白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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2007年05月03日(木) 出会いの不思議

一昨日、昨日と続けざまに友人と会って色々と刺激を受けたのか、考えさせられることが多かった。どうしても書いておきたいことを1つだけ記しておくことにする。

昨日会った友人とは、この日記を書く前に出会った。一応「WEBに公開」している形ではあったものの、お互いに閉じた感じのものを書いていて、そこは「誰かと出会うための場所」ではなかった。今流行りのSNSの便利さを思えば信じられないほど不便な環境で、わざわざ相手にメールをすることからはじめなければいけないところからスタートした関係だったのが、いまや互いの家を行き来するまでの関係に発展している。今考えれば無謀とも思えるキッカケだったのに、こうやって続いているのが不思議でならない。そう言えば、そこで知り合った人達とは何故だか今でも細々ながらも続いている。

どんな状況にあっても、どんなに些細なキッカケであっても「出会うべき人とは出会えるものだ」と思う。それは、恋愛だったり、友情だったり、その形は様々だけど「努力したから仲良くなれる」というような類の物ではないように思う。古い言葉で言えば「縁」だろうし、ロマンティックな言葉で言えば「運命」だろう。思えばね夫との出会いなど、よりにもよって某・巨大掲示板だった。もちろん互いに求め合う意識が無ければ何も始まらないのだけれど、そういうのって運任せ的な要素が強いような気がしてならない。

……って事は、今から新しい出会いを求めたとしても、努力だけでは得られないって事になる。実際にSNSのような「いかにも」な空間に身を投じたからといってそういう稀有な関係が築けるとは限らない。人との出会いはどこに転がっているか分からないし、それを掴み取るのは難しい。そして、その関係を継続するのは、もっと難しい。そう思うと、失いたく無い人の手は絶対に放しちゃいけないのだなぁ……と思う。

好きな人は大切にして、嫌いな人は切っていく……という、単純すぎる発想で良いのかも知れない。

丁度今は結婚だの、出産だの、退職だので、身の回りの環境がゴロッっと変わっていく時期にあるので、そういう事を考えずにはいられない。日々の雑事に追われていると自分からマメに連絡を取るのは難しいけれど、それに胡坐をかいてはいけないなぁ……なんて事を思ったところで、今日の日記はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
2006年05月03日(水) 黄金週間前半戦
2004年05月03日(月) 洗いたての風呂。
2003年05月03日(土) 火遊びの女。
2002年05月03日(金) 江戸漫遊�機 船灰海覆藹擦瓩襪隼廚辰拭�

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