Easy-WorkStyle
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2002年03月03日(日) |
毎晩おそくまで仕事をする人たち |
会社の人たちは、トラブルが落ち着いても、相変わらず毎晩11時、12時になっても帰らない。 この人たちは一体どういう家庭を築いているのだろうと不思議に思う。毎晩帰ってこない父親のいる家庭。これが日本の現状だろうか。この間に母親は子供に父親のことをなんといってるのだろう。 「毎晩遅いわね」と話題を出すぐらいならまだましで、「あんたも勉強しないとパパみたいになるわよ」などとけなされているかもしれない。また、まったく話題にならずに母子家庭が普通になってたりなんかして、時々こどもに会うと「あのおじさん誰?」みたいなことになったりしているのではないだろうか?笑い話じゃない実話である。 私のように単身赴任の人が大勢いる。これで本当にいいのだろうか?希薄になっている父親の存在のままで日本の将来はどうなっていくのだろうか? 仕事など効率をあげれば18時に終われるはずだ。それ以上かかるのであれば、それは能力がないのか必要以上のことをやっているかのどちらかだ。おそらく後者だろうが、そうやって毎晩毎晩必要以上に労働者を働かせる会社など早晩つぶれるだろう。われわれは、そんなところにいつまでもしがみついていないで、さっさと辞めるべきだ。ここ2日間ほど仕事にいかないだけで、本が何冊もよめるし、英語の勉強も法律の勉強もはかどる。本当の能力を無駄にして、会社に大切な時間を売る必要があるのだろうか? 実力に見合った仕事を与えられてフルに発揮している人などほとんどいない。大半は実力の何分の1かの仕事しかあたえられず、毎日何時間も無為に消費しているだけだろう。それでも、やってること以上の給料がもらえるからなんとなく働いているというのが事実だ。ここで辞めてしまえば、そんなに多くの給料をもらう保証がない。そういう感覚が転職を思い止まらせ、仕方なく今日もまたくだらない仕事のために働くのだ。そんな人間を多く抱えた企業が正しいはずがない。たとえ一流と冠されていても家庭軽視の三流企業にほかならない。 今日、曽野綾子の「自分の顔、相手の顔」というエッセイ集を読んで、ますますそういう気持ちが支配的になった。ここ何ヶ月かのトラブル対応で何もかも受動的になっていたが、当初の予定通り、自分の人生を自分で切り開いていこうと思う。
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