前潟都窪の日記

2004年05月31日(月) 【ボロブドール、プランバナンの遺跡巡りとバリ島・・インドネシア�◆�

バリ島へ飛ぶため三時半に起床した。バリ島で最初に強烈な印象を受けたのは、各民家の庭に明確に区画割りして設置されている「お社」のようなものである。最初墓場かなと思ったがよく見ると母屋の北東にあたる位置にかなり広い面積を占めて灯籠型の塔が4〜5個建っているのである。中に御神体でも安置してあるのかなと覗いてみたが偶像らしきものは何も飾られておらず供物が供えられているだけであった。

 ヒンズー教寺院でよくみかける動物の形をした魔除けの像はこの「お社」への入口の門柱に彫刻されていたり柱の上に飾られている。ガイドに聞いてみるとこれはヒンズー教の神々を祭るための家庭の「お社」であり、満月の日やヒンズーの祭日には黒と白の元禄模様の布や赤、黄、緑、白の布や幟りで飾られるという。そしてこの「お社」の後方に母屋とおぼしき建物が建っている。田舎へ行く程母屋より「お社」の方が大きく立派な造りであるのをしばしば目撃した。

 この「お社」にも格式のようなものがあって、屋根の造りだけとりあげてみても銅板葺き、コンクリート葺き、瓦葺き草葺き、トタン葺きとさまざまであり、その大きさも千差万別である。母屋より大きなものがあるかと思えば、団地サイズのお雛様セットの如くちいさく纏まって形だけ真似をしたと思われるものや、土地の有効利用の観点から編み出されたとおぼしき屋上に設置されているものまである。どうもヒンズー教のカースト制が「お社」の祭祀形式の中にはまだ残っているようである。

 ガイドに確認してみるとカースト制は冠婚葬祭には厳然として残っているが職業の選択や進学についてはカースト制の制約は無くなっているということであった。そして市内の至る所にラーマーヤナに題材をとった人物像や動物像が誇らしげに飾られている。イスラム社会であるインドネシアにおいてここバリ島だけは例外的にヒンズー教の風俗習慣が根強く息づいているのである。 

 夕方ケチャックダンスを観劇した。これはとても異様な踊りである。真っ暗な舞台の中央に何本か灯されている蝋燭の火を中心にして上半身裸体の男達三五人程が集まり、口々に「ケクチャク、ケクチャク」と歌いながら踊るのである。そこへラーマーヤナ物語の主人公達が逐次出没して物語が進行するのであるが、半裸身の男達は常に舞台上にあって、奇妙な歌を歌いながら群舞したりうずくまったりするのである。元来ケチャックは、恍惚状態にある娘達が踊るサンヤンという踊りに伴ったコーラスの事であった。サンヤンダンスは恍惚状態にある娘達を通じて祖先の願いを聞くことを目的としていた。現在ではこれが変容して、ラーマーヤナ物語が独特の奇声コーラスと踊りの中で展開されるようになったものが、ケチャックダンスとして演じられているのである。

翌朝九時から始まるバロンダンスをデンバサール市内の劇場で観劇した。
バリでは善魂と悪魂がいつも同時に存在すると信じられていて、バロンは善魂を表す動物でありランダは悪魂を表す動物である。バロンは寺院の守り神であり、具体的には獅子であることが多い。バロンの踊りはガメランというバリ独特の楽器の演奏に合わせて踊られる。バロンとランダが踊りの中で色々な戦いをするがいずれの勝利もないままに踊りは終わるのが特徴である

 最初獅子舞が現れて獅子舞を披露し、そのうち王子や王女、王様や宰相、召使、魔女、死に神、道化の猿、僧侶などが次々に出没し物語が進行する。七段階に分けて場面が構成されているが善魂と悪魂が争っている様子が面白可笑しく演じられるので言葉は判らなくても役者の所作から物語のおおよその流れは理解できて楽しく鑑賞することができた。言葉の判らない観光客には昨夜のケチャックダンスよりは余程良いと思った。

それにしてもバリ島には日本の若者の観光客が多い。これほど多くの日本の
若者を今までの旅行で見たことがない。


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