TOM's Diary
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S氏は疲れた足を引きずるようにして電車に乗り込んだ。 車内はガラガラで、一車両に2、3人くらい人が乗っている程度。 「ほんとに今日は疲れたなぁ」 そう思いながら、S氏は出来るだけほかの乗客から離れた席を選んで座った。
うとうとし始めたS氏の正面に誰かが座ったのは、次の駅だった。 ぼんやりした頭でそう感じたS氏はどんな人か確認しようと、目を開けた。 目に入ったのは毛むくじゃらの黒い足。 S氏は寝ぼけているのかと思い、目をこすってよく見たが、やはりそこに見えるのは人間のものとは思えない、毛むくじゃらの黒くて太い足だった。
S氏は薄目のままゆっくり視線を上に上げていくとそこに座っていたのは少し薄ら汚れたパンダであった。
パンダはくたびれた様子でやはり居眠りをしている様子だ。 いったいどこからやってきたのだろう? S氏はもう一度目をこすり、じっくりとパンダを観察した。 もしかしたら、これは着ぐるみではないだろうか? こんなところにパンダがいるわけがない。 そうだ、絶対着ぐるみにちがいない。 だが、着ぐるみにしてはリアルな毛並みである。 それに着ぐるみならばあるはずのクビのあたりの切れ目も見えない。 それに半ば開いた口元から見える歯茎なんかは、唾液でぬれており、まったく作り物とは思えない。
S氏は周囲を見渡した。 先ほどより乗客の数は増えているが、パンダの存在に驚いたり、奇異の目で見ている人もいない。 まるで日常茶飯事の出来事のように落ち着いている。
そういえばS氏が電車に乗るのは久しぶりである。 もしかして、最近ではパンダが電車に乗るのは当たり前なのか? 案外、次の駅でライオンとクマが乗ってきたりして・・・。
次の駅に着くと、ライオンとクマの親子が乗ってきた。 母クマがパンダから少し離れた席に座ると子クマがそのそばで遊び始めた。 母クマが注意をしようとするが、なかなか言うことを聞かない。 ライオンは落ち着きなく車両内をゆっくりと歩き回っている。 いちいちほかの乗客の顔を覗き込むようにしてとても感じが悪い。 ライオンがクマの親子に近づくと、「うるせぇクマだ」と言わんばかりに子クマに鋭い目線を送る。 子クマはあわてて母クマのひざの上に飛び乗る。 ライオンがS氏の前を通りかかる。 ライオンの目線はパンダのほうに向けられていた。 S氏はそれをいいことにライオンの背中にファスナーが無いかじっくり観察した。 するとライオンは突然S氏のほうに振り返り、大きな声でS氏に吠えた。 S氏はあわてて目線を釣り広告のほうへ移した。
次の駅に着くとパンダは伸びをしながら降りていった。 入れ替わるようにトラとオットセイが入ってきた。 オットセイはパンダが座っていたところに座ったが、シートがびしょびしょにぬれてしまっている。 S氏は注意しようと思ったが言葉がわからなかったのでそっとしておいた。 トラは先ほどおライオンのように車内をうろつくでもなく、扉のそばに伏せて周囲を鋭い目つきで確認したあと、頭を前足の上に載せて目を閉じた。 がしかし、耳だけはずっと動いており、周囲の異変に注意をはらっているようだ。 そこへライオンが近づいてくると、トラへ対して挑発的なうなり声をあげはじめた。 トラはしばらく無視を続けていたが、たまらず片目を開けてライオンを見た。 するとライオンは一瞬、うなり声をあげるのとやめたが、トラがふたたび目を閉じると、こんどは前足でトラを軽く小突いた。 トラはその途端、すばやく身体を起こし、前足でライオンの目をめがけてジャブを見舞った。ライオンは予想していたかのようにそれをかわしたが、トラの第2波の攻撃まではかわせなかった。 なにかを察したのか、オットセイは席を離れると、少し離れたクマの親子のいる席のほうへ移動していった。 その直後に電車は次の駅に停車し扉が開いた。 ライオンがトラに飛び掛ると、その勢いでライオンとトラが車両から飛び出した。
その2匹を飛び越えるように鹿が乗り込んできた。 鹿はオットセイが座っていた場所に座ろうとしたが、シートがぬれていることに気がつき、舌打ちをして別の席のほうに移動していった。 S氏はライオンとトラの様子を見ようとホームの方に視線を向けたが暗くてよく見えなが、車両から離れてホームの中央付近でケンカをしているようだ。電車が出発しても電車に巻き込まれる心配はなさそうだが、逆にホームの向こう側に転落してしまうのではないかと心配になる。すると駅員と思われる、イヌワシが飛んできて二匹を止めにはいった。
その先のベンチにパンダが座ってタバコをふかしているのが見えた。 どうやら反対方向の電車を待っているようである。
S氏はふと我に返った。 ここが自分の降りる駅だ。 あわてて電車を降りた。 危うく次の駅まで行ってしまうところであったが、不良のケンカのおかげで電車の出発が遅れ助かったようだ。 「しかし、よく寝た。」 S氏はそう思いながら、改札のサルに切符を渡すと家路についたのだった。
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