朝、起きて、よぉーーっし!今日は会社を休もうと思ってたけど ぐっすり寝たからかな。昨日凹んだことは、あんまどうでもよくなってた。 でも、娘が風邪を引いて学校を休みたいというので、やっぱり会社は休むことにした。 娘もここのとこ土日も休みなしでクラブで疲れがでたらしい。 午後から本を読んでいたら気がついたら爆睡してた。 パパからのメールで目が覚めて、夕飯の用意。 鶏肉の手羽先、ごぼう、にんじんをお酢とおしょうゆで煮て 四角豆(いんげん豆の一種)をごまあえにする。 なすのお味噌汁を作り、それにネーミングでひかれて買った”ぺらぺらうどん”をプラス。 ”ぺらぺらうどん”はゆず味の薄い乾麺で、なかなか美味しかった。 サーモンとアボガドをマリネにしたサラダと 夕方に行ったスーパーで半額になってたさんまのお刺身 厚揚げをオーブントースターで焼いたのに食べるのを忘れてしまった。 パパがお土産に買ってきた明太子にみんな夢中になってしまって デザートのアップルパイまで辿りつけなかった。
夕飯の時におじいちゃんの話しになり 今日は死んだ義父の命日だったことを思い出す。 双子の娘が1歳だったから、あれから9年も経つんだなぁ。 9年前の今日、私と娘たちは、パパが海外出張に行くので私の実家にいた。 夕方に義母から電話がかかり、義父が倒れて救急車で運ばれたと連絡が入った。お風呂あがりのすっぴんのまま母が大急ぎで作ってくれたお弁当を持って、私は1人でその病院に向かった。 途中の駅で東京にいるパパに電話をしたら、体調が悪くて早めに家に帰っていた。とりあえずすぐに実家に帰ってほしいと伝え、パパはそのまま着の身着のまま新幹線に乗った。 病院の受付で義父の名前を告げると、看護婦さんの顔がさっと変わった。 こちらへと通された部屋に入ると、父の顔に白い布がかけてあった。 何が起きたのかよく事情が飲み込めず、廊下で義母が電話をしてた。 一番上の義理の姉も病院に来た。姉が義母とともに義父の乗った車に乗り、 私は先に帰って準備をしておくよう言われて家の鍵を渡されて姉の子供を連れて先にタクシーで移動した。 家に着いて準備ってどうしたらよいのかさっぱりわからない。 母に電話をして、尋ねて、父のための布団をひいた。仏様だから北枕だと そんな事だけ気が回った。 玄関のチャイムがなり、義母たちが帰ってきた。 そこにはべろんべろんに酔っ払った葬儀屋のおじさんがいて、えっ?この人が車を運転してきたの?と思うくらい酔っ払っていた。 しかも葬儀屋さんはそのおじさん1人で、そのおじさん1人では当然父を家の中に運ぶことはできない。 そのおじさんが頭の方を持ち、私と姉が片足づつ持った。 息子が3人もいるのに、こんな時に誰もいなかった。 うちのパパは東京からの移動中で上のお兄さんも出張中でなかなか連絡がとれなかった。下のお兄さんは、とっても冷静で葬儀になると会社をずっと休むから残業をしてたのだ・・・ 父はとっても重くておまけに葬儀屋のおじさんは酔っ払ってふらふら。 正直言って、すごい怖いのと不安でいっぱいだった。 でも、絶対に落としてはいけない。この手を離してはいけない。 まっすぐの移動よりも角を曲がるという動作が大変だった。 父のこのずんとした重さと硬直した体が生きてる人ではないんだ。とこの手で実感した。 今でもその時の父の重さとかかとからふくらはぎにかけての色の白さははっきりと覚えている。
義母に電話をしたら、あの時のうちの母が作ってくれたお弁当のことは忘れない。と。 独り暮らしの母が今日はとても寂しそうにしてた。 いつも電話で義母の病院や腰痛の話しにつきあうのは面倒くさいなぁって思うこともあるけど、今日は電話を切った後、なんかすごく泣けてきた。 私は悲しいのか、義母にあまり優しい気持ちをもてなくて申し訳ないと思ったのか、義父が亡くなった日のことを思い出してか何かわからないけど、
最近の私の中にはイライラと怒りの感情でいっぱいだったけど、今の私の中には泣けるけど、悲しいけど、何かに誰かに感謝してるという穏やかな気持ちでいっぱいだ。
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