私はぬいぐるみを何対も持っているのですけど、その子たちにはみんな名前があります。名前をつけて、私はその子たちに私の心の一欠けらをあげて、人格を作ります。 この子は一番年上のしっかりやさん、この子は泣き虫、この子は自由奔放…それは、「こうなりたい」姿であったり、「本当はこうなのよ」って姿だったりいろいろだけれど、ぬいぐるみたちが持っている人格は、確かに私の心を映していて、だからあの子達はある意味みんなそれぞれ私の分身です。
るかちゃん、と名前をつけたイルカのぬいぐるみがいるのですけど。 最近るかちゃんが泣くのです。しくしくと。寂しいよう、嫌だよう、って。 大丈夫だよ、泣かないで、大好きよ、って抱きしめてあげるのだけど、るかちゃんの持っている人格は、私の泣き虫で寂しがりの小さな子供の部分が大です。 …だから、『るかちゃんが泣く』ってことは、イコール『私の中の小さな私が泣いている』ってことなんでしょうね。
わたしはどうしてこんなにダメなこなんだろう。―そんなことないよ。 きっとみんなわたしにあきれてどっかいっちゃう。―傍にいるよ。 いいこでいるから、いうこときくからおこらないで。―怒らないよ。 まちがっちゃダメなの、ちゃんとしなくちゃいけないの。―間違えてもいいんだよ。
いいこでいるからひとりにしないで!! ―あなたがあなたである全てが丸ごと、大好きだよ。
泣いているるかちゃんを抱いて、私は本当はそれを通して泣いている自分を抱いているのでしょう。
…ちょっと今日の日記は方向があれですね。 「うわあ…」と思ったらさっくり読み飛ばしてくださいませ。
|