連載 「小鳥物語」

2013年10月28日(月) 第一章 西暦 2200年 東京春 (2)

第一章 西暦2200年 東京秋 (2)

 画面中央に「エメラルド」という文字が出て、金銀に輝きながら小さくなって画面の左上へ移って行くと、古びた宝石箱が右側に現れ、その蓋が開いて中に映像が映し出された。

そして左側のエメラルドの文字の下に文章が現れた。

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純粋なベリルは無色透明だが美しいエメラルドグリーンの色はクロム、同じベリルの青い石や、アクアマリンの海の水の色は鉄。

ピンク色の石モルガナイトはマンガンによってその色が生まれる。

 右側の映像は大きなエメラルドの石が幾つも柄にはめ込まれている黄金の短剣だった。

「うわ、凄いな。これ本物の映像なの」

と、純一は見事な宝石に驚いて言った。するとパソコンがその言葉に反応し文章を付け加えた。

 この映像はトルコイスタンブール、トプカプ宮殿の宝庫に納められている十八世紀の本物の短剣である。

「凄いなあ。トプカプ宮殿の宝庫か。それは他の緑の石を見終わってからもっと詳しく見せてね。じゃあ、次の石は」

パソコンはその言葉を聞いて次のページを開いた。

今度は画面中央に「デマントイド」という石の名が現れ、ピカピカと輝きながら画面の左上の方に駆け上がり、右側に中世ヨーロッパの何処かの城の広間が現れた。

金の唐草模様の白い扉が中央から両側に開き、奥の間に美しい王妃が立っている。

手に宝石を散りばめた大きな十字架のペンダントを持っている。王妃が歩み寄って、ペンダントをこちらに差し出して見せた。

すると左側に文章がすっと現れた。

 「デマントイド」はガーネットの中で最高の物とされる緑色の石(翠ざくろ石) 透明な若葉の色である。

ロシアのウラル山脈では最高のデマントイドが産出する。

ガーネット(ざくろ石)には青味を帯びない赤系の色、透明に近い黄色など色々な色合いの石がある。

昔からアクセサリーや小物などあらゆる物の装飾に使われた。

「そろそろ次へ進めて欲しいな」

純一はパソコンに命じた。パソコンはデマントイドのページを途中でやめて、次に「マラカイト」のページを開いた。

画面中央の「マラカイト」の文字が鳥の飛翔の様にひらひらと左上の方へ飛んで行くと、右側に古代エジプトの建物が現れて、その入り口に掛けられている薄い織物が両側に開き、中に映像が浮き上がった。

大理石の広間の中央の黄金の玉座に腰を掛けたクレオパトラの手に手鏡が見える。

鏡をかざして髪に手をそえた時、鏡の裏側全面に浮き彫りのレリーフを施してはめ込まれた艶々した緑色の石が見えた。

 「マラカイト」は孔雀の羽の色と模様を思わせるため孔雀石とも呼ばれる。

古代エジプトの女王クレオパトラのアイシャドーに使われた顔料はキプロス産のマラカイトだったと言われている。

装飾品に限らずレリーフや彫刻など美術品を製作する素材としても多く使われた。

ザイール、ザンビア、ロシア、オーストラリアで産出する。

「クレオパトラ。どんな人だったんだろう。その顔をもっと良く見せてくれないか」

クレオパトラの名を見て純一が言った。すると、パソコンはそれに対して答えを出した。

良く見えない小さな横顔のレリーフと、目と鼻筋に大きなでこぼこの傷のある頭部の彫刻の映像だが、どちらを見てもその目鼻立ちが見て取れる様な物ではなかった。

「これじゃあ全然解からないよ。どんな顔のどんな人だったのか教えてよ」

純一はパソコンの出した答えに不満だった。パソコンはすぐにそれに応じた。さらに文章が現れた。

 「古代エジプトのクレオパトラ」の肖像は、この二点の物以外伝えられていない。

絶世の美女であったと、昔から言い伝えられているが、実際の顔は定かではない。
古代エジプト、プトレマイオス朝、最後の女王。紀元前六十九年から三十年(在位紀元前五十一年から三十年)ローマとの戦いに敗れ自殺した。

詳しくは古代エジプトのファイルでお答えする。

「そうだね。ファイルが違うね。緑の宝石の続きを進めていいよ」

純一はパソコンに次のページに進む様に命じた。

パソコンは即座にその画面に「ジェダイトとネフライト」という文字を出してそれに応じた。

文字は今度はオーロラの様に輝き揺れながら左上の方へ進み、右側には奈良時代の古めかしい宝物殿が現れた。

その扉が重々しく両側に開きその中に映像が浮き上がって見えた。

薄紫の絹の上に並べられたドロップの様な物は奈良東大寺の正倉院に納められている翡翠で作られた勾玉だった。

文章が左側に流れる様に書かれて行く。

ジェッダイトとネフライトは翡翠という名で呼ばれている緑色の石。

日本古代の代表的な装飾品である勾玉の中には翡翠で作られたものがある。

新潟県の糸魚川で産する石を古代から使っていた。彫刻の材料に使われる。

ロシア、中国、カナダ、ニュージーランドで主に産出する。

 「よし、翡翠の次はターコイズだね」

と言う呼びかけにパソコンはターコイズのページを開いて見せた。モザイクになりながら「ターコイズ」の文字が走り出し、右手にペルシャの古びた城の中庭が現れた。

大理石の噴水から水が流れ落ちている。その傍らで、そっと水に手を触れる長い髪の少女の手首に、青と緑のモザイク模様のブレスレットが見えた。

すると文章が流れる水の中から浮かび出す様に現れた。
 「ターコイズ」トルコ石は青の他、緑色の物もある。古代文明で好まれ良く使われた。

産出される石の殆どの物が小さく、その色合いが微妙に異なるのを生かしてモザイクに使われる事が多い。

イラン、アメリカ、南アフリカ、などに産出する。

 パソコンは次に「アレキサンドライト」のページを開いた。

画面中央の文字が緑色から赤、そして再び緑色と移り変わりながら上へ去ると、ロシアの古城の王の間が現れた。

玉座に腰を下ろした王の胸に宝石をはめ込んだ重厚なペンダントが下がっている。

天窓から日の光が差し込み、ほの暗い王の間の玉座を一際明るく照らし出すと、血の様に赤く輝いていた胸の宝石が突如緑色に変わり、冷たく澄み切った水を湛えた深い湖の色に輝いた。

そして、文章が砂文字の様に現れた。

 「アレキサンドライト」はロシア皇帝アレキサンドル二世の誕生日にロシアのウラル山脈から発見された。

そして皇帝の名を持つ石となった。太陽光の下では緑色に、人工の光源の下では赤い色に見える不思議な石として珍重された。

ウラル山脈だけで産出する、クリソベリルの深緑色の石。

 「まだ次があったかな」

パソコンに問い掛けると、それに答えて画面に「ペリドット」と文字が現れ、そのページを開き始めた。

古代ギリシャの宮殿の広間には、コバルトブルーの海を一望にできる明るい窓がある。窓辺に置かれた大理石のテーブルの上に、黄緑色の宝石に飾られた櫛形の髪飾りが置かれている。

左側に文章がエーゲ海の日差しに照らし出される様に現れた。

 「ペリドット」は黄緑色のカンラン石で、火山岩石の中に多く見出す事ができる石。
紅海のセント・ジョン島や、ミャンマー、ノルウェー、アメリカアリゾナで産出する。

 純一はそこまで目を通すとパソコンに話し掛けた。

 「もう終わりにしよう。とっても面白かったよ。緑色の宝石の中ではエメラルドが一番凄いなあ。緑色の宝石の王様だね。今度は宝石を使った最高の宝物にしよう」

 「宝石の宝物」とキーを叩いてちょっと考えた後「トプカプ宮殿の宝」と付け加えた。

純一のパソコンは即座にその問いに答えようと、ファイルを引き出しページを開き始めた。

純一は何にでも興味を持った。知りたい事が次から次から生まれてくるのだ。疲れを知らないランナーの様に時のたつのも忘れ、パソコンを道案内にしてバーチャルの世界を夢中でさ迷い歩くのだった。

何かを探して……。


 
 夕食の時間はとうに過ぎていた。

純一がリビングルームへ行くとテーブルの上にメッセージのメモ用紙が見えた。

「純、今夜も手が離せないから下で何でも好きな物を食べてね。今晩は徹夜になるから朝は起きれないと思うの。ごめんなさいね」

母は仕事の為パソコンの前に座り続けることを強いられている。

彼女のパソコンはネットワークで世界中とつながっているが、彼女は部屋の外に出て行ける訳ではない。

唯一人毎日毎日黙々とパソコンの画面を見つめ、情報という名の河の流れを木の葉の船で遡ろうとするかの様に、翻弄され疲れ果てながらも流れに飲み込まれまいと必死に戦っていた。

一言の会話も無い孤独な戦いを続ける彼女の苦悩を知る者は誰もいなかった。

 純一は幼い頃からぽつんと一人残され一日中放って置かれた。

朝から母は仕事部屋に入って内側からドアに鍵をかけてしまう。

そして仕事が済むまで絶対に出て来てはくれなかった。

純一は幼い頃、孤独に耐えかねて母を呼び、呼んでも呼んでも一言の返事も返されない厳しい拒絶に打ちのめされて良く泣いた。

自分以外の人の気配すらない空ろなドアの前で泣き疲れ、行き倒れの様に床に転がって眠っていた。

それでも母は長い間不在の父よりずっと身近な存在だった。

母の仕事は止まらない地球と同じペースで回り続ける事を彼女に要求した。

夜になったら仕事を止めて眠り、朝になったら起きてその日の仕事を始めるという人の本来の生活を守る事さえ許さない日があった。

世界の何処かで昼が続いているとめど無い時の流れはどこにも完全な夜の休息を与えようとはしなかった。

何時もの事だ。純一にはもうメッセージを見る前から解かっていた。

マンションの二階から四階にかけて多くのレストランや喫茶店やスナック、バーなどが店を連ねていた。

母のメッセージの「下で食べる」とはその様なレストランで食事する事を意味しているのだ。純一はちょっと時計を見た。

「ちょっと遅すぎるかな」

しばし考えてから友達の家に電話をかけた。

呼び出し音が消えて「もしもし。」と少年の声がした。純一の友達の佐竹ヨウジュスだ。

「ぼく純一」

画面にヨウジュスの顔が現れた。

「やあ、ヨウジュス。夕飯食べたかい」

「まあね、でも、まだデザート食ってなかったから行くよ。今日は何処で食べるの」

「ヨウジュスがデサートを食べるのならオリバーだな」

そう純一が答えると、ヨウジュスは軽く頷いてみせた。オリバーは何でもあるファミリーレストランだ。

「それじやあ三階のいつものエレベーターの前で待っているね」

そう純一が言うとヨウジュスの嬉しそうな顔が頷き画面からすっと消えて電話が切れた。

佐竹ヨウジュスは地下通路の動く歩道を500メートル程北へ行った隣のマンション群の中にある円形マンションの地下三階に住んでいる。

待ち合わせは純一のマンションの三階だから彼が来るまでには少し時間があった。

純一はメモと一緒に置かれていた夕食用のお金をジャケットのポケットに入れた。

二人で食事をしても十分な程の金額だった。

純一がたった一人で食べるはずの食事に友達を誘って楽しく過ごす事を母は知っていた。

それは彼が思いついた生活の知恵だった。

最初はヨウジュスと偶然レストランで会って一緒に食事をしたのだがそれは楽しくて二人を感激させた。

彼らはすっかり味を占めた。

そんな事を始めた頃は一人分のお金で二人で食べていたが、度重なる内にヨウジュスの母親からお礼のメールが届き母にも知れた。

純一の母はそれを知った時ふっと気が楽になった気がした。

いつも寂しい想いを純一にさせていて、すまないと思う後ろめたさが、彼女の心を重くしていたのだが、少なくとも楽しく食事を取る事を自分で工夫した事は、彼女にとっての一つの重荷を下ろさせた。

そして、そんな時に二人が行くのは、大概オリバーというファミリーレストランだった。

純一はインターホンで母の部屋に呼びかけた。

「ちょっと遅いけど、これからオリバーで食事してくるね」

「あら、まだ行ってなかったの。そんな遅過ぎるわよ。もうすぐ9時じゃないの」

「パソコンで調べ物してると時間のたつのを忘れちゃうの。今気が付いたところなんだよ。今から急いで行ってくるね」

「純一、急いでいる所悪いけど、行く前に母さんにコーヒーを一杯入れてくれるかな」

「いいよ。だけど砂糖は脳の栄養だからダイエットも良いけど徹夜の時ぐらい砂糖を入れたら」

「あらそうなの、それじゃあ、ひとさじだけね。」

 大理石に似せた人工石の廊下には分厚い絨毯が引き詰められ、通る人の足音が完全に消える様になっている。

昼の様に明るいその廊下がエレベーターホールに続いている。

エレベーターを待つ間、純一はホールの窓から外を眺めた。

そこには家の窓からは見えない方角の夜景が広がっていた。

ビルの林の向こうに色とりどりのイルミネーションが華やかに付いた遊園地の乗り物が幾つも動いているのが見えた。

ジェットコースターがピカピカと点滅しながら沢山の人を乗せてグルグルと疾走しているのが良く見えた。

その先には白いクリームで被われたケーキのような丸いドーム型の大きな建物が夜景の中にぽっかり浮いていた。

「美味そう。お腹空いちゃった。」

純一は思わず独り言を言ってしまい、慌てて回りに誰か居なかったかと後ろを見まわしたが誰もいなかった。

三階のエレベーターの前で暫く待っていると、やがてヨウジュスがエレベーターから勢い良く飛び出して来た。

「今日は皆、出掛けちゃってさ。ぼく冷凍ピラフ食べていて、今日みたいな日は純一と一緒にレストランで食べればちょうど良いのになあ、なんて思っていたところたったんだ。」

と早口に言って嬉しそうににやっと笑った。

 昔の事だが、日本では良質な植物タンパクである�册Δ發笋靴魎袷瓦丙惑櫂廛薀鵐箸蚤舂明源困靴討い拭�

大規模なオートメーション設備を駆使して、一年を通し季節に関係無く計画的にもやしを栽培する工場だった。

その技術が発展を遂げてやがてさまざまな種類の作物を生産する事を可能にした。

その新しい農業技術が、二十一世紀の深刻な食料危機に対する唯一のカンフル剤として注目され期待されているのだが、事態は日に日にその深刻さを増していた。

南アメリカと中央アジア、アフリカで申し合わせたかの様に同時に始まった人口爆発に、加速度を速めるばかりの砂漠化。

その恐ろしい拡大の前に人々は絶望的な未来を見つめ、その恐怖に暗く心を閉ざして耐えていた。

さらにまた、地球温暖化による海面上昇で貴重な平地が海に沈んでしまった。

二十世紀末にはそれらの危機が指摘され、地球の危機に対して回避するさまざまな提案が多くの人々によって思案された。

しかし、結局何もかも後手に回り、何もしなかった訳ではなかったが、結果として何もしなかったに等しかったのだ。

海に沈んでしまった平地は二度と元には戻らないのだ。

せめて、砂漠化した広大な砂漠を少しづつでも農地や緑豊かな森林に蘇らせて行かなければ、食糧危機が音も無く忍び寄り、さらに多くの人々の命を奪いつづける事だろう。

地球はやがて何も生み出せない不毛の星になり、死に絶えるのは人類だけに留まらず、地球という星の死が全てを静かに支配するだけになるだろう。

純一の父が言うように、日本は二十一世紀のそんな地球にあっても尚、緑豊かな国のままだ。

エジプトなど砂漠化の嵐にみまわれている国の人々から「緑の宝石」とまで呼ばれている。

海面上昇で、日本の海岸近くの平地は沈み、海が迫り美しい砂浜が全て消えてしまったが、森林に被われたこの島国の豊かな木々の緑は殆ど損なわれなかった。

さらに、この百年程、米は毎年豊作を続けていた。

米に限らず農作物は豊富に生産されていた。

農業は、一時的に後継者不足からその光を失いかけたが、近代的な農業の技術が進み、個人農家から農業団体へその中心組織が移行した。

今では昔の様に農家の老人や婦人達に過酷な重労働を強いるばかりの、零細な農作業とは決別し、大規模農業プラントとして生まれ変った。

不毛の土地を最良の耕地に改良して行く技術や、効率よく楽に収穫する為の品種改良などで、長い年月をかけて、こつこつと積み上げてきた研究や、さまざまな試行錯誤の成果が、優れた研究者や技術者の熱意と多くの作業者の努力と情熱に支えられ、農業を発展させて来た。

父の仕事はその最高の日本の農業技術を駆使して、回り続け止まらない砂漠化の歯車に、歯止めの楔を打ち込む事だった。

父は仕事で世界中を絶えず移動している。

「根っこの無い孤独な流離い人だよ。」と自分の事を好んでそう人に話すが、そう言う割にはエネルギッシュに情熱的に仕事をしているのだった。それはただ勤勉な仕事人間だからではない。

自分の仕事が好きで好きでたまらず、仕事をするのが楽しくてならないのだ。世界中のさまざまな土地へ行き、色々な事を経験するのは大きな楽しみに違いない。

しかし、この大都会の狭間で生きる純一には、どこか自分の知らない遠い国々で、どんなに沢山の人々が飢え、まさに惨い死に瀕していても、何の実感も持てず、それを想像する事すらできなかった。

美しい緑の宝石の様だといわれた自分の国の豊かさを感じさせるものが身の回りの何処にも見出せなかったから、純一には全てが遠く無縁の存在として感じられるばかりだった。

父は何時も遠かった。もう何年もの間、めったにこの家には帰って来なかった。


( 続く )


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