自分が撮った昔の写真をみてなきそうになってしまった。 活きがいい。。 本当に寂しくなってしまった。 5年前。。。 あれから5年。
本当に自分で撮った写真をみて、昔の俺はいい写真を撮るなとマジで感動。。
昔の俺と今の俺。。。 色々変わったけれどね。 まだいろんなものに対して期待があった時だ。 希望があった時だ。 でも、あれからの5年で、昔とは比べ物にならないくらいに成功はしたけれど、逆に希望とか期待とかはなくなった。
物事を知れば知るほど、期待とか希望というものはなくなるものだ。 世の中、中身を見れば見るほど嘘ばっか。 真実ではみんな幸せになれないからさ。 冷たい事実より、やわらかいなまぬるい嘘を信じるほうが楽で幸せなのだ。
だから、32歳を過ぎると人に何も言わなくなる。 世の中そんなに甘くネーよと思いながらも、何の疑いもなく物事を信じて何もしないで年ばかりとっている人達をみても、顔では笑って適当に流して、心ではバツをつけている。 で何も言わない。 俺には関係のない。 人生で一瞬会った人達だから。
俺が怒ったり、何かを教えるというのは、本当に見込みがある人だ。 ほとんどは適当に受け流す。 右から左に受け流して顔にバツをつける。 別にわざわざ自分の正体を明かすまでもない。 俺はこんな人間ですと自己紹介しなければいけない人間にはする。 でも、必要のないことはしない。
でも、頭のいい人というものは、他人がボケーとしている間に、物事に気が付き、他人が気が付いたときには仕込みが完了して、他人が動き出したときには高みの見物をして、他人が訳の分からん競争しだしたらもうそこにはいないものなのだ。
競争して上に立ったと思っている人なんて、実は踊らされているモルモットみたいなものだ。 これ本当。
でも、頭のいい人達は、それを絶対に言わないだけ。 俺は馬鹿だから言っちゃう。 そして頭のいい人達は、人間の力なんて大したことない事をしっているからこそ、自分の力の使い方をよく知っている。 どのタイミングで使わなければいけないかをよく知っている。
でも、本当にいろんな人をみてきて、ほとんどバツ。 びっくりするくらい何も考えていない。 多分、これからも何も考えずに流されて生きていく人達だと思う。 俺には関係ない。 何かをいう気力もない。 ○がついたのなんてほんの数人。。。俺が認めるのは本当に超優秀な人だ。
今、鬱病の時。。。。 人生を振り返る神様が暮れたお休みみたいなものだと思っている。 やっぱり、初心に帰って旅に出ようと思う。 一眼レフカメラをもって、昔みたいに希望をもう一度もってね。
希望がなければ、俺が作ればいいのだ。 俺はクリエイターで構成者。 そうなるためのお休み期間。。 その為に神様が俺を鬱病にしてくれたのだ。
昔は広い世界を目指してそんな写真を撮っていた。 今撮りたいものは人。。。 いかに、その人の内面を映し出す写真をとるか?? 本質を取っていくか??? スナップではなくね。 旅行に行っても、多分、今の俺は人を採るだろう。 撮って、撮って、とりまくるだろう。。。 そしてその時に、俺は何を見るだろう。
また、数年後に久しぶりに写真を開いて感動する写真が取れるだろうか??
写真って、不思議なもので、外の世界をとっているようにみえるかもしれないけれど、実は自分の世界。
今の自分が何を感じているか。。 物事は人によって、全て異なって見える。 また被写体との会話だね。 その会話を写真を通してしてみたい。。 生活の内部まで行ってみてね。。
そして、昔の俺は、今の俺に向かって、何かを訴えかけてきたので感動した。
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