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2006年12月12日(火) 名作?『僕の生きる道』 全話、観終わりました。



テレビドラマ『僕の生きる道』全11話、観終わりました。
現在放映中の『僕の歩く道』で脚本家・橋部敦子を知り、
その才能に一気に魅せられてしまい、彼女の代表作という『僕の生きる道』を全話
(と言ってもDVDで4巻ですが)レンタルしてきました。■

ちょっと感想を書きたいと思います。


脚本の完成度から言えば、『僕の歩く道』の足元にも及びませんでした。
同じ脚本家の手による作品とは俄かには信じがたいほど。
ただ3年前の作品ですので、言い換えれば橋部女史がそれだけ進歩した
という事ですので、彼女に対して何ら否定的な見解にはならないと思うのですが。
とにかく世間が何故それほどこの作品を高く評価するのかが僕には
ちょっと理解出来ません。


そもそも優れた脚本ってなんでしょうか?(映画とテレビドラマでは若干意味が
違ってきますが)簡単に言うと、物語として面白く、登場人物の性格づけが出来ていて、
会話に意味があり、場面の繋がりに無理がなく、蛇足・冗長・説明不足を避け、
エピソードの選択に細かい神経を使ったものが、優れた脚本だと思うんですよ。
そして優れた脚本が優れた演技を誘発して、たとえば演技経験が浅い役者でも
名演技をしちゃたりするわけです。


ドラマでは、生徒の万引き・盗撮行為・妊娠騒ぎ・不登校などがエピソードとして
取り上げられていますが、生徒が抱える闇の部分を深く掘り下げる事を
最初から放棄しているような表面的で底の浅いものになっています。
主人公のふたりが抱える苦悩に比べれば、生徒の悩みなんて取るに足らないものだ、
なんていう風に脚本家が考えているはずはありませんが、
しかし、結果として生徒たちのエピソードは都合よく利用されていった感は否めません。
その証拠として、生徒たちに関わる問題は驚くほどのスピードで解決されていきます。
もしも金八なら、1話全部を費やして描くであろう問題も(笑)
一方では、教師を好きになってしまった女子生徒のエピソードは
さほど重要ではないにも関わらず相当な時間をかけて描いています。
でもそれは草��剛が演じる中村先生がどれほど生徒のことを考えているかを
イメージづけるためのエピソードであり、ならば、生徒があんなに簡単に立ち直れるエピソード
(だって、単なる片想いの話だもん)ではなく、もっと重いテーマを扱うべきではないでしょうか?
大問題に立ち向かっていく中村先生。
ただし、それをやると、視聴者の目は主人公の不幸から離れてしまう危険性があると
判断し、あくまでもテレビ的な意味で主人公に直接関わりのない重いテーマは
避けたのだろうと、僕は考えています。主客転倒は避けたいテレビ局の思惑が、
そこかしこに。


矢田亜希子が演じるみどり先生と中村先生は、多くの味方を得ます。
それもドラマのかなり初めの方で。これは、あまりにも雑ですね。
同僚教師全員・担当医師・看護婦さん、そして生徒たちも次々に。
中村先生の病気を知った同僚教師の演技(演出)はリアリティに欠け(役者の技量的にも問題あり)、生徒にその秘密が漏れてしまうエピソードはあまりにも取ってつけたかのようなテキトーぶりで、本来、密度が濃くなるはずであろう中村先生と母親の関係は
あまりにもあっさりと描かれていて、しかも母親役の女優さんは
『僕の歩く道』の長山藍子とは比べものにならないほど演技に深みが無く、
母親というよりは普通の感じのいいオバサンといった風情で。


どうしましょう?もっと重箱の隅をつついていきましょうか?
なんか嫌われそうだなぁ・・・(笑)


では、以下は箇条書きで。放映順ではありませんので。


● 草��にもっときちんとした指揮をさせなくちゃ。せめて4拍子くらいは。
(これは演出の問題)
● 中村先生の郷里での場面。みどりは、まだお客様の扱いを受けるべき。
● おそらく人の部屋に置いてあるビデオカメラを無断で再生はしないはず
● 中村先生の病気を知ってしまった麗子先生は、
  何故にすぐに久保先生にそのことを話す?
● 抗がん剤の副作用はないのか?
● たった3錠の薬だけで、何を抑えるというのか?
● 職員室にいる教師の数が少なすぎる
● 「今日やれることは今日やりましょう」と言っていたのに
  「新婚旅行のことはそのうち決めましょう」と何故そうなるの?
● どのタイミングのどういうきっかけで、生徒たちは合唱に参加したくなったの?
● あれほど強硬に合唱に反対していた母親があっという間に理解を示す
● 何と、全員がA判定!物語の展開を早めるための御都合主義脚本・・・
● 上がり症の優等生吉田君、先生の姿を見たらいきなり指揮棒が振れてしまう
● その吉田君が5年後教師になって母校へ帰ってくる。しかし、ルックスは
  高校生の時のまま、どこからどうみても子供。声まで子供。ちょっと・・・ひどいぞ
● どうでもいいことだが、中村先生がずっと読まなかった本のタイトルを知りたい
● 5年後のみどり先生、せめて髪型は変えて欲しい。理事長も全く変わらないし。
● 草��君、歌が好きという設定なら、もちょっと巧く歌えなきゃね・・・
● そもそも、あの合唱コンクールってなんなんですか?あの閑散とした会場は・・・
● 病室を抜け出してひとり会場へ向おうとする中村先生。病室に残る母親。
  普通は母親に支えられて出て行くでしょ?というより、母親なら行かせないでしょ。
  というより、体力的に不可能でしょ?
● あの場面で“仰げば尊し”は、あまりにもありきたりで・・・。
  泣きたくても泣けなかった。
● せっかく頑張って演技していた草��だが、旅館で泣き崩れる場面が、
  あまりにも下手で・・・



以上、脚本と演出の手抜きを指摘してみました。ステレオタイプの見本市みたいな
感じで、ちょっとショックです。
まだまだ、あるんですが、やめておきます。さすがにこれ以上の重箱隅状態は
いやらしいので(笑)
さまざまなエピソードが有機的に結びつく事で、
物語に陰影が付き深みも増していくのです。
つまり、どんなに小さなエピソードでも大切に扱っていかなければいけない
ということです。文字数を埋めるためだけに用意され、
その扱いも邪険にされてしまうエピソードなら初めから書かないほうがいいと
僕は思いますが、脚本家はどう考えているのでしょう?

繰り返しますが、橋部さんの最新作『僕の歩く道』は、現在までは見事な出来だと
思います。最終話まで今のレベルが維持されている事を祈っています。


(12月3日 記)



響 一朗

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