コラム?
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| 2021年12月12日(日) |
わたしは「セロ弾きのゴーシュ」読んでます。�� |
今日読んだ言葉たちから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 一般的に言って、現地はですね、いい意味でも、悪い意味でも、この、 人間がむき出しに見えるところなんですね。まあ、そういうところが 魅力と言えば魅力なんでしょうかね。挙げるとすれば、たしかに貧しいですけれども、あれだけ飢餓はある、水はないという中で、みんながくよくよしているかというと、ちっともそうは見えないんですね。 むしろ、日本人のほうがくよくよしている。そのあかるさがどこからくるんだろうかと。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 現地では、ひと言で言えば、命ということが非常に鮮明に浮かび上がってくるんですね。それを通して、こっちも、何か、大げさに言うとですね、人間として、最後まで失っちゃいけないものは何なのか、何を失ってもいいのか、何かヒントがあるような気がするんですね。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー これは最近ますます思いますが、命を粗末にする風潮が、このごろ、世界的に広まってきている。特に先進国の中で。自殺というのも命を粗末にすることです。人が生まれてきて、生きて死ぬという実感を、みんな、なくしつつあるのではないかという気がするわけですね。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
含蓄ある言葉たちが少しずつ副題の「中村哲が本当に伝えたかったこと」を伝え始めてくれたような気がしています。
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