今日は月に2日取得できる任意休暇日だった。「石焼いも〜。おいも、おいも〜」という近所の歌声で目覚めた。ご機嫌すぎる。「おいしいおいしいおいもだよ、ほっくりおいしい、あったかおいしい、とにかくおいしいおいもだよ。」とにかくリズミカルなラップ調の歌声は、いつまで経っても終わる気配がなかった。3日ぶりに煙草を吸ったけれど、人生に煙草は特別必要でもない気がしてきた。雰囲気という煙を吸っているだけだからだ。
午後、新たな住まいとして考えている地域に足を運んでみた。地下鉄の駅を降りて階段を上がると、浅草通りが目の前に広がっていた。夥しく通り過ぎる車や、すぐ向かいで補完・競合する2軒のコンビニエンスストア、上品に灯る赤提灯の居酒屋。ここは想像よりもずっと都会だった。
駅から歩いて3分ほどの位置にある地元の不動産屋に入った。席に座り、営業担当の中年男性Tさんに家賃の予算や部屋の条件を伝える。すると、Tさんは「この予算では厳しいですね」とぶつぶつ言いながらファイルに綴じられた物件情報をパラパラと捲り、その中から数件のアパート情報を取り出した。こっちは部屋の中に収納スペースがないし、そっちは部屋に洗濯機置場がないし、もう一つは収納も部屋で洗濯もできるけどとにかく狭い。全体的には、僕の予算でこの近所に広々と住むのが明らかに無理そうだった。しかし、この不動産屋さんで見つからなければ、今後どの店で探しても同じく選択に詰まる気がした。ならばいっそここで決めてしまおう。意志を固め、2軒を下見することにした。
Tさんが車を運転すること10分、最初の物件に着いた。図面で見た限りでは、この物件には洗濯機置場もベランダもない。それでも実際に部屋に入ってみたら、広い。実家も含め、今まで住んできた部屋の中で最も広い。しかも、図面にはなかったベランダもある。ベランダに出ると、やや右側に夕日が沈みかけている。9階なだけあって眺望が素晴らしい。夏には、隅田川からあげられる花火も見ることもできるという。家賃は少し高いけど、ここに決めた。収納スペースには布団をしまうこともできる。洗濯機置場が無いのは辛いけれど、現在使っている洗濯機は処分して、この物件内にあるコインランドリーを使おう。頭の中では早くも家具等のレイアウトを考えている一方で、身体はもう1軒の物件を見に行った。2軒目は1軒目よりも家賃が1万円ほど安いけれど、異様に狭く感じて逆に割高な印象を受けてしまった。でも良く考えたら、1軒目の物件を内見していなければ、この2軒目かそれに似た部屋に決めていたのだろうと思う。出会いは不思議だ。
車で不動産屋さんに戻り、最初に内見した物件について、契約書の前段階となる申込書を記入した。契約の際には連帯保証人が必要だ。できることなら身内に頼まず保証機関会社を活用したかったけれど、分譲賃貸である都合上もあって身内がベストだとTさんに言われ、まんまと従う。不動産屋を出てから電車を乗り継いで実家に寄り、父に連帯保証の承諾を得た。明日は自分の住民票をもらいに市役所に寄ってから出社しよう。
しかし、いくら会社の福利厚生で寮に住ませてもらっているとは言え、2ヶ月以内(実際には3/15までに出るよう1/21に宣告されたので、2ヶ月未満だ)に退去しなければならないのは辛い。期間の定めがない一般の建物賃貸借ならば、契約は借地借家法第27条第1項に基づくだろう。つまり、賃貸人は任意の時に賃借人に対して建物賃貸借契約の解約の申入れをすることができて、この申入れの意思表示が賃借人に到達した日から6ヶ月を経過することによって、契約の賃貸借期間が満了する。借地借家法の一般法である民法617条を見ても、建物の賃貸借が終了するのは、解約申入れから3ヵ月後だ。したがって、正直なところ、こんなに早く寮を出なければならないことが理不尽だとは思う。寮の管理を担当し僕に退寮を告げた人事部門と交渉すれば、引越しの費用をいくらか出してくれるだろうか。なんて、交渉をしても適当にたしなめられて有耶無耶になるのは簡単に想像できる。もしも「安く住ませてやっただけでも感謝しろ」と言われたら、議論を展開させるのが馬鹿馬鹿しくなって、会社のことが少し嫌いになってしまうかもしれない。僕が嫌気を抱くべき対象はあくまで交渉相手一人なのに、会社という組織に対象を抽象化してしまいそうな自分の思考回路を卑怯だと思う。 // |