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2004年06月07日(月) 疑問。

昨日買ったグリーンムーバー(広島電鉄のバリアフリー機能を装備している最新電車:ドイツ製だったと思う。)のストラップを何気に自慢したいじょりーです。
これ → 

さて、同じく昨日の電車祭りにて、ただで貰ったペーパークラフトの電車を必死こいて作ったんですが・・・やはり、寿命は短かった。
本日、見事にJJの手にかかり昇天されてしまいました。

まぁわかってた事なのですが。
そこで、もう一種類GETしていた電車を作成。
既に小破してますけど。^^;

◇◆◇◆◇

小学生の殺人事件。

ネットでもあちらこちらに掲載されてます。
ただ、その中で疑問に思うのがインターネットの危険性を説かれている部分なのです。

確かに皆様が言われている通り、人間的な感情が伝わってこないインターネットにおけるコミュニケーションでは未熟な人間であれば感情の暴走を抑えることは出来ないだろうと思います。事実、荒しや厨房なんて言葉がありますし、そういう状況を幾つも見てきましたからね。

ただ、実際に事件が起こっているのは現実世界なのです。

私は昔苛められっ子でした。
で、当然よく苛められるわけで、その中で1回ブチ切れてしました。
私が小学生5年の時で、殺意を持った人が小学生6年生。
家に帰って鉄の鎖を持って仕返しに公園へ行きました。
が、結局「鎖で思いっきり殴ったら痛いだろうな・・・」なんぞ考えて軽く1回殴っただけ。逆に返り討ちにあって家に泣いて帰りました。
また、シカトも経験あります。小学生4年の時かな?
そん時は、別にそいつらと遊ばなくても別の奴らと遊べばいいやと考えて別のグループと遊んでました。

この経験則から考えると小学生だから、インターネットだからという理由をこじつけるような考え方は一切ないし出来ない。
私が特別だからとか時代背景が違うといった話もあるでしょうが、本当にその言葉だけで済んでしまうとは思えない。

この中でも大きな違いは、やはり子供との向きあう親の姿勢だと思う。
完全に向き合っていないとまでは言いませんが、「お前達のために・・忙しい。」ともっともらしい理由をつけて向き合う時間を削りすぎているのではなかろうか。

インターネットは、ただのコミニケーションツールの1つでしかありえない。
「人を殺めるのは絶対悪だ!」という老若男女誰でもが認識している罪を凌駕するような感情を持続させるようなものではない。

本質は何処にあるのか・・・この論点をぼかすような議論にならない事を切に望みます。


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