まつや清の日記

2005年04月30日(土) 『ナショナリズムの克服』(集英社新書)を読む

 韓国・中国の反日運動高まる中、ふと書店で見かけた姜尚中さんと森巣博さんとの対談集『ナショナリズムの克服』という新書本。姜さんはいろんなところでカウンター学者として有名人で森巣さんは全然知らない人。立ち読みで森巣さんの自称、博徒で国家を捨ててのさすらい人としてオーストラリア在住の肩書きに引っ張られました。

 二人の博識には驚きますが、第一章は、90年代のグローバリズムとの対抗関係での政治的ナショナリズムに焦点を当てながら、江戸期から明治、敗戦、戦後と歴史的にナショナリズムの系譜が分かりやすく解説されています。森巣さんの戦後日本の数多の「日本人」論を「俺のちんぽこ大きいぞ」論、「固いぞ」論、「古いぞ」論に加えて姜さんが「繊細」論まで展開して整理していくところは笑えて面白い。

 
 第二章は、姜さんの在日韓国人二世としての個人史を軸に展開。第三章が森巣さんの世界放浪を軸に、二人が同時代に生きながら、民族にこだわらざるえない在日韓国人、国家・国境を捨てた日本人がどこでお互いを認め合うか。ふたりにとって、「故郷とは何か」、「アイデンティティとは何か」の議論。第四章で、そうした二人が「民族概念をいかに克服するか」、第五章で「無族協和をめざして」で異質なものどおしの共存共栄の可能性を論じる、とい流れ。

 姜さんが指紋押捺拒否者であったこと、また、押捺をしてドイツ留学をされたことなど、いままでと違う側面が見えて、私自身の姜尚中さんという学者に対する評価がより深化。1980年代に、静岡県内での在日韓国人の指紋押捺拒否の運動に関わってきたものとして当時議論されていた「日本列島に住む日系、朝鮮系、中国系、アイヌ系、沖縄系の日本人論は展開できないのか」つまり血のつながりとしての戸籍=国籍でなく、出生地主義とししての国籍論転換の議論の意味を改めて再確認。

 その流れでいくと、知的刺激として「帝国」と国民国家の比較があります。アメリカも中国も帝国、それは異質ないくつもの民族を国家的共同性の元に包摂していく支配的システムをもっているが、日本は万世一系の天皇制でそこが超えられない。やっと女性天皇を認めるまでになろうとしているがヨーロッパ王室はほとんどが国際結婚。実は、グローバリズム時代に経済や安保だけでなく、国家構造のありかた自身も大きな転換点にあることをこの本は教えてくれます。



2005年04月29日(金) 春の森づくり県民大作戦に参加して4本を植樹

 「風薫る、中日本平で森づくり」プログラムに参加してムクノキ、ヤマザクラ、ネムノキ、ヤマモモ4本の植樹をしました。ぐりーんぐりーん(静岡大学学生サークル)、草薙の里・遊森民など7つのボランティア団体、県関係者など300人で300本の植樹が行われました。

 今日から連休、まばゆいばかりの陽射しの中、楽しく尚且つ勉強という大変充実した時間を過ごせました。

 しいたけの菌打ち体験、知らない事ばかり

 中部農林事務所職員と若手しいたけ生産後継者「おいしいたけの会」メンバーによる実体験指導。しいたけ栽培は260年前から、静岡県はその中心、昔は原木・ほだ木にナタでキズつけ自然にしいたけ菌が原木に菌を繁殖、今はドリルで穴あけ、菌の入ったちいさなペレット上の菌を植菌、1年半後縦に菌が繁殖。日陰で湿気の強い所がいい。一番おいしいのは「290}(ニクマルと呼ぶ)。原木となるコナラは下の所切っても、1年くらいで160センチから180センまで延び10年くらいで直径10センチくらいになる、しいたけはある意味で森林資源の循環を支えている、とのこと。

 ボランティアグループの元気に、脱帽

 今回の企画は、「有度山丘陵の里山保全活動」の一環で短期、中期、長期計画のうち中日本平18haの03年、04年、05年の1億5000万円事業。里山保全を県植職有度山クラブ、ホリーデーの森、里山を楽しむ会、ぐりーんぐりーん、遊森民、団地工房 ゆう、日本平ちゃっきり会などのボランティア団体が行政と協働して沢ごとにそれぞれのグループが整備を担当。まさに協働の時代。

 パネルを前に竹林整備の話しをじっくり聞きました。静岡大学のたけのこまつりに500人集まったとか、竹を使ったビッグなバームクーヘンづくり、7月,8月に竹林を切り倒すと翌年には根が枯れ、地元樹種など植林ができる、静岡市内の整備状況、竹炭づくり、そして毎年11月の里山まつり。静岡大学のぐりーんぐりーんのメンバーが着ていた作業着が、つい先日の「ゴミゼロネット」企画のリサイクル市に来ていた東海大学サークルと同じだったことに何か感動してしまいました。

 林業担当の県職員の女性技術者は約1割、すごい

 とにかく、県の職員方々の説明がよかったです。委員会でああだ、こうだというより現場で話を聞くのが一番。よく知っています。実は知事も植樹に来ていたのですが、結構長い間、ボランティアの方々や職員の話しに耳を傾けていましたが、確かに聞いていて楽しい。

 昼になったのでみなさんに感謝しながら駐車場に戻ったのですが、バイオレットトイレの説明パネルが面白そうなので立ち止まって見ていると、若い女性職員が遠くから近づいてきました。て説明をはじめるのです。最初ボランティアの方かと思いきや林業技術者。思わず、女性の割合を質問、200人くらいの中で20人くらいいるんだそうです。何故、林業?など感心していろいろ質問。

 うーん、とにかく久しぶりに自然な中。まさに「教育の森」。11月の里山まつり、行きたくなりました。
 



2005年04月28日(木) 奥之山議長、緊急の代表者会議を開くといってくれたが

 今日は、政務調査費の収支報告の締切日。ただし、政務調査費の議長監査や領収書添付義務は、実現せずで、状況は1年前と変わらず。

 出納簿や領収書の証拠書類を準備して議長室に出かけました。市民グループ「県政ウオッチングの会」の方がたと一緒です。申し入れ書等は、速報コーナーにアップしました。

 奥之山議長、「せっかくの申し入れなんで、早急に代表者会議を開催してみたい」と言ってくれましたが、さて期待していいのか、どうか。それでも、そのように明言してもくれたわけで、期待したいと思います。

 

 



2005年04月27日(水) 小千谷市の地震被災現場を歩く

 中越地震から半年、あまりに遅すぎた現地入りでしたが、小千谷市議会議員長谷川きよさんの案内で市議会事務局、被災現場を歩きました。まずは、カルチャーショック。雪がまだあちこちに残っている事。新潟県出身ですが、小千谷市のような豪雪地帯の春についてあまりにも知らない、というか、静岡生活が長すぎているのか。

 とにかく、視察ラッシュとのことで議会事務局長南雲信一さん、次長の関田隆史さんから全般的な説明を受けました。事前学習としては、静岡県防災局の現地調査・支援報告書があり、そこにいくつかの問題点の指摘もあって、ずいぶんと助かりました。家屋の応急危険度判定からすれば避難生活者は4136人なのに実際は29243人であったのはことの理由など小千谷市なりの回答もいただきました。

 しかし、やはり一見は百聞にしかず、で納得と言う感じです。阪神淡路大震災と違って中山間地での被災で尚且つ雪国という特殊性が重なり、例えば住宅応急修理にしての被災から1ヶ月以内ということですが雪の中で申請して修理しようにも修理できない、法律が雪国対応になっていない、ということが強く指摘されていました。県独自の収入基準のない、申請期間3ヶ月という独自支援策が取られていました。

 火事が1件しか起きなかった、これは阪神淡路の経験からガス会社が揺れに関知してマイコンでガスをストップさせる装置が行き渡っていた事は大きな成果とのことでした。発災後に神戸市の復興支援室の方がすぐに駈けつけてくれた、今後は中山間地の地震被災現場部へは、今回の経験を生かしてすぐに支援に駆けつけたい、とのこと。

 このあと四時間にわたって、長谷川さんが被災現場を案内してくれました。そこで見たこと聞いたことは、中山間地の被災復旧とは、高齢化した方々による農業の継続というまさに日本の農業問題そのものが、大きな課題としてのしかかっていることでした。

 これに関連して山古志村が何故あんなに全国から注目されているか、それは現場を歩く元村長さんが、中山間地にいきる村の人々の将来像を住民と共に考えるという姿勢があるから。一つの例にとして長岡市に仮設住宅の傍に畑を用意した事にも現われている。高齢者が仮設住宅で長く生活する事は、ある意味でストレス、それなら畑仕事で以前の生活感覚を取り戻す、リハビリでもあり、又元気に山古志村に戻れる、というのです。

 それにしても長谷川議員が常日頃から中山間地の活性化のためにどれだけ努力されているかが一つ一つの言葉を通じて伝わってきました。中山間地でのNPO法人によるグループホーム「ほのぼのおぢやの里」の9名の方々が被災直後から小学校のグランド、教室、魚沼病院の廊下、大和町の八色園、そして「おぢやの里」に戻るまでの脱出劇は感動的でさえありました。中山間地活性化策として、近々、NPO法人「スローライフおぢや」の立ち上げ、「菜の花プロジェクト」など様々な計画を持っているとのこと、本当に勉強になりました。

 一番最後に案内して貰った所は、山崩れで車の中で母親と子ども3人が生き埋めになり小さな子どもさん一人だけ救出された信濃川の妙見堰でした。半年前のあの生々しい記憶が呼びおこされました。そして、今、まさに救出が続く尼崎の脱線事故現場にオーバーラップ。100名を越えるかもしれない死者数。災害や事故と関わる偶然性と運命。深く考えさせられました。



2005年04月26日(火) 今尚続く尼崎脱線事故救出作業

 既に亡くなった人が75名。

 まだ閉じ込められている人がいて救出作業が続いているとのことです。マンションの駐車場に電車が突っ込んだためガソリンが流れ出ており、引火の危険性から油圧式などとにかく火花が出るような電車切断などができなくて、すべてが手作業の救出作業。本当に大変な脱線事故となっています。

 今日は1日中勿論このニュースでした。

 ただ、亡くなった方々のプロフィールが少しづつわかってきて、71名の方の名前と、わかっていて公表できる情報がテレビから報道されています。プロフィールに何か自分の感性に触れる情報が少しでもあったりするとたちまち感情移入が始まり、涙が出始めます。一人一人の育ち、何故この列車に乗っていたのか。本当に人間の偶然性というものが運命を深く変えてしまう、まさにそこに立ち会っていることになります。

 遺族の方々にとって納得できない突然の死。

 とても受け入れられる状態ではないと思います。妻を亡くされた夫が「顔に損傷がなかっただけでも幸せものです」と淡々と語っている姿に、内心はそんなことはないと思いますが、何か、人間というもののすごさを感じてしまいました。原因分析は、まだはっきりしていません。ただ、こうした事故がおきるとどうしてもこの脱線が起きた背景や運転手の心的な問題、過密ダイヤによる構造的な問題など「怒りの矛先」の議論が始まるわけです。が、とにかく正確な情報と、「悲しみ」を精一杯からだにためこんで今後の方向性を見つけ出して頂きたいと思います。

 今回もレスキュー隊の存在意義をあらためて痛感しました。明日は中越地震被災地小千谷市の視察です。

 



2005年04月25日(月) ミニ統一地方選挙第3弾、市民派、やはり厳しい

 朝9時18分JR福知山線の脱線事故、既に50名を越える死者を出し史上最悪の大事故になりつつあるようです。原因として運転手の過失、ATSの旧装置、置石、ダイヤの過密化など構造的問題などさまざまな指摘があります。いずれにしても一刻も早い生存者の救出と亡くなられた方々の冥福を祈りたいと思います。

 さて、今日は知事交際費の最高裁差し戻し審東京高裁の判決の確定に伴う開示が行われました。差し戻された104件のうち45件が開示されました。午前11時からの開示でしたが多くのマスコミの方々の取材もあり、私も知事公室職員も緊張しました。それにしても16年間かかっても知事交際費の相手方が公開されないとする最高裁、東京高裁差し戻し判決。「笑いながら言うしかない、遅れた静岡県政の情報公開の実情、オンブズマンランキング全国の43位」を記者会見で訴えました。

 それにしても昨日の掛川市、磐田市、袋井市、伊豆の国市の市長、市議会議員選挙、合併後のこれからを占う選挙ですが、市民派はやはり苦戦しました。私が応援に行った磐田市の玉田さんは上位当選、大杉さんは落選しました。次点まで190票差、返す返すも残念です。大杉さんからは、携帯への留守碌に「敗北の結果」について連絡が入っていました。辛いです。

 掛川市で戸塚信也元衆議院議員が市長に当選しました。榛村前市長の多選が敗因となったようです。石川知事の3期12年の多選問題、有権者にわかりやすい政治争点として位置付けられそうな掛川選挙結果です。合併後をうらなう選挙選でしたが、静岡ー清水の合併後の上下水道料金も統一されないなどの合併のマイナス面をどこまで有権者に伝えられたのか、三位一体改革の流れの中でますます苦しくなる地方自治体財政、含めての有権者へのアプローチが今、真剣に求められています。



2005年04月24日(日) おいしかった米粉パン、黒米

 今日は久しぶりの後援会の会合で大勢の方に集まっていただき元気が出ました。これまでの2年間、これからの2年間について話をさせてもらいました。勿論、7月の知事選挙がまず関門です。後援会の若いスタッフ、会派「市民の風」の若いスタッフ、大いに期待できそうです。新しい体制で活動を強めていきたいと思います。

 狭い事務所での集まりでちょっと心配でしたが、結構、使い方によっていろんな活用方法をあるんだなーということを発見出来ました。まさに地球ハウス、この空間を生かした「人の集まり」を計画してみたくなりました。

 第2部のティパーティでは米粉でつくったアンパンとコッペパン、黒米でつくったチャーハン、イチゴ、有機茶、コーヒー、みんなとてもおいしくて、短い時間でしたがとても楽しい時間でした。いろんな質問も飛び出し、地産・地消への関心がの高さを感じました。米粉パンは幸町の「アオバベーカリー」さんで買えます。黒米は、御幸町の「イタリー亭」で食べられます。是非、試食をしてみて下さい。

 農業基本計画が2月に農水省によって公表されましたが、日本の農業、農業のグローバル化の中で担い手、安心安全、40%という(静岡県は18%)という自給率、大きな課題ばかりです。特に自給率、静岡県から、国産・自給の大きな広がりを作り出せたらと思います。

 今日の米粉、まだ静岡県産ではありません。千葉からの「輸入米」。粉ににするにも小麦と違う製粉装置が必要です。なんとか静岡県産による米粉パン、実現したいものです。みなさんに披露しましたが、「イタリー亭」の若きホープによる「米粉パン」のポスターが出来ていて、いろんな所で広めたいなって考えています。なかなかの力作です。事務所に飾っています。是非、見に来て下さい。



2005年04月23日(土) フランスのエコ行動派市長の話しを聞く

 NPO法人『環境市民』主催のアースデーイベント「フランスのエコ行動派市長」=ボルドー地方の県庁所在地ベーグル市長=ノエル・マメール氏の講演会に参加しました。1989年から16年間に渡ってベーグル市の市長を務め、一方で国民議会議員でもある方です。フランスでは自治体市長と国会議員を兼ねる事が出来ます。

 実はノエルさんは、2002年のフランス大統領選挙に緑の党から出馬し、149,5724票を(5、25%)を獲得した方でもあります。

 講演は、フランスにおける緑の政治の系譜と哲学について、後半はベーグル市での都市計画と路面電車など具体的な政策についてでした。技術は人間の進歩ではない、技術をコントロールできない時、技術は脅威となる、具体的には遺伝子組替え技術や原子力発電所を指すのですが、日本の状況とその点では類似しています。

 彼が行動派と呼ばれる所以は、遺伝子組替え作物の脅威に対して、実際に遺伝子組換えの疑いのある作物を畑にいって引き抜き、現在裁判中であることや二人の男性の同性婚を認めたことでこれも訴訟になっていることをさしているとのことで、確かに行動的市長です。最後のメッセージは、地球的に考え地域的に行動する、地域的に考え地球的に行動するのフレーズでした。

 2月にアジア太平洋グローバルグリーンズでアジアの緑の党の方々と国際会議を開催したばかりですが、世界の緑の政治潮流の活発な動きを実感しました。



2005年04月22日(金) 愛知万博1850万円の内訳

 今日は5月20日臨時議会に向けての議会運営委員会。
 民主党・無所属クラブの小長井由雄議員がオブザーバー議員として新たに議会運営委員会に加わりました。私は、いつもののように傍聴席でした。

 議長・副議長の辞職願い、議会選出監査委員の辞職願い、常任委員会、特別委員会、6月議会などの諸手続きについてが中心で、共産党の酒井さんからは議長・副議長、監査委員についての何故1年で辞職願いなのか、質問も出されましたがほとんど無視の状態、慣例の壁がなかなか打ち破れません。私は、知事からの監査委員選出候補依頼ということでしたので私の名前を提出しました。

 さて、昨日の愛知万博の経費の内訳についての資料が出てきました。
1、開催趣旨ー国内外からの1500万人の来場者を目指す愛知万博をふじのくに静岡の魅力をアピールするまたとない機会と捉え、静岡県の産業、文化芸術、観光特産物等に関する情報発信を行い、今後の観光交流人口等の増加を目指す。

 というもので、テーマ性は最初から追求はされていません。

2、経費ですが、催事企画・運営・進行等についての業務委託が(株)PACに1700万円(国体、花博でも委託したいう会社)、県民団体出演報償費が12万円、県民団体移動のバス等88万円、県民団体等出演交渉等調整に係る事務費が50万円で1850万円。

 1700万円の内訳については、舞台装置、出演料、ピアノなどリース料、飾り付けなどだが、出演料など営業秘密で公開できないとの返事でした。出演料合計金額も示していませんが、何故ですか?に答えなし。そこで契約書と仕様書の写しの請求、延べ参加者数2700人(客席は440人)ということで3回の入れ替えを行っていますがそれぞれの内訳人数を請求して今日は終わりました。

 「1850万の使いみちのチェックを」というコメントを発表しておきながら「まるでひと昔前の行政組織」体質で、開かれた県政はまだまだ遠いんだ、を実感しました。



2005年04月21日(木) 愛知万博への議員参加の公費負担をどう考える

 今日の朝日新聞で手厳しく批判をされた議員の万博参加交通費の公費負担。産経新聞と日本経済新聞は「静岡デー」の報道なし、そのほかは「静岡県を盛り上げた」企画との報道趣旨でした。私自身、視察の認識は参加する段階から持っていましたが、昨日の日記を読み返して、公費負担に耐えられる何かを得ていたか、といわれると考えこんでしまう所はあります。情報公開だけは行っています。

 早速というわけではありませんが、企画部で「経費1850万円の使いみちのチェックもしてもらいたい」とのコメントを発表されていますので、その内訳、コンセプト、委託先などの資料を求めました。この報道によってしか内訳に関心を持っていなかった自分のチェック能力について反省が必要です。というのも、共産党がこの議案に反対で、私は賛成していましたので、内訳まで把握していませんでした。ただ、参加名簿には共産党議員の名前も載っていましたが実際に参加されたかどうかはわかりません。

 使いみちの妥当性については、式典以外には参加していないので、プログラムと新聞報道による評価になります。推測する所、静岡県のPRには効果をもたらしたとは思います。実際の参加人数、参加者の感想も含めて今後の研究課題です。ただ、昨日の日記でもふれましたが、景品が強調される進行の流れでコンセプトがなんであったか、特にこの万博の環境博とも言われるその視点でテーマ性があったかどうか、については、やや疑問は感じています。明日の入手資料を参考に考えてみたいと思います。

 そもそも今回の公費負担が妥当かどうか、これは議長判断になりますが、議長は各会派代表者会議での意見聴衆をしているはずですから、そこでの議論がどのようなものであったか。その確認もせず、私自身は決まった事に特段の批判もしませんでしたので、賛成したことになります。この是非については県民の方々の批判を待ちたいと思います。ご意見をお待ちしています。

 

 

 



2005年04月20日(水) 愛知万博のみどころは?

 静岡県スペシャルデーということで、あいにくの雨でしたが、今日、長久手会場のEXPOホールで開会式が開催されました。代表挨拶は副知事でしたが、英語通訳も入り国際博覧会らしい始まりでした。ただ、式の直後に抽選会なんかがあったりして最初から騒がしい感じで、ヤマハ吹奏楽団の演奏会をやるとか、富士山の立体映像とか、何か工夫があった方がいいように思いました。

 せっかくの視察とJRのリニアやトヨタ、日立のパビリオンを見ようと思いましたがそれぞれに40分、3時間、150分待ちということでこれはダメ。70年の万博の時もなんか混んでいたナーなんてことを思い出しながら、待ち時間のないところはと歩き始めました。

 すると『アルジャジーラ放送』のあるカタール共和国の看板が目に付き、誰も並んでいない、ここだ、ととにかく入りました。そんなに広くないのですがヘナを使った女性のための化粧コーナーには結構待ちがあり、ホーッと眺めていました。傍に小さな音楽演奏のスペースがあり、誰かが「何時演奏はあるのですか」の質問。「日本と違うから何時とかじゃなくてそのうちにはじまるよ」の答え。そこで観客席に座って待っていると5分もしないうちにシンセサイザー、ドラム、ヴォーカル演奏。イヤー楽しかったです。

 そのあとはハシゴ。サウジアラビアー3D映像が結構面白い。イエメン、バングラディッシュ、パキスタン、スリランカーここでカレーをたべましたがおいしい。韓国は待ち時間がありました。でも、ちょうどシム・ガヒ錦林舞踊団の創作舞踊、パンソリ、太鼓演奏45分を観劇する事が出来、これにはすごく興奮しました。中国ー広いスペースの空間デザインがなかなか。大画面映像の部屋もさすが。モンゴル、ブータン、中央アジア共同館ーここで政府から派遣されているという大学生と中国問題で意見交換、刺激を受けました。ネパール、インドー「菩提樹の下で」のメインスローガンには引き寄せられるものがあります。

 ここまで比較的、物販中心でグリーンツーリズムの様相。そこで先進国は?と、ふと隣を見るとカナダ。待ち時間ありでしたが、みようかと。ここでは多様性をテーマにした8分の2つの映像。10メートルくらいの天井の円形の壁の全面にランダムに凹凸を作りその上にレースのカーテンのようなものをかけ、光でオーロラを再現しています。この広大な円形をスクリーンに、ちょうど目の高さに20個くらいのテレビ画面を横に並べていき、4種類の画像が次々に変化し、全体のオーロラの部分にもいろんな映像が流れます。そして、もう8分は、その内側といいますか同じように円形の壁をスクリーンにして今度はもっと大きな大画面3つに同じ手法で多様性がテーマの映像。

 物販的雰囲気とはガラリとかわってのテーマ追求型パビリオン。おもしろかったので説明書が欲しいと係員の方に話しかけたら「そうした声を沢山頂くのですが、感性で受けとめて下さい。説見書などは一切ありません」とのこと。なるほど。何故か、他の先進国のパビリオンを覗きたくなりました。戻らなければならない時間。最後にとキューバ館。ゲバラの写真展。オー!。係員の方は大変若そうで「あなたがたはゲバラを知っているのか?映画「モーター・リサイクル・ダイアリー」は観た?」ととても楽しい会話が出来ました。日本に留学していたとのことで日本語は結構うまい。ラム酒もストレートで飲んでしまいました。

 というわけで、もう一度いって見たいと思ってしまった万博視察でした。
 



2005年04月19日(火) 今日の段階でも「社会資本整備審議会に付議していない」

 4月7日の国土交通省総合政策局とのやりとりを踏まえて、本日、「空港はいらない静岡県民の会」メンバー島野、増田両氏に同行して、中部地方整備局建政部計画管理課の中島、木下、蒲生氏の3人との現状の確認に行って来ました。

 今日の段階でも、中部地方整備局としては、静岡空港の土地収用第一次判定に基づく社会資本整備審議会への付議は行なわれていないことが確認されました。付議したか否かについて中部地方整備局からは公表しないが問合せに対しては答えるとのことでした。毎日の確認が必要です。

 やり取りからすると4月中に社会資本整備審議会に付議されるかどうかも危うそうな気配でした。

 まず代表幹事の島野氏から「事業認定の請求の棄却を求める」要請書を提出し、2点についてのやり取りを行いました。

1、社会資本整備審議会について

 審議会に提出する資料は公聴会の速記録(一字一句か要旨かについては詰める必要があるが現在は未定)、県の申請書類、2000通の意見書の類型化したまとめ、第1次判断の理由など。

 全国幹線純流動量調査結果の水増し、浜松・静岡・三島以外の想定移動時間、便数、運賃などの情報公開、新幹線ひかりの品川停車、セントレア開港による浜松から空港までの時間設定、などあらゆる論点について地方整備局としての考え方は示す。

 札幌便50万がくずれると大型機の乗り入れが必要なくなり、2500mの滑走路が不必要になる、そうすると土地収用対象面積が現在より少なくなるが、この点についても必要最小限の原則に基づき考え方を示す、過去に社会資本整備審議会で外部からの意見を聴いたことはない、現段階での社会資本整備審議会員との接触については、どこまでが非公式の接触かということについて付議していないので何ともいえない、申請から決定まで3ヶ月という努力目標についてはこだわらず、慎重にやっていきたい。

2、22条に基づく専門家からの意見聴取について

 聴取を行うつもり、その際に国土交通省の事業評価の際に求めた専門家メンバーと重なるのかについては答えられない、判断の是非でなく需要予測の手法等について意見聴取する選択はありうる、事業認定の是非決定後に意見聴取の専門家については公表するが、判断に関係のない場合には非公表の場合もある。

3、そのほか

 国会での国土交通委員会での質疑行われる場合、局長が出席し答弁する事になる、情報公開と現在の事務審査の関係は、請求があった段階で公開か否かを検討する、電子媒体についての公開は保存形態によって検討される。

 というようなやり取りが行われ、最後に社会資本整備審議会の審議記録の公開について要旨でとの回答であるが、認定されれば訴訟が起こされるわけでその際に審議経過が重要になることから全面公開を要望して話合いは終わりました。

 このあと、情報公開窓口にいって5点の公開請求を行いました。
1、2月18日、19日の静岡空港公聴会速記録及び要約文書
2、静岡空港の22条に関わる意見聴取依頼文書及び報告書、謝金等支出証拠書類
3、静岡空港に関わる意見書要約文書
4、静岡空港についての社会資本整備審議会付議文書
5、静岡空港事業認定の第一次判定に関わる業務委託契約書

30日以内ですのでその頃に付議がされているかもしれませんが、とりあえず請求しました。



2005年04月18日(月) 映画『コンスタンティン』を観る

 キアヌ・リーブスの主演映画『コンスタンティン』。『マトリックス』を何回も観てしまった人間にとってこの映画を見逃す事は出来ません。封きり映画をどうして観たいと映画館に駆けつけましたが、意外やガラ空きとはいいませんが、満員ではありませんでした。

 極めてわかりやすい大人向けSFファンタジー。キリスト教的神、地獄、天国という絶対的に崩れないはずの境界線を舞台にそこにうごめく地獄の悪魔、人間、天国の天使たちの正義をめぐる闘いが展開されます。

 最初、主人公のコンスタンティンがタバコをやたらと吸うシーンに違和感を感じさせます。アメリカであれだけ喫煙者の社会的悪を非難している社会風土の中でどうしてこれだけタバコを吸うシーンを強烈に印象づけようとするのか。しかも肺ガンでいつ死んでもおかしくない病状。しかし、それが最後に明解にこの物語の一つの仕掛けであることが示されます。

 霊力をもつ選ばれし者コンスタンティン、悪魔に棲み込まれた人間から悪魔を地獄に追い戻す仕事を続ける、その霊力故に自殺をはかり2分間だけ死ぬことで地獄を垣間見る。霊力を持つ双子の姉妹のイザベラが自殺を図る、生きているもう一人の霊力を持つ刑事アンジェラス、彼女が妹の死をめぐってコンスタンティンとの出会いが始まる。地獄界の悪魔の息子が天国界の天使と結託して人間界に踊り出ようとする、そこに「運命の剣」が登場。といった具合のストーリー。

 最後は、キリスト教では自殺は悪。コンスタンティンが自殺したアンジェラスの妹イザベラを救う為にもう一度自殺をし、地獄界の悪魔サターンを呼び出し彼女を救う、そしてコンスタンティンがサターンに地獄に連れていかれるシーン、この自己犠牲に神がノーの姿勢をしめし天国に送ろうとする、これに怒ったサターン、それならコンスタンティンを生かす、とタバコで汚染された肺がんのがん巣を抉り取り最後はハッピー。

 自己犠牲。人間の普遍的価値に向う最高の行為。このことを考えさせるファンタジー。大人になっても失ってならない人間の原点を指し示すという点で『マトリックス』に通じる映画力。キアヌ・リーブス、続編が観たいものです。



2005年04月17日(日) 「平成の大合併」後を占うミニ統一地方選挙

 05年3月が合併特例法の期限切れ、そして合併に伴う首長選挙、議員選挙が目白押しです。いわば、ミニ統一地方選挙でもあり、地方から政治はどう変わるのか、一つの社会的・歴史的分析対象です。既に1月に菊川市、3月に静岡市、といっても私自身が関われる範囲を対象にするしかありませんが。

 今日、新磐田市の市議会議員選挙で立候補している大杉幸好候補、玉田文江候補の選挙事務所を訪問しました。磐田市は、太田川ダムに関わる水道事業の見なおしについて選挙後に静岡県と調整する事になっています。市長選挙も現職・鈴木氏に対抗して寺田氏が告示日直前に闘いを挑んでいます。湖西市での大逆転の市長選挙があっただけに磐田市だけでなく掛川市、袋井市、伊豆の国市の市長選挙の行方は予測がつきません。

 磐田駅を降りてタクシーに乗って運転手さんに選挙状況について聞きました。「関心がネー」と投票率の心配をしていました。盛りあがりはイマイチという感じでした。静岡市の政令市選挙は、市全体の高いレベルでの政策が争われると思いきや「村型」選挙に逆戻りしました。磐田市のように5市町村がからみ、選挙区が広がった全市的選挙の手法はどのように展開されるのか、大変関心がありました。ただ、選挙の始まりの一日目であり、十分に現状を理解する事は出来ませんでした。

 いずれにしても各陣営とも、手探りという印象です。とにかく、大杉さん、玉田さん、全力で闘い抜いて当選を確実に勝ち取っていただきたいと思います。
 



2005年04月16日(土) 内部告発に対する中部電力の反論

 昨日、中部電力浜岡原発2号炉に対する内部告発を行った谷口雅春さんの記者会見が行われました。中部電力の反論がホームページ上に載っています。

彼らの主張は以下の通りです。
1、浜岡2号機の原子炉建屋基礎岩盤強度については、当社試験により確認しており、この試験には、ご指摘を頂いた方が所属していたという会社は関与しておりません。
2、燃料集合体の固有振動数については、原子炉建屋の固有振動数に近いことは承知しており、それを踏まえた詳細設計を行っています。
3、建屋の減衰率については、1〜5号機全て同じです。
4、直下地震の上下の振動により制御棒が挿入できなくなるという点については、燃料集合体の下端は燃料支持金具に6cm程差し込まれているとともに、制御棒の上端は全引き抜きの状態でも燃料集合体下部に約17cm入り込んでおり、仮に浮き上がりといった事象を考えても、挿入性に影響を受けにくい構造となっています。

 ますます文書提出命令を受けている耐震関係書類の必要性が明確になっています。燃料集合体の固有振動が、原子炉建屋の固有振動が近い数値である事を認めていますがどのような対策を行っているのか、中部電力には説明責任があります。

 先日の茂木清男さんが指摘する1970年、72年の1号炉、2号炉の申請時の耐震設計の問題点が真に迫ってきます。



2005年04月15日(金) 浜岡原子力発電所2号炉耐震設計に関する内部告発文書

 昨日の日記コーナーで紹介した内部告発文書の全文です。
 これが事実とすれば大変な内部告発です。

※米

 耐震計算結果は地震に耐えられなかった

 私は1969年4月に東芝の子会社である日本原子力事業(株)に入社し、東芝鶴見工場で、原子炉の炉内構造物の設計に従事しました。上部・下部シュラウド(炉心隔壁)、上部・下部格子板、緊急冷却装置など核燃料を支える部分の設計です。

 最初は東京電力福島原発2号炉、次に中部電力浜岡2号炉の設計を担当しました。設計者は計算担当者の指示にしたがって、炉内構造物をいくつかの部分に分け、その部分の重量など計算用のデータを提出します。そのデータに基づいて計算担当者が耐震計算をします。

 浜岡2号炉の場合、設計者は100人近くいました。部門ごとの設計者代表が集められた会議の席で計算担当者から聞かされた話は「建屋と圧力容器について、いろいろ耐震補強の工夫をしてみたが、空間が狭すぎてうまく行かないので諦めた」ということでした。原子力発電所の建設は、建屋→建屋内の圧力容器→容器内のシュラウド、格子板などといった順に、安全性の許可を得ながら5、6年掛かりで進めますので、後になって補強のための空間がないとわかっても、それから広げることはできないのです。

 私も私が担当していた核燃料集合体の上部の水平の位置を保持するための上部格子板の応力計算をしてみましたが、「完全につぶれる」という結果が出てしまったのです。

 計算担当者の説明によると、浜岡2号炉が地震に耐えられない原因は次の2つです。
 (1)岩盤の強度が弱いこと(福島は強かった)
 (2)核燃料集合体の固有振動数が想定地震の周波数に近く共振し易いこと

 ごまかしの再計算

 そして計算担当者は、「対策」として、次の3つの方法で再計算すると述べました。
 (1)岩盤の強度を測定し直したら強かったことにする(福島なみ)
 (2)核燃料の固有振動数を実験値でなく米GE(ゼネラル・エレクトリック)社の推奨値を使用する
 (3)建屋の建築材料の粘性を大きくとる(振動が減衰し易い)
 つまりごまかしの計算をして、当初計画のまま押し通してしまうということです。

 私はその直後の1972年7月に退社することにしました。会社の会議室で上司に辞意を伝えました。自分の席に戻ったときには、耐震計算結果のバインダーはなくなっていました。

 私の退社後に耐震補強を行ったかどうかは私にはわかりません。しかし、浜岡1号機は配管破断事故とシュラウドの亀裂で停止中、2号機も亀裂の入ったシュラウドの交換が終わる(08年3月)まで停止と報道されています。私が設計に携わった頃から今日まで大きな地震もなかったのに、このように深刻な事態が起こっていることから推測すれば、中部電力は耐震のための設計変更はしないまま建設を進めたものと考えられます。

 計算担当者が中部電力に内緒でごまかしの計算書を提出した可能性がないわけではありませんが、技術者が関係者に相談もせずに偽の計算書を出すことはまずあり得ませんから、中部電力は地震に耐えられないことを承知していたはずです。

 浜岡1、2号機が造られた70年代初めには東海地震の震源域のど真ん中に位置していることがわかっていなかったという報道がよくありますが、もっと問題なのは原子力発電所立地について地盤強度の基準がなかったのではないかと思われることです。プレート境界や活断層の有無以前の問題として、なぜ、地盤強度の弱い浜岡に電発が立地したのか。基準さえあれば浜岡原発の建設は避けられたはずなのです。

 退社して10年ぐらい経ったとき、大学院時代の研究会のOB会で、大手重機メーカーで原子力施設の仕事をしている後輩に会いました。「浜岡2号機は耐震が持たないので会社を辞めた」と話したところ、彼はたまたま浜岡2号機の圧力容器を担当していて「そう言われれぼあそこはちょっとした地震でもビンビン揺れます」と言っていました。これが大地震もなかったのに配管が壊れたり、シュラウドに亀裂が入った原因と思われます。

 中部電力は、地盤および原子炉の建家、圧力容器、配管などに、震度計を設置して、地震時のデータを公表すべきです。そうすれば、すべてが明らかになります。公表できないとすれば、それは浜岡原発がいかに地震に弱い構造であるかを自ずと物語ることになります。

 直下型地震が起こると核燃料の制御ができなくなる可能性がある

 現在の原子炉の耐震計算は横波(水平方向の揺れ)に対してのみを行っています。しかし、阪神・淡路大震災のような直下型の地震では、縦波(上下方向の揺れ)も強く、建物がつぶれました。この縦波を原子炉について考えると、制御棒の挿入が不可能になり、原子炉は制御不能の状態に陥ることが考えられます。

 ご存知のように、軽水炉(BWR型)原子炉の燃料集合体は使用済みになると、原子炉から引き上げられ、新しい燃料集合体に換えられます。これが簡単にできるのは、燃料が下部格子板の上に乗っているだけだからです。ただし、燃料集合体と燃料集合体の間を制御棒が動くスペースを確保するために、下部格子板の穴にはめこまれ、横方向には動かないようになっています。

 メルトダウンの危険性

 ここを直下型の大地震波が襲うことになると、大きな上下の振動と、水平方向の振動が同時に来ます。上下の振動が激しければ、燃料集合体は上に投げ出され、下部格子板から離れて宙に浮き、下部格子板は水平方向にも振動してますから、穴の位置がずれて穴に戻らなくなる可能性があります。したがって、強い地震を感知して、自動的に制御棒を挿入しようとしても、制御棒が核燃料集合体にぶつかったり、破損したりして、挿入できなくなる可能性があります。

 原子炉が制御不能に陥れば、核反応は止まらなくなります。その後、液注、配管破断による炉内の水漏れ、緊急冷却装置の故障を経て、やがてはメルトダウン(炉心熔融)です。浜岡原発は世界に放射能を撒き散らす最悪の事態を引き起こす可能性があります。過去に設計に関わった者として、そのことを明確に申し上げます。



2005年04月14日(木) 浜岡原発2号炉設計で内部告発

 浜岡原発止めよう本訴の会を原告とするラウンドテーブルが今日開催されました。文書提出命令と中部電力の即時抗告で裁判事態がストップするかもしれないという状況がありましたが、“文書提出の内容に係らない部分で審理を続ける”ということになりました。弁護団は「審理ストップ」の場合、「第3次提訴」も準備していたとのことですが、その必要はとりあえずなくなりました。

 裁判長からの提案で検証のための「事前見学」の実施と双方の争点整理を行うこととなり、中部電力が意外に検証に前向き?という感じであらかじめ用意された具体的検証の方法についてのやりとりが行われました。そして、即時抗告に対する高裁の判断を待つ間、口頭弁論の形は取らず、進行協議として次の予定が組まれました。

 そのあと記者会見だったのですが、終わろうとしたとき原告団事務局から、「実は原発震災を防ぐ全国署名運動連絡会の村田光平さんのところに浜岡原発2号炉の耐震設計についての内部告発が届いている。その内容は、インターネット新聞・ジャンジャンで報道される」の発表。弁護団事務局長の海渡弁護士が「それではよく分からない。公表できるならすぐさまここで公表すべきでは」と、記者会見の中断と内部告発文書の検討が行われ、公表すべしの結論。

 すごい内容です。
 1969年に日本原子力事業(株)に入社し、浜岡原発2号炉の耐震設計に関わった方からの告発で、法律に基づいて国に申請するとのことです。中身は、
1、2号炉のシュラウドに関わる耐震設計では、数値の改ざんが行われた事
2、直下型地震において核燃料の制御が不可能になる事
 です。

 弁護団は、この内容はこれまで裁判の中で指摘した事その物であり、私たちの主張を裏付けるものとの見解を述べました。午後から中部電力の記者会見も予定されています。中部電力がどのように釈明するのか、注目です。



2005年04月13日(水) 静岡市政令市移行式典ーフエ市との都市提携発表

 政令市制度の今日的矛盾についての疑問から政令市県議会決議に反対してきましたが、今日の式典には参加しました。グランシップの大ホール「海」には3000人ほどでしょうか。進行は、いつものパターンですが、静岡市・フエ市の友好年提携の発表には大いに関心が湧きました。

 小嶋市長は、正直に「この時期にフエ市との都市提携には迷いもあったが、これからのアジアとの関係を考えるとベトナムとの関係は日本にとって大きな意味を持つと考えて都市提携にふみきった」との説明していました。日本ではじめて、勿論政令市でもはじめての「ベトナム―日本」の自治体間提携。96年に静岡市のボランティアグループ「子どもの家」(ストリートシルドレンの救護施設)との交流・支援活動から始まっています。

 実は、私自身、97年「ブリッジ エーシヤ ジャパン」というNPO団体が計画したスタディツアーに参加しフエ市を含むベトナム縦断ツアーを経験しました。そして、そのことがきっかけとなって静岡市の清掃・パッカー車をタンフォア市というところに寄贈する事業に間接的に関わりました。(詳しくは『地方から政治を変える』コモンズ社刊に報告が載っています)

 私たちの世代にとってベトナムとの友好関係は「ベトナムに平和を、市民連合」(いわゆるべ平連)世代にとって特別な感情があります。小嶋市長が、どのようなアジア認識をもって都市提携に臨もうとしているのか、じっくり意見を聞いてみたいと思いますが、この事業は歓迎です。

 



2005年04月12日(火) 日本語教育センターの入学式に新鮮な感覚

 2月議会と政令市議会議員選挙で3月の街頭演説を休みました。今週からとはりきりましたがきのうは雨で今日になりました。若手スタッフがニュースの配布を手伝ってくれました。ありがたい事です。

 1時間くらいセンター前でマイクを通じて話し始めました。久しぶりのせいか、喉を嗄らしてしまいました。何人かの方に会う機会がありましたが、「風邪?」。明日は昼からは晴れそうですが、朝は不安定と天気予報されています。何か寒さがぶり返しているような感じです。

 午後に静岡日本語教育センターの入学式があり、理事として参加しました。65人ものアジアの若者が新入生になりました。中国―26人、ベトナムー14人、スリランカー8人、ネパールー7人、ミャンマー3人、タイー2人、韓国ー2人、インドネシアー2人、スイスー1人。ベトナムから新入生が「進んだ日本の技術を学びたい」とたどたどしい日本語で抱負を語りました。

 挨拶の機会がありましたので、昨日の「中国の反日デモ」について話しました。まだ日本語の理解力が十分でないため彼らにはうまく通じなかったと思います。彼らが、昨日の中国の反日デモや韓国の反日の動きをどのように理解しているのか、是非とも話してみたいと思いました。

 反日が広がっている時期だけに、何故か、彼らとの出会いがいつもに比べてすごく新鮮に感じた入学式でした。
 

 



2005年04月11日(月) どうなるか心配だった地震と反日デモ

 朝出がけに千葉県での地震、そして中国の反日デモの報道。しばらくテレビに釘づけ。さすがにNHKは、ずっと地震報道。被害がすごいのかと他のチャンネルを回してみるも、地震だけというより中国問題。

 今日の各社朝刊で反日デモを一面トップにしているのは5社。テレビ報道と新聞報道の違いもありますが、中国政府は「中国に責任はない」、日本政府は、「破壊活動の保障を」、デモ現場での中国政府の「警備せず」のことこまかな報道、日韓関係同様の「外交戦争」に突入かと危惧しました。

 どうなることやらと夕刊の見出しを見ましたが、地震被害も中国反日デモも意外と小さな扱い。なんか大丈夫だったんだな、とひと安心。

 朝刊と夕刊の一面トップ。
 静岡新聞 航空機の部品脱落159件。 仕事と家庭の両立支援。
 中日新聞 反日デモ 中国各地に。  三菱ふそう ヤミ改修わずか2,2%。
 産経新聞 外交日程見なおしも。 夕刊はなし。
 読売新聞 広州・深○で3万人デモ。 中国メディア沈黙。
 朝日新聞 南ア、小型核数十発製造。 千葉北東部震度5強。
 毎日新聞 中国の反日デモ拡大。   自殺予防へ具体的提言。
 日経新聞 中国で反日デモ拡大。   著作権管理を共通化。

 因みに反日デモの夕刊での見出しを追ってみると、
 静岡新聞 日系企業が警備強化。首都 平穏戻る。
 中日新聞 日系企業が警備強化。北京では通常営業も。
 読売新聞 中国メディア沈黙。政府批判警戒、報道規制を強化。
 朝日新聞 一面に記事なし。
 毎日新聞 一面に記事なし。
 日経新聞 日系企業は通常営業。新たなデモなし。

 中国メディアは一切の報道を控えているというから深層で大きな事件となっているのかもしれません。それにしても、今回の事態、私は日韓同様の小泉外交の破綻とみていますが、皆さんはいかがお考えでしょうか。
 
 
 



2005年04月10日(日) NHK番組・きよしとこの夜

 NHKで氷川きよしさんをレギュラーにしたバラエティ番組が始まっています。氷川さんといえば、若手演歌歌手として幅広いファン層をかかえ、将来が期待されている歌い手であることは今更私がいうまでもありません。

 氷川さんの「きよしのズンドコ節」とか、結構替え歌で「まつや清」をアピールする歌として活用させてもらってきました。この氷川さん主演の番組の題名が「きよしとこの夜」。

 このCMを見たときは驚きました。「きよしとこの夜」

 実は、私が市議会議員に初挑戦するときに、無農薬野菜の共同購入の女性グループが選挙の後援会組織をつくろうとパーティを企画してくれました。なんと、そのときのパーティ名が私の名前「きよし」を使って「きよしとこの夜」、時期は勿論12月のこと。

 以来、12月の忘年会企画を「きよしとこの夜」と命名。第1回目が1986年の12月ですから、昨年の2004年まで既に19回もやってきました。今年もやる予定ですので20回目の「きよしとこの夜」が12月に開催されることになっています。

 なんとも不思議な感じです。
 第1回目は見ましたが、ちょっと「NHK的ギャグ」に笑いたいけど笑えない場面も何度か。このレベルで視聴者を獲得できるのか。スポーツ新聞では「キムタク」と比較するほどに人気上昇中というような記事がありました。

 ところで「きよしとこの夜」は商標登録されているのか。ちょっと言ってみたかった19回継続してきた「きよしとこの夜」の企画関係者として。



2005年04月09日(土) 茂木さんの矍鑠とした姿に敬愛の念

 想定「東海地震」と浜岡原発についての茂木清夫さんの講演会に行ってきました。参加者は700名以上、もっと多かったのかも知れませんが、三島市民文化会館を埋め尽くさんばかりの聴衆を前にして茂木さんの講演に感動しました。1929年生まれといいいますから75歳は確実に越えているわけですが2時間の講演は立ちっぱなしで、教壇にたつ学者という印象でした。

 話は大変わかりやすいものでした。
1、東海地震は、茂木さんの方が石橋さんより早く1969年に提唱していた。南海トラフで1944年東南海地震、1946年南海地震、1923年関東大震災がおきているが東海だけがおきておらず東海地震が起きる可能性が高い。
2、2003年の札幌で開催された国際地震物理学連合の国際会議で、�々�か白かだけの予知情報を出すのは危険−これは注意情報という新しい設定で日本政府は昨年から茂木提案を採用、�∩枋蠹豎っ録未凌霧三茲涼羶潅呂防猷�原発があることの危険性、について論文発表したが世界の学会として受け入れられた。
3、日本の原発立地数は、アメリカ、フランスに次ぐ世界第三位。その立地場所と100年間の世界の浅い地震で、M7以上の発生場所の地図を重ね合わせると、フランスもアメリカも地震発生がない安定した地盤の上にたっているが、日本だけが地震発生と重なる。
4、特に日本の中でも南海トラフで地震が起きる可能性が高い。しかもこの地域は危険度マップの真っ赤な区域に入っているが、そこに浜岡原発が含まれる。
5、浜岡原発の1号機は1970年5月に申請、12月許可、2号機は1972年9月に申請、73年6月に許可、されているが1969年の東海地震説を検討しているとは思えない。3号機、4号機、5号機にも疑問が残る。

 として想定震源域での浜岡原発の存在を容認できるものでないことを結論付けました。

 改めて東海大地震と浜岡原発をめぐる原発震災は静岡県の課題だけでなく日本政府全体の大きなテーマであることを思い知らされました。



2005年04月08日(金) 静岡市議会に自民党・連合系・新人の大連合会派誕生

 議員とは何か、議会とは何なのか。

 静岡市議会に自民党9名、連合系7名、新人5名の21名の大会派誕生しました。17名の自民党議員団を超え、「数合わせ」の「野合」との批判もでています。結成過程についてはほとんど情報がないので詳しくは論じられませんが、「何か、おかしい」と受けとめた方は多かったと思います。

 「野合」理由に、「合併後、数の大きさという部分で限界を感じた。まちづくりは党派を超えて出来る」(朝日新聞 連合系議員)、「国政レベルと市議会は違う。連合系と自民統系は会派内勢力は対等で、力を発揮できる」(朝日新聞 連合幹部)とあります。

 「数の限界」論は、どこの議会でも感じることのはずで合併後にはじめて経験ししたのかどうか。「国と地方は違う」論は、まちづくりに政党的イデオロギー対立は関係ないとのいうことであると思いますが、どんなまちづくりをめざしているのか。

 そもそも、議員内閣制の国会と、大統領制の地方議会は制度が異なります。よく指摘される与党ー野党関係は、議員と首長はそれぞれ別々に選ばれる大統領制の元では、なじまないものです。首長は多数意見の側に立ち、一人で権力機構を掌握します。議員は少数意見の代弁者ですが、多数います。相互の抑制関係が民主主義の基礎となっています。

 ですから、議員は本来1人1人独立しているはずで、本来はテーマごとにネットワーク的議員関係が組織され、まちづくりが進められていくものです。私が推薦しました佐野けいこ市議は、「市民自治福祉クラブ」で一人会派という事になりました。それにしても、「完全無所属」を掲げた尾崎剛司議員の政治理念は、どこにいったのでしょうか。

 不可思議な静岡市議会ですが、今後の議会運営が、県議会のような会派中心主義的議会運営がまかり通らぬように、少数議員の活躍に期待したいものです。




2005年04月07日(木) 社会資本整備審議会はまだ開かれていない

国土交通省・総合政策局の土地収用管理室長 西川直哉氏は、空港はいらない静岡県民の会など地元住民団体に対して、現段階では中部地方整備局から社会資本整備審議会への諮問はなされていないことを明らかにしました。

県民の会関係者は地権者中心に50人近くにも達し、公共事業チェック議員の会からは、松野信夫衆議院議員、金田誠一衆議院議員、福山哲郎参議院議員、辻恵衆議院議員、阿部知子衆議院議員が参加。秘書参加は牧野聖修衆議院議員、細野豪志衆議院議員、鳩山由紀夫衆議院議員、五十嵐文彦衆議院議員、稲見哲夫衆議院議員、宇佐美登衆議院議員、岡崎トミ子参議院議員、田名部匡省参議院議員、黒岩宇洋参議院議員、楢崎欣弥衆議院議員でした。
 
話し合いは、金田議員に司会を担当していただき、事務局長の松野議員の挨拶、10時半から11時45分くらいまで航空局計画課小池課長補佐氏らと参議院会館第1会議室で質疑が行われ、会場を変えて12時20分から航空局須野原計画課長への申し入れ、12:30から13:15くらいまで総合政策局総務課西川土地収用管理室長、伊藤課長補佐とは国土交通省の1階会議室で申し入れと話し合いがもたれました。

住民団体のねらいとしては、土地収用申請の側にいる航空局と認定庁に関わる総合政策局が住民団体との話し合いに同席することで、社会整備審議会が慎重審議を行うために必要なこれまでの論点や需要予測に関する客観的情報を提供しようとしたものです。しかし、総合政策局は同席を拒否し、話し合いは一時混乱しましたが、上記の流れになった次第です。(終了後に国土交通省からお詫びが金田誠一事務所にあったそうです。)

一方で、4月に2回ほど社会資本整備審議会で結論が出され、それを受けて石川知事は5月20日の臨時県議会で知事選挙への出馬表明するとの説が流れています。しかし、下記の総合政策局総務課とのやりとりを総合すると、どうもそれも「怪しく」、ずれ込む!という意見が出始めました。

中部地方整備局への早急な働きかけが必要です。
知事選挙の真空状況はまだまだ続きそうです。

※ 政策局総務課との議論で、わかったことは、
1,まだ中部地方整備局からは社会資本整備審議会に諮問はされていない。
2,審議会の場所や日程はセキュリティ上いっさい明らかにしない。諮問をされた段階での公表は過去に事例がないが検討して連絡する。
3,審議委員の中に需要予測の専門家はいない。
4,社会資本整備審議会への需要予測など論点整理や資料などの提供は、中部地方整備局の管轄で、我々は単に事務的なことのみを担当する。
5,中部地方整備局では需要予測の専門家から意見聴取を行う予定と聞いている。
6,2001年の土地収用法改正の国会審議で委員の名前は伏せるが審議内容は全面公開との答弁は守られるのかに対して、要旨の公開だ、とする政策局とくいちがっている点については早急に調査し回答する。
7,通常は1回で審議終わる、2回の場合もあるが、いずれにしても1ヶ月から2ヶ月で終わる。
8,運営規則5条の委員以外に専門家などの意見を聞くことができる規定があるがこれは使うのか。判断は委員会で決められるが、決定すれば使える。
9,意見書や公聴会の資料を全部を目を通すのに1回や2回で終わるはずがないが、に対しては、中部地方整備局が説明するし、同じような意見をまとめて資料提供される。
10,社会資本整備審議委員への申し入れなどは、中部地方整備局を窓口にしているのでそちらに。



2005年04月06日(水) 無所属会派の控室面積を何故こんなに圧迫するのか!

 4月4日の代表者会議で新たに生まれた民主党・無所属クラブを含めて部屋割りを決めたとのことです。何と私と天野議員は、一人当たり面積は16,60平方。今までは、19,13平方。こんなに条件を悪くするのに何の本人への打診も行わない代表者会議の方々と議会事務局長に抗議したいものです。

 一番少ないのは自民党の17,91平方、今まで同じ、だから文句はあるまいといいたいようです。因みに平成21は、20、78が23,38に。公明党は21,25と変わらず。KEN-MINは、22,10と変わらず。共産党が25,50と変わらず。民主党・無所属クラブが21,66。

 減っているのは私と天野議員のみ。

 議会事務局の各議員への平等性の原理は人事一新で崩壊するのかもしれません。委員会所属についても同様です。私は、環境森林農水委員会を希望していましたが、これも何の打診もなく、ここだ!といわんばかりの商工労働企業委員会と結果報告のみ。

 これも仕方ないのかもしれません。今までが優遇されていたのかしれません。1人会派とはいえ、のびのびと活動できてきました。冷遇の時代が始まったのでしょう。それならそれで頑張るぞ!

 

 



2005年04月05日(火) 竹島(独島)問題で試される韓流ブーム

 ワールドカップ、「冬のソナタ」で高まった韓流ブーム=日韓友好が、島根県議会の「竹島の日」条例制定で一挙に崩れ去りそうな、「外交戦争」が繰り広げられています。1905年竹島を島根県に組み入れた閣議決定は「帝国主義的領土拡張」の歴史的事実とする韓国政府や多くの韓国民の主張を私たちはどう受けとめるべきなのでしょうか。

 様々な歴史的事実に関する解説が行われています。双方に言い分があります。がしかし、これは解決しなければならない外交問題です。その一つの視点が、今日の毎日新聞「新聞時評」でのアジア経済研究所の酒井啓子さんの「内政と国際政治の関連づけが肝心」での問題提起です。

 「想起されるのは、99年に橋本大二郎・高知県知事が外国船の高知入港に核非核証明を求める「非核港湾条例」を提案したときのことである。この時政府は「安保・外交は政府の専権事項」として条例制定に猛反発したと報じられている。高知で反発した政府が今回「静観」したのはなぜか。安保・外交を巡る政府と自治体の関係は、99年から今とで変化したのか、だとしたらなぜか。」

 アメリカとの関係では「専権事項」をふりかざし、アジアの国・韓国には「静観」によるナショナリズムの鼓舞を後押しする政府の外交姿勢は何を意味しているのでしょうか。靖国神社参拝を継続しながら、竹島問題(独島)を「国内問題」とする小泉首相。竹島問題、靖国問題は、アジアと日本の過去の歴史をどのように認識するかという、韓流ブームの前提問題と考える必要があるように思います。

7日は日韓外相会議。



2005年04月04日(月) ローマ法王の死と後継者選出=「コンクラーベ」

 死亡したローマ法王についての報道が全マスコミのトップを占めています。歴代2位の26年間在位、ポーランド出身、東欧の民主化、イラク戦争に反対、宗教対立の和解、そして同性愛・中絶反対など超保守教義など様々な側面が評価の対象となっています。

 その保守性ゆえの生命科学に対する宗教・倫理的見地からの「クローン胚研究を容認しない」とする姿勢についてはうなづける所があります。復古がもつ革命性とでもいうことでしょうか。ヒト胚やヒトクローン胚の作成は、生命倫理的な問題をはらみ、簡単に容認されていいものではありません。

 実際には、失われた組織や臓器を再生させる研究に有望と期待され、再生医療の実現に向けて、体のいろいろな細胞に分化できる能力を備えたヒト胚性幹細胞(ES細胞)を用いた研究が進められています。ES細胞からは、既に神経細胞、血管などを再生させる研究が進んでいるとのことで、患者の遺伝子を組み込んだクローン胚によるES細胞ができれば、再生医療が一挙に進むという期待されているわけです。

 クローン牛は既に静岡県の畜産試験場でも実験が行われ、全国の実験結果から死産が多いことが確認されています。市場にはまだでておりませんが、世論の関心は残念ながら低く、研究者にまかされているのが実情です。法王の実績評価をきっかけにヒトクローン胚研究に関心が生まれることを期待したいものです。

 ローマ法王の後継者選びを「コンクラーベ」というそうですが、後継者が決まるまで投票が繰り返され、投票用紙を燃やしてその煙の色で「決まったかどうか」がわかるというその決定過程は、日本語の「根(こん)くらべ」と音が重なり、選出の難しさを暗示するようで思わず苦笑でした。



2005年04月03日(日) やっと花見の季節に

 雨が降りそうだった今日の天気ですが、結果的に花見日和になりました。行事関係で二つのグループの皆さんのところを訪ねました。桜の花は、本当に今咲き始めたばかりというのが実情です。

 普通の年なら静岡まつりの時期にいつも雨が降り、桜が散ってしまった感が強かったのですが、今年はやや違っています。それだけに公園での花見客も今一つで計画していたものの急遽中止しているグループもあるようです。

 きのう葵区役所前を夕方通りすぎましたが、夜桜乱舞で盛りあがっていました。私自身も踊りは大好きですので、音楽に合わせて中に入ってしまいたくなりますが、自分は観客を言い聞かせて眺めていました。でも楽しいですよね。これだけ大勢の方々が踊りまくるんですから。

 阿波踊りにはかなわないわけですが、結構の参加者です。私が理事を務める日本語教育センターでも留学生を中心に夜桜乱舞に参加するために練習をしているとのことでした。どこかにいないかと探しましたが発見出来ませんでした。

 静岡まつりの楽しい企画とは裏腹の昨日の民主党県連大会。今日、各社の新聞報道に目を通しました。この間、いつも感心していましたが、読売新聞静岡支局の報道が一番正確な報道でした。どこの社も国政での候補者擁立の話しがメインで、せいぜい記者会見での民主党会長発言の紹介までです。



2005年04月02日(土) 民主党静岡県連って政党なんでしょうか?

 センチュリー4階で開催された民主党静岡県連大会に、「新しい静岡県を創ろう会」のメンバーと一緒に、大会参加者へのチラシ配布と街頭でのマイクを使ったキャンペーンを行いました。総勢20名弱のメンバーは、4階大会会場やホテル入り口前で様々なキャンペーン活動を展開しました。

 傍聴は可能との連絡に、それでじゃ傍聴しよう、ということになり受付場所へ。「傍聴したいのですが」に「サポーターでないと傍聴はできません」、「今、ここでサポーター手続したいのですが」「今なっても6月からしか権利は発生しませんので今日は傍聴できません」。メンバーからはブーイング、やむなく昼食を取りながらミーティング。

 傍聴者として入ったメンバーから入手した大会文書を読むと、自治体の議員や首長選挙への取組みは書かれていますが、直前の7月知事選挙については何の言及もなし。静岡空港プロジェクトについては継続して情報収集作業という段階。今、問題となっている懸案について議論をしようという姿勢を感じられませんでした。

 結局、「創ろう会」からの要望については何にも議論なし、空港問題について「東部では空港反対の声が強い」の意見が出されるもこれまた議論にはならなかったようです。こんな党で政権奪取なんて夢物語、としか言い様がありません。やっぱし、これはだめだ!
 
 「創ろう会」は、4月10日午後2時から、いろんなグッズをし立てて街頭に出て訴えます。市民が動くしかありません。



2005年04月01日(金) 『公共事業チェック議員の会』活動再開

4月7日に「公共事業チェック議員の会」と連携しての国土交通省との話し合いが10時30分から、参議院議員会館第1会議室で開催されます。今日は、その打ち合わせで国会議員会館を訪ねました。

「公共事業チェック議員の会」は、代表の中村敦夫参議院議員が議席を失ったこと、2大政党制という時代背景の中で民主党議員の方が増え、会の超党派性をどのように継続・発展させていくことができるか、今後の会のあり方について様々な議論があったと聞いています。そして、松野信夫衆議院議員を事務局長に再出発をはかることになり、今回の静岡空港・土地収用問題が取り上げられました。

 先週は、諫早干拓事業問題で「有明再生全国ネット・農水省緊急要請行動」が公共事業チェック議員の会で呼びかけられています。養殖ノリなど漁業被害が相当に深刻とのことで干拓工事の即刻中止こそが被害防止の最良の手段とのことです。

 私たちの空港問題も7月知事選挙をひかえ、いよいよ正念場を迎えています。現段階で知事候補が誰もいない極めて不可思議な政治的真空状態が生まれています。とにかく、土地収用に大きな影響力を持つ社会資本整備審議会の現状が今どうなっているのか、7日の国土交通省との話し合いの大きな獲得目標です。


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