万談館
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| 2003年11月11日(火) |
ジャイアンはガキ大将なわけで |
ガキ大将は皆が認めてくれなきゃ、ガキ大将にはなれないわけで。 それはスネ夫だけではだめで、のび太やしずかちゃん、出来杉くんたちも 認める必要がある。 もしジャイアンが乱暴なだけで、のび太をいじめるだけ、スネ夫のおもちゃを とりあげるだけだったら、だれもジャイアンをガキ大将と認めないだろう。
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友人が「ゲームマスターはゲームの進行上、究極の審判であるが、 ゲームの世界観の中では1プレーヤーにすぎない」と言ったので、 「えー、それは違うんでないかい?」と言いたかったわけです。
俺が考えているゲームマスターとは、ホストです。(いらっしゃいませー) アメリカのホームパーティなんかで見られるホストね。 つまり、皆に楽しんでもらい、それがホストの喜びである。 それがゲームマスターだと思っている。 だから、審判とは違う。審判はルールを守るための人だから。 (プロレスのレフリーはOKだけど) ホストと違う言い方はないかな〜と探していたら、 冒頭のガキ大将が見つかったわけです。 ホストもガキ大将も周りが認めなければ成り立ちません。 たった1人でパーティもできないし、ガキ大将も無理です。 ・・・やっぱり無理があるか。
あと、「ゲームの世界では1プレイヤー」というのも違う。 世界を作っているのはゲームマスターです。 ソードワールドで水野良や清松みゆき、山本弘がどんな設定をつくっても、 ゲームマスターが採用しなければ、無いものと同じ。 ルールも、ゲームマスターが「このルールは使わない」と決めれば、 どんな判定も使われないのだ! 俺の好きな山本弘、友野詳、菊池たけしが遊んだ世界だって、 俺が気に入らなければ、遊ばないのだ! (単発シナリオならいいかもしれないが、キャンペーンはできないな。) もちろん、プレイヤーとしては別。
それから、こんなことも言っていた。 「(SF系TRPG)は、非常に曖昧な世界観で構成されているので、 各人がイメージや考えを持ち寄り、1つの世界観を作り上げるように して行けたら、と思います。」 良い心がけです。 でも、ファンタジーでは世界観を共有していると思いますか? 俺は普段一緒に遊んでいる友達たちとも、異なっていると思いますよ。 つーか、俺のゆがんだファンタジー観について来れるか? 遅れる奴は置いていくぜ!
皆の共通を求めると、最小公倍数になってしまう。 むしろ、最大公約数を求めた方がいいのではないか。 D&D映画だって、指輪物語の映画だって、どっちも監督のイメージだぞ。 ここは日本人らしく、あいまいで、あやふやでもいいのではないか。 プレイに支障なければ。 (だから俺はプレイ最中に皆に確認をとるようにしている、つもりです。)
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まあ、そんなことを言いたかったわけ、ではないのだが、まあいいや。
え? なんで本人に直接言わないかって? 面倒くさいからに決まっているじゃないですか。(口元をゆがませながら)
今日はちょっと毒吐き。
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