天使のながばなし
maki

■■■
■■
■ 芸術な一日

今日はお昼ゴハンを食べてから、
マチネで「LION KING」を観てきました。
夏のような暑さにクラつきながら到着。
ホールに入ったら入ったで冷え過ぎでしたが。
実は「LION KING」を観るのは3回目。
東京で初演の時、2回観に行ってて。
久しぶりでしたが、やっぱりよかった。
ジュリ−・テイモアの舞台美術と衣装に感心しきりです。
オープニングのところでいつも涙が出てきちゃう。
しかしソロの歌は厳しいものがありますね。
・・・ま、それは置いといて。

以前、栄のスタジオに四季の方がボイトレをしに来たことがあって、
その生徒さんが偶然出演していてビックリ。
アンサンブルでしたが、とってもイイ顔してました。
次々にいろんな衣装で登場して、
楽しそうにパワフルに歌い踊るアンサンブルは、
ちょ〜楽しそうでした。


その後は自分のライブの練習を2時間ほど。
この練習で気づいたことはとても大きく、
これからまた自分の歌が変わっていくことを感じた。
呼吸の仕方が原因でクリア出来なかったことがたくさんあって、
それを改善したらガラッと声が変わった。
歌っていても自由に歌えて、ノドに力が入らないのが分かる。
裏声はまだイマイチですが、低・中音はなかなかイイ感じです。
言葉もノドにひっかけずにスッと出てくれるし、空気も出る。
オリジナルを歌うスタイルみたいなものを、
しっかりと見つけていけたらいいなぁ。







2004年06月30日(水)

■■■
■■
■ 風と蔵の中ギャラリー

足助にある「蔵の中ギャラリー」に行ってきました。
蔵を使った隠れ家のようなギャラリーでした。
見に行ったのは、
ボタニカルアートとゆう押し花を使った絵画のような作品。
私が好きだったのは、文字と組み合わされたもので、
なんともおしゃれな感じ。
前にエミール・ガレの花器に詩が刻んであったのを見たけれど、
やっぱり私は「言葉」が好きみたいです。
その姿も響きも。
あとは色、かな。
こんなところで個展とか出来たら素敵。

ドリンク付(!)だったので入口のカフェスペ−スで
コーヒーを飲んでゆっくりしました。
こんなところでライブとか出来たら素敵。

その後、香嵐渓で緑のもみじにまみれ、
夕刻の風に吹かれながらボケ〜としてたら、
釣りのおじさんが川辺を厠代わりにし始めて、オイオイ。
気を取り直して緑を見つめる私。。。

あまりに香嵐渓が気持ち良く、
下界へおりたら空気がむんわり、
息苦しくなってしまったけれど。

それでも日々、
私の心は風通しが良くなっていくようです。




2004年06月29日(火)

■■■
■■
■ 本番です

いつ何時も、本番とゆう瞬間を過ごすことは難しい。
過去や先や何やらと照らし合わせて、
果たしてその時、生きている「本番」であるのか。
世の中には自然に実行してる人もいるのだろうけれど、
自分を振り返るとそうでもなかった。
1000分の1くらいしか本番と思ってなかったんじゃないか。
人生に怠慢過ぎておそろしい。
今は心入れ替えてやっと頑張ってます。

そうしたらやることは数限りなくあるんだね。
文句や弱音吐いてたり、
穴に入り込んでたりするヒマってないんだ。
これは大変なようでいて、
とても楽しく積極的に生きられることだと分かった。
確かに大変。慣れないので大変だけど。
でもとにかくこっちのが数億倍いい。



そうそう。
私が治療してもらってる気功の先生が、
来月からが一社で太極拳の教室をやります。
私もやりたいけれど、
本人から「まきちゃんんはまだダメよ〜」と言われました。
ちぇっ。
見学に行こうっと。
治療の合間にチラッと見せてもらったことがあるけど、
めちゃカッコいい。
気がグッと入るのが見てて分かる。
先生は毎朝必ず30分気功をするんだって。
ベランダに出て、気を入れるのか溜めるのか流すのか、
どんな感覚か詳しくはわからないけど。
瞑想とかと一緒だよね。座禅とかね。

2004年06月28日(月)

■■■
■■
■ 剪定

昨夜、いい加減日記を書こうと思ってパソコンに向かったけど、
どわ〜っと疲れが押し寄せて、ベッドで休憩・・・
と思ったらそのまま寝てしまった。
服のまま、化粧したまま、気が付いたら昼近く・・・

日記を書かない日々にも、いろんな意味あることが起こって、
時間は過ぎました。
今はもう感情の記憶は遠い彼方。
しかし、久しぶりに詩をUPすることに。
この数日で思い出した、半年前の詩と、
同じタイトルの今の詩です。
タイトルは「剪定」
半年前、私は誰かに対しての感謝として「剪定」を書きました。
そして今、それは自分でするものなのだと思いました。
キッカケや助けや気づきについて感謝しつつ、
それでも剪定を行うのは、自分ですね。

それから最近感じていることは、やっぱり人とのつながり。
自分をしっかり見据えたうえで、
たくさんの人と関わっていくことは大切だなと思うのでした。



そういえば出版社の方から突然お電話をいただきました。
前にコンクールに送ったところです。
応募した詩集(茎のつづき)をとても気に入ってくれて、
担当させていただきたいとゆう女性からでした。
やはり共同出版なのですが、
このまま埋もれさせてしまうのはもったいないと、
熱心に出版を勧めてくれました。
出版したいけれど費用が用意出来ないと答えたところ、
少しでも抑えて出版出来ないか企画を練って、
企画書を送るとまで言ってくれました。
とてもとても嬉しいことです。
本当に実現できたらいいなと思いました。
スポンサー募集でもしようかしら。。。
やっぱり宝くじかしら。。。




2004年06月27日(日)

■■■
■■
■ 切り離されていた世界

今まで、
自分の詩の世界と自分が現実に生きてる世界は、
切り離されていたと思う。
それはいわゆる理想であって、
現実とは違うものだとあきらめていたし、
そうゆうものだと思ってた。
思えばいったい何をしたくて、
それなのに何をしていたのかと思う。

作詞すること、
詩を書くこと、
歌うこと、が、
近づいてきて、今や同じ感覚といえる。
その時点で、現実に生きている世界も融合されたと思う。
された、とゆうより、
そうすることにした。とゆうことだろうか。
私はそう選択した。
抱えていたギャップを捨てた。
大切な「それ」達と同じところにいる。

詩はいつも私のずっと先を行っていて、
私はたまに追いついては、実行することの大変さを知る。
その意味さえ初めて知る。
言葉は自由自在であり不自由でもあり、
一片しか示さず、全てを含むようでもある。
書き続けながら、追いかけ実行してゆくことが、
私が生きてゆくことなんじゃないか。

ずっと前から気になっていたことを、
今初めて気づいたかのように、
やっと実行出来たりする私。
この距離を少しづつ縮めていけたら。





2004年06月22日(火)

■■■
■■
■ 日々是好日

唯一朝から行動的な月曜日に、
バッチリ台風がやってきた。
高速のって、気功に行くはずだったけど、
横風の激しさに怖気付いて明日に変更。
仕事に出かける時間も風は止まなくて、
ビビりながら車を走らせたけど、
何のことありませんでした。
雨もほとんど降ってないし、風も気持ちいいくらい。
しかし、さすがに生徒はほとんど休み。
自主練習の時間たっぷりでした。


「禅的生活」そろそろ読み終わります。
ゆっくりだけど、じっくり読んでます。
やっぱりそうだなと思うことばかりです。
悟りを考え、現実を生きて、自分に還り、また哲学する。
「日々是好日」です。



2004年06月21日(月)

■■■
■■
■ 今日は自分のためだけに書きました

自分の弱さとか小ささとかをイヤとゆうほど感じつつ、
何としてもここを受け止めて越えてゆく必要性を感じる。
でも自信を喪失して、不安で不安で。
考えてみれば怖れることなんて何もないのに、
何に怖れているかわからない。
何を怖れてきたのかわからない。
きのうは心が固まったまま動かなくて、何も書けなかった。

どうしてこんなことで萎縮して、傷ついて、
手も足も出せなくなっちゃうんだろう。
なんて中途半端だったんだろう。
つべこべ言ったり、うだうだ考えてないで、
ただ動いたらいいのに、何を固まってるんだろう。
自分のことが一番わからないね。

なんにもしてこなかったんだな、私。
ホントに今までなんにもしてこなかったんだ。
感情をぶつけたり、必死で伝えたり、
創ったものを高く飛ばそうとしなかった。


こうして言葉に書くことさえ躊躇していた。
でもやっぱり書かなくちゃ進まない気がして。
自分の中で消化していたら、今までと同じだ。
消化なんて出来てない。
ひとりで完結したら、それは滞るだけってもんだ。

私は表現することが下手だ。
怒ることが苦手で、人の反応を未だに怖れている。
何もしなければ、何も起こらず、
傷つきもしないけど、得るものも少ない。
わかっていても苦手だ。
飲み込むクセやあきらめる術を身につけてしまっていた。
気がついてみたら、
今まで一度もとことん真剣に人と向き合ったことがなかったみたい。
今回が初めてだったんだ。
そうだったんだ。
上手にやろうとしたってムダだ。
もういい加減全部脱ごう。
気づいたら、あとはやるだけ。
がんばれ〜わたし〜!




2004年06月20日(日)

■■■
■■
■ 関係を物語るもの

今日はゴスペルのお友達のおうちに行ったんだけど、
すっごい素敵なおうちでした。
田舎のごちゃついた我が家とは違って、
カッコ良かった〜。
いちいち感動してた、私。
コンクリートの壁がスタジオみたいに響いて、
声出してて気持ちいい〜
・・・といいつつ、楽しくてほとんど喋ってましたが。あはっ。
今度はいっぱい歌うゾォ。


きのうから人との関係について考えたりしてました。
「関係を物語るもの」なんて偉そうな詩を書いてたわりに、
自分で気づくのはずっと後だったりする。
私自身がどんなふうに人と関わってきたか振り返ってみると、
やっぱり常に受け身だったなぁとしみじみ思う。
それでいいと思ってたし、それがいいと思ってたところもある。
結局、関係することが好きではなかったと思う。
起こりもしない煩わしさから逃げていたんだろうな。
その私が歌や詩で表現することは、
当然積極的な関わりを求めたものではなかったように思う。
私自身が開かずに、周りの誰が感じることが出来るかっちゅ〜の。

実は、例の悟りの扉が開く日から感じてたことは、
外に広がろうとしてるなぁってことでした。
私の意識が少し開いて、どうにか広がって、
関わっていこうとしていることを感じていました。
また、そうなるキッカケが色々と起こった。
でもって、本当に広がっていくのはこれからだと思ってます。




2004年06月18日(金)

■■■
■■
■ 突然ですが、お知らせ

突然ですが、お知らせです!

8/19(木)20:00〜
天白にある「Sunny Side(サニーサイド)」とゆうライブハウスで、
ソロライブが決定しました。
城太郎先生にギターとピアノを弾いていただいて、
オリジナルを歌います。

自分のライブは2年ぶりくらい。
正確に言えば、ソロライブは初めて。
歌っていたのは自分ひとりでも、
バンドやユニットとしてだったから。

しっかり自分で道筋をつけて作り上げていくことは、
想像以上に大変だと身に染みつつ、
立ち向かう覚悟です。
くやしくてビ〜ビ〜泣きながらも、
自分が必死に成長して、
そしたらちゃんと音楽も応えてくれると思う。
涙は必死にこらえても、
結果的に、泣いたら気持ちもそこに逃げ込んだりしちゃってた。
今はしない。必死に、しない。

今までの人生のことまで遡っちゃうと、
面倒臭くて放り出したり、
キツイ場面で逃げてたり、受け身だったし、
率先するのって慣れてないどころか、全然してない。
学生時代もそれ以外も、
リーダー的なことはしてきたから、
周りはそう思わないかもしれない。
でもそれはある意味「役」を与えられて、
実行していたにすぎない部分もある。
あとは、その人との関係性だけど。

自分の傾向が見える。よくない傾向。
その傾向をひきずって音楽をやったら全然ダメだって、
今さら気づいたりして。
でも今からだ、って感覚。

やっと人生が始まった。
やっと音楽が始まった。
やっと自分が始まった。
って、ここ2年で何度も何度も新たに思っています。



2004年06月17日(木)

■■■
■■
■ ひとりの個人へ

自分のしたことは自分にかえってくるって、
よく言うけれど、いい意味でそうなっていけばいいな。
キャッチボールみたいに直接じゃなくても、
放り投げた風船が(ボールは当たると痛いから)
どこかに届く。誰かの手に。
そしてまた別の日だったりしても飛んでゆく。


マン・レイ展のチラシにあるこんな言葉をもらった。

 この展覧会は、大多数の人々に向けたものではありません。
 それどころか、少数の人々――あるひとりの個人の思いを
 受け入れてくれるだけの寛大な、ごくわすかな人々――に
 向けたものですらないのです。
 この展覧会は、ひとりの個人へ、ただひとりの他の個人に
 ――つまり、いまここにいるあなたに向けてひらかれています。
 私は数とゆう観点から物を考えたり感じたりすることができません。
 もうひとりの個人とゆう以上のものと協調しあうことは、
 私には不可能です。
 あとはおたがいの信頼関係、これさえあればいいのです。
 (マン・レイ 1972年)

そう感じていることです。
一個人に対して書いているし、歌っています。
それは最近書いた「太陽と雨」の詞で強く感じていました。









 

2004年06月16日(水)

■■■
■■
■ 光が好きです

突然ですが、光が好きです。
快晴の今日、今だ改造の終わらない台所で考えました。
入口が狭いから窓際に移そうと言っていた冷蔵庫。
確かに入口は広がるが、この窓からの光は半減。
使い勝手も重要だけど、
そこにいて気持ちいい空間かってことのが大事に思える。
光を減らすのはヤだな、私。


この場合はこれが一番いいとか正しいとかって、
あってないようなもんだ。
どこに焦点を当てるかで、全く変わっちゃうもん。
むしろこの「焦点」こそが問題なんだ。
人によってこの焦点が違うから、
意見って食い違ったりするのかな。
いわゆる価値観ってやつに近いのか。
なんでも価値観の違いに逃げるってのも嫌いだけど。


そんなことより、私はとにかく光が好きだな〜

2004年06月15日(火)

■■■
■■
■ つらつらデイ

書きたいことは何かしらあるはずなんだけど、
言葉にまとまらず、頭の中をゆらゆらしてる。
はっきり形を現さない。焦点が定まらない感覚。



誰に対しても先入観を持たないでいたいと思った。
「誰」とゆうのには自分も含まれる。

それから誰に対しても思いやること。
ここにも自分は含まれる。
無理なことを背負いこんだりしないように。
それがわかるために、より自分を知ることが出来るように。

歌うことや書くことに意味があるとしたら、
それそのものとしての存在を考えるのではなく、
私が人生をより実りのあるものとして生きられるとゆう捉え方に、
目を向けたい。
でもそのものの懐の大きさも感じつつ。

当たり前のことって本当に当たり前なのかな。
例えば女として子供を産みたいと思うことは当たり前?
思考はそこまで?
理由はなんだろうか?
本能だから理由なんてないんだろうか?
少し考えた。
私がそう思ったりするのは、子供とゆう相手を通して、
大変でありつつも楽しく学び、
やっぱりより実りある人生を生きられるであろうから。
歌うことや書くことと何が違う?
それなら本当はこだわることはないのかもしれない。
ないものねだりの繰り返し。
欲しい「もの」じゃなかったよ。

うまくいきますようにと祈らずに、
どうあってもうまくいったことなのだと気づきますように。

自分の幸せも誰の幸せもかたちで決めませんように。

直感の出入口を理性でふさぎませんように。



おやすみなさい。

2004年06月14日(月)

■■■
■■
■ 新時代到来

気がつけば、もう2ヶ月近くも詩をUPしてない。
あれこれやってるんですが、HPには結びつかないこと続きで。
カード作ったりとか本作ったりとか絵書いたりとか歌ったりとか。
右足親指が巻き爪になりつつありますが、
サンダルが履けるくらい足が元気になって、
私の新時代到来です。
・・・って書いて、何か気に入ったので、
たいそうなタイトルに使っちゃったけど。

とはいえ相変わらず、
ちっちゃなツラさが電流みたいにぴゅ〜っと流れることはあります。
見過ごせる回数は増えてきて、
そうじゃない時は涙とかになって体外に出ようとする。
アースしちゃえば、
確かに自分の状態は留まっていないと感じられる。
電流にしびれてる時は、そんなことすら一瞬忘れて、
あーだこーだと悲劇的に自分を貶め、戒める方向へと動き出す。
やっかいな意識。欲望がもたらす幻、とか。
まだまだハート焼却炉で燻ってるものがあるらしい。




さっき情熱大陸に出てた、マンガ家の西原理恵子。
一番印象的だったのはこんな言葉。

泣くことも笑うことも一緒じゃん、感情の極みでしょ。

ははっ、気持ちいい。笑える。
そうです。
私もそう思う。
どっちも出来ないかどっちも出来るか。



2004年06月13日(日)

■■■
■■
■ ライブハウス

昼間はお風呂周辺の大掃除と台所の改造をしていて、
すっかり疲れてしまった。
頭がガンガンしてきたので、しばし休憩。ついでに瞑想。

夜はうちから車で15分くらいのライブハウスに行ってきました。
案外広くて、歌うと気持ち良さそう。
グランドピアノも置いてあって、いい雰囲気。
用事ついでに、
知り合いが歌うってことで今日行くことにしたのでした。
実は知り合いと言っても今日始めて話したのだけど。。。
でも今日からお友達〜
てっきりジャズと思っていたけど、いろんなのやってました。
もちろんジャズもやったけど、J-POPもSOULもあったし。
パット・メセニーがカッコ良かったなぁ。
でも歌うの、ちょ〜〜〜難しそうだった!
私あんな曲歌ったことないよ〜

そういえば最近、人のライブによく行くなぁ。。。


2004年06月12日(土)

■■■
■■
■ 全力

台風がくるとゆうことで、
きのうのうちから今日は家にいると決めてました。
結局台風は温帯低気圧に変わったみたいで、
雨も思ったより降らなかったけど。
ちょこっとだけ買い物に出て、後は家にいました。
ここのところ右腕が痛いので、パソコン仕事は控えぎみ。
とはいえ、日記は書いてますが。
歌の練習をしたり、歌詞をプリントしたり、
MDをダビングしたり。
今後の活動についてあれこれ考えていました。
発病からしばらくは休んで「すること」とゆうのを認識して、
新しく始めて、さて、元気になってきたところで、
そろそろ動き出す時期かなぁと思っています。
そうするといろんな展望が見えてきて楽しい。
あとは努力し続けることと行動力かな。

木梨ガイドに佐藤琢磨が出てた。
いつでも運を掴みとれるように常に全力と言っていた。
100失敗しても1成功すればいいかな、と。
誰でもピカソのフラワーアレンジメントの人達見てても思ったけど、
やっぱり常に全力なんだよね。
ピーンッとアンテナが立ってて、
力を余すところなく注ぎ込んでて、行動的。
次々とインスピレーションが湧いて、
それを形にしてゆく。
私もそうありたいと思うのでした。






2004年06月11日(金)

■■■
■■
■ 自分

プラスの感情はプラスの感情を、
マイナスの感情はマイナスな感情を引き寄せるとゆうけれど、
それって自分の中でも起こるんだなぁと思った。
マイナス感情に照準が合っちゃうと磁石みたいになって、
ごちゃごちゃとマイナスの塊に支配されそうになる。
あれもこれもと引っ張り出す結果になるんだよね。
じゃあどうするか。
プラスに照準を合わせるしかないんだよね。
ん〜、プラスとゆうのはちょっと違うかな。
楽しいことを考えるとかそうゆうことではなくて、
強いところに。
凛とした強いところでそれを乗り越える。
上手くは出来ないけれど、いつも闘う。
相手はいつも自分。自分の中で闘う。
逃げずに一歩出られるように。
最近よくそれを感じる。
私は自分の中で闘っていて、そこには越えたいものがある。
大変だけど、逃げずに頑張って、
そうして得ていくものが待っている。

結局のところ、集中するのは自分。
いつも自分を見つめて、自分を充実させて、
還ってくるのも出ていくのも自分。
外側には何もなく、内側にすべてがある。
内側に外側もある。
情報過多の社会と快楽にまみれて、
曇りがちだった心は晴れてきた。
そうしたら選択もハッキリしてきた。
随分と心も身体もぜい肉が落ちたみたい。



2004年06月10日(木)

■■■
■■
■ 再会

たまに行くアルティ(自然食やスピリチュアル関係のお店)で、
偶然の再会がありました。
約2年ぶりに会ったのは、
大須で和雑貨のお店をやっている女性。
4年くらい前に、その「もみじや」とゆうお店にふと立ち寄って、
それから彼女と仲良くなった。
当時はまだ始めたばかりで、
呉服屋さんの一角で商品も少なかったけど、
デザインがすごくかわいくて、ふら〜っと入ってしまった。
その後お店は急成長して、今はと〜っても忙しそう。
とある事情から行くのをなんとなく控えてたら、
足が遠のいてしまって、今に至っていたとゆうわけなんだけど、
今日偶然に会えて、また顔を出すことになりそうで嬉しい。

彼女はとてもパワフルでフットワーク軽くて
エネルギッシュで・・・ってカタカナばっかりだな。
まぁとにかくそんな感じで、次々に新しいものを作り出して、
お店が広がっていくのも納得出来る。
久しぶりに会ったけど、前よりもナチュラルな感じで、
でも相変わらず燃えてて、いい感じでした。
いい刺激を受けた気もする。

昨日は金星が太陽を横切るってゆう珍しい現象が起きた日なんだけど、
スピリチュアルなところでは、
悟りの扉が開く日ってことで前から話題でした。
私はといえば、昨日はムカついちゃってたくらいだから、
まだまだでしょうね。
でも今日は再会もあったし何だか気分のイイ日だった。
楽しみなことを思いついたり、先がパッとした。パア〜ッとした。
ある意味、先週感じた「クリア」に近いかもしれない。

最近思うのは、私を導いてくれる存在がちゃんと周りにいて、
必要な時に現れて言葉をかけてくれたりするんだなってこと。
それに気づいて感じてきた。
多分今までは見えてなかったけど。
心がクリアになってきてから、やっと見えてきた。
まだ、後で気づくことが多いけどね。

私自身もきっと誰かの(特定の人でなく)
そうゆう存在であり続けるだろうから、
ふと誰かに言いたいことやしたいことが湧いてきたら、
それをすっと受け入れてすぐにやるようにしてるつもり。
そうし始めてから、
それにはちゃんと意味があって、
動き出すものがあったんだってことを実感してる。
心が循環し出すんだよね。


2004年06月09日(水)

■■■
■■
■ ちょいムカッ

さっき帰ってきたら、
台所のテーブルの上にあったはずの、
エスプレッソ−メーカーの取扱い説明書がない。
新聞が積んであるとことか、ゴミ箱とか色々見たけどない。
ゴソゴソしている私に、
父が気づいて起きてきたので聞いてみたら、

「燃やした」

・・・なんでよ!なんでだよ!
燃やすなよ。カンベンして下さい。
そりゃあ、お父さんは使ったこともなけりゃ、
使い方もわからんだろうけど。
取説は、普通捨てないでしょうが〜
は〜・・・もう。

日曜に家具の配置を変えたり、
いらないものを捨てたりとゆう作業が、
多分、父と彼女で知らないうちに始まっていて、
(私は一日外出してた日)今だ中途半端なまま。
完成図を決めないまま始めちゃダメだってばさ〜。
私、1人で続きをやれる身体じゃないし。
とりあえずグチャグチャになったままの所とかあって、
こうゆう事態が起こってしまった。
よく使ってる鏡が捨てられてて、
ゴミ行き寸前で戻ってきたりもしたしさ。

あ〜あ、ちょっとムカつきぎみ。
だからって、燃やしたもんはしょうがないけど。
もう寝るよ。寝る〜! 

2004年06月08日(火)

■■■
■■
■ 心を真直ぐ

昨日。
ここのところの生活では、
一日に一番行動した日でした。
ゴスペルでのイベント出演だったので、
8時半に家を出て、リハ−サル。
雨は順調に降ってて、嫌な予感。
昼前に1ステージ目。
しかし雨はほとんど上がって、風が寒い。
デカレンジャーショーの人気に押されぎみ、
マイクトラブルありでしたが、
何とか歌いきったぞ。
2時くらいから2ステージ目。
雨もすっかり上がって、お客さんも増えて、
私達の次の出演のダンサ−女子達が盛り上げてくれたりして、
楽しく歌わせてもらいました。
打ち上げがてら(?)みんなで少しお茶などして、
夕方からはお友達にライブ。

何年か前にマンスリーライブをやっていたライブハウス。
その頃、バンドなどで関わっていた友達が集まって、
同窓会のようなライブをやるとゆうことで。
あまりに久しぶりに会う人ばかりで、
顔は分かるけど、パッと名前が出てこないのは年かしらん。
懐かしい面々と話しながら思ったことがあった。
私はあの頃、この人のこともこの人のことも、
ちゃんと見てなかったんだなぁって。
ノリで話していたり、何だかとにかく、
「その人自身」ってものと向き合ってはいなかったんじゃないかな。
違って見える人がたくさんいて、
違って見えるものがたくさんあった。
同じものもあったけど、私は同じではなかった。
あ、ピョンピョン跳んで盛り上がったり出来ないのもね。
みんなに会わなくなってから病気になったし。
身体だけじゃなくて、心もね。
でも楽しかった。
前とは違うけど、楽しかった。

帰ったらさすがに疲れがきて、ベットに倒れこんだ。
身体は動かさず、思考は駆け巡った。
眠るまで続いた。



今日は気功。
昨日の疲れをとってもらって、
その後中学の友達と1年ぶりに会ってお茶。
連日懐かしい続きだけど。
心の一部に昨日の思いが残っていたから、
彼女と話しながらも感じていた。
悪い意味じゃなく、人は変わってゆくものだ。
彼女の印象も少し違った。
私の記憶よりも、ナチュラルになった感じがした。
むかし話をするのは、嫌いじゃなかった気がするけど、
最近は思い出せない感覚も。
ホントにそんな私がいて、ホントにそんなあなたがいたのかな。
いたとしても、
もう私にとってそれはどうでもいいことになりつつある。
それから、その人のまとうしがらみや事情も。
私のその人に対する記憶も。
今を曇らせるものに他ならない。
その瞬間に対する心を真直ぐ感じるには、
やっぱりそういったものは何もいらない。
誰に対してもそういられたらいいなぁ。
そうすると、少しでも本当のところが見える気がして。


2004年06月07日(月)

■■■
■■
■ リーディング日和

今日はリーディングをしてもらいに、
高速にのって豊橋までひゅうっと行ってきました。
公園の中にある美術館前で待ち合わせ。
早めに着いたので、少し散歩。
木陰のベンチで読書(もちろん禅的)。
エサも持ってないのに、なぜだか鳩に囲まれる。
天気が良くて緑も多くて、すごく気持ち良かった。

約束の時間が近づくにつれ、
相手の顔を知らないことに気づいた。
でも何となくわかるか〜とゆう感じで入口付近へ行くと、
さっそく後ろから声を掛けられた。
美術館1Fのガラス張りの喫茶店に入って注文してから、
リーディング開始。
・・・ってそんな大げさなことではないのだけど。
世間話のような感覚で。

名前や何やらを紙に書いてから、
さっそく病気のことを聞いた。
以前、ゴスペルのお友達が見てもらった時に、
私の病気のことも聞いてくれていて、
カルマだとゆうことだった。
除霊などで治ったらいいね、と言われたのだけど。
実際話を聞くと、何だかそれは必要なさそう。
カルマ自体作り出したようなもんで、
悪いクセを繰り返してることのよう。
太陽の光が身体に広がるイメージや瞑想、食事、気持ちなどなど、
日常自分で出来そうなことを教えてくれて、
そうしてれば治りそうなもの。
確かに最近気持ちの浮上と共に、身体の調子も上がってきた。
心と身体は一緒だ。
じゃあこれについては、もう聞くこともないかなとゆう感じ。

次は過去世について聞いてみた。
私が誰と何をしていれば真価が発揮出来るかハッキリした。
社会的関係とゆうか、
いわゆる友達とか恋人とか親とか女とかの「役」ってのはどうでもよくて、
共同創造作業をしとけば一番オッケーってことでした。
生まれ変わるたびにそうしてきて、
私の真価はそこで発揮される最高の状態ってことで、
創造することを選んだことに間違いはなかったみたい。
そして表現する内容は、
人間と人間の愛とゆう限定されたものではなく、
もっと大きな愛のようなものだそうだ。

悲しみや記憶は追体験、つまり、
その時体験出来ず、残してしまった部分を味わい尽くすことで、
消えてなくなるとゆうこと。
私はここ何日か自然に実行して消却していたみたい。
ハートチャクラで燃やすことが出来るのだそう。
ハート焼却炉と勝手に命名。

自分ではあまり意識したことがなかったけど、
私はエネルギーが強いらしく、近くにいるとクラクラするらしい。
第三の目の眉間のチャクラと、ハートチャクラが活発らしく、
バランスがいいと言われた。
(だから本来はハートチャクラで燃やすの得意なんだって)
瞑想や気功なんかで、自分の力を引き出せれば、
私が治療するようになれるとも言われた。

覆う膜のようなものが薄いらしい私は、
いいものも悪いものも受けやすい。
これは少し自覚してました。
さびれた神社や混沌とした飲み屋街なんかには、
近づかないほうがいいって。
でも自分を高めて強くなって、風通しがよくなれば、
悪いものはすり抜けていくし、
いいものは入ってきてまた出ていって、
さらにいいものが入ってきてとゆう具合に循環し出す。
そうなれば、関節に滞っちゃってるリウマチなんてものも、
すうっと流れて抜けて治っちゃうってわけ。

一時間ほど話したけれど、
結局、あらゆることが確認出来たとゆう意味で、
意識がよりクリアになった。
自分の中での確信は、
確信であっても外側へは曖昧なものだったから、
今日の時間は本当に貴重だった。
これで本当に迷いや執着から解放されてゆく気がする。
心が軽い。


2004年06月04日(金)

■■■
■■
■ パヴロフの犬

今日は色々たくさん練習した。
時間にしたらそれほどでもないけど。
オリジナルもゴスペルも。
ホントにちょっとずつしか出来るようにならなくて、
まだまだ改良の余地だらけ。。。
�鼻繊繊繊舛辰�やしい。けどまた頑張る。

昨日あれだけ左手の思いを見つめて、
眠るギリギリまで泣いていたけど、
今日はそんなことすっかり忘れているような気分だった。
心はかなり晴れやかで、
比較的クリアな意識でいられた。
まだ消えてはいないけど、少しは変化したのかもしれない。

でもこうとも考えられたりして。
ちょっとしたことでパヴロフの犬みたいに思い出す悲しみに、
もう実体はないのかもしれない。
ベルを鳴らせば、エサもないのによだれを垂らすように、
昔の悲しみや思いとリンクする状態や言葉で、
疑似体験しちゃうのかな。

な〜んて、だったらいいかと思うけど。
真実は今だわからんがね。



2004年06月03日(木)

■■■
■■
■ わたしのかけら

昼間は日曜日のイベントの練習。
たくさん集まって、盛り上がってる雰囲気でいい感じ。
声も良く出てるし、本番が楽しみ。
私はと言えば、今日突然ソロを歌うことになった曲があって、
覚えるの必死。
でも数日で仕上げたりするのも、いい勉強になる。
・・・ってまだ今からですが。
間に合わせるぞ〜。



ランチをして家に帰ってから、
ソロ練習したり犬の散歩したり。
外は晴れ。
それから今日もまた消してました。
視覚的なものはほとんど消した。
全部じゃない。
どうやら私の中にはしっかり痛みが根付いていたらしく、
苦しくてたくさん泣いた。
息苦しくて次から次へと涙が溢れた。

でも泣いていると、何に泣いているのかわからない。
左手に小さく隠していた気持ちを見つけて泣いたけど、
右手に乗せている大きな今の気持ちはずっとあるよ。
左手の気持ちを見つめて、見つめて、
泣ききるまで、見つめて、消えるまで。
ホントに消えるのかなぁ。
消えてなくなるのかなぁ。
何故だかやってみようと思って。
私はどこへ向かおうとしてるんだろう。
どこへも向かわなくてもいいのかもしれないけど。
「今」は間違ってないけど、ピッタリでもない。


あ〜そうそう。
何だかこんなの思い出した。
昔好きだった人が教えてくれた
「ぼくのかけら」って絵本があって、
丸くて欠けてるぼくが、
自分のかけらを探しに旅に出るんだけど、
その途中、花の香りを楽しんだり、蝶とお話したり、
四角いかけらや丸いかけらや尖ったかけらに出逢ったりする。
ピッタリきそうなやつをはめて転がるけれど、
ちょっとズレてたり。

最後にピッタリのかけらを見つけて、
ものすごいスピードで得意げに転がり出す。
そしたら、もう誰ともあいさつも出来ず、何も見られず、
もちろん花の香りを楽しむことだってない。
止まらない。止まらない。
これって何か違う・・・???
ぼくはそっとかけらを置いて、
またゆっくり歩き出す。

こんな話だったかな。







2004年06月02日(水)

■■■
■■
■ 晴天確率90%

もう6月。
だからといって私の日常にたいした変化は訪れないが、
常に変化しているとも言える。
留まってもいるし、流れてもいる、私の心たち。

今日も少しの過去を消した。
さらに感じたのは、人の痛み。
その時の私にはわからなかった痛みや優しさや、
今にリンクしていた言葉など。
それから残り続ける傷と、
それは本当に残っているのかとゆう思い。
本の言葉を借りて言えば、
私は断続的に毎日「捏造」しているようでもある。
だからきっと、まだ消し切れないものもあって、
それはまた別の機会にでも。

消す、消すと言っているけど、
なかったことにするとか、目をつぶっちゃうとか、
そうゆうことじゃなくてね。
その過去の思いに囚われてる自分は、
もういらないので捨てちゃおうとゆうこと。
少しづつ過去への思いが抜けている証拠に、
今の方がイイって思える。近頃やっと。
今が好きパーセンテージ、ゆるやかに上昇中。

2004年06月01日(火)
≪ ≫ 初日 最新 目次 HOME


My追加