前潟都窪の日記

2005年10月22日(土) ベチャの面2

「オッカァのことをオカァサマと呼んどるでぇ」
「先生ゴキゲンヨロシュウというのをわいは聞いたでぇ」
「こねぇだ、雨が降っとったじゃろう。せぇで,うちが傘にのせたぎょうか言うたらな、傘にノッタラ骨が折れるわよと言うんじゃぁ。うちゃぁ、もうおかしゅうて」
 清一は勉強はよく出来る方だったので、各学年とも三学期のうち少なくとも一学期間は級長になった。香織が転校してきたときは、先生のはからいで香織の席は級長の清一の隣に決められた。
 転校してきたばかりなのに香織は、清一達の知らないことをよく知っており、とても太刀打ちできない学力を持っていた。教室では良く勉強ができたが、まだ方言が喋れないので、遊び時間に悪童達から標準語を冷やかされると悲しそうな顔をした。

 香織が転校してきてから10日ほど経った日曜日に、清一達のクラスの主だった者5〜6人が香織の家へ招待され、遊びに行くことになった。清一達が誘い合って、工場の近くにある社宅群の中でもとりわけ立派な構えの香織のうちの玄関で
「御免せぇ」と案内を乞うと香織がでてきて
「ようこそいらっしゃいました。さぁどうぞお入り下さい」と大人びた物腰で招じ入れようとする。声を聞きつけて香織の母も現れ
「まあまあ、皆さんようこそいらっしゃいました。香織の母でございます。香織がいつもお世話になっています。さあどうぞ、どうぞ」とにこにこしながら迎えてくれた。
 清一は何と言っていいか判らず、慌ててピョコンと頭を下げた。清一に続いて健介、剛、京子、栄もピョコリ、ピョコリと頭を下げた。
 通された応接間にはピアノが置いてあり、書棚には世界文学全集や日本文学全集、世界の思想大全集等の本がぎっしり詰まっており、清一には読めない分厚い外国語の本も並んでいる。壁には羊飼いと羊の群れを描いた大きな絵がかかっている。清一はこれとよく似た絵を先生に連れられて大原美術館に行ったとき見たことがあると思った。天井には豪華なシャンデリアが輝いており、床には茶色の絨毯が敷かれ、赤い革張りの安楽椅子が幾つか置いてある。

 健介、剛、京子、栄も落ちつかない様子でもじもじしている。何時もと勝手が違って、部屋の雰囲気に圧倒され、よそ行きの顔をして畏まっている。「さあ皆さん、どんどん召し上がって下さいね。香織は末っ子だし転校してきたばかりなので、お友達もなく寂しがっていますのよ。皆さんに仲良くして戴いて、岡山の言葉も沢山教えて下さいね」と香織の母はケーキを勧めながら、清一達の顔へ笑顔を投げかけた。香織も慣れた手つきで紅茶を配っている。香織の母の視線が剛に移ったとき、剽軽者の剛は慌てて
「岡山弁はすぐ慣れますらぁ。わいら生まれたときから岡山弁で話しょうりますがぁ」というと
「まあ、剛さんは生まれたときから、言葉を話したの。ソリャァ、ボッケェナァ」と香織の母が岡山弁を混じえて言ったので皆どっと笑った。
 香織の母の巧みなリードで清一達は畏まった気持ちもほぐれ、平気で方言が喋れるようになった。秋祭りのこと、ベチャのこと、投げし針のこと、茸狩りのこと、蜻蛉釣りや蝉捕りのこと、凧上げのこと、藺草刈りや田植えの手伝いのことなどこの地方で清一達の日常生活の一部になっている行事や遊びのことを皆かわるがわる得意になって話して聞かせた。香織は特に祭りのベチャに興味を持ったようである。この地方に伝わる桃太郎伝説とベチャの関係を清一は請われるままに、乏しい知識を振り絞って説明した。
 清一の話しに目を輝かせながら聞き入っている香織の姿を清一はとても美しいと思った。
「清一さんは何でもよく知っているのね」と香織が感心したように言ってくれたので、清一は満足した。香織のうちへ遊びにきて良かったと思った。

無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム


 < 過去  INDEX  未来 >


前潟都窪 [MAIL]

My追加