 |
 |
■■■
■■
■ これは告白だな。
まだ探してます。一生探してるのかも。 それは変わってゆくものなのか、どこかにある不変なのか。
歌い始めた頃、そんなことなーんにも考えてなくて、 いつも誰かみたいに歌っていたんじゃないかな。 それは楽しかったし、モノマネも上手だったし、 歌うことにそんな大切な意味が隠れてるなんて、 思いもしませんでした。 おっきな声を出して、高い声に挑戦して、 迫力だけで上手だと言われて、喜んで。 繊細さのかけらもなくて。
それから、ゴスペルを歌い始めて、ゴスペルを楽しんで、 ゴスペルって音楽のなかで感じたことはたくさんあった。 それっぽく歌って、特に疑問も抱いてなかったのだけど。
オリジナルを歌い始めて、 ライブの中で感じた出会ったことのない自分。 私の中の自然って言葉よりも、 それを超越した次元の声と空間に出会えた気がする。
でもだ。 ここ1年くらいで、気づき始めた違和感が、 こないだのJのライブではっきりした。 本当の自分の声でゴスペルを歌ったことは一度もない。 自分がどんなふうにゴスペルを歌っていたのかわかった。
本当に今年のライブは素晴らしかった。 みんなが素晴らしかった。 一人ひとりの声や取り組み方や気持ちが、 ガツーンと伝わってきて、 録音聞いてもなんだか泣けたりする。
それと同時にはっきりしたことは、 太刀打ちできないんだとゆうこと。 変な言い方かな?でもそんな感じ。 あんな強い声も、あんな迫力も、あんな高くて綺麗な声も、 あんな柔らかい雰囲気も、全部私には出せない。 私は別の声を持って生まれててるのに、 全部できるような気がしちゃってたんだよね。
自分の100%でそんなふうに思ったのは初めて。 完全に降参なんです。 誰よりも上手く素敵に歌おうって思ってたんだな〜あたし。 自分で言うのもなんですが、 ちっちゃいころから、わりと何でも1番で来ちゃったからね。 まぁ、井の中の蛙ですが。 器用貧乏なんだよ〜って思ってはいたけど。
本当の意味で認めた。これはおっきい。とてもおっきい。 だから今年のライブは私の中でもとってもおっきい。 ゴスペルの中で、私として自然な恵みの声として、 歌おうとはしてなかった。 それはとても見つけづらくてね。
私はあの人でもあの人でもあの人でもない。 知ってたけど、知らなかったね。 完全に認めるところまでキター。やったね。 このあきらめの脱力感と開放感は案外心地よし。
私の本当の声でゴスペルを歌える日が楽しみです。
2007年09月27日(木)
|
|
 |