| 2004年12月31日(金) |
今年1年ありがとうございました |
長らく更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。おかげさまで忙しい12月を過ごしていました。シーズンオフになるので、仕事も暇になってしまうかと心配していましたが、取材続きの12月でした。時間をみて、今日以前の分を少しずつ更新していきたいと思います。
今月は『千葉フォーラム』と『愛知トレーニング交歓会』に参加してきました。そこで、中学校の先生から「野球きちがい日記を書いている方ですよね?」と声をかけられました。「毎日見てますよ」と言ってくださる方もいて、大変嬉しかったです。ありがとうございます。それだけに、更新頻度が少なくなってしまって、申し訳ないです…。
また、この日記を読んで、『野球小僧中学野球特別号』を購入してくださった先生もいました。アクセス数も去年の倍増といってもいいほど、毎日カウンターが回っていました。 今年は白夜書房から『野球小僧中学野球特別号』の発売、そしてベースボールマガジン社からも『ヒットエンドラン』という軟式野球に焦点を当てた雑誌が発売され、ちょっとずつ時代が変わってきたかなと感じています。来年以降も、中学軟式野球を深く深く取り上げて、全国の中学野球に関わる方々に刺激を与えることができればと思っています。 来年の目標は…、東北と関西地区制覇です!(取材で) 愛知トレーニング交歓会で高砂、神戸、京都の先生方とお話する機会があり、以前から持っていた関西の中学軟式野球に対する興味がグググと増してきました。ボーイズ、シニア全盛の関西で、中学校の部活動がどのような取り組みをしているのか。ぜひ、取材してみたいです。あとは、沖縄の中学野球も興味あり! 来年3月下旬に行く予定を立て始めています。「全国制覇」はまだ数年先になりそうですが、地道に日本地図を塗りつぶしていきたいと思います。
ちなみに今年取材で行ったところは、北海道、宮城、茨城、栃木、山梨、埼玉、千葉、東京、神奈川、静岡、愛知、石川、新潟、兵庫。もっと行動範囲を広めていかねば! というわけで、今年も1年ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします!
| 2004年12月12日(日) |
『ホームラン』慶應義塾原稿 *全文掲載 |
12月9日発売の『ホームラン12+1月号』、16〜17ページで慶應義塾の原稿を書いています。 原稿依頼は3ページだったにもかかわらず、誌面では2ページに。1ページ分、丸々抜け落ちており、原稿が途中から始まっています。わけの分からない文章です…。編集部に確認したところ、編集ミスということが分かりました。
編集部から、ごっそり抜け落ちた1ページ分とともに、全文の掲載許可を頂きましたので、以下に掲載します。
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前身の慶應義塾普通部で第2回全国中等学校野球大会(大正5年)優勝の実績を持つ慶應義塾高校が、昭和37年夏以来の甲子園出場を視界に捉えている。 秋季神奈川大会で桐光学園、横浜を連破し、関東大会では宇都宮工に7−3で快勝。準々決勝の浦和学院戦では4−4の延長14回日没再試合の熱戦を演じた。
■推薦制度の導入
上田誠監督は飛躍の理由を語る。 「推薦が大きい。選手の技術はもちろん、モチベーションも高い」 2年前、推薦入学制度が導入された。�|羈悖廓�の2学期の成績が38以上(9教科×5で満点は45)、�▲好檗璽弔篳厳殘未任慮加�な活動成績。以上2つがクリアされていれば、1次選考は書類、2次選考は面接と、学力試験なしで入学することができる。 主将の漆畑哲也、関東大会で3連投をこなしたエース中林伸陽は推薦組。関東大会で好リードを見せた高橋玄は札幌新琴似シニア、1年生で主軸を打つ高尾康浩は神戸中央シニア、山口尚記は名古屋北シニアと、全国から入学してきており、1学年に十数名いる。 世田谷西シニアで日本一を遂げた中林をはじめ、全国で実績を残してきた選手が多い。当然、甲子園常連校からの誘いもあった中で、慶應を選んだ。志望理由を聞くと、同じような言葉が返ってくる。 「慶應の雰囲気が好きだった」 「慶應大学でも野球がやりたい」 「野球だけでなく勉強もしたい」 漆畑は埼玉から2時間かけて学校に通っており、兄は浦和学院で春夏甲子園に出場。漆畑も浦和学院から誘われていた。 「中3の秋、山梨学院大付属との試合を見たんですが、20点くらい取られて負けていた。そんな中でもノビノビやっていて、他の高校とは違う雰囲気があったんです」 その雰囲気について、上田監督。 「選手が自由にモノを言える雰囲気を作りたい。上から締め付けたら何も言えなくなるし、自由な発想が生まれなくなってしまう」 象徴するようなシーンが、今秋ベンチ内で何度も見られていた。
■慶應義塾野球部の雰囲気
上田監督は嬉しそうに語る。 「ベンチのいたるところで話し合いが行なわれていた。外野はもっと右に寄った方がいい、内角狙われているから、外中心に攻めろとか。上級生も下級生も関係ない。いい光景だったよ」 監督そっちのけで、繰り広げられる選手だけの意見交換。ちょっと不思議な感じがするが、それが上田監督の理想とする野球だ。 中林に今年のチームについて聞くと、こう答える。 「上田さんが目立たなくなった。前の代までは、練習中にみんなを集めて怒っていたりしたけど、自分たちの代ではなくなった。漆畑とかが、上田さんに言われる前に選手を集めて話をしている」 その漆畑の言葉。 「自分たちのチームだから、自分たちで考えてやった方がチームのためになる」 笑みを浮かべながら上田監督。 「慶應に来る選手は大人と対等に話ができるものが多い。いいことだと思うよ」 自分の言いたいことをしっかりと主張し、自己表現する。それが可能な雰囲気に魅かれ、素質ある選手が入学してきている。 ただ、関東大会ではこんなこともあった。これも慶應らしさといえばらしさ、と言える。 再試合に終わった浦和学院との試合。11回裏、慶應は1死満塁のチャンスで3番高尾。上田監督は高尾を呼び寄せ、一言伝えた。 「2球目、スクイズな。スクイズ決めて、甲子園行くぞ」 その言葉に高尾は頷かなかった。 「打たせてください。絶対打ちますから、打たせてください」 目に涙をため、高尾は主張した。 「何があっても絶対スクイズのつもりだった。でも、高尾の表情に負けた。高尾には言ったんだよ、『内角だけは手を出すな』って」 カウント1−1からの3球目、高尾は浦和学院のエース井上弘の内角シュートに手を出し、サードゴロ。ホームゲッツーとなり、チャンスを逸した。 「高尾があそこで打っていれば、甲子園云々よりもあいつの野球人生において、すごく大きな自信になっていたと思う。それを、スクイズで止めてしまうところだった。でも本当は情に流されず、鬼にならないといけないんだけどね…」 翌日の再試合、高尾は2本の二塁打を放つも、0−6で完敗。試合後、歩けなくなるほど号泣していた高尾の姿が印象的だった。
■努力している者に最高の敬意を
推薦組がスタメンに増えてくると、周囲から囁かれるのが「全国から人を集めて…」という声。それに対して、上田監督はこう話す。 「入学してきたら、どの選手も平等に扱う。努力している選手には、誰もが最高の敬意を持って接しなければチームはダメになる」 秋の準々決勝・桐光学園戦で米田敬という選手が初めてベンチ入りを果たした。慶應義塾中等部出身の2年生だ。米田はマイナー戦(二軍)で結果を残していて、「どうしても米田をベンチに入れて欲しい」と大学生のコーチから推薦があったのだ。背番号発表の際、米田の名を告げると、涙を流して喜んだという。 「米田は中等部でもレギュラーじゃなかった。でも、真面目に一生懸命練習していた」(上田監督) 『来る者は拒まず』の慶應は毎年100人前後の部員が集まる。初心者もおり、実力差は広い。でも技術で劣る選手にレギュラー陣や、毎年10名前後いる大学生のコーチが、遅くまで一緒に練習している姿が毎年見られるそうだ。推薦入学者が入ろうとも、築き上げられた伝統は変わることはない。 一般入試組も推薦組に負けまいと、活躍を見せている。関東大会で5割以上の打率を残した渕上仁(1年)、正捕手を務めた鹿毛雄一郎(2年)は超難関の入試を突破し、入部してきた。ともに軟式野球部の出身で、入学後の努力によりレギュラーを掴み取った。 漆畑は言う。「最初は技術的にも気持ちの面でもギャップを感じた。付属から来た選手は、まず野球部に入れればいい、という感じで。でも今は全員が本気で甲子園を目指す気持ちになっています」
■革命を起こす
来年1月31日、日本高野連からセンバツ出場校が発表される。東京・関東の枠は6。都大会を制した修徳と、関東4強の選出は確実のため、残された枠は実質1だ。 中林を中心とした守りと、ここ一番で一気に攻め立てる攻撃力は、甲子園でも十分に通用する。課題は、上田監督と漆畑ともに「精神力」を挙げる。 慶應は今夏の桐蔭学園戦、秋の決勝の東海大相模戦、そして浦和学院の再試合と、審判のジャッジや塁審が絡んだアクシデントに泣いてきた。 「どうしても引きずってしまう。すぐに切り替えて、自分たちのプレーができるのが、強いチーム」と漆畑。冬場にどこまで高めることができるかがカギだ。 慶應は2月3日から後期期末テストが行なわれるため、1月27日から野球部もテスト休みに入る。 「ドキドキして、テスト勉強なんてできないです。待つのはイヤ、早く発表してほしい」 1年秋からエースを務める中林は正直な気持ちを言葉にする。 そして、キャプテン漆畑。 「もう40年以上も出ていない慶應が甲子園に出場したら、革命的なこと。自分たちの代で、絶対に成し遂げたい。革命を起こします」 運命の1月31日。全国屈指の伝統校に吉報は舞い込むか――。
11月8日の日記で以下のお願いを書きました。
<震災の被害にあった中越地区の中学校の保護者から、『野球小僧』編集部に「練習試合の相手を探してくれませんか」という連絡もきたそうだ。震災前に組んでいた練習試合は、この震災で不可能に。新潟市街に出る道路は分断されているため、関越自動車道を走り、埼玉あたりで…という内容。日程は12月。もし、関越道からそんなに遠くない中学校で予定が空いている学校がありましたら、日記右下のメールフォームからご連絡頂ければ幸いです>
翌日、埼玉の先生から「ウチでよければ、練習試合できます」というメールを頂きました。そのあと、知り合いの先生からも連絡を頂き、埼玉中体連のご協力もあり、12月4日に無事、埼玉で練習試合が行われました。最初に日記を読んで連絡を下さった先生の中学校のグラウンドで、1年生試合も含め3試合行うことができたそうです。 今週末も埼玉に遠征をし、練習試合が組まれているとのこと。多くの先生方のご協力に心から感謝しています。本当にどうもありがとうございました!
本日、保土ヶ谷球場で横浜市中体連野球専門部主催の指導者講習会が開催されました。講師は修徳高校の小田川雅彦先生。午前9時から講演会、10時半頃からグラウンドを使い、ピッチングに関する技術指導。講演会の際、エース斉藤勝が今夏ヒザのケガで入院した話になると、目に涙をため、声をつまらせる場面も。中学校の指導者を前に、いつもよりも更に熱く熱く語って下さいました。
『中学校野球の指導推敲』という資料も配られました。 こちらは小田川先生が『全国を目指すための戦略と戦術』と題して、大学ノートに書き溜めているメモから抜粋したものだそうです。 いくつか、印象に残った言葉をあげると…、
<チームカラーの定着> ■夢はみんなで見るもの。ひとりで見て、語り合う者もいなくては面白くない。 <練習計画> ■「求める者に、運は開ける」ことを信じて、全神経を集中して行う。 <遠征試合> ■部屋では生徒に大部屋をあてがわれることが多い。その場合、奥の壁際をレギュラーの寝る場所とし、出口付近を控え選手とする。トイレに寝ぼけて起きた生徒が、腕や指また足を踏んでしまうことがある。 <用具について> ■生徒は新しいグラブ、スパイクを使いたがるが、春休み中までの購入とし、それ以降の用具の変更は認めない。 <試合中のサイン> ■ピンチを迎えて自軍投手に「お前を信じる! お前に任せた!」は絶対間違い。こういうときこそ、ベンチを見る捕手に一球一球サインを送ること。敗戦の責任を負わずして、選手の信頼は得られない。 <コーチャー> ■一三塁のコーチャー間で会話をする。それがそのまま相手投手へのプレッシャーとなる。 <ミーティング> ■試合前の長いミーティングは、指導者の準備不足を表現している。
このほかにも、「深いなぁ…」と思う言葉がいくつも。上記の中では<遠征試合>での寝る場所にまで気を配ることに驚いた。<コーチャー>で一三塁のコーチャーが会話をするというのも、新鮮な驚き。一塁と三塁で会話をされたら、ピッチャーは間違いなくやりづらいだろう。。
小田川先生に限らず、指導者の先生方は自分の指導理論・理念をまとめている方が多い。長年の指導で得た知恵がすべて詰まっているだけに、かなり読み応えがあり、勉強になる。こういったものを一冊の本にまとめたら、話題になることは間違いないだろうなぁ…。
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