| 書いてはみたものの |
世間との価値観のずれを修正しつつ生きていかなきゃいけないとするなら、そのお手本となるべき価値観はどこにあるんだろう。 根源的に正しいものは存在するのだろうか。 皆がみな、自分の価値観を正しいとして行動するということは、ある種の地獄絵図に他ならないけど、最近の風潮はそういったことを推奨するものに思えて仕方がない。 思うがまま、感ずるがまま、なんて言葉は綺麗だけれども、その裏にある本質を踏まえた上で言っているとは思えない。それは、ただの我が儘だし、ただの獣でしかないんじゃないのかな。
規律規律で縛られた世界なんか、堅苦しくてごめんだけど、じゃあ規律を一切取っ払ったところに何が残るのだろうかね? ひとは、たぶんそんなに強い(弱い)生き物じゃないです。
我慢が足りない、ってわけではないです。その前に、我慢してるんですか? 枷に縛られているという前に、その枷を見せてみてください。 この世はそもそもの初めっから、不平等に出来ているんです。 だからこそ、変えていけるところを、平等にしていこうと思えるのです。 根本的に能力の足りない人は、努力しても無駄なんです。 だからこそ、いろんな人がいて、いろんな生き方があるんです。
言葉が足りないです。 ただの感情の吐露じゃないか。情けないね。
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2004年04月11日(日)
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