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2005年08月31日(水) ■
自民党「新憲法第一次案」を読む


8月2日、自民党が「新憲法第一次案」を発表した。

読売新聞は当然のごとく社説で「[自民憲法原案]「条文に即して議論すべき段階だ」」と、ほぼ追認している。「「自衛隊は軍隊ではない」という虚構を排し、今日の安全保障環境と国際情勢の下で、自衛隊の任務を適切に位置づけたものと言えるだろう。」と、いい、「公共の福祉」の記述についても「自己中心の個人主義ではなく、本来、憲法が想定していた「責任ある個人主義」に基づいて、社会の存立の基盤を確かなものにする意図が読み取れる。」とべた褒めである。

朝日新聞は「自民憲法案 失速気味の改憲論議 」と、斜に構えた論説を張った。しかし、それでいいのだろうか。

今回、自民党は初めて条文化して憲法案を発表したのだ。改憲派はこれを大いにたたき台にするという。それに反対する立場も、この案を大いにたたくべきではないのか。これから自民党は全国で「タウンミーティング」を開き、そこでまるで全国の世論を聞いたという形にして、秋の11月結党大会に向けて決定版を出そうとしている。

自民党案では、の「戦争放棄」という表現そのものをタイトルからも条文からも削除した。それに付け加えて、9条2項の「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を削除し、新たに「侵略から我が国を防衛し、国家の平和及び独立並びに国民の安全を確保するため、自衛軍を保持する」と明記した。また、自衛軍が「自衛」活動のほか、「国際貢献」や「秩序維持」の活動を行うと規定した。これは、たんに現在の自衛隊を追認するだけではないことは明らかだ。枡添要一もはっきりいっている。「集団的自衛権を認める」ということである。つまり、アメリカがイラクであれ、地球上のどこであれ、勝手に起こした戦争に日本が巻き込まれ日本も侵略戦争の片棒を担ぐということである。 この憲法を素直に読むと、そうなるのだ。

国民の権利については、「自由及び権利には責任が伴う」「公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責任を負う」と規定し、内閣が定める政令でも「法律の委任」があれば権利制限できる仕組みです。「公益や公の秩序」が個人の人権より優先するという考えを打ち出している。そもそも憲法は「政府が暴走しないために、国が守るべき法を決めたもの」である。世界の憲法はほとんどがそうである。「お国のために」という時代がやってくる。やってこさせてはいけないのではあるが。

これは「法案」である。抽象的な論議はしにくい。大いに叩こう。
(05.08.03)



2005年08月30日(火) ■
「作る会」教科書採択問題で抗議メール

ちょっと異例ですが、
せっかく作った文章なので。
ちなみにこのあと総社市長は文部科学省に対する要望は取り消し、
総社市はめでたく「作る会」教科書は不採択になった。


今日以下のごとく総社市長あてに抗議メールを送った。

総社市長 竹内洋二 様
7/30付け山陽新聞によると、貴職は教科書の採択に関して、扶桑社の「あたらしい歴史教科書」を総社市内の公立学校で採用させるため、教育委員会の方針に反して共同採択地区からの離脱を文部科学省に要望されています。

このことは総社市の行政の長が個人的な特定の政治信条から公教育内容に介入しようとするものであり、断じて許すわけにはいきません。
 私は、貴職が今すぐこのような介入を中止し、要望を撤回して市民・県民に謝罪するよう要求します。

 私は今年六月、県立図書館に行って、扶桑社の中学校歴史教科書と他者の歴史教科書を見比べみました。

科学性を重視しなければならない歴史教育の中に、「物語」を導入し、さもそれが重要な歴史的「事実」であるかのような記述がされていました。もっと詳細に見ればもっと問題点ははっきりしたのかもしれませんが、私にとってはそれだけで許しがたい教科書のように思えました。

速やかな撤回を要求します。
以上。

何をかいわんや!!
抗議先は総社市企画課秘書室へ
kikaku@city.soja.okayama.jp

(05.07.31)





2005年08月29日(月) ■
「新憲法起草委員会・要綱 第一次素案」を読む

読書ノート、考古学ノートのほうはこれで一段落。
次は映画ノートに移るところなのだが、
ここしばらく某所で、
平和問題、特に改憲問題について発言していた。
これも一応「読書」の部類に入れるということで、
この日記に記入させていただくことにする。
(選挙もあるし)

しばらく更新休んでいました。
まとめて更新させていただきます(^^;)


「新憲法起草委員会・要綱 第一次素案」を読む
自民党の「新憲法起草委員会・要綱 第一次素案」が出た。一読、悲しくなり、怒り、そして嗤った。日本の未来が悲しくなり、こんな考えを持った輩に怒り、考え直して、こんな文章しか書けない人達、しっかり読めば、誰もがNOと言うであろう、文章しか書けない人達を嗤った。とりあえず、簡単な感想だけ。

前文作成の指針「日本国民が多様な文化を受容して高い独自の文化を形成したこと。我々は多元的な価値を認め、和の精神をもって国の繁栄をはかり、国民統合の象徴たる天皇と共に歴史を刻んできたこと。」天皇が戦争を始め、国民に犠牲を押し付けたことを無視し、戦国から江戸時代にかけて、歴史の主役は誰だったかを忘れ、現代において、国民主権の原則を忘れている。

安全保障の項「自衛のために自衛軍を保持する。自衛軍は、国際の平和と安定に寄与することができる。」9条2項をバッサリ削ってこれを入れる。これは単に今の自衛隊を現状追認すると言うことではない。これによって、どうどう軍隊が海外に出かけることが出来る。つまりアメリカが始める戦争に日本がついていって他国を(「自衛」の為に)侵略することが出来るのである。決定的な大転換である。

「2、「公共の福祉」について
1.現行の「公共の福祉」の概念は曖昧である。個人の権利を相互に調整する概念として、または生活共同体として、国家の安全と社会秩序を維持する概念として明確に記述すべきである。2.「公共の福祉」の概念をより明確にするため、「公益及び公共の秩序」などの文言に置き換える。」これもひどい!!憲法はそもそも国の暴走を許さないため、国が守るべきことを決めた法律である。近代憲法の歴史を紐解けばどの学者もそういうであろう。しかし、この憲法は国民が守るべきことを決めようとしている。これが通ると大きく世の中が変わるだろう。

改憲要綱「・国会による発議の要件については、「各議院の総議員の過半数の賛成」に緩和する」要は簡単に改憲できるようにしたいっていう事ですね。
(2005.07.08)



2005年08月28日(日) ■
津島遺跡から『特殊な器台』出土

邑久郷土資料館のことを書いた後、K氏から「特殊器台の研究はこれからなの
です。」「桃太郎スタジアムにある資料館に特殊器台があった」と教えてもらいまし
た。早速8月16日に行ってみました。非常にいい博物館でした。

「遺跡&スポーツミュージアム」という。いずみ町の桃太郎スタジアムの中にありま
す。月曜休館の観覧料無料ですが、きれいなこと、
(以下の文章で述べているように)展示遺物の質が高いこと、説明文が一歩踏み込ん
でいること、学芸員が非常に親切だったこと、等々の理由で岡山県で最高の考古博物
館といっていいだろう、と私は思います。

縄文時代の松菊里型の壺がありました。朝鮮半島との交流がその頃からこの津島で
あったのかあ、と驚きました。しかも伽耶地域ではなく、百済地域で。(あっ、まだ
この頃はそういう名前ではなかったですね。)縄文時代の篭目のついた土器もありま
した。稲の種を籠でつるして保存しておいたのではないかといわれています。弥生の
磨製石包丁も当然展示されているのですが、「誤って落としたのだろうか、田んぼに
張り付いたまま発見された」というコメントがついていた。ここまで踏み込んだキャ
ンプションはあまり見たことがない。祭りに使われたか銅鐸型土製品(弥生)があり
ました。絵画土器(弥生)も人物像としてシンプルです。各地の土器もまとめて展示
されていました。東西南北例に漏れずよく交易しています。



そして
直孤文としか思えない「装飾版」がありました。用途は不明だそうです。
さらには
一メートルはあろうかという巨大な器台。
形もほぼ特殊器台です。模様は何型と言うのでしょうか。シンプル。

女性の学芸員の方にいろいろ聞きました。
「あそこに特殊器台があるんですけど……」
「特殊器台とはいいません。「特殊な器台」です。」
「どう違うのですか」
「一番大きいのは、墓から出ていなくて、住居地帯から出ているということです
ね。」
「それから籾殻が刷り込まれている。それに関する祭祀だったのでしょうか。」
「それから特殊器台は弥生時代�鹸�以降なのですが、
これは弥生時代�郡�なんです。しかもこれひとつのみ。
後は専門書読んで調べてください。」
いやそれだけ聞けばほぼ満足です。と、思いながらもあと少し(^^;)
「では、これが特殊器台の直前の姿だということは出来ないんですか。」
「なんともいえませんね。」
「ここの特殊器台について、本で述べてあるのを見かけたことはないんですけど。」
「そうでしょうね。この前大阪から来た学者の方も、
こんなところに特殊器台みたいなものがあるとしって驚いていました。」
これは2004年に報告書が出たばかり。
これからの研究になるのでしょう。
報告書で遺跡のどこの部分からどういう状態で出てきたのか、
報告書をだいぶにらみましたが、読み方が良く分からなくて、
また聞きました。
「さっきこの器台は住居跡から出てきたといってらっしゃいましたが、
この報告書は河の跡から出てきたようにしか見えないのですが……」
「河の跡から出てきたのです。」
「それでは川に捨てたということですか。」
「そうではないと思います。実は土器も河の跡から大量に出ているのですが、
まとまって出ているのですね。
だからこの器台も何らかの目的で河に沈めたかどうかしているのではないでしょう
か。」
うーむ、謎だ、謎だ(^-^)どきどきする。

私はここが特殊器台発祥の地だとは短絡的には考えない。
ただし、弥生後期のある時期、あの器台が誰かによって突発的に
発明され、広まったのではないということは想像できる。
墓の祭祀に採用される前は、
ほかの祭祀に採用されていたし、
その前の器台については邑久地域も含めて広い拡がりで作られていた
可能性が高くなった。
そういえば兵庫の田中遺跡、
あそこの器台は相当形が違っていた。
別系統だったのかもしれない。
よく考えると岡山県は
弥生住居の発掘が極端に少ないように思う。
もっとほかの住居地域が発掘されたら
系統だって考えることが出来るのかもしれない。

ここの資料を見てみると、
特殊器台のひとつの型が出た都月坂墳墓群がすぐ傍の山の上だと分かった。
行ってみたが、例のごとく上り口さえ分からなかった。
古代吉備を語る会で早急にここを企画してもらえないか。
疑問が山ほどあるんですけど……
6000年前のプラントオパールが発見された
朝寝鼻貝塚の場所も初めて知り、
帰りがけによって見ました。
加計学園の玄関口にありました。

Kさん、
いい博物館を教えていただいてありがとうございました。



2005年08月27日(土) ■
門田遺跡・邑久郷土資料館をたずねる

岡山県下のすべての遺跡はまだ訪ねてはいない。(<あたりまえ)しかし、考古学の博
物館なら主なものを行っていると思っていたが、今回瀬戸内市の資料館を訪ねて、ま
だまだ注目すべき博物館は在るのだと思い知った。

『日本全国見学できる古代遺跡100』(文春新書)を参考に瀬戸内市(旧邑久町)に
ある門田貝塚と郷土資料館を訪ねた。

門田貝塚は遺跡公園になっている。弥生時代前期から鎌倉時代に及ぶ集落遺跡。ここ
から出た弥生時代前期後半の土器は『門田式』と命名され、瀬戸内沿岸地方の時代を
測定する場合の指標となっている。公園には弥生後期の竪穴住居を二棟復元してい
る。カヤぶき屋根の立派な住居だ。少しきれい過ぎるのもどうかと思うが、横壁をコ
ンクリートで固めているのは興ざめ。又、住居の扉が閉ざされていて見学出来るよう
になっていない。学問的には非常に怪しい復元住居では在る。

そのあと旧邑久町役場のすぐそばに在る『郷土資料館』に行く。鉄筋三階立ての小学
校をそのまま資料館に使っていて、考古学資料は2階の4部屋を使っている。まず
びっくりするのはその考古資料の数の多さである。門田遺跡だけではなく、旧石器か
ら中世まで満遍なく数多くの遺物が展示されていて、展示している数の多さだけなら
県立博物館より多いだろう。しかも、一応すべての展示物に説明が付いている。ここ
の展示物のほとんどは郷土史家の長瀬薫氏の個人寄贈品らしい。彼は戦前から邑久町
の遺跡の遺物を収拾して廻り、県内で初めて考古博物館『邑久考古館』(S11)を開
いていたらしい。

しかも私の初めて見るような考古資料が多く、びっくりした。熊山田遺跡(弥生)の人
形型土製品の表情の豊かさ、水落古墳(7C)の家型陶棺の巧みさ、高砂山古墳から出
土した内行花文鏡。堂免遺跡(弥生前期)の円形周溝墓。どうしてこの博物館が今まで
注目されていなかったのか。

注目すべき遺物があった。国城遺跡(弥生中期後葉)出土といわれている器台形土器。
この大きさが50〜60cmくらいあって、特殊器台といわれても通用する大きさで
あり、しかも脚部に竜?の抽象化した線刻絵画があるのである。これは祭祀用の器台
だと考えるほうが自然ではないか。ところが、私は特殊器台が邑久地方から生まれた
という説を聞いたことが無い。しかも門田遺跡の土器に弥生時代重孤紋の土器があ
る。これは特殊器台の直孤紋とは関係無いのだろうか。

私がこのことを注目するのは訳がある。吉備地方から始まった特殊器台はその祭祀方
法がやがてそのまま大和政権に受け継がれる。(ここまでは現代考古学の定説)それは
吉備の主要メンバーが大和に移った証拠だという説が今大きくなっている。(近藤義
郎『前方後円墳と吉備・大和』)つまり、特殊器台の源が吉備にあったのではなく、
二つ河を隔てた吉井川東側にあったかどうかというのは、日本史の内容を決定付ける
重要なファクターなのである。

このことを研究した書物がないか、隣接の図書館に行くと、資料館の村上氏を紹介し
てくれた。一階の資料編さん室の事務所を訪ねてみた。「うーむ。確かに近藤先生は
ここの資料のことには言及していませんね。」「僕はとても重要なことだと思うので
すが、誰もこのことに言及していないのですか。」『門田遺跡の報告書は出ているの
ですが、そのほかの遺跡の報告書は無いんですよ。長瀬氏の個人収拾の遺物ですか
ら、そのことが関係しているのかもしれません。」『だとすると弥生時代中期といっ
てもはっきり認められているわけではないんですね。」「そうです。実は今年末初め
て邑久町史で考古編が出るのですが、そのとき少しは言及されるかもしれませ
ん。』『分かりました。そのとき注目してみます。」私はここの遺物が注目されてい
ない理由が分かった気がした。近藤義郎氏は特にそうだが、考古学は確かなことしか
書くことはしない。だから資料批判が出来ていない遺物は『無視』されているのであ
る。しかし、それで無視するような事柄のようには私は思えない。もしこの遺物の時
代と場所が正しかったなら、そしてもしこの遺物が特殊器台の直前の姿だったとした
ら、いったい何が理由で彼らの主体は吉備に移ったのかということが問われなければ
ならない。

新たな謎が生まれたお盆休みの遺跡めぐりでした。




2005年08月25日(木) ■
「岡山と朝鮮とわたしたち」      

岡山の高校生は何校かは毎年韓国へ修学旅行に行っている。
その関係か、きちっとした副読本を作っている。
それを拾い読みしながら、
ある学習会でレジメをきったのがこれである。
これも読書記録になるかな。

ちなみに「古代」だけは私の趣味で膨らませた。

「岡山と朝鮮とわたしたち」            05.06.18
一 古代から近世までー長い友好の歴史
1朝鮮半島の土器
櫛文土器、無文土器、青銅器の時代がが日本の縄文時代
鉄器時代が始まりしばらくたって日本の弥生時代が始まる

土器・武器の相似性と違い(韓国の石製武器はほとんど磨製)
                    (松菊里遺跡の風景の相似性)

縄文土器の独創性は際立っているが、
技術的には江戸時代までは日本は朝鮮半島より後進国であった。
常に朝鮮・中国より『技術』を学んできた。
   須恵器は朝鮮半島より遅れること200〜300年
   百済時代の宝物は日本の古墳時代である
      →細かな装飾、日本では太刀打ちできない
   仏教美術の相似性
   

反対に言えば、日本は急速に文化的には洗練を極めていく。
  (安土・桃山・江戸時代の文化は世界的にもトップ水準)

岡山と渡来人の関係性
  土器 「スエ」「ハジ」の地名、「カヤ」「ハタ」の地名
  吉備の中山の枕言葉「まがねふく」鉄文化の輸入
  3C〜5C倭国で最も先進地域は吉備国であった
   根拠 吉備東遷説(特殊器台が箸墓古墳から出土)近藤義郎「前方後円墳と古代吉備」
       造山古墳(5C)の主体は倭の五王の誰か? (岡山教育委員会出宮説)
       吉備津彦侵攻の理由 雄略天皇(5C)の吉備侵攻 吉備と新羅との同盟関係「日本書紀」
       鬼の城(7C)の巨大さと歴史からの抹殺
          見事な朝鮮式山城(石垣の間に角楼や門、版築による盛土)、『日本書紀』に記載されず
 
2.朝鮮との国交と朝鮮通信史
   徳川家康の国交回復(強制連行の朝鮮人の送還)
   12回の外交使節 (対等平等な関係)
      唐子踊り(牛窓毎年10月第三日曜)  失われた踊りの復活
                                 本来は無かったはずの日本の民衆と
                                 朝鮮の人々との深い国際交流

二. 近代日本による朝鮮植民地支配
1.皇民化政策
   1938国家総動員法の制定より
       愛国班
       朝鮮教育令 朝鮮語の禁止
       創氏改名 
       陸軍特別志願兵令 44徴兵制
2.岡山県の在日朝鮮人の歴史
   1903 3人
      1910年 日韓併合条約
   1917年 487人 1922年 825人
  朝鮮人強制連行
   三井造船 地下軍需工場(地蔵山・臥龍山)、三井協和隊(死者16名)
   柵原鉱山  地化火薬工場計画
   勝山第二発電所
   亀島山地化軍事工場
     三菱重工業水島航空機製作所の疎開工場 (2055M)522機製作 高校生による実測図
     水島在日コリアン 1946一万人以上 亀島全体がコリアンタウン 
                  1960まで土木、日雇い、ホルモン、ダンプ。養豚 
                  戦後朝鮮学校の設立 国際結婚の比率2割程度
      倉敷中央高校社研部の活動 87『見る会』88『亀島地下工場を語りつぐ会』
                            95行政によって『記念碑』設立
3.日本とコリアンとの交流
    笠岡市浄心寺に残る安重根の書
       1907ウラジオストックで日本との交戦
       1909『断指血盟』ハルビン駅で伊藤博文殺害
       住職が教悔師「値打ちのあるものは必ず残る」
    
    槙村浩「間島パルチザンの歌」   
       高地の神童 共産主義運動にかぶれ一時関西高校へ
       謎の1年間  朝鮮人との交流
        金日成の抗日パルチザンの歌  リアルな描写

    高校生のさまざまな民族学習
       中央高校(90遺骨遺族返還) 玉野光南高校  構成劇「赤い鳳仙花」
       金原哲さんとの交流(最後の言葉)
       大隅実山氏の『大和塾』を探すたび 明誠高校

4.在日問題
   県内外国人 朝鮮・韓国人7901人 
             中国人    2843人
             ブラジル人  1732人フィリピン人1102人
   戦前の強制連行 戦後の職業68%無職 91.2%特別永住者
   国籍条項
    憲法25条が根拠→70年以降ざんじ撤廃 『育英会』『公務員採用』『児童手当て』
   82年に国民年金に加入する権利  無年金者の多さ 
   障害者給付金 岡山市倉敷市備前市 年額30万  高齢者給付金岡山倉敷で月1万
   国民健康保険 86年よりすべての外国人が加入できる
   生活保護   90年より定住者以外の外国人には適応されなくなる
   国体  ざんじ参加が認められているが、朝鮮学校は認められず
         社会人は永住者に限り06年より
   地方参政権  請願書採択は増えている          
  
       



2005年08月24日(水) ■
『西の魔女が死んだ』 梨木香歩

『西の魔女が死んだ』新潮文庫 梨木香歩
『読者が選んだ新潮文庫』の第1位に選ばれていたのでこの本を買った。別に宣伝文句に踊らされたわけではなく、このアンケートのベスト10を見てみると、この本含めて三冊ほどはまだ読んでいなかったが、わたしの読んだ7作品はすべて忘れることの出来ない作品ばかしだった。この読者アンケートは信頼できる。それのさらに1位なのだから、期待できると思ったのである。

期待は裏切られなかった。個人的には第3位の『夏の庭』(湯本香樹実)のほうが好きなのだが、これもなかなかどうして、ぐっとくるものがあった。

重松清氏の書くいじめ小説のなかで出てくる少女はなぜか強いのであるが、私が思うに、普通の少女は決して最初から強くは無い。少女はどうやって強くなっていくのか、そのことの例えばひとつの答えがここに在る。その秘密を知れば、大人も少しは強くなれるかもしれない。
(05.08.10)



2005年08月23日(火) ■
「きよしこ」 重松清

「きよしこ」新潮社 重松清
冒頭、どもりで成功した作家が、ある母親の「どもり」の息子を励まして欲しいという手紙を無視した経緯を書く。そしてそのとき書けなかった『理由』が一人の少年の成長を描いたこの短編連作である、と明かす。だから、「どもり」の子が勇気をもらったり希望を持てる話ではない。しかし、そんな子に寄りそうことは出来る。それはべたべたすることではない。文字通り、つかず離れず寄り添うのである。何が寄り添うのであろうか。人ではない。『想い』が寄り添うのだ。

最後、高校を卒業する少年が自分に寄り添ってきた女性に突きつけた『決断』は、まだ19歳になっていない子が読んだら不可解に思えるかもしれない。

重松清氏はもちろん「どもり」では無い。しかし、いじめの物語をたくさん書いてきた彼の元には同様の手紙はたくさん届くのかもしれない。それに対する回答がこの作品なのであろう。もちろん回答はひとつではない。
(05.07.30記入)
(05.08.14記入)



2005年08月22日(月) ■
『日本全国見学できる古代遺跡100』 文芸春秋編集

『日本全国見学できる古代遺跡100』文春新書 文芸春秋編集
まずこの本の利点は、実際に見学遺跡が整備されている場所とすぐ近くに展示施設も在る所をピックアップしていることだろう。遺跡を全体的に見ようとしたら、単に復元した建物やら墓を見ただけでは無理で、きちんと解説をした展示施設が必要なのだが、ホームページで調べてみても、その二つがそろっていますよ、という記述は案外少ない。よって有名遺跡で無い限り展示施設だけ訪れてせっかくの遺跡公園に足を伸ばさなかったり、遺跡の復元を見て『ふーん』といって、何を意味するかも分からないまま帰ってしまうことが多い。そう言う意味ではいい目の付け所である。

しかし、この本は無理に買う必要は無い。全国の遺跡を無理やり満遍なく紹介しているので、ページ数の関係から、遺跡の解説は表層的で、しかも地図も分かりにくい。展示時間も書いていないので、結局目次を見てこの遺跡に行こうと思ったら、ホームページか他の手段で調べるのが必須になってしまう。どの遺跡に行くか決めるための本であり、決してガイドブックにはならない。
旅の計画を立てるとき、この本を図書館で読むかして、活用するのがいいと思う。
(05.08.14記入)



2005年08月21日(日) ■
「おかやまエコ読本」

「おかやまエコ読本」吉備人出版
これ一冊で、県内のエコ業者地図が出来あがる。米、野菜、茶、果物などの農家。お店は自然食品店、酒、定食、うどん、そば、豆腐、パン、ケーキ、喫茶店、調味料、民宿、などなど。しかし、それだけではない。

きちんとエコライフの生活提案にもなっている。むしろ身近な店といっしょに提案しているだけに、現実性が高い。

編集は実行委員会形式。口コミで集めた情報に基づいて作成しており、正直岡山県にこれだけエコ業者がいることに驚いた。全面カラーA4写真豊富で、140Pもあるのに、1000円というのは安いと思う。
(05.08.14記入)



2005年08月20日(土) ■
『ナルニア国物語 ライオンと魔女』C.S.ルイス 瀬田貞二訳

『ナルニア国物語 ライオンと魔女』C.S.ルイス 瀬田貞二訳
英文学を代表するファンタジーだという評判を聞いて読んでみた。なるほど、ひとつの世界観を背後に隠しもって、息もつかせぬ展開で面白い。

四人姉妹兄弟の末妹ルーシィは好奇心で洋服ダンスの奥の『探検』を試みる。洋服の重なりのもっと奥の暗いところにある『何か』へ入っていくとなぜか雪の積もった森の中に入ろうとしている。振り返るとたんすの入り口はまだ見えている。『ルーシィは少しこわくなりました。けれども、いっぽうでは、こころがわくわくして、ゆくてをつきとめてみたくてたまらなくなりました。』ここでひきかえさなかったルーシィに乾杯!

ただ、著者の親友であったというトールキンの『指輪物語』と比べると、まだ当時のイギリスの生活の『世界』が『ナルニア国』自体に色濃く残っていて、独自の世界観の構築に成功しているとは言い難い。お茶の習慣などは当時の上流イギリス文化そのものであろう。サンタクロースまで出てくる。子供が読むには『良質』の物語だと思う。
(05.07.31記入)



2005年08月19日(金) ■
『光源』 桐野夏生

『光源』文芸春秋社 桐野夏生
ひとつの映画製作にかかわる人々の、欲望の交わる顛末記である。私自身は映画製作にはまだ『夢』を持っているほうなので、このような物語は、心理の駆け引きやら打算やらを垣間見ることが出来て大変興味深いと思うと同時に、ちょっとやりすぎではないのというところもあった。

もちろん無理も無いと思わせる設定にはなっている。この映画のねらいは単館上映、芸術肌の作品である。監督はなんと新人監督で、オリジナル脚本。プロデューサーはベテランの女性。しかし、大監督の夫とは離婚危機の途中。プロデューサーのもと恋人の撮影監督。新進の主演男優。アイドル上がりの主演女優。普通なら監督がしきるか、プロデューサーが有無を言わせない進行をするはずなのであるが、この設定では監督は頼りなく、プロデューサーの力は弱く、すべての登場人物たちがふらついているので、先が見えない。唯一の望みはうまく創れたとしたらちょっとした傑作になるかもしれない脚本の出来だけである。

私が思い出したのは寺島しのぶが主演した『ヴァイブレータ』という作品である。スタッフも内容もまるきり違うのではあるが、ロードムービー、単館上映であるところと、この作品で一人の女優が開花したという点で、この作品が出来あがる過程には『光源』のようなどろどろもあったかもしれないと思った。『ヴァイブレータ』は成功した。一方この作品中の映画『ポートレート24』は…。
(05.07.30記入)



2005年08月18日(木) ■
『佐原真の仕事1考古学への案内』

『佐原真の仕事1考古学への案内』岩波書店
考古学方法論である。遺跡、遺構、遺物の違いとは何か。考古資料は何を語りかけるか。年代論、分布論。本来仲の悪いとされてきた、文献史学と民俗学と、どう付き合って総合的な学問を作り上げていくか。
佐原真らしい議論のし方で、日本文化論まで語る。面白く読ませてもらった。
(05.07.18記入)



2005年08月17日(水) ■
『ひまわりの祝祭』 藤原伊織

『ひまわりの祝祭』講談社 藤原伊織
まず、読みだしたら止まらず、いろんなことを犠牲にして二日で読み切ったという事を告白しておこう。

その上で述べるのだが、著者の本を『テロリストのパラソル』に次いで読んだのだが、失望した。著者が長年勤めていた広告代理店の論理でいえば、第一作めがヒットしたなら、次ぎの二作目あるいは三作目ぐらいまでは同じ傾向の作品を作る事が消費者の期待に応えることになるのかもしない。

一作がそこそこ面白かったぐらいならそれも有りだったかもしない。しかし一昨目が江戸川乱歩賞、直木賞のダブル受賞をするような作品だったとしたら、次ぎの作品は一作目をこえて欲しいと願うのが、ファンのワガママな期待というものである。ところがこの作品一作目と構造があまりにも似ている。そもそも「ハードボイルド」というものは構造が似ているものなのではあるが、主人公は頭のいい世捨て人、もと好きだった女性によく似たヒロインが現れる。主人公の過去と絡んで物語が進んでいく。魅力的な相棒が現れる。意外な人物が悪役である。

ここまで似た作品を創ってしまうとは、面白かっただけに失望した。
(05.07.18記入)



2005年08月16日(火) ■
「生きる意味」 上田紀行

「生きる意味」岩波新書 上田紀行
今このとき私はこの本を手にしたのが、偶然だとは思わない。私自身がこの春『生きる意味』を探して新しい旅に出たのではあるが、じつは日本や世界自体が、『生きる意味』を探しているのである。

生きるということは『わくわく』することである。苦悩は『わくわく』の種である。−−−−−おそらく表現は違うとは思うが、この本で書かれてある生きる意味を私はこのように受け取った。そういう記述を読むことで「もやもや」していた私の気持ちをすっきりさせることが出来た。と、同時にここではグローバリズムや、構造改革に対する簡略で的確で全体的な批判が述べられており、自分の内面も振り返ることが出来ると同時に世界全体のことも概観することが出来る。

人は、生きるためにはそのように個人と世界を常に往復することが必要なのではないだろうか。

この本が哲学者からでもなく政治学者からでもない人物、文化人類学者から出てきたというのは、ボーダレスの世の中にあっては必然だったのではあろうが、しかし、貴重である。

この本が求められる世の中というのは不幸である。しかしこの本が無視される世の中ならそれはもっと不幸だ。
(05.07.15記入)




2005年08月15日(月) ■
『たたら製鉄』 光永真一

『たたら製鉄』吉備人出版 光永真一
製鉄遺跡についての教養本というものは、今までほとんど出版さていないと思う。この本の巻末参考文献を見ると、すべて発掘報告書か専門書だけなのがそれを示しているだろう。専門書を読んでたたら製鉄とは何だったのか知るのは非常に難しいと思う。古墳とは違い、実測図や発掘中の写真を見ても、当時どういう形で、どういう製鉄をしていたのか分かりにくいからである。この本の記述はそれらと比べると記述も専門用語を出来うる限り排除し、非常に分かりやすい。ただ出来るなら現地にいって復元遺跡か、ジオラマを見ることをお勧めする。

古代を考える場合は『製鉄』というものが最大のキーポイントになる。特に弥生から古墳時代にかけては『鉄』をめぐって、ダイナミックにクニが動いた(私の考えでは吉備は東遷したのだからまさに文字通りクニが動いたのである。)のだから、この遺跡を理解することが最も重要なのである。昔から吉備の地は枕言葉で「まがね吹く」と詠われてきた。『まがね』という以上、単なる鉄の加工ではない、おそらく当時のクニグニで初めて『製鉄』に成功したのがこの地域であったのだろうと私は思う。実際現在日本で最古級の千引カナクロ谷遺跡は吉備北に位置している。ただ私は6Cが最古だとは思わない。きっと弥生時代にこの吉備地方で『製鉄』は始まったはずだ。この本を読みながら、この本に書いていないことをしきりに考えた。
(05.07.05記入)



2005年08月14日(日) ■
『玉蘭』  桐野夏生

『玉蘭』毎日新聞社  桐野夏生
有子は突然現れた叔父の幽霊に聞く。「あなたも共同体からつまはじきされたことがあるの?」「ある。個人として生き抜こうとすると、ぶつかるものは必ずある。」「話して」簡単な話じゃないよ。どこに行っても自分の世界を引きずって最果ての世界に到着する。新しい世界など存在しない、というのはそういう意味だ」「それはよく分からないけど、わたしは孤独だわ」

『柔らかな頬』と同じように、この作品では現実とも夢とも分からない描写に満ちている。そして主人公はここでも最果てに心を持っていくのである。世界の中心に自分がいたという思い出だけをつれて。

胸が潰れる。だけども、小説とはそういうものだ。謎は提示されるが、謎は必ずしも解決されうるものではないのだろう。
(05.07.05記入)



2005年08月13日(土) ■
『佐原真の仕事4戦争の考古学』 

『佐原真の仕事4戦争の考古学』岩波書店 佐原真
わたしが考古学はじめたきっかけは佐原真氏の次ぎの言葉である。「人類の歴史300万年を仮に3mとすると、日本の場合最後の3mmで武器や戦争を持った。殺しあうことが人間の本能ではない。戦争は人間がつい最近作り出したものだから必ず捨てることが出来る」。氏がこれを言いだしたのが1985年の『家畜・奴隷・王墓・戦争』らしい。わたしは氏の大ファンであるから、氏の著作は比較的よく読んでいるほうなのだが、このシリーズは嬉しいことに既刊の著書に載っている論文は載せない方針らしい。よって初めて接する論文ばかりで大変嬉しかった。

念願の香川県紫雲出山遺跡の発掘報告書「石製武器の発達」も読むことが出来た。西日本における弥生時代の石矢じりの形と重さを丹念に調べ、狩猟のための矢じりから戦争のための矢じりに変わっていったことを証明して見せた記念碑的な報告書である。この論文がどこにも無かったので、わたしは高い瀬戸大橋を通って調べに行こうかと正直何度も計画したものである。

縄文時代にも確かに殺しあいはあった。しかし、本格的な戦争は無かった。氏の主張をわたしは支持する。

以下印象に残ったこと。

・弥生時代中期に、深くつきささりやすい形の石矢じりが近畿地方に出現し、高地性集落の出現とともに大量化している。
・朝鮮北西部にも投弾がある。
・沖縄も北海道も自らは本格的な武器は創らず、本土から入手していた。死の商人もいただろう。
・石矢じりは革よろいを貫かないが、骨は貫く。
・弥生、当時大陸に在りながら伝わらなかったもの。牧畜。陶製用ろくろ。戦車・車。乗馬の風習。城壁をめぐらした都市。のこぎり。文字。高度な科学知識・思想。
・縄文文化から伝わらなかったもの。大多数の摩製石器。耳飾り、腰飾り。石矢じり固定用の角製ネバサミ。呪術にかかわる特殊石器。ただし石剣、石棒はいくつか例外。又条研歯。
・弥生文化で固有の発達を遂げたもの。どうたく・武器形祭祀器。巴型銅器。貝輪の形をした銅製腕輪。打製石槍。ガラスまが玉。方形周溝墓。分銅型土製品。投弾。
・朝鮮半島南では食用の家畜は飼わなかった。こは日本にとって大きい。
始皇帝の兵馬ヨウはすべて去勢馬。日本はすべてオスの馬。義和団の変、向こうがメスの馬を放つものだから、日本の馬が騒いで収拾がつかなかったらしい。
(05.07.15記入)



2005年08月12日(金) ■
『中国怪食紀行』 小泉武夫

『中国怪食紀行』光文社知恵の森文庫 小泉武夫
食の薀蓄を語らせて雄、なおかつ古今東西のうまいものを食べつくしてきた著者であるが、その自信にはこのような『げてもの食い』の素地があった、というとたぶん著者には失礼になるのだろう。『げてものを求めたのではない。その証拠にすべて現地の人々はうまそうに食べているものばかりだ。ただ、わたしの舌はその度ごとに天国に上ったり地獄に落ちたりはしたのではあるが。』著者はおそらくこんな風に反論するに違いない。

いや、私とて卵かけご版が世界の人々にとっては『げてもの食い』の部類に入ることぐらいは知っております。(生の卵を好んで食べるのは日本人だけらしい佐原真『戦争の考古学』)だから彼が彼が虫を食べようと蛇を食べようと一向に驚かない。むしろ、彼が『おいしい』といっているものについてはぜひ食べたいと思う。わたしもだから『げてもの』好きなのである。別の言葉でいうと、好奇心が旺盛なのだ。だから小泉さんの著書をわたしは好む。

以下印象に残ったこと。

韓国木浦の「フクサンドホンオフェタク」(黒土産のエイの刺身と濁酒)の強烈な臭いはしかしおいしいらしい

蛇の肉はいつも動いていて、筋肉の固まりだからおいしいらしい。

木浦で魚醤を作っていた。ドラム缶で豪快な創り。

世界で最も臭い缶詰。スウェーデンの「シュールストレンミング」。ニシンの醗酵物。輸入不可。途中で爆発してしまうから。

『どうして中国人はたって食事をするのか』食べていることは豊かなこと。人に見られたいという気持ちからではないか。

「食い残しは豊かさの象徴」しかし、料理するとき残飯が出るのは嫌う。

スッポンが食べ始められたのは江戸時代から。別名「マル」これは中国ではスッポンを『団魚』(トンユイ)と書くから。中国では昔は亀を八徳を忘れた無道者として食べることは無かったが、今は中国南部ではよく食べられている。

固体醗酵によって白酒は出来る。だからアルコールは50〜60%。マオタイチュ、フェンチュ、ウーリャンイエチュ、シィフォンチュ、。など。薬用酒もこれに漬けて作る。曲とは麹。
(05.07.05記入)




2005年08月11日(木) ■
『吉備・山陽道』(日本の道シリーズ) 

『吉備・山陽道』(日本の道シリーズ) 毎日新聞社
昭和46年第一刷
文章のほうは池田弥三郎が『吉備の中山は津山のことだろう』とかとんでもないことを書いていて、つまらないが、この本の大部分をしめる写真のほうは貴重である。観光写真的なものも半分くらいはあるが、まだ高度成長の波に襲われていない田舎の風景を偶然にも写し取っている。いくつかある航空写真や何でも無い角の土塀は今では失われてしまった古代の姿を写し取っている。
(05.06.21記入)



2005年08月10日(水) ■
「韓国語はじめの一歩」 小倉紀蔵

「韓国語はじめの一歩」ちくま新書 小倉紀蔵
この本は発行と同時に買った。2000年1月のことである。それまで一回韓国に行っていたから、「カムサmニダ」とか「イゴジュセヨ」ぐらいの言葉は知っていた。いやそれぐらいの言葉しか知らない段階でこの本を読むと、最初の韓国語講座でつまずき、文化的な面の叙述に行く前に挫折したのである。ーーそれから5年。

『語学』の部分は出きるだけ軽く流して読んだほうが良かったのかもしれない。もともとこの本で韓国語の基礎を学ぼうと思ったほうが悪いのである。この本は韓国語に触れていく過程で起こるあれこれのエッセイなのだから。

その中で韓国語の美しさや文化に少しでも興味を持てば、この本の目的は達成するのであろう。例えば韓国の鶯はこのように鳴くのだそうだ。「モリコpケコpケピッコシジpカゴジゴ」。なるほど美しい言葉である。意味なんて知らなくても良いが、いちおう。「髪をきれいにきれいにすいてお嫁さんになりたい」。

儒教の国の筆に対する想いは特別である。「日本のもののふは刀で死んだが、朝鮮のソンビ(士)は筆で死んだ。」つまり理屈によって死ぬのである。黙して語るということは出来ないのだ。その辺りの事はお互いの国民は分からないといけないだろう。

この著者は一貫して朝鮮半島のことを『韓(から)くに』と書いてとおした。思うに、この著者も充分(日本人ではあるが)『文強の士』である。

(05.06.18記入)



2005年08月09日(火) ■
『手紙』東野圭吾

『手紙』毎日新聞社 東野圭吾
犯罪者の家族に焦点を当てた作品。心ならずも強盗殺人を起こしてしまった優しい兄、そして残された一人きりの家族の弟はどのように生きていくのだろうか。

わたしは当初、弟に何らかの事件がおきるのだろうと考えていた。しかし半ば過ぎても何も起きない。しかしそれが現実というものだろう。そして『現実』とはなんと厳しいものか。殺人犯の家族は常にこういう試練に逢わなくてはならないのだろうか。わたしは差別をすることはないだろうと、思ってみる。うーむ、分からない。

ラストは少し涙ぐむ。
(05.06.15記入)





2005年08月08日(月) ■
『闇先案内人』(下)

『闇先案内人』(下)
著者の描くキャラクターは、登場場面からすでに過去を背負いながら、しかも光彩を放ちながら出て来る。よって忘れがたい人物が多い。主人公の葛原は、その典型であるが、話が進むうちにどんどん隠れていた「タフさ」や「優しさ」や「賢さ」や「頑固」さが出てきて、どんどん魅力的になっていく。そうして、いつも女性のキャラも魅力的である。読み終わったあと、葛原や咲村、彼や彼女の今後はいったいどうなるのだろうと想いを馳せた。
(05.06.08記入)



2005年08月07日(日) ■
「闇先案内人」(上)  大沢在昌

しばらく更新するのを怠けていました。
まとめて更新します。

「闇先案内人」(上)文芸春秋  大沢在昌
葛原は関東で一番優秀な「逃がし屋」のリーダー。ある日、河内山警視正が彼に接触を持ち、「某独裁国家の政変を握る人物が日本に来ている。その人物には関西一の「逃がし屋」成滝がついている。その人物が某国に帰るまでに探し出して欲しい。」と依頼を受ける。葛原はチームの将来を守るため難しい仕事に着手する。

著者の本格ハードボイルド系の読み物である。著者はもしかしたら独自の『情報屋』を持っているのだろうか、一部設定がいやにリアルなのである。特に逃がし屋の手練手口、警察の指揮系統、反応がそうだ。読者のわれわれに現代の闇の一端を見せてくれる。情報屋も誰にも言えなかった秘密を打ち明け、小説が売れて小さな満足と喝采をあげているのかもしれない。
(05.06.08記入)



2005年08月06日(土) ■
『ゲームの名は誘拐』 東野圭吾

『ゲームの名は誘拐』光文社 東野圭吾
宣伝会社の佐久間は日星自動車へのプレゼンテ−ションを突然おろされる。佐久間は自分をおろした葛城社長の鼻をあかすため、偶然見かけた佐久間の愛人の娘、樹理の家出を手伝い、誘拐ゲームをはじめる。完全犯罪は達成されたかに見えたのだが…。
佐久間の頭の良さは認めるが、読者としては裏があると思いながら読んでいるのだから、あれでは途中で気がついてもよさそうなものだと私などは思うのではあるが。
(05.06.07記入)



2005年08月05日(金) ■
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか」アレン・ネルソン

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか」講談社 アレン・ネルソン
原爆被爆者の語りべ、沖縄戦の語りべ、いろんな語りべがいる。その方たちに思い出したくないことを語ってもらうことで、私たち戦争を知らない子供たちは、戦争を『想像力』でもって追体験し、戦争のない未来を築く力を得ていく。

しかし日本に南京事件の語りべはいるだろうか、沖縄の兵士側の語りべはいるだろうか、ほとんどいないのではないだろうか。無理のないことではある。それほど、加害者の側に立つ経験や記憶というものは思いだしたくないことなのだろう。その意味でアレン・ネルソン氏は貴重である。彼はベトナム戦争から帰ってきたあとPTSD(心的外傷後ストレス精神障害)になる。それを克服したきっかけが、この表題作に関連するのであるが、その後、ネルソンさんは「人を殺した経験」の語りべとなる。

一般的に本を読むよりはその人の話を実際に聞いた方がより深く自分の中にイメージが入っていくだろう。話を聞くよりも自分が経験したほうがさらに深く刻みつけれるだろう。いかんせんこの場合、それ(戦争で人を殺す経験)だけはしてはいけない。出来ることならネルソンさんの話を聞いたほうが良いだろうが、わたしはまずは松本ヒロのパフォーマンスでこのエピソードを聞き、涙し、興味を覚えた。そして本を読んだ。話のあらすじよりも、言葉の細部に注目すること。そのことが大切だろう、と思う。子供向けの本であるが、大人にも充分衝撃的である。
(05.06.07記入)



2005年08月04日(木) ■
「将棋の子」 大崎善生

「将棋の子」講談社文庫 大崎善生
「生きる」ということはどういうことなのだろうか。ひとつの典型がここにあった。ような気がしてならない。

将棋の奨励会の制度は残酷な制度だ。少年時代から青年まで将棋のみに打ち込んだあと、一部をのぞいて去っていかざるを得ない。

将棋の元天才少年たちはいろんな壁にぶち当たり、若くして奨励会を去っていく。彼らの後の人生はどうなるのだろうか。このルポで一番分量を割いている成田英二のように、パチンコの店員になり、借金で追われて日雇いになっていく人生もあるかもしれない。しかし成田は明るい。なぜなのだろう。

世界を転々と放浪し、ブラジルのジャングルの奥で終の住処を見つけ、ふと参加した世界将棋選手権で優勝し、そのニュースだけが伝わってくるような元奨励会会員もいた。

羽生たちの少し前を走っていたために、佐藤や森内、57年組の台風にもろにぶち当たりスランプに陥り、辞めていった米谷和典という青年もいた。彼は、いろんな職を転々としたあと自分の力量だけで不動産会社で一人前以上の仕事をする。しかし、それでも倦怠感が拭いきれない。昔の後悔が蘇ってくる。「甘えというぬるま湯。わずかに緩めてしまった自分自身の手綱。あっという間に襲いかかってきた天才軍団。停滞、苦悩、遊びという現実逃避、そして挫折。」米谷は常人には出来ない集中力で勉強をして、1年後一発で司法書士の国家試験に合格する。私にはこのエピソードと成田のエピソードが同じ土俵に思えた。『生きる』とはどういうことなのか。ここにでてくる元天才少年たちはみな将棋からかけがえのないものをもらっていた。それは駒のように小さい、しかし重い『誇り』と呼ばれているものである。
(05.07.06記入)



2005年08月03日(水) ■
「一人分・電子レンジレシピ」 村上祥子

「一人分・電子レンジレシピ」長岡書店 村上祥子
この春より自炊と弁当をはじめました。調理道具はカセットコンロとレンジしか持っていないわたしは、これまでのところは冷凍食品、レトルト、一人鍋、レンジの卵理料理くらいしか「レパートリー」はなく、それを広げるためにこの本を紐解きました。

「さわらの味噌焼きとキャベツとがんもどきの煮物」「小松菜の中華ソテー」「にら玉とトマトスープ」「キャベツとひき肉のいためもの」「肉じゃが」「かぼちゃ、サトイモの煮物」「さばの味噌煮」「ミネストローネ」「たたききゅうりのラー油サラダ」とりあえず、試してみようと決心している料理の一覧です。
(05.07.06記入)



2005年08月02日(火) ■
『顔』 横山秀夫

『顔』徳間文庫 横山秀夫
横山秀夫氏の「直木賞騒動」とはいったいなんだったのだろう。調べたら分かることなのかもしれないが、わたしはひとつ確信した。結局あれは氏の『誇り』の問題だったのだ。

「男が、自分の中の男をより際立たせようと競い合う警察社会。そうした男たちの誇りを傷つけないように常に神経をピリピリさせながら、婦警は心の片隅で、自分たちもれっきとした組織の一員なのだと声無き声で叫びつづけている。必死で戦っている。」テレビ番組にもなったこのシリーズだし、このシリーズの前の短編も読んでいたので、全編似顔絵婦警平野が活躍するのかと思えば、シリーズ当初から平野は似顔絵担当から外されている。そんな平野が自分の『誇り』を取り戻す。これはそんな物語だ。

横山秀夫氏は常に『誇り』を描いていた。自らは記者として警察署内の『新聞社へのサービス』『新聞記事のコントロールのため』設けられた『記者クラブ』に常駐しながら、きっとも自らの『誇り』を磨きつづけていたに違いないと思う。
(05.07.06記入)



2005年08月01日(月) ■
「物忘れを防ぐ28の方法」 米山公啓

「物忘れを防ぐ28の方法」集英社文庫 米山公啓
記憶力を鍛える本はたくさんあると思うが、中年を過ぎると物忘れがひどくなってくる、アルツハイマーではないか等要らない心配までしだす。そいう心配に答え、かつ記憶力を高めるコツを教えてくれる本ということで、この本は中年以上の人にお勧め。

以下、記憶すべきコツをいくつかメモ書き。
○小脳に『回路』をつくるくらいに何度も繰り返すこと。
○関心のある単語、文章から覚える。
○普通なら覚えた言葉は海馬の中で10数秒で忘れる。印象的な記憶が必要。
○エピソード記憶、意味的記憶、体を使って覚えた記憶の順番に忘れやすい。
○リラックスを心がける。笑顔や昼寝も記憶には効果的。わたしなら他に、コーヒーを飲む、達成可能な目標設定にする、というのも効果的かもしれない。
○糖の摂取も効果的。休憩時間は甘いものを食べる。
○忘れ物が多くなる病気はアルツハイマーだけではない。脳卒中、脳腫瘍、慢性硬膜化血腫、甲状腺機能低下症、うつ病。正しく症状を把握し、医者に相談する。
(05.06.03記入)