別れて二時間後のことだった。 けたたましく電話がなって、とったら、最悪の知らせだった。 あたしは、軽い病気で、あの人のことだから、きっと元気になって、 我が家に来るのだろう。 一人暮らしができない障害だと思っていた部分もある。 こんなことになるなら、もっと早く会いに行けばよかったと思った。 今も、頭の中であたしを呼ぶ優しい声がこだましているのに、 でも、もう実際は聞くことができないなんて。 会うこともできないなんて。 あんなにかわいがってもらったのに、 あんなにかわいがってもらっておいて あたしは、少しでも何かを返せていたんだろうか。
会うこともできなければ、 あの大好きな懐かしい家を見ることも、その家の敷居をまたぐこともできなくなった。 過去の遺物として、わたしの頭の中と写真の中にだけ存在する空間となってしまう。 あと、一ヶ月で。 あと、一ヶ月でそうなってしまう。 なくしてしまいたくないのに、あたしはそうしないための財力も経済力も、年齢も環境も持っていない。
夏、この家から見上げた山は、どんなものよりも絶景だった。 この家にある植物には、かつてあたしよりも背の高いさぼてんがあったこと。 お風呂は外にあって、夜になるたびに小さなあたしはお父さんにつれられて、きゃあきゃあ言いながら夜風にあたり、高い高いをしてもらいながら入ったこと。 年代ものの冷房や、扇風機、台所にベッド。 二階には般若や能面があって、怖くて怖くてそっぽを向いて寝たこと。
一年と半年前、最後に会った。 家を探して、半分迷子になって、汗を流してやっと探し当てて、 笑いながら優しく出迎えてくれた。 意味の無い話ばっかしたけど、全部ふんふんと聞いてくれて 最後は、悪い足を引きずるようにゆっくり歩きながら、わたしを道路まで見送ってくれて、見えなくなるまで手を振ってくれたこと。
今でも、あたまのなかで 「○○ちゃんや〜」とか、 「元気にしよ〜る?」 って電話口でわたしに話しかける声が、響いている。
そして、今一番会いたい人も、ここにいない。 新幹線の中で、思わず涙があふれそうになって、 目をこすった指に、黒のアイライナーが涙に溶けて、すこしこびりついた。
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