2004年07月07日(水)
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春と夏を繋ぐ星空になればいい
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肌にざらつく部屋のカーペット。 足が一本折れたままのコタツ。 レールのぶっ壊れたカーテン。 ビールの空き缶が入ったゴミ袋。 ペットボトルが散らばってる台所。 床に山積みの新聞紙。空っぽの冷蔵庫。 タオルケットが外れかけた布団。 灰皿からあふれ出した吸殻。 飲みかけの日本酒のビン。 何ヶ月か前に届いた手紙。
今日の大阪、34℃。 いつの間にか半袖のワイシャツを着ていた。 そっか、もう夏だ。 関西に暮らして、大阪で働いて三ヶ月経った・・・。
「3日、3ヶ月、3年」と言われる。 まずは3日やってみろ。そしたら3ヶ月続けてみろ。 3年たってようやく少し分かってくる、という意味らしい。 前からどうして「3」なのか、不思議に思ってた。 1ヶ月とか、1年とかのほうがキリがいい。 節目としては、「1」のほうが相応しいように思えるのに。 「1」を3回繰り返すことに意味があるのだろうか。
さて、3ヶ月経ったわけだ。 もうこの場で何度も書いているから、 いい加減辟易されるかもしれないが、 とにかく辛い。やってらんねぇ。
仕事がキツイとかじゃない。 逃げ場が無いのが辛い。 毎日毎日仕事のできない自分と向き合わざるを得ない。 職場に行かないという選択肢は無い。 仕事を放り投げるという選択肢も無い。 上司の何分の一かのスピードで何分の一かの仕事をこなす。
あの人はこれだけの量を、あの人はこれだけの質を、 それに比べて俺は、とか思うとほんとやってらんない。 職場にいるのは皆が皆、記者で、自分もその一人だった。 「ほぼ」同じ土俵に立っている。 まだしばらくは「新入りだから」というのが許されるが、 いつこの特権が消え去るのか、少し、怖い。 経験の差なんて埋めようも無いけれど、少し、あせる。
すごい職場にいるもんだ、と思う。 今更になって、3ヶ月前から既に自分は記者だったと気づく。 取材して、書くという、この職場は誰もが、まったく同じ仕事をしている。 そして、外部からすれば、10年目のベテランも新人も変わらねぇ。 こんな俺が取材担当になったことをアンラッキーだと思ってほしい。
さて、夏が来たわけだ。 夏というか、今日は七夕だったらしい。 金とか地位とか名誉とか愛とか世界平和とか、 そんなものより、自信が欲しい。 俺は使えねぇ奴だという思いに捕われて歩みを止めないように、 少しばかりの自信が欲しい。
ああ、だけどもう、気づけば日付は変わっていた。 大阪の夏は、まだまだこれから、らしい。
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