数年ぶりに雪が2�僂曚廟僂發蠅泙靴拭�でも、ぼたん雪なのでベタベタで、道は濡れているだけなので、3階のベランダでトーイは遊んでました。◆ 朝日新聞 2月9日付社説 君が代判決―都教委は目を覚ませ卒業式の君が代斉唱で起立しなかったからといって、定年退職した都立高校の教職員らの再雇用を拒むのは、裁量を逸脱、乱用したもので違法だ。東京地裁がこう判断し、13人に計2700万円の賠償を支払うよう東京都に命じた。 東京都では国旗・国歌への強制ぶりが際立ち、抵抗する教職員が次々に処分されている。定年を控えた教職員に対しては再雇用をしなかった。こうした処分に対する訴訟も相次ぎ、今回の判決はそのひとつだ。 国歌斉唱で起立しなかったことは、ほかの教職員や来賓には不快かもしれないが、積極的に式典を妨害するものではなく、再雇用を拒否するほどのものか疑問だ。これが判決の論理である。 私たちはこれまで社説で、「処分をしてまで国歌や国旗を強制するのは行き過ぎだ」と主張してきた。様々な歴史を背負っている日の丸や君が代を国旗・国歌として定着させるには、自然なかたちで進めるのが望ましいと考えるからだ。 今回の判決は都教委の強制ぶりを戒めたもので、評価したい。 再雇用拒否の当否が争われた裁判では、東京地裁の別の裁判長が昨年、都教委の主張を認めた判決を出している。「一部の教職員が起立しないと式典での指導効果が減る」との理由だが、再雇用を拒むほどのことではないという今回の判決の方が常識にかなっている。 今回の裁判でもう一つの論点は、起立させる校長の職務命令は、思想・良心の自由を保障した憲法に違反するかどうかだった。判決は「職務命令は原告らに特定の思想を持つことを強制したり、禁じたりしていない」として合憲とした。 この点については、東京地裁の別の裁判長が06年、都教委の通達や指導を違憲と判断した。その当否は別として、裁判官によっても分かれているほど判断が難しい問題を、教育の場で一方的に押しつけるのは好ましくない。 今回の判決を機に、都教委には改めて再考を求めたい。 都教委の強硬姿勢が際立ったのは03年、入学式や卒業式での国旗掲揚や国歌斉唱のやり方を細かく示す通達を出してからだ。この通達のあと、延べ400人近い教職員を戒告や減給、停職の懲戒処分にした。再雇用を拒否された人は、今回の原告を含めて約40人にのぼる。 教職員は君が代斉唱の時に、踏み絵を迫られる。立って歌っているかどうかを確認するため、校長だけでなく、都教委の職員が目を光らせる。 こんな光景が毎年繰り返された結果、残ったのは、ぎすぎすした息苦しい雰囲気である。子どもたちの門出を祝い、新しい子どもたちを迎える場としては、およそふさわしくない。 あまりに行き過ぎた介入は教育そのものを壊してしまう。今年も卒業式や入学式の季節が近づいているだけに、都教委にはそろそろ目を覚ましてもらいたい。-----------------------------(引用終了)----------------------------朝日が社説で書いている今回の判決は、「一度の命令違反で、再雇用拒否はやり過ぎ。」これだけであって、思想・良心の自由とはまったく次元の違う話なのですが、強引に、自分たちのいつもの主張に持って行っていますね。>様々な歴史を背負っている日の丸や君が代を>国旗・国歌として定着させるには、>自然なかたちで進めるのが望ましいと考えるからだ。それを阻害してきているのが、過去の戦争を想起させるとか、軍国主義に突き進むなんて妄想にとらわれて、卒業式&入学式で「日の丸・君が代反対」と喚いている教師たちと、それを応援している朝日新聞など一部既存メディアでしょ。こういう教師やメディアの拒絶反応が、不自然で異常なだけではないでしょうか。> こんな光景が毎年繰り返された結果、残ったのは、>ぎすぎすした息苦しい雰囲気である。子どもたちの門出を祝い、>新しい子どもたちを迎える場としては、およそふさわしくない。 ギスギスした卒業式&入学式を行ってるのは、拒絶反応をしている教師が狂ったパフォーマンスを繰り広げている学校のみ。本気で子供の為と思うのであれば、子供達の晴れの門出の時くらい自分の主張は我慢すればいいだけのことであって、結局、反対している連中は、子供の事など何とも思ってなく、頭の中にあるのは、一番目立つ場所で自分の主義主張を振りかざすことだけ。 それにしても、朝日新聞が日の丸君が代を強制するなと、声高に語れば語るほど、朝日新聞が主催する夏の甲子園での日の丸君が代が、ますます矛盾を帯びてくるわけですが、商業主義のためなら日頃の思想信条はあっさり捨て去るんだから、ご都合主義ここに極まれりと言ったところではないでしょうか。