凪の日々
■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■
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赤ん坊は八ヶ月にしてはいはいとつかまり立ちをマスターした。 目的物を捕らえるとそこへ向かって這って行き、捕まえる。 はっきりとした意思がある動き。
赤ん坊が寝ているひととき。 テーブルに毛糸を置き椅子に座り、時間つぶしの編物をする。 今日一日自分が何をしていたか。 無意味な時間を過ごしていたのではないか。 それを正当化する為の言い訳のような編物。
ふと、編みかけの毛糸の下。テーブルの下の自分の足が目に入る。 その足に向かって すぅっと音もなく小さな手が伸びてきている。
寝ていたはずの赤ん坊が起きて、私を見つけ、その足を掴むべくテーブルの下にもぐりこんできたのだ。 分かるけれど。 それでも、頭を真っ白にして手だけを動かしている無防備な時に、ふっと見下ろしたテーブルの下に 自分の足を掴もうとしている赤ん坊の手がすぅっと伸びているのを見つけたら
怖い(←おい)
赤ん坊が寝ている時に用事をすまそうとする。 洗面所で手を洗っていると背後にひたひたと小さな裸足が床を歩くかのような微かな音。 見上げた鏡越しに、わずかにあいた引き戸からこちらを覗いている赤ん坊の片目が映っている。 そしてその隙間から小さな手が伸び、引き戸がじわじわと開き、赤ん坊がこちらに向かって少しずつ体を伸ばし、這って来る。 そして足元を引っ張る感触。
その小さな手がじわじわと足を伝い上へ這い上がってくる。
我が子と分かっているけれど、それでも自分に向かって這って来る赤ん坊の動きがホラー映画のようで怖くて仕方ない。
今、こうしてパソコンに向かっている時も、背後で音もなくドアが開き、気が付くと足元に別室で寝ていたはずの赤ん坊が丸い目で無言で見上げている。
ホラーが苦手なので怖くて仕方ない(涙)
あぁそれとも、ホラー映画じゃなくて、父親を思い出すからだろうか。 動かない身体を引きずり家の中を這い回っていた姿を。 柱に掴まり、やっと立ち上がっていたあの哀れな男の姿を
月曜日の朝、アイを送り出し部屋へ戻ると夫が寝間着のままぼーっと新聞を見てた。 やれやれ。 「会社は休むの?」と聞くと「家で仕事する」と返事。 夫の月曜病だ。 月曜の朝になると具合が悪いだの風邪を引いただの言って欠勤し、寝床に篭ってTVのリモコンを握り寝ているか、部屋へ篭ってパソコンと向かい合うかする。 「月曜になると具合が悪くなるね」と指摘したら「そんなことない」と否定し、新たに「家で仕事をするから」という欠勤理由が増えた。 まぁ良い。 どうせこちらが何を言っても彼なりの理屈があり、こちらの言うことなんか聞く耳持たないのだから。
「突然で悪いけど、今日離乳食教室に行かない?」とNさんよりお誘いを受ける。 アイの幼稚園のお迎えの時間までに帰って来れそうにない時間帯だ。 「ごめんなさい、せっかくだけど…」と断りかけ、まてよ、そういえば、と夫が居ることを思い出す。 そうだ。帰りのお迎えくらいやってもらおう。 夫はさっそく部屋へ篭り、パソコンと向かい合っている。 「保健所の離乳食教室に行きたいから」と頼むと「お迎えって何時だっけ」と頼りない反応。 「どうもうちのパソコン、ウィルスにやられているみたいだ…」と上の空。 あてになりそうにない。 仕方なく、同じ集合住宅内の奥様にお迎えを頼み、出かける。
Nさんと保健所で落ち合い、会場へ。 保健婦さんの説明を受けていると携帯が鳴った。 慌てて取るも間に合わず、応答メッセージが鳴る。 聞くと夫の弾んだ声。 「パソコン、ウィルスにやられてなかったよ。うちのは大丈夫」
離乳食教室だって話してたのに。 お友達を世間話してる時ならまだしも。 この話を急いで私に連絡しなきゃいけない必要性がどこにあると言うんだろう。 帰ってきてから話せばすむことだし。 だいたい、メールはもっぱら携帯ですませているので、私がウィルスメールを送る危険性は皆無に等しいし。
わからない。この人の考える事が。 そもそも家で仕事するんじゃなかったの。
実家から徒歩で行ける距離に叔母の家がある。 従兄は一人っ子。 私よりかなり年上だったからもう結構な年齢だと思うが独身。 結婚する必要性を感じないんだろう。 その人の人生観だから別にそれでいいんじゃないかな。などと思うのだけれど。
「二人目が生まれたこと、叔母さんに言ってないのよ」と母は言う。 へ?まぁ別にいいけど。 でも顔を付き合わせる機会も多い距離なのになんて不自然な。 「だって」 母達の年代の女性の話題は99%(?)孫の話なんだそうだ。 一人っ子の従兄が独身の叔母夫婦はその話題に加われない。 「もう人と会うのが嫌になるの」と叔母がこぼすとか。 「だから言えなくて」 そうかもしれないけど。 だからといって唯一近所に住む親戚なのにこのまま一生黙っているのもおかしかろう。 母の気配りはいつもどこかずれている。
そういういきさつを聞きつつ、お正月の挨拶に叔母宅へ行った。 叔母は目を見開いて驚いた。 「まさか赤ん坊連れてくるなんて」と笑いながらおろおろそわそわお茶を出してくれた。 アイを見て成長振りに驚き、赤ん坊を見て「この前この位だったようなのにねぇ」と笑う。 「まぁ、この肌の綺麗な事」と手を伸ばし恐る恐る赤ん坊の頬に触れる。 その触れ方のぎこちなさが、ここ何年も他人に触れる機会がない事を物語っている。 歳取った夫婦だけで暮らす家。 整然と片付いた綺麗な室内は、叔母の几帳面さと散らかす人がいない寂しさが感じられる。 背を丸めコタツに座る叔父はこんなに小さかったか。
「水臭い」と教えてくれなかった母達をなじる。 「男の子だったらすぐ知らせたんですけど、また女だったので言い出せなくて…」と誤魔化す。 「男なんか生んでもつまらないよ。女の子の方が相談相手にもなるし絶対良い。」 そして結婚する気配のない従兄への不満をちらりともらす。
赤ん坊がぐずりだす前に早々においとまする。 「何もやるものがないねぇ。昨日だったら飴があったのに」と叔母はおろおろしながらアイへのお土産を何か探す。
実家へ行くと「おかえり」と義姉が迎えてくれた。 こたつに入って甥っ子たちはゲームに興じていた。
しゃべりつづけるTV画面を無言で見つめる叔母夫婦の静かな室内を思い返した。
里帰り中、赤ん坊は不機嫌この上なかった。 長時間チャイルドシートに縛り付けられ車に延々揺られ、知らない場所へ連れて行かれ知らない人に次々と引き合わされさぞかしストレスも溜まっただろう。 久しぶりの母の顔を見ても泣き喚く。 親戚や従姉妹たちに抱かれても泣き喚く。 「すみません。どうやら人見知りが始まったようで」 恐縮しながら弁解すると、義母さんが腕の中で泣き喚く赤ん坊をあやしながら「魂が入ったんだねぇ」と笑う。 魂が入った。 へぇ。そんな言い方があるのか。 今までよく笑っていたのに、じっと相手を観察するように見つめる。 心なしかこわばった表情。 私やアイを見るとこちらを見つめたまま訴えるように泣く。 明らかに違う泣き方。 ふぅん。魂が入ったのか。
赤ん坊って魂が入るまでの方が育てるのは面白い。 植物育てるのと同じような気分。 これからはしつけたりしなきゃいけないから動物にレベルアップってとこかしら。 ずっと赤ん坊ならいいのに。
暁
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