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| 2005年10月31日(月) ■ |
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| 『対話の回路』(その一) |
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『対話の回路』(新曜社)小熊 英二 (著)を読んで 村上龍、島田雅彦、網野善彦、谷川健一、赤坂憲雄、上野千鶴子、姜尚中、今沢裕の八氏との対談集である。いろいろ刺激をもらう本なのではあるが、今回は現代の改憲論の中のナショナリズムについて考えるヒントをもらったので、書いてみたい。
島田雅彦との対談に先立ち、小熊は『戦後ナショナリズムのスパイラル』と題し、『<癒し>のナショナリズム』(慶応義塾大学出版会)の中身を要約してみせる。それをさらに要約するとこうなる。戦後のナショナリズムを概観するとこのように単純化できるという。 <1>対米従属によりアメリカに対する不満が蓄積する。(石原慎太郎や「つくる会」)<2>(しかし面と向かってアメリカに文句は言えない)その代償行為として自衛隊増強や改憲、あるいは歴史問題が噴出する。<3>その結果として(改憲の地盤が出来ることでアメリカの要求は強まり、歴史問題でアジアの反発は強まるので)ますます対米従属が強まる。
これにはなるほどと思った。私は今まで改憲論者の『気持ち』が理解できなかったが、もしかしたら改憲論者も自分の気持ちが理解できず、ずっと「悪循環」のなかにはまり込んでいるのかもしれないと思ったからである。もちろん単純化による間違いは多々ある。もっともよく批判されるのは「代償行為」等、ナショナリズムをあまりにも「心情」として理解しすぎているということだ。それを踏まえたうえで読むなら、私は示唆に富む分析だと思う。
これに9.11後を考えて小熊はこう問題提起する。(この対談はアフガン侵略直後)今度自衛隊に犠牲が出たときナショナリズムはどのように反応するだろうか。最悪の場合、日本でテロが起きたときナショナリズムはどのように反応するだろう。最悪の場合、世界から孤立して自滅するのではないか。
小熊の解決策はこうである。『本当は冷戦が終わった今となっては、対米従属さえしていれば国際関係が乗りきれると言う路線そのものが限界に来ているはずなのです。アジア諸国はもうアメリカの言いなりに動いてはいない。アジア諸国から反発があるたびに対米関係に依存を深めるというは、日本ナショナリズムの悪循環をもたらすだけです。この状況を打開するためには、アジア諸国との間で戦後補償問題と歴史問題を解決して、日本が対米従属から開放されてもアジアのなかで信頼を醸成していくしかない』私はほぼこの説に賛成である。今やっと議論されてきた『東北アジア共同体』『アジア共同体』構想はその延長線上にあるはずだ。
ただ、この対談では小熊の先に書いた大きな見通しは見事なのだが、具体的な話になると、「皇室が憲法尊守を宣言してしまえばいいんだ。」等、(素人の私でさえ分かる)政治力学が全然分かっていない話で最後まで通してしまった。自衛隊に犠牲が出たときやテロが起きた時どうなるかも展開されずじまいだった。結局思想史の学者の話なのである。
民主党の前原代表がどういう理論でもって九条改憲を言っているのか、しっかり検討しなくてはならない。民主党の改憲案は国連主導の自衛隊活用なのであるが、彼が今の国際力学のなかでそれはつまりアメリカ追従と同じことだと分かった上で言っているのか、それとも反米ナショナリズムを目指して言っているのかで対応の仕方が変わるからである。 (05.09.19)
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| 2005年10月30日(日) ■ |
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| 『朝鮮通信史と唐子踊りについて』 |
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学習会で作ったレジメです
『朝鮮通信史と唐子踊りについて』 05.09.19
1.豊臣秀吉の朝鮮侵略 なぜ起きたのか 秀吉の野心と領地安堵 どういう経過をたどったのか 1587朝鮮通信使を要求 1590服属を意味する国書を要求 →拒否 1592文禄の役(イムジンウェラン) 陸上戦不利 亀甲船で対抗(李舜臣イ・スンシン) 93明の援軍 明と日本のみで講和 1596慶長の役(チュンユジェラン) 軍備を準備南部での戦い ウルサンソンの戦い 98秀吉の死亡 結果及ぼした影響 日本 豊臣政権の弱体化 1600−1603徳川政権への移行 明 国力の衰え 1644女真族の清に滅ぼされる 朝鮮 村落共同体の崩壊 飢饉 文化財の破壊 人さらい戦争 2〜3万人 戦争の犠牲者 耳塚10数万人 沙也可について
2.再開された朝鮮通信使 それまでの通信使 明と日本の冊封関係 朝鮮との交隣関係(対等な関係) 朝鮮との貿易の必要性 対馬が窓口 釜山に倭館 『通信使』1429−1467頃 13回 50人の行列 と『日本国王使』 50回 ソウルで国書の交換代 変わりの祝い 応仁の乱で止む
なぜ再開されたか 徳川家康の強い要望→朝鮮応じず 1604『探賊使』駿府の家康と会談 再侵略の意志なしを確認 朝鮮人の帰国1390人 1608国書と墓荒しの犯人の送付 対馬藩による国書の書き換えがあったにもかかわらず両国は黙認 両国の貿易の必要性
どういう性格であったか 1607第一回使節団 406人 最初は侵略の意志が無いことを確かめる 帰国1418人 全体の帰国 3600人 1636第四回 このときより通信使と名乗る。 祝賀の性格。友好・新善の使節団へ。 なぜ日本から朝鮮に行かなかったのか 不明 (この教科書の怠慢)
3.朝鮮通信使の実際 記録から 文化の交流 儒学 医者 画家 サーカス技芸団員 楽隊 日本のサツマイモが朝鮮へ 『孝行芋』→『コグマ』 小童 踊りで一行の疲れを癒す→唐子踊り 藩によって民間レベルの交流が出来るところと出来ないところがあった。
通信使の接待 三の瀬 鞆の浦 全体で約100万両の費用 幕府年間予算 78万両
唐子踊り 別紙
4.何をもたらしたか なぜ終わったのか 財政逼迫 1711第八回 1787松平定信無期延期 飢饉混乱見せたくない 1811第12回 対馬で返す 32万両で済ます 12代将軍から15代まで招聘せず 政治の混乱 尊王譲夷運動 幕府の財政悪化 社会の混乱 飢饉打ちこわし 日本型華夷意識 国粋主義(国学) 尊王譲夷・討幕運動へ 『朝鮮朝貢使』1812鞆の浦福禅寺 木彫りの額 1910韓国併合へ
歴史の教訓 いったんこじれた関係の修復は簡単にはいないこと いったん国交が回復すると豊かな文化交流が出来ること 朝鮮との関係悪化は 遣唐使の廃止から室町まで(約200年間?) 16世紀の150年間 1910−1965or87までの約60-80年間のみ。 現在は空前絶後の関係良好な時期であろう
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| 2005年10月29日(土) ■ |
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| 『卑弥呼の時代』吉田晶 |
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『卑弥呼の時代』新日本新書 吉田晶 この本の特徴は、歴史家の立場から考古資料を多く活用し、文献資料の乏しい弥生から古墳時代にかけての日本列島を大胆に論議しているところであろう。また、東アジアの中での倭人社会というグローバルな視点を持つことにより緊張感を持った書物になっている。(石母田正の批判的継承)
今日では常識的なこの視点が1995年段階では非常に新鮮だったようだ。ずっと文献史学と考古学とは仲が悪かったし、韓国の政治状況もあり朝鮮半島から日本列島を見る研究は進んでいなかった。よってこの本は新書なのにいろんな学術論文で引用されている。私がこの本を読もうと思った所以である。ただ一点、この著者は邪馬台国は最初から近畿にあったという説を取っているが、私はそれに与しない。 (05.09.18)
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| 2005年10月28日(金) ■ |
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| 『韓国は不思議な隣人』 黒田勝弘 |
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『韓国は不思議な隣人』産経新聞社 黒田勝弘 表紙の穏やかな韓国人の顔につられてなんとなくグローバルな韓国理解の本かと思うとさにあらず、『ソフトな嫌韓流』とでも言うべき本であった。 世の嫌韓流と同じく断片的な知識を紹介しながら、『不思議な隣人』を描いている。隣人が理解できていないのだから『不思議な』のはあたりまえなのだ。 (05.09.18)
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| 2005年10月27日(木) ■ |
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| 「海の伽耶琴」(上) 神坂次郎 |
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「海の伽耶琴」(上)徳間書店 神坂次郎 秀吉の朝鮮出兵時、当初秀吉軍の中にいて、その後朝鮮側についた一群の武将がいた。彼らは鉄砲の技術を持ち、そのためそれまでの戦況を大きく覆すことに成功する。その武将の名前は「沙也可」と伝えられている。この小説はその武将を、紀州雑賀衆の大将鈴木孫市の若大将「小源太」として描いた歴史小説である。なぜ彼は朝鮮軍に「寝返った」のか。また、雑賀衆は戦国時代、一向宗に味方し、信長と戦い、ついに信長は彼らをつぶすことができなかった非常に優秀な技術集団でもある。その後も、秀吉軍と戦っているはずである。なぜ敵側である秀吉軍の中にいたのか。それは教科書では教えない歴史であり、(朝鮮の教科書には「沙也可」の名前は出てきているらしい)その秘密の中に戦争とは何か、ということが描かれているかもしれないと思い、紐解いてみた。
信長は敵側を皆殺しにする日本歴史上稀有な独裁者であった。(比叡山焼き討ち、一向一揆・本願寺宗徒の壊滅)それと真っ向から対する雑賀衆もまた命知らずの鉄砲集団で、戦国の世を生きていく。彼らが戦死を恐れないのは当然だとは思うが、それぞれの「戦い」についてあまりにも疑問を抱いていないのは、不思議に思う。まだ後半はこれから読むのではあるが、私の最初の疑問は上巻ではぜんぜん解明できなかった。 (05.09.14)
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| 2005年10月26日(水) ■ |
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| 「指紋を発見した男」コリン・ビーヴァン |
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「指紋を発見した男」主婦の友社 コリン・ビーヴァン 茂木健訳 スコットランド人医者ヘンリーフォールズは、宣教師として日本に滞在中、友人モースを手伝い大森貝塚の発掘に携わっているときに、土器に付いている指のあとの筋から『指紋が犯罪捜査に使えないか』と発想する。指紋が犯罪捜査に与えた役割はとてつもなく大きいものがあったが、それが証拠として採用されるまでにはいろいろなドラマがあった。また、指紋発見者としてフォールズが評価されるにも、紆余曲折があったのである。
科学的な犯罪捜査が始まるまでの警察の歴史が読み物風になっており、なかなか面白い。特にヴィクトル・ユゴーの「ああ無情」のモデルになったというヴィドックを扱った『悪党を捕まえる悪党』の一章など、波乱万丈。また、マーク・トゥエンの「ミシシッピの生活」の第三十一章に影響を与えたかもしれないというくだりを北村薫辺りが読んだなら、早速推理小説のアンソロジーに入れたりするかもしれない。この本には『本格』の香りがする。
ただ、指紋発見のエピソードに日本の大森貝塚が入ってくることに、(日本人としては嬉しいのだが)私は危惧を覚える。縄文土器をよく見た人ならすぐ気が付くのであるが、たとえ土器に指のあとがあったとしても、目の荒い土器には決して指紋のしの字も付かないのである。この著者は日本に来ることなくこの本を書いているが、変な伝説が一人歩きしないことを祈りたい。 (05.08.28)
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| 2005年10月25日(火) ■ |
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| 『マニュアル不要のパソコン術』 |
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『マニュアル不要のパソコン術』ブルーバックス 朝日新聞be編集部 朝日(毎週土曜のbe掲載)でこれを連載していたとき、いくつか目から鱗のパソコン設定術があったような記憶があったので、もう一度しっかり読んでみようと思い、図書館で借りたのではあるが、ほとんど用なしの知識ばかりだった。これを読んでいたのは約三年前。あれから私も紆余曲折があってこのくらいは基礎知識として取りこんだという事なのだろう。
反対に言えば、パソコン初心者にはいろいろと便利な豆本になるということでもあるか。 (05.08.28)
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| 2005年10月24日(月) ■ |
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| 屏風祭あるいは晴天の日 |
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10.16 昨日の雨とはうってかわって晴天。 倉敷屏風祭を覗く。毎年この時期に倉敷美観地区の非公開の住宅も含めて玄関先を公開し所蔵の屏風などを見せてくれるのだ。普段見れない屋敷構造やそこに住む人と話が出来て、私は楽しみにしている。 「加藤」家では、おばあさんの米寿の祝いということで金屏風と福の神の博多人形、おばあさんの県展入選の絵をだし、88歳とは思えない姿でかくしゃくとして入場者の相手をしていたのが、印象的であった。
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| 2005年10月23日(日) ■ |
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| 吉備の製鉄あるいは日本の平和思想 |
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山手村公民館で製鉄遺跡第一人者の光永真一氏の「吉備の製鉄」についての講演があったのでいそいそといってきた。
一般の人はほとんどこういう問題に興味ない人が多いのではあるが、私は「日本の平和思想」を決める決定的な時代だったと思っています。分かりにくいかもしれませんが、興味を持っていただけたら幸いです。
そして「倭国大乱」が鉄を巡る覇権の争いであったとしてなら、この吉備の(原材料からつくる)製鉄について考えることはとても重要なことです。
現在日本で見つかっている最古の製鉄遺跡は総社の千引カナクロ谷遺跡(6C後半)です。それどころか5Cの岡山市の佐古田堂山古墳、同じく5Cの柵原の月の輪古墳からは製鉄に使われたとき出てくる鉄滓(鍛冶のときに出てくる鉄滓と比べて錆が付いていない滓)が出ているので、5C段階(古墳時代最盛期)で吉備地方において日本列島で先駆けて製鉄がなされていた可能性は非常に高い。それは何を意味するか。
「まがねふく」の枕詞にあるようにやはり吉備が製鉄の最先進地帯なのであった。しかし、それでは倭国大乱の説明にはならない。弥生時代に製鉄の可能性はないのか。私はいい機会なので、講師に執拗に食い下がった。「朝鮮半島では紀元前から製鉄を始めています。100年かけてその技術を輸入したというのなら分かる。けれども製鉄は当時もっとも必要だった技術のはず。それが500〜600年も輸入できていないということがありえるでしょうか。(ちなみに稲の技術は50年で西日本から東北まで伝わっている、という説もある)今日学んだ初期の製鉄はそんなに難しい技術ではないはず、と私は思う。その見解を聞きたい。」講師は考古学者らしく、「遺跡で発見されていない以上はなんともいえない」といいながら、「鉄の技術は重要なのでその技術を教えること自体が重要な外交問題になっていたということは考えられます。簡単に伝わらなかったでしょう。」「はたからみて簡単に分かるような技術ではありません。上から見て形はつくれるかもしれないが、鉄精錬の理屈自体思いも付かないでしょうし、地下の構造に関しては素人では絶対に分からなかったでしょう。」(写真の左図参照。ちなみに右の固まりは鉄滓)確かにそうかもしれない。けれどもそれでも、これだけ長い間輸入できなかったとはやはり思えない。今回の最大の収穫は弥生時代吉備の製鉄の可能性について製鉄の第一人者が明確な反対の意を表さなかったことです。素人の私にとってはそれだけで充分。倭国大乱は、もしかしたらたった一人の鉄の秘密を握る人物を巡っての物語なのかもしれない。いろいろと波乱万丈があって、その人物は死に、技術だけが吉備に残されたとしたなら……(^^;)
その他、長年の疑問もいくつか解けた。吉備の製鉄の初期は砂鉄ではなく鉄鉱石を使っているのだが、岡山県は吉備の地方に点々と鉄鉱石が取れる場所はあったらしい。一番の産地は県北である。鉄鉱石の採石場が見つかっているかというと、見つかっていないらしい。また、当時の朝鮮半島の製鉄もやはり鉄鉱石から作っていた。ただ、まだ吉備の製鉄遺跡と同じ形の遺跡は見つかってはいないらしい。ふいごの仕組みは図にある通りではあるが、あれ以上は分からないらしい。なぜなら木でできているので跡形も残っていないからである。たぶん手押しのふいごではなかったか、というのが講師の意見であった。
「 戦争の危機を技術の交流で切り抜けた」「大和東遷による連合政権樹立」という私の「説」は更に補強されたのでした(^^;)
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| 2005年10月22日(土) ■ |
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| 弥生の土器で製塩を体験する |
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岡山県古代吉備文化財センター主催「考古学入門講座」に参加。火をおこして、土器製塩の実習を行うというので、理論面は別として、貴重な体験ができるのではないかと思い、家族連ればりかの中、中年男一人のみで乗り込んだ。
思ったより知らないことが多く、勉強になった。
塩つくりは西日本では弥生時代中期、突然讃岐地方より始まる。その後、弥生時代後半から古墳時代にかけて、西日本全体に広がるという。一番古い遺跡は児島菰池遺跡。なぜここから始まったのか、謎である。 私の問題意識は、「弥生時代晩期においてなぜ吉備王国は倭国で一番隆盛を誇ったのか」というものだから、この塩が当時の製鉄と同じような力を発揮したのではないか、という風に当然思ったのであるが、どうも無理があるらしい。弥生時代中期の遺跡はその形態から言って輸出するほどの量は生産できていなかったらしい。新見のほうまで塩が運ばれたのが確認できているのは古墳時代である。奈良時代の木簡からは児島郡賀茂郷から調塩三斗献上した記録が残っている。しかし、と後になって考える。塩そのものは輸出できなかったかもしれないが、「人」は輸出できる。吉備は武器は持たなかったが、そうやって人材の「生産」は成功していたのかもしれない。それが、吉備隆盛の秘密なのかもしれない。などと次々と妄想……
もうひとつ、知ったこと。製塩遺跡は赤く焼けた土が残るので分かるのだが、なぜか丸く囲んで土を回りに盛るのではなく、必ず四角に囲んで土をまわりに持っているらしい。なぜ四角なのか。住居はこの当時全部丸い。だから丸い発想をしてもよかったはずだ。そういえば5世紀の製鉄遺跡も四角くて同じくらいの一m四方だった。もしかしたら、製鉄追跡を真似たか。しかし弥生時代製鉄遺跡はまだ発見されていない。
体験は見るとやるとではだいぶ違う。写真のように木を回転させて摩擦で小さい火種に移して大きい火を作るのであるが、たいていは筋の下に火種を置いてそこに火のついた炭を落として火を作るのが一般的だったらしい。枝や木の材質は問わないらしい。われわれは少し工夫された回す道具を使ったが、弥生人はもしかしたら自分の手のひらだけでまわして火をおこしたかもしれない。
それからあらかじめ素焼きで作ってもらった製塩土器に海水を水を足しながら煮詰めていく。一リットルからだいたい30gの塩が出来たらしい。海水を足したり、あらかじめ濃い海水を天日で作ったり工夫したとしても、このものすごい手のかかる製塩で出来る塩の量は一家族の10日分くらいしかないのではないか。ほとんど数日仕事である。ひとつの火の周りに9つの小さい製塩土器を置いて三つが途中で割れた。しかも成功した土器も到底次も使えるような状態ではない。完全使い捨てなのである。昔の人はもっと上手に土器を作り、もっと効率よく塩を作っていたのだろうか。
出来た塩は塩辛くない。旨みがあった。「うーむ、鮎があったらいい焼き魚が出来るのに。」と男の参加者は口々に言った。 Last updated 2005.09.18 09:08:18
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| 2005年10月21日(金) ■ |
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| 「ファンタスティックフォー」は50点 |
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映画の日と言うことで、二本梯子をしました。 その一本目。
アメコミのヒーロー者である。 何も考えずに楽しめばいいものではあるのだが、 私はどうしても穿った見方をしてしまう。 純粋に楽しみたい方は以下を読まないように。
「ファンタスティック・フォー[超能力ユニット]」 監督 : ティム・ストーリー 出演 : ヨアン・グリフィズ マイケル・チクリス ジェシカ・アルバ
どんな滑稽無等の作品をつくろうとも、ハリウッド作品というものは、 必ず綿密なマーケットリサーチをするのである。 数年前から次は何が「受ける」のか、きちんと 調査してないと次の作品はつくらないと思う。 このリサーチにおんぶに抱っこしているのが、 日本の少年漫画の世界で、次に流行りそうな映画の約半年前に 必ずその企画に似た大型連載が始まるのである。 (そうやって無理やり描かされた漫画家が何人潰されていったか) それはともかく、滑稽無等であればあるほど、 ハリウッドはきちんと世情に合った企画を立てている。 だからかえって時代を先取りした企画が多いのである。 「インディペンデンスデイ」「ハルマゲドン」のあとに ブッシュが誕生し、 「スパイダーマン」のあとに悩めるアメリカが顕在化してくる。 そしてこの映画、 異常なほどに主人公たちは悩まないし、 もっとひどいのは世論があまりにも単純なのである。 ここに出てくる騒動の全ては四人に原因があるのに、 世論は「ありがとう」とか言ってパーティまで開くのである。 この世論の馬鹿さかげんは現在のハリケーンのブッシュ批判とあまりにも対照的なのだが油断は出来ない。 ハリウッドのリサーチ能力はバカにできないのである。 Last updated 2005.10.02 10:32:55
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| 2005年10月20日(木) ■ |
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| 「ヴェラ・ドレイク」は80点 |
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冒頭、イギリス労働者階級らしいアパート群に帰ってきたヴェラ・ドレイクは、病床の母親を見舞い、一人暮らしの青年にを夕食に招待し、いつものように鼻歌を歌いながら、夕食の準備をする。と、次ぎつぎと娘や夫、息子が帰ってくる。小さいテーブルを囲んで和やかな会話を交わし、団らんが始まる。ここで気がつく、おや、この場面は前作「人生は、時々晴れ」と正反対ではないか。前作では小さいテーブルを囲んで家族四人が食事をしているが、なんと四人とも違う方向を向いて食事をしているのだ。現代イギリスの貧しさの中の没コミュニケーションの問題を扱っていて、私などは非常にイタイ映画で忘れることが出来ないものであった。この作品の時代は会話の中からどうやら世界大戦直後の時代らしい。(実際は1950年)淡々と家族の日常が描かれる。ドレイクは心優しく世話好きな中年の主婦である。夫婦仲もいい。夫などは弟から「(ヴェラは)黄金だ」といわれ「ダイヤだ。」と言い返す。日常の描写がえんえん続く。(この作品でも一人もいわゆる美男美女は出てこない)日常の中にまるで日常のごとくドレイクが当時は法律的に禁止されていたあることをしている描写も入る。
となると、前作の反対だとすると、この映画は仲がいい家族の崩壊を描いているのだろうか。
監督 マイク・リー 出演 イメルダ・スタウントン フィル・デイヴィス
ヴェラは違法の堕胎をしていた。可哀そうな女たちを助けていたのだ。 しかし、やがて警察に知られることになる。 この描き方が全然切迫していない。 物語の1/4で彼女は逮捕されるだろうということがすでに予想される。 だとするとこの幸せな家庭の崩壊はどうなるのだろうか。 夫は妻を全面的に信頼している。 どころか、妻が一言しゃべっただけで、全てを理解してしまう。 ものすごくあっさりと、家庭は危機を乗り越える。 監督の描きたかったことはこれなのだ。 この「あっさり」がクライマックスだったのだ。 だから徹底したリアルさを求める。 この作品は、悲惨な運命が彼女に振りかかるのではあるが、 あと印象は不思議にも、家族の幸せな風景なのだ。 そして当時の堕胎違法という制度の非人間性も描く (正統な堕胎は何人も医者に出会い、「処女でしたか」などと聞かれ はじめて「許される」のである。)
イギリスの今というのは、こういう映画が出来るということは もしかしたら家庭のあり方が危機的なのかもしれない。 ただ、私はあまり心揺さぶられなかった。 やはりイギリスの昔の話だからなのか。
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| 2005年10月19日(水) ■ |
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| 「チャーリーとチョコレート工場」は65点 |
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「チャーリーとチョコレート工場」 過去の自分の作品を含めての名作へのオマージュと ディズニー映画への嫌悪と、 「ビッグ・フィッシュ」同様の父親への想いと 次回のアニメにも通じる人生へのブラックジョーク。 どこを切ってもティム・バートン印。 、 監督 : ティム・バートン 原作 : ロアルド・ダール 出演 : ジョニー・デップ フレディ・ハイモア ヘレナ・ボナム=カーター デヴィッド・ケリー ディープ・ロイ クリストファー・リー
ただし私は次回の展開が読めてしまったため、 感動はなし。 唯一、リスの場面で笑わせてもろうた。
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| 2005年10月18日(火) ■ |
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| 「サマータイムマシーン・ブルース」 は60点 |
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「サマータイムマシーン・ブルース」 原作・脚本 : 上田誠 出演 : 瑛太 上野樹里 与座嘉秋 ほか
楽しみたいなあ、と思っていったのだが、 ギャグがほとんどなく、一回くすりとしただけ。 それでも、日常を舞台にした本格SFなら、 まだ満足感があったのだが、はっとする発想はなし。 日常的な本格推理かなとも期待していたのだが、 (私は北村薫のファンである) それも全て「先が見える」という致命的な脚本。 具体的には美術に緊張感がない。 あらゆる場面があらゆる伏線になっていないと こういう映画では満足は得られない。 唯一よかったのはロケハンで香川の田舎町を舞台にしたこと。 なぜいいのかははっきり言わないが、いいチョイスだった。
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| 2005年10月17日(月) ■ |
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| 「サマリア」は70点 |
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二人の少女の売春に関する話かと思うと相当違う。 韓国版「罪と(罰)」(^^;)
「サマリア」 監督・脚本・編集・美術監督 キム・ギドク クァク・チミン ソ・ミンジョン イ・オル
キム・ギドクの作品は「悪い男」に次いで二作目。 相変わらず心理描写を拒否した演技。 それがまた画面に不思議な緊張感を呼ぶ。
ただし私は 「エレニの旅」と比べるから余計に思うのかもしれないが、 ちょっと中途半端な気がした。 もっといらない台詞を排除したなら、 現代劇から神話伝説にまで昇華したのに。
「サマリア」とはユダヤ人から見た異教徒たちの土地の名前らしい。 ここに出てくる男たちはみんな罪の自覚を持つ新教徒であるが、 女の子二人は異教徒の土地「サマリア」の女であっただろう。
途中、墓参りの場面がある。 韓国はあのような土饅頭が墓なのである。 一人ひとり土葬で祀ってある。 土地が足らなくなるのではないか。 その心配は不要である。墓参りしなくなったら土に還る。 あの墓は韓国式昔(新羅時代)の古墳と同じ形。 墓の前で行う直会(なおらい)。 あの参り方(お供えは豪勢ではなくキムパブとチンロのみ)は 彼の誠実で素朴な性格が現れていてよかった。
ラストは納得。むしろ説明のしすぎ。
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| 2005年10月16日(日) ■ |
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| DVD「TUBE チューブ」は70点 |
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TUBE チューブ 製作: 2003年 韓国 監督: ペク・ウナク 出演: キム・ソックン/パク・サンミン/ ペ・ドゥナ/ソン・ビョンホ/ チョン・ジュン 単なるポリティックアクション映画であるが、 造りは粗い。 ただし、ペ・ドゥナがいい。 あの目の大きさ。 あの意志の固さ。 あの寂しい笑顔。 こんな役も出来るのだ。 うーむ、ほかのも見たい。
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| 2005年10月15日(土) ■ |
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| DVD「気まぐれな唇」は75点 |
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「気まぐれな唇」!
やや顔が知られた演劇俳優が6泊7日の旅行中に体験する短いロマンス
▼ギョンスは,映画出演に失敗すると気分転換のため,春川に住む先輩ソンウを訪ねる。ギョンスは,そっかしい舞踊家ミョンスクが自分に惹かれているのがわかって,ソンウ先輩が彼女を好きなのを知りながらもミョンスクとセックスをする。
▼一夜の愛を後にしたまま釜山行の汽車に乗ったギョンスは,汽車の中で会った人妻のソニョンに惚れて,慶州で一緒に降りて彼女の周りをうろつく。そして,結局,ソニョンと寝る。
[製 作 年] 2001年 [脚 本] ホン・サンス [監 督] ホン・サンス[第4作] [撮 影] チェ・ヨンテク [出 演] キム・サンギョン → ギョンス チュ・サンミ → ソニョン イェ・ジウォン → ミョンスク キム・ハクソン → ソンウ なかなかよかった。会話が全くかみ合わないところが非常にリアル。 迫られると逃げ、迫ると逃げられる。実に恋はままならない。 ソニョン役のチュ・サンミどこかで見たことがあるかと思ったら、 「誰にでも秘密がある」の人妻役の人でした。
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| 2005年10月13日(木) ■ |
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| DVD「真実ゲーム」は60点 |
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「真実ゲーム」
人気ダンスグループ<ジュース>のメンバーだったキム・ソンジェ死亡事件をモーティフとしてフィクション化した話題作
▼狂乱に近い熱気に包まれたコンサート場内で人気歌手チョ・ハロクのファンクラブ会員たちが彼の名前を叫んで熱狂している時,地下駐車場で注射器に胸を突かれたチョ・ハロクの死体が発見される。死因は,薬物過多によるショック死。事件直後,チョ・ハロクのファンクラブ会長のハン・タへという女子高生が自首し,強姦に対する報復殺人として事件は簡単に終結するように思われた。
話的には都合のいいミステリ作品。アン・ソンギはそれなりの存在感あり。
[制 作 年] 1999年 [脚 本] イ・ピルヒョク [監 督] キム・ギヨン [第2作] [撮 影] ソン・ヘンギ [出 演] アン・ソンギ → チョ・ジェヒョン(�頂盡�)検事 ハ・ジウォン → ハン・タヘ クォン・ヨンウン → ミン刑事 キム・ミンジョ → マネジャー TM企画 企画室長 )
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| 2005年10月12日(水) ■ |
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| DVD「ワニ&ジュナ 」は60点 |
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「ワニ&ジュナ 〜揺れる想い〜」
アニメーターとシナリオ作家の愛を通し,男女の交錯する視線とその中でひらく微妙な感情の屈曲を描き出した作品
新しい美人女優として有名なキム・ヒソンの実力を見てみようと思い、鑑賞。あまり期待できないことが分かった。
[製 作 年] 2001年
[脚 本] キム・ヨンギュン,ソ・シネ [監 督] キム・ヨンギュン [第1作] [出 演] キム・ヒソン → イ・ワニ アニメーター チュ・ジンモ → キム・ジュナ シナリオ作家 チェ・ガンヒ → ユン・ソヤン ヨンミンのガールフレンド チョ・スンウ → ヨンミン ワニの異母弟 キム・グァンニム → ワニの父 イ・ヘスク → ワニの母 チェ・グァンイル → チョンウ ワニの会社先輩
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| 2005年10月11日(火) ■ |
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| DVD「ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2」は50点 |
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「ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2」
今度は記憶喪失。まるで絵に書いたようなストーリー。 話もありきたり。 失敗作です。どじょうは二匹いなかった。 前がヒットしてお金があるからチャン・ツィイーを呼んだが、 最後に少し出るだけ。話に全然絡ます。 この監督はもう見ない。
[製 作 年] 2003年 [監 督] チョン・フンスン [第3作] [撮影監督] チョ・ドングァン [出 演] シン・ウンギョン → チャ・ウンジン パク・チュンギュ → ユン・ジェチョル チャン・セジン → ペク・サンオ(白鮫) リュ・ヒョンギョン → ユン・ジヒョン ジェチョルの娘 チュ・ヒョン → コ・サチェ(高私債?) チョ・ミリョン → クム・ウンバン チェ・ジュニョン → ジュンマン 特別出演 チャン・ツーイー → 中国組織のボス (章子怡)
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| 2005年10月10日(月) ■ |
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| DVD『花嫁はギャングスター』は70点 |
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DVD『花嫁はギャングスター』 やくざ世界の26歳女『組長』、しかも拳法の達人の主人公は小さいとき別れた姉がいた。やっと見つけた姉はがん末期で願いは『妹に結婚して欲しい』ということ。適当な公務員と結婚した主人公。
[監 督] チョ・ジンギュ [撮 影] チョン・ジョミョン [出 演] シン・ウンギョン → チャ・ウンジン カルチ パク・サンミョン → カン・スイル アン・ジェモ → パダ キム・イングォン → パンツ コ・ヨンマン チャン・セジン → ペク・サンオ(白鮫) シム・ウォンチョル → マジンガー ヨン・ジョンフン → ヒョミン チェ・ウンジュ → セリ デイジーのホステス
コメディである。『セーラー服と機関銃』とは少し違うが、テイストは似ている。ただし、組長はあくまでも立派なやくざなのである。しかも昔ながらの『仁義』を大切にしたやくざなのだ。キャラの一つ一つの造型に成功しているので安心してみていられる。アクションがなかなかカッコいい。冒頭でスタイリッシュな女性のアクションシーンを持ってきていて、ここまで動ける女優は日本にはいないだけに韓国の女優の幅の広さをうらやましく思う。たいていの推移は予測がつくのではあるが、ちょっと落とし所に変化球が有り、しかもラストはきちんと決まっていて、続編があるのだが、すぐ見ようという気になった。ハリウッドでリメイクが決まっているという。きちんとしたコメディにしあがって欲しい。韓国版は途中なかだるみがあったので、その辺りは改善されるかもしれない。
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| 2005年10月02日(日) ■ |
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| 「ヒトラー〜最期の12日間〜」は90点 |
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 「(悲惨な目にあっている)国民には涙しない。 彼らが選んだのだ。 自業自得だ。」 最後の最後で国民のことをこう言ってのけ 冷静な判断はおそろしいほど出来ず ドイツ帝国の地下の最高司令部で最高幹部たちを面罵し、 右手は常にいらだち震えている。 一方では潔く死を決意し、女性子供には優しく接する。 (とはいっても生きながらえたときの地獄を知っていたのだろうが) ひとりの独裁者の最期がこうまで克明に映像化されたことは 世界史上今までなかったし、これからもないようにしてほしい。
「ヒトラー 〜最期の12日間〜」 監督 オリヴァー・ヒルシュビーゲル 製作・脚本ベルント・アイヒンガー 出演 ブルーノ・ガンツ アレクサンドラ・マリア・ララ コリンナ・ハルフォーフ
それにしても、この映画を作るために60年の歳月が要ったのである。 それほどまでに事実を事実として受け入れるのには 国民的な傷を癒すには、時間がかかるのだ。 日本国民は果たしてここまでの映画が作れるだろうか。 ムリだろう。 この60年間何もしてこなかったのだから。
ところで、あの幹部たちの無能さはどうだろう。 果たしてあれはあの国のあの時代でのことだけなのだろうか。 いったん社会的にに作ってしまった忠誠心。 状況が悪くなればなるほど 個人は個人を更に厳しく追い詰めていく。 自ら厳しく。それは優秀な人たちほどそうなる。 優秀な人たちほどヒトラーの過ちを正すなんて露とも思わない。 そして部下に更に厳しく地獄に放り出す。 それが更に自ら厳しくさせる悪循環。 少し厳しくないものは酒に溺れる。 地上では地獄絵が繰り広げられているのに。
今日たまたま元いた職場のいやな事情を聞いた。 部下のミスに対する上司の異様なほどの厳しい態度 次回起こしたら、職場を去れ、 その一言がいかに職場を硬直させるのか 部下を地獄に放り出すことになるのか上司は気がつかない。 背景には経営が思わしくないということもあるのだろう この職場も帝国末期のように感じる。 もっともそこから逃げ出した私も同罪。
独裁者に諫言すれば殺される可能性がある。 だから誰一人逆らわない。 いや、優秀な人ほど逆らう心を持たず、 それ以外の手段を考える。 だから独裁者が自殺したあと目を覆うような悲劇が訪れる。 この映画はヒトラーが死んだあとが見どころである。 状況が人の人格さえ変えていくさまは 「es」の監督らしい描き方ではある。
本当にこの出来事はドイツの1945年のことなのだろうか。 私のもといた職場のことも考えるし、 今現在の日本のことも考える。 秘書は最後に本人が出演して言う。 「私は罪がないと思っていた。 私は何も知らされていなかったのだから。 でも違っていた。 若かったから、というのは言い訳にならない。 本当に目を見開いていたなら それは分かることができることなのだから。」 Last updated 2005.09.02 09:55:12
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| 2005年10月01日(土) ■ |
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| 「リンダ、リンダ、リンダ」は80点 |
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この映画を観て何を思い出しますか? 私はなぜか高校の文化祭のことは何一つ思い出せなかった。中学校の体育祭の11枚も 描いた応援の立て看描き、大学のときの部活の締め切り間際の「恒例」の徹夜、社会 人になっての……
人生の中のきらめく一瞬。仲間との共有できるあの時。誰もが持っているものだ。で も、ものすごくありふれているし、特別ドラマチックでもない。だからこの映画、一 応仕掛けはあるけど全然ドラマチックじゃない。
でも映画館を出るとき少し元気になれる。そうだ、今でもがんばれる。きっと。
ペ・ドゥナはやはりいい。どこがいいのか、いまだに分からないけど。収穫は香椎由 宇。「ローレライ」はうそ臭かったけど、この彼女はリアルだった。立ち姿が背中伸 びて、彼女の性格がわかる。前田亜季はやはり可愛い。この作品、思いかけない収穫 だった。
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