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■ 中庸
久しぶりにすこぶる調子の悪い一日。 家の買い物で外に出た以外は、ずっと家の中。 こんな日はおとなしくしてるに限る、 と思いながらもごそごそパソコンに向かったりする。
小林秀雄の「美を求める心」を開く。 エドガ−・ドガのパステル画がいつも気になる私。 「踊り子たち、ピンクと緑」とゆう作品。 しかもそれについて小林秀雄が書いてることといったら、 私は、ドガの晩年のパステルの傑作の前を立ち去り難かった。 デッサンからの奇蹟的な様式が生まれている その美しさの為ばかりではなかった。 この絵の中にドガの絶望の凡てが隠れているという 不思議な想念の為でもあった。
絶望の凡てが隠れている・・・う〜ん、この美しいパステル画に。 そう感じるのか・・・ でも美しさと絶望など、相反するものは極めれば極めるほど、 強烈に共存しあっていくようにも思えるなあ。 昨日のクリムトの絵にも感じた。生と死とか愛と悲しみのような。
中庸ってこと、考えた。 何事も偏るのは良くないってことをよく聞く。 何かを極めたり、その世界を追求するって、 外側から見たら偏ることではなかろうか。 どこかから見たら、すべてがどこかへ偏っているものじゃないのかな。 中庸っていったいどこだろう。 むしろ偏りたい気がするが。
2003年10月31日(金)
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