こういうニュースにやたらときめくのです。 遺跡から古代の!とか、現代科学による再調査で真実が!とか、そういうの大好きvv新聞とかに載ってたりすると思わず熱心に読んじゃいます。 テレビだと『時空警察』とか。今年も年末にやるのかな、『時空警察』
でもそういう謎が解明された話とか、解明に至るまでの道のりとかを読んだりするのも大好きなんですけど、謎はずっと謎のままであった方がロマンだなあ、とかも思ったりする。 特に切り裂きジャックなんかはそうなんですけど、分からないからこそ考える楽しみがあるじゃないですか。 犯人は誰なのか、どうしてそんな凄惨な事件を起こしたのか、当時のロンドンの世相、身分格差、いろんな事実の合間に少しずつ、それぞれの予想空想を組み入れる余地があって、もしかしてこうかも、いやこうかもって自分なりの事件像を組み立てられて。 歴史のパズルの欠けてる部分を想像するのはとても楽しいと思うので、そうするとある程度『謎』は残っててくれないと空想のしようがないわけなのですよ。遊びは残しておいてほしいなあ、とか思ったりして。
ベールが剥がれていくのは、それはそれでわくわくして楽しいので、もしホントにDNA鑑定でジャックの正体が分かったらすごいとは思うんですけど、でもどうせ100年以上謎のままだったんだから、このまま謎であり続けてもいいよなあ、とか思ったり。 タイムマシンでもあれば、本当に『完璧な謎の解明』も可能なのでしょうけど、それは今のところ無理なので、結局どうあっても綺麗にぴっしりはパズルは埋まらないと思うのです。そしてその埋まってないパズルの端を見つけては、重箱の隅をつつくようにあれこれ想像するのが楽しい。
…まあ、結局のところ何の話かって言えば、私が夢想家だって話なのですけど(笑) 夢想家じゃなきゃ、サイトまで作ってお話書いてないよ。原作や史実の重箱の隅をつつくのが面白いんじゃん!という話。
ところで今日図書館でお化けの本を借りてきたんですけど、愛知県にはあんまり有名どころのお化けがいないのがちょっと寂しい。 やっぱりお化けは京都辺りがメッカですな。
明日は友人が遊びに来ます。お菓子でも食べながらまったり語るのさ。
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