確には死体の首筋に残っていた爪痕を、だけど。───普通飼い猫に怪我を負わせられたら、それこそそばに寄せ付けないんじゃない? なのに遠ざけられたのは猫の方じゃなく、幼い息子の方だった、なんてちょっとおかしいわよ。 それに今よくよく考えたら、あの引っ掻き傷、猫のものにしては大きかった気がする。どちらかと言えば幼い子供に引っかかれた、って方がしっくり来るわ。 ・・・じゃ、何? 又之助ってば本当は息子に引っかかれたのに、それを飼い猫のせいにしてたってこと? 確かにそれなら、幼い息子を邪険にしてたり、怖がってたりしてた理由は、説明がつくってものよね。 このことは、今回の事件には無関係なんだろうけど・・・一体何考えてたのかしら、又之助って男は。そうも露骨に息子を怖がるのなら、引っかかれた事実まで隠す事、なかったんじゃないの? 「一月前、と申したな」 あたしの困惑をよそに、御厨さんは徐々に核心へと迫って行く。 「その頃又之助なり、岸井屋なりに何か事件でもあったのか? 些細な事でもいい、思い出せぬか?」 そう言った時。 又之助の女房と番頭の顔に浮かんだ表情───それは何故か揃って「困惑」だったわ。 それも「聞かれたくない事を聞かれた。どうしたものか」ではなく、「どうしてそんなことを聞くんだ」と、こちらへ訴えるようなもの。 ・・・って、何でそんな顔向けるのよ? それも、あたしたちに。 あたしも、そして御厨さんもそれこそ戸惑っていたら、番頭は少し苛立ちの混じった声で、こう言ったじゃないの。 「何って・・・覚えていらっしゃらないので? 手前どもの旦那様は、こちらの火附盗賊改方に呼ばれたんでございますが。・・・一月前の、おろくと言う女が火付をした大火事───あの火付をしたのが、他ならぬ旦那様だと間違われたせいで」 何ですって───!? 御厨さんがあの番頭に見覚えがあるわけよ。 彼は、さっき言ってた火事の件で引っ立てられた主人が心配で、この役宅まで足を運んでいたんだから。 でも、あたしたちが岸井屋の主を忘れていたからって、そっちも責められる筋合いはないわ。 だってこのところあちこちで火事やら、押し込み盗賊やらであたしたちは連日大忙し。自分が最後まで担当したんならともかくも、途中で人に任せた事件まで覚えてられるわけ、ないじゃない。どうせ文句を言うんなら、事件を起こした盗賊たちへにして頂戴な。 とりあえず岸井屋たちを死体共々帰してから。 あたしと御厨さんは大慌てで過去帳を漁ったわ。番頭が言ってた火付の件を再確認するために。 ********************* 一月前の大火事───それは、一時期世間の関心を集めた事件だった。 風の強いある日の昼四ツ(※現在の時刻に直すと午前10時)過ぎ、日本橋の呉服屋・小津屋から上がった炎はまたたくまに付近の家々まで燃えつくし、主一家を含む死者九名(全員焼死)、重軽傷者(ほとんどが火傷)弐拾弐名、延焼家屋八棟と言う大惨事を引き起こした。 ただちにあたしたち、火附盗賊改が出張る事となったのは、ま、当然の事よね。 もっとも、この小津屋って商人は店を大きくするためにって、裏では結構あくどい事をしてたって有名だったのよ。加えて、主を怨んでたり、殺したいと思ってた人間は山ほどいた。もし火事の原因が失火ではなく火付だったとしたら、犯人探しにはかなりの日数を要するとあたしたちは覚悟してたんだけど・・・予想もつかない形で、下手人がアッサリ御縄となったの。 きっかけはまず、小津屋裏手の焼け跡から、身元不明の子供の焼死死体が発見された、って事からだったわ。 年の頃は十ほどのその子は、何故か小津屋夫妻の子供でも、奉公人の子供でもないみたい。身元を判別できそうな手がかりと言えば、わずかに焼け残った衣類と、後頭部に残った小さな怪我の跡。・・・でも怪我の方は新しいらしく、多分逃げる時に転ぶか何かしたもので、そのまま気絶して焼け死んでしまったのだろう、と言うのが医者の見立て。死骸の身元を証明するものには、なりそうにもなかった。 大体、小津屋の人間ではない者がどうしてここに・・・って首を傾げていたらそのうち、ある女が「自分の弟かも」と、焼け跡で検分中だった火附盗賊改の役人に名乗りをあげて来て。死体を検めさせたところ、着物の焼け残りとか背格好でどうやら間違いない、ってことになっちゃったわけ。 そしたら彼女その場に泣き崩れちゃって、戸惑う皆に向かってこう言ったらしいわ。 「私が小津屋に火を付けたんでございます。どうか早く死罪にして下さいませ」 ・・・ってね。 聞けば驚くじゃない。妙に美人だと思っていたらその女、焼け死んだ小津屋の妾・おろくだったって話なのよ。 何でも両親は早くに亡くなって、病弱な弟を生き長らえさせるには大金が必要と来る。それで好きでもない男の囲い者に渋々なっていたんだけど、先日いきなり今まで住んでいた家を追い出されちゃったんですって。どうやら旦那の方に新しい女が出来たもんだから、古い妾はお払い箱になったってことね。 自分はともかくも弟の方は、旦那の援助がないととても生きて行けない。それで何とか思いとどまって欲しいって、何度も頼みに言ったおろくを、小津屋は無情にも嘲笑ったらしいの。 「お前の弟がのたれ死のうと、そんなことはこちらの知った事ではない。そんなことを言いに来る暇があったら、さっさと岡場所でも行って客を取ったらどうだ。まあもっとも、とっくに薹(とう)が立っちまってるお前を買ってくれる男がいれば、の話だが」って。 人の弱みに付け込んで無理矢理妾にさせられた今までの怨み、そして今、女としての自分を侮辱された怨み───そんなものが積もりに積もってついに我慢も限界に来たおろくは、発作的に火を付けちゃったのよ。 「だったらお前も、身一つで寒空の下に放り出される気持ちを思い知るがいい!」って・・・ね。 ───だけど本当に悲劇だったのは、彼女の弟が姉のそんな気持ちに、うすうす勘付いていたらしいことだったの。 おろくが小津屋に火を付けた後、仮住まいの長屋へ戻って来てみれば、大切な弟の姿がどこにもない。病気の身では外へ出かける用事もないはずなのに、と途方に暮れていたら、弟の友達でおろくも顔見知りの子供が訪ねて来て、こう言ったんですって。 「勇之介ちゃんはどこ? 姉上様が帰って来てるってことは、勇之介ちゃんは姉上様を止める事が出来たんでしょ? 一緒に帰ってきたんじゃないの?」 ───むろん、勇之介って言うのは弟の名前よ。 弟の友達の何の気なしの言葉で、おろくは全てを悟ったの。・・・そう、姉が大それた事をする前に止めようって、勇之介は病身を押して家を出たって事を。そして行き違いになったばかりか、おろくのつけた火で焼け死んだかもしれない、ってね・・・。 全てを神妙に打ち明けたおろくは、最後にこう、尋ねたって言うわ。 「私が地獄へ落ちるのは当然でありましょうが、弟は、勇之介は極楽浄土へ行けるでありましょうか? それだけが、心残りでございます」 それからほどなく、おろくは火あぶりの刑に処せられたわ。 え? 姉弟の悲劇は分かったけど、それがどうやって岸井屋に繋がるか、ですって? ・・・ま、それはおいおい教えてあげるわ。 **************************** ※・・・スミマセン、文章の量が多すぎてエラー起こしたので、2つに分けます(汗)。こんなの、ちゃんちゃん☆ぐらいだろうなあ・・・。
|