天使のながばなし
maki



 これは告白だな。

まだ探してます。一生探してるのかも。
それは変わってゆくものなのか、どこかにある不変なのか。

歌い始めた頃、そんなことなーんにも考えてなくて、
いつも誰かみたいに歌っていたんじゃないかな。
それは楽しかったし、モノマネも上手だったし、
歌うことにそんな大切な意味が隠れてるなんて、
思いもしませんでした。
おっきな声を出して、高い声に挑戦して、
迫力だけで上手だと言われて、喜んで。
繊細さのかけらもなくて。

それから、ゴスペルを歌い始めて、ゴスペルを楽しんで、
ゴスペルって音楽のなかで感じたことはたくさんあった。
それっぽく歌って、特に疑問も抱いてなかったのだけど。

オリジナルを歌い始めて、
ライブの中で感じた出会ったことのない自分。
私の中の自然って言葉よりも、
それを超越した次元の声と空間に出会えた気がする。

でもだ。
ここ1年くらいで、気づき始めた違和感が、
こないだのJのライブではっきりした。
本当の自分の声でゴスペルを歌ったことは一度もない。
自分がどんなふうにゴスペルを歌っていたのかわかった。

本当に今年のライブは素晴らしかった。
みんなが素晴らしかった。
一人ひとりの声や取り組み方や気持ちが、
ガツーンと伝わってきて、
録音聞いてもなんだか泣けたりする。

それと同時にはっきりしたことは、
太刀打ちできないんだとゆうこと。
変な言い方かな?でもそんな感じ。
あんな強い声も、あんな迫力も、あんな高くて綺麗な声も、
あんな柔らかい雰囲気も、全部私には出せない。
私は別の声を持って生まれててるのに、
全部できるような気がしちゃってたんだよね。

自分の100%でそんなふうに思ったのは初めて。
完全に降参なんです。
誰よりも上手く素敵に歌おうって思ってたんだな〜あたし。
自分で言うのもなんですが、
ちっちゃいころから、わりと何でも1番で来ちゃったからね。
まぁ、井の中の蛙ですが。
器用貧乏なんだよ〜って思ってはいたけど。

本当の意味で認めた。これはおっきい。とてもおっきい。
だから今年のライブは私の中でもとってもおっきい。
ゴスペルの中で、私として自然な恵みの声として、
歌おうとはしてなかった。
それはとても見つけづらくてね。

私はあの人でもあの人でもあの人でもない。
知ってたけど、知らなかったね。
完全に認めるところまでキター。やったね。
このあきらめの脱力感と開放感は案外心地よし。

私の本当の声でゴスペルを歌える日が楽しみです。


2007年09月27日(木)
初日 最新 目次 HOME


My追加