A Thousand Blessings
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2004年02月19日(木) URCレーベル、そして唐突にエクセルガールズ。

URCとはアングラ・レコード・クラブという意味だ。
日本で最初のインディーズ・レーベルであり、その影響力は30数年経った
今でも想像以上に大きい。
新人のフォーク、ロックシンガーやグループが好きなレーベルに
URCの名前を出す事も少なくない。

URCのカタログに残されたアーチストの多くは
いわゆるマスメディアというものとは縁遠く、消えていった者たちも多い。
しかし、作品はしっかりと残り現在でも高い評価を得ている。
それは彼らが売れることを目指さず、いい作品を作る事だけに
専念してきた結果だと考える。
志を高く持ってきたのだ。
ゼニと引き換えに魂を売る事を良しとしなかった頑固者がURCには
溢れていた。
生活できればそれ以上望むものはない。あるとすればいい作品をつくることだけだ。
そんな呟きが聞えてくる気がする。

「されど私の人生“埋もれ火のアンソロジー”」という
URCのオムニバスがある。
1974年に発表されたアルバムで、
いわゆる隠れた名曲(僕らにとっては本物の名曲!)を集めたものだが、
最近amazonの独占販売(通販)で入手できるようになった。
斉藤哲夫、野沢享司、五つの赤い風船、加川良、休みの国、ザ・ディラン��
の名曲が2曲ずつ収録されている。

たとえば拓郎や泉谷や古井戸を聴くと、懐かしいなぁと思う。
ところがURCの連中の音楽を聴くと不思議とそういう感情は
湧かない。むしろ今の音楽として耳に新鮮に響いてくる。
この違いは何なんだろう?と考えてみた。
おそらく、当時の僕の耳にはURCの音楽は「大人すぎ」たのではないだろうか。
音楽の芯にまで到達する事ができないまま
時間だけが過ぎていき、今になってやっとその芯が理解できるように
なったのではないか。
そう、きっとそうだと思う。
だとするとURCのアーチストって何者だったんだ?
若干22〜3歳の若者が作り出した音楽がこれほどの普遍性を
持っていたのは驚きに値する。
高田渡に至っては、今歌うべき作品を35年前に作っていたのだから。
早熟というか、老成してたというか。

さてこのアンソロジー、URCのアルバムを一枚だけ買いたい、という人には
お薦めだ。

『長く暑い一日が終わり
 振り返るときは全てが灰色に
 心の中は荒れ果て尽きて
 先を見ることさえ苦しみ覚える』

斉藤哲夫“されど私の人生”


『今日のご飯はとびきり上等
 きょうちゃんの縁談が決まったからです
 鯵の干物に高野豆腐
 ちょっと豪勢なものです』

五つの赤い風船“えんだん”


『寒いある朝 窓辺で立っていたら
 かあちゃん 連れて行く
 天国の車が やってきた』

加川良“その朝”


『僕の背中にこだまする人々のあの歌が
 喜びの歌じゃない 追放のあの歌が
 昨日は 俺も一緒に歌ってた』

休みの国“追放の歌”

この4曲を聴くだけでも価値がある。


話題は180度変わって、一昨日のラジオドラマの続きから。
「せんせいのお時間」の主人公役を演じる南 央美といえば、
才女・三石琴乃(僕が最も尊敬するベテラン声優)とのコンビで
ブイブイ言わせた怪作アニメ「エクセルサーガ」が有名だ。
作品自体の荒唐無稽さから、さらに大気圏外に出てしまったかのような
ストーリーのドガチャカぶりも痛快だったが、
それと並んで楽しかったのが使われている音楽である。
作・編曲は増田俊郎。
まちがいなく才人である。

アニメ界には才能溢れる音楽家が何人もいる。
彼らの主たる仕事場はアニメだが、中にはそこに留まらず
広いポップフィールドに飛び出していった人もいる。
僕が特にお薦めしたいのが、菅野よう子、増田俊郎、川井憲次、根岸貴幸
光宗信吉の5人。
中でも菅野よう子に関してはあまりの才能に舌を巻きっぱなしだが、
いずれきちんと彼女について書かねば、と思っている。
アニメの世界でも音楽は映画界と同じく付属品である。
音楽を商品として売り出すためにアニメを作るという本末転倒はありえない。
あくまでも絵をバックアップするためのものだが、
映画界と違うのは、そのバックアップのために「やっていいこと」の
許容範囲が「異常に広い」ということなのだ。
つまり、何をやってもかまわない、音楽的治外法権の世界なのだ。
これは才能ある連中にとっては恰好の職場だと思う。
己の音楽的欲求を「売上げを気にせずに」思いっきりぶちまけてもいい世界なのだから。
アニメというのは音楽がどれだけ自由に爆発してもしすぎるという事がない
特異なジャンルだ。
考えてみたまえ。外国の古いアニメなどは、全ての動作に音楽が
かぶさっているだろう?あの伝統は今の日本のアニメでも生きている。
ただし、あそこまで極端ではないが。
たとえば、「となりのトトロ」で妹のメイが歩く場面では、その一歩一歩に
音楽がかぶさっていた。そんなところまで監督の宮崎と音楽の久石は
神経を使っているのだ。
逆に言えば、音楽家にとってはそこまでできる喜びを味わえるということだろう。
商業主義などという言葉が批判として使われたのは数十年前。
今や商業主義こそがまず基本にある、売れてナンボの世界である。
ヒット曲をかけない作曲家は干されるのだ。
書きたいものと書かねばならない物のギャップに苦しむ連中も多いだろう。
そんな中で、自由に才能の羽を広げられる
アニメ界の連中は羨望の的かと思いきや、さにあらず。
結局、「お金持ち」にはなれない世界だそうである。誰かがインタビューで
語っていた。好きな事をできる満足感を得たいか得たくないかだけ、だと。
先ほどのURCのポリシーと似てるでしょ?

話は増田俊郎に戻るが、
さっきも書いたが彼は「常に」才人(スゴイことだ!)なので、
どの作品を聴いてもかまわない。
全ての作品で聴き手に満腹感を与える彼の音楽的基本姿勢は
『パクる。パロる。茶化す。』である。
真面目に不真面目をやらせたら日本一だと僕は思っている。
そんな彼の最高傑作がさきの「エクセルサーガ」の音楽である。
全編元ネタあり。全ての元ネタを答えられたらあなたも音楽王!
僕も7割までは判ったが、残りの3割がここまで出てきているのに
判らない。まあ、かなりの正解率だと自画自賛しているが。
興味がある方は是非挑戦してみたらどうだろうか?
2枚発売されている。
「エクセルサーガ 大いなるサウンドトラック 実験1」
「        〃                 実験2」

さて、彼が全面プロデュースというか
好き勝手にやりたい放題をぶちかました
痛快極まりないアルバムをご紹介したい。

そのタイトルは
「エクセル☆ガールズ/golden best 20 −hatachi−」

「エクセルサーガ」のイメージガールズとして、増田俊郎が勝手に作った2人組の
ユニットの唯一のアルバムである。
「エクセルサーガ」の監督、天才ワタナベシンイチが一文を寄せている。

【またまた、増田さんと凄いものを作ってしまった。。。
今度の『素材』は「エクセルガールズ」なる無駄にピチピチな
お馬鹿小娘×2。
このアルバムでレアな「お馬鹿さ加減」を堪能してもらえるはず。
そもそもアルバムがこんな作りでいいのだろうか・・・?
・・・いいのだ。だってもう作っちまったもん!おもしろかったもん!
いやぁ、「馬鹿」ってほんっとにイイもんですねぇ。。。 】(一部略)

ということである。実際にアニメ業界ものでなければ
絶対に(!)CD化されない代物である。
おふざけといっても、お笑い芸人のそれのように鍛錬に鍛錬を重ねた「芸」
というものではなく、ほんとうのおふざけ。ほんまもんのでたらめ。
だから素晴らしい。

表ジャケには「エクセルサーガ」のキャラクターデザイン。
裏ジャケにはそれをコスプレしているお馬鹿小娘二人がポーズを
とっている痛々しい姿。
お馬鹿とはいっても「エクセルガールズ」は声優としてはそこそこの仕事をしている。
高橋美佳子と小林由美子。
特に小林の方は、大人気アニメ「ラブひな」のサラちゃん役でブレイクした!
(話がコアすぎて、怖い?)
僕はこのアルバムを年に2回聴く。
春先と晩秋に。
ココロのバランスが崩れやすい時期だ。
このアルバムを聴いてココロのずれた軌道を元に戻す。

ここまで僕の日記を読んできて、
「おお!聴いてみたい!」と思う人を僕は信用する。

名曲“ズンダカホイ・マーチ”を口ずさみながら、
明日は出勤しよう!!

『いきなりコンビを組まされた〜
 イヤだと言ったら怒られた〜
 二人はいつも抱き合わせ〜
 お得な詰め合わせだ〜 ズンダカホイサッサ〜』



響 一朗

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