前潟都窪の日記

2004年05月05日(水) 【桃源郷フンザ目指しカラコルムハイウエイを走る・・パキスタン�◆�

バスはペシャーム目指して出発した。走っている道路の両脇にはユーカリの
木が植えられている。この道はマルコポーロも通った絹の道であり現在はカラコラムハイウエイと呼ばれている。この道路は北京からカラチまで7250キロメートルを結んでいて、1976年に全線開通した。開通までに10年を要し た大工事であったという。
このカラコルムハイウエイをひたすら北上し、バットグラムと呼ばれる集落あたりまでは比較的平坦な道が続き周囲に広がる田畑は緑豊かである。ハイウエイとはいうものの、舗装が施されているというだけの道でところどころ穴があき、補修も完全には行われていないがたがた道である。往復一車線宛のこの道路は専ら自動車が走行しており自転車やモーターバイクは殆ど見かけられない。たまに農業用トラクターが走行していることもあるが一番多いのは満艦飾に飾ったトラックである。たまに山羊や羊の群れが悠然と道路を歩いていることもある。行き交うスズキと呼ばれるタクシーには鈴なりのものもあれば、スカーフを被って顔を隠した若い女性が幌の陰にひっそりと相乗りしているものもある。スズキとはスズキの軽トラックのことであるがこの国では荷台に腰掛けを取り付けて幌を被せ、人員輸送のために転用されているタクシーを意味する。
2時間ほども北へ向かって走行し、バットグラムの集落を過ぎた頃から道路は次第に山道に入り、周囲は松の木がまばらに生えている山の風景に変わる。やがてインダス河と合流し、河岸を曲がりくねりながらも、どこまでも北へ遡及していくにつれ、道は険しくなっていくが、川沿いに河岸段丘が開けてきて河の両岸に丹念に手入れされた棚田が現れる。ここはパターンと称される集落である。棚田には水が張られて光っているものもあれば、麦が実って黄色く光っている畑もある。田植えが終わって青々と繁っている水田もある。何枚もの小さな区画の段々畑が山腹を扇状に広がっていく景色は美しい。しかも青田ではスカーフを頭から被った女性が草取りをしていたり片方で水牛二頭に鋤を引かせた農夫が水田を耕していたりするかと思えば、他方では農夫が畑を鍬で耕していたりする。日本でも50年前には見られた長閑な田園風景が静かに息づいている。瀬戸内海の島々で一昔前に見られた段々畑以上にアジア的な高度集約農業の原風景が残っていた。この集落では手前の道路から河を隔てた対岸の道路までおよそ1kmほどの距離にワイヤーを張り、籠をぶら下げて人員輸送をしている。6人が定員の村営ロープウエイである。ロープウエイの下には河岸段丘の棚田が広がっている。


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