Leaflets of the Rikyu Rat
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| 2006年04月19日(水) |
マイノリティを考える� �memo |
授業科目:マイノリティを考える
英文名:On “Minority”
担当教官:荻野美穂
授業の目的、ねらい:過去および現在の社会において、「マジョリティ」と「マイノリティ」、 あるいは「自己」と「他者」を分割する差異はどのように形成され、機能しているのか。 また、そうした分割線の変革はどのようにして生じるのか。 こうした問いを、特に性と身体をめぐる問題を中心にしつつ考察する。
授業の計画、内容と目標:次のようなテーマで論じる予定である。
1.ジェンダー、セックス、セクシュアリティ 2.女性と男性 3.異性愛と同性愛 4.性自認と性同一性障害 5.障害と健常
2006/4/19
初回講義
イントロダクション:差異と差別−「マイノリティ」はどのように作られるか
差異は認識や識別から始まり、それによってまず区別され、 人為的かつ恣意的な差異への意味づけが序列化し (どちらが少数派であり多数派であるかなどによって)差別へとスライドして行く。(勿論少数派が社会的強者になる場合もある。) 分割線で分けられた二つのグループは次第に権力的関係へと変化。
「青い目・茶色い目」と言うビデオを45分ほど見学。 小学校の授業で先生が生徒を目の色で優劣を分け、 「青い目のひとは偉くて賢い」「五分間長く遊んでいい」 「茶色い目のひとは野蛮で愚か」「青い目の子と話しちゃダメ」「遊具使用禁止」 などのルールを課し生徒たちの変化を視る実験をしたドキュメンタリー。 (数日後優劣を逆転させ子供たちの変化を再び観察→差別を自分自身の身体で体験させる。) 差異を作り意味付けを行うことによってどのような結果が出るのか、またその結果へ至るまでの過程が記録されている。 認識の固定化、負の価値の内在化、予言の自己成就etc。
イントロダクションと言うことで「マイノリティ」についての説明が主になっていたけれど、 「マイノリティ」とひとことで言ってもアイヌ、インディアン(ネイティブアメリカン)、アフリカンアメリカン、ヒスパニック、被差別部落、在日系外国人、障害者など幅が広すぎるため 次回からは「セクシュアルマイノリティ」に焦点を当てて講義予定。
認識の固定化や負の価値の内在化などは自分も身に覚えがある。 ビデオを見ることによってその経過を見せ付けられ、まざまざと思い出された。 「茶色い目の子は野蛮な子」と言われ本当に暴力的になる子供たち 「茶色い目だから頭が悪い」と言われ成績が急落する子供たち 逆に「青い目の子は賢い」と言われ能力がいかんなく発揮される子供たち “子供”であるから分かりやすく目に見えるだけであって(ある意味柔軟で)、 大人の場合はもっともっと複雑でぐちゃぐちゃしている。 「マイノリティを考える」上では格好の導入(イントロダクション)だったのではないかと思う。
(書きかけの回想については後日また更新します)
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