Leaflets of the Rikyu Rat
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| 2005年07月01日(金) |
大人の世界に住む 子供な大人のヒトたち �� |
大人の中に潜む子供性であるとか、 短絡的で脈絡を欠く、 首尾一貫しない幼稚なものの存在などといったものにはなんとなく感づくこともあったけれど、 明瞭な形として僕の目の前には現れなかったし、 もやもやとしたまま、 どうにも僕の中ではっきりとした造形を得ることはできなかった。
そういうものは、子供の前から巧妙に隠されていたのだった。 例えば“性的なものとして”。
中学三年生の時、友達数人と先生のクラスへ遊びに行った。 まだ二十代半ばくらいで、教師としてではなく、 個人としての考えを素直に僕らにぶつけてくれる先生だったので、 僕は大好きだった。(教師としては失格かもしれない。) 「一時間くらいで戻る」と言い、先生が一時的に出かけたのを見計らい、友人達は一斉に家宅捜索を開始した。(犯罪だよな・・・。) そこで見つけられたものはCDやらゲームやら教育実習の後に貰ったらしい生徒からの色紙やら手紙やらであった。 しかし、最後に僕らは見事なまでに積み重ねられたエロビデオを発見してしまったのだった。 しかも実写じゃなくて全てが2D(アニメ)ものだった。
暫くの無言の後、僕らは互いに頷き合い、全てを見なかったことにしたのだけれど、 それは僕に大きな衝撃を与えたといわざるを得ない。 エロビなんて中学生にもなれば出回っているのに、先生が持つそれというものはやはり普通とは違う何かがあった。 先生本当にごめんなさい、と思いつつ、大人の秘密に触れることができたようで、妙に嬉しくなったのも事実だ。
それから僕は、偉そうな顔をした教師達の偉そうな言葉を聞きながら、 でもこいつもきっと夜一人になったら“何か”してやがるんだろうな、と思うようになった。 そうすることによって僕は大人に対して反駁していたのだと思う。
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