白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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当日記は移転しました。下記で更新を続けています。
引越し先 白い木蓮の花の下で


2003年03月31日(月) やはり磨きが必要かのぅ?

人から「職業はなんですか?」と質問されたら
昨年は躊躇うことなく「CADオペレーターです」と答えていた。
転職してからは「会社員です。機械図面を描いてます」って感じのはずなのだが
最近、とんと「CADオペレーター」を名乗りがたい感じだったりする。

この間までは、会社のHPを作っていた。
もうすぐしたら、別会社のHPも作らなくっちゃいけない。
そして今は商品カタログを作っていて
今週中には、別会社で使う「チラシ」を作らなくちゃいけない。
CADも触っているが、カタログのための資料図面を描く程度なので
全労働時間のうち、CADを触っている時間は非常に短い。

だからと言って、今の状況に不満がある訳ではないのだ。
次々と色々なことが出来るってのも、それはそれで楽しいし。
色々なことを任されるわりに、スペシャリストではないのでクォリティは低いが
それでも「器用貧乏」なところが、小さな会社では重宝がられているし。
まぁ。しいて文句を言うことなんて、ありゃしないはずなのだが。

だが、しかし……私の実力は哀しいまでに貧弱なのが問題なんである。
HPだの、カタログだの、チラシだのを作るにしてはセンスが無さ過ぎるのだ。
なんて言うのかなぁ……何を作っても、なにげに野暮ったい物が出来てしまうのだ。

図面というのは基本的に白黒の世界である。
書道は長いこと習っていたが、絵画とは、とんと縁がなかった。
漫画を読むのも、絵を観るのも好きだが「観てるだけ」専門だし。
綺麗なものは大好きだが、綺麗なものを作るのは大の苦手だ。

いつまで、このノリで仕事をしなければならないのか先が見えないのだが
こ〜ゆ〜仕事が多いようなら、身の振り方を考えなくてはいけなかかも。
センスを高めるために、それ相応の勉強をしてみるとか
いっそセンスは諦めて、色々なソフトをビシバシ使えるようになって
センスの無さを技術でカバーできるように努力してみるとか。

やっぱ、ずっと仕事をして生きていこうと思うなら
自分の能力は、磨き続けなきゃいけないよなぁ……
なんだかんだ言って私は「働くの嫌い」なタイプの人間なので
気は進まないが、それはそれとして考えていかなきゃいけないと思いつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。


2003年03月30日(日) 穏やかな1日。

今日は春の休日らしく、穏やかに1日を過ごした。

午前中に図書館へ行き、1週間分の本を仕入れる。
100均で、新しいお弁当箱を購入。
先代のは、うっかり中蓋をレンジでチンして駄目にしてしまったのだ。
それにしても今は100均も馬鹿に出来ない。
春らしさを意識して、お弁当箱はピンク色にしてみた……てへっ。
午後からは乙女な母を連れて、ドライブがてらお買い物。
えっさか、ほいさと、1週間分の食料を仕入れた。
乙女な母を降ろして、私は1人でお買い物……って言ってもユニクロだけど。
靴下と、鞄と、カーディガンを1着購入。
ユニクロらしからぬ愛らしいスカートを見つけて、すんごく欲しかったのだけど
お財布と相談してみた結果、涙を呑んで断念する。

ユニクロでいいから財布の中身を気にしないで買い物してみたぃなぁ……
などと、あまりにも地味過ぎる野望を胸に秘めちゃったりした。

そのまま愛車ワゴンRで、地元のお花見スポットである川沿いを走ってみた。
桜の見頃には早かったので、イマイチだったけれど
見ず知らずの人の家の庭に咲く、木蓮の木が「散り頃」を迎えていたようで
ハラハラと散る白い花びらが美しかった。
木蓮の花にうっとりしながら、愚弟の言葉を反芻してみた。

俺。木蓮の花って、嫌いやねん。花びらデカ過ぎて、化け物じみてるから。
……あぁ。確かにそれも、もっともだ。ちょっとモンスターちっくである。
特撮ヒーロー物の怪人のデザインにもなりそうな、そんな感じ。
ま。いいんだ。それでも私は好きなんだもん。

週明けは花見ウィークになるんだろうなぁ……ちょっと楽しみである。
天気が良くて、あったかいと、それだけで楽しい気分になるし。
愉快に1週間が過ごせたら良いなぁ……とか思いつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。


2003年03月29日(土) お弔い

今日は母の従兄弟の葬儀に参列してきた。

私にとって、それほど近しい人でも、親しい人でもなかったのだが
ちょっぴり目頭を熱くしてしまった。
祖母が死んだ時も、父が死んだ時も泣かなかったのになぁ。
人間の感情ってのは、複雑怪奇で気味が悪い。

故人は大阪の田舎地方に住んでいたということもあってか
メモリアルホールなどで行う今風の葬儀ではなくて
町内会だの、地元婦人部などが取りしきるような「お弔い」だった。
徒歩20分ある斎場まで、親族が歩いてお見送りするだなんて
私は生まれてはじめてだった……と行っても私は参加しなかったのだが。
足の悪い母を残して、私1人では行く訳にはいかないし。
母は「行ってくる?」と聞いてくれたが、ついて歩く気になれなかったし。

それはそうと。

「結婚式と葬式は人の本質がよく見える」と昔から言われるが
あれって、本当のことなんだなぁ……と思った。
なんちゅ〜か。なんちゅ〜か。
常識のないことや、無礼なことを言う人間っているんだなぁ……と。
母の従兄弟は62歳で他界したのだが、その母上は90歳を過ぎてご健在で
爺さんとは言えど、息子を送る親の気持ちって、いかばかりか?
などと私は思っていたのだが、心ないことを言う人がいて
「常識ないんじゃない?」というか「馬鹿じゃない?」というか
不愉快な気分になったり、怒りに拳を固くしたりしてしまった。
……もっとも1人勝手に不愉快になったり、怒っていたに過ぎないのだが。

母の従兄弟は、独身者で、4年間闘病生活を送っていたのだが
その最後は兄上が看取られたとのことだった。
「オムツ代えるのも慣れたで。臭いのも平気になるもんや
などと兄上が明るく話しておられるのを聞いて救われたような気がした。
闘病生活は辛いものであったようだが、ちらほら小耳に挟むだに
陰鬱なものだけではなかったようで……

「明るく生きる」ってことは素晴らしいなぁ……とシミジミ思った。

それにしても人が死ぬってのは、やっぱり大変である。
お葬式の大変さは、遺族の哀しみを和らげるためだと言うけれど
たぶん、そうなんだろうなぁ……と思ったりした。

何をした……って訳ではないが、やけに草臥れてしまった。
明日はゆっくり過ごそう……ってことで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2003年03月28日(金) 究極の別れ。

母の従兄弟が亡くなった。

4年間の闘病生活を思うと、残念というより「お疲れ様」という感じがする。
今日がお通夜で、明日が告別式。桜を待たずに逝ってしまったのだなぁ……
お通夜には間に合わなかったのだけれど、明日の告別式には参加しようと思う。

彼とは、それほど近しい親戚ではなかったのだが
私と彼は生ぬるいメル友、あるいはPC友関係にあったのだ。
そろそろ死んでしまうだろうと分かっていたけど、やはり哀しい。

彼は静かな人だった。

技術者として生き、生涯娶らず、ひっそりと生き、そして死んでしまった。
私が彼と親しくなったのは、ほんの最近のことで
彼がどんな人生を送ってきたのか知らないけれど
その生き方は「静謐」というような印象で
切ないくらいに淡々としていた。

今さら言っても、せんないことだが、もう1度会いたかったなぁ……

もしかしたら彼は、死の間際など人に見られたくなかったかも知れないけれど
私は、もう1度会いたかったよ……

ある意味において、死は……
特別なものではなくて、ごく当たり前の出来事なのだけれど
自分に係わる人の死というのは、いつも特別で、そして哀しい。
もう2度と会えないという究極の別れの形だからなのかもなぁ。

今日の日記は彼の冥福を祈りつつ。


2003年03月27日(木) 観劇して感激@トーマの心臓

昨夜は友人の代理でスタジオライフという劇団のお芝居を観に行ってきた。
団員は全て男性。女性役も男性がする……という宝塚みたいな劇団だった。
演目は、あの萩尾望都原作『トーマの心臓』
あっち系……もといヤオイ系が好きなオタク女なら誰もが通った道と言われる名作。
しかし私は子供の頃読んで、サッパリ意味が分からず
そのまま再読することなく放置してあったらしく
話の筋は、まったく知らないままの突撃となった。

「いやぁ。キツイ劇団だから、誰でも気軽に誘えないのよ」

友人は、そんなことを言っていたが……たしかにキツかった。
だいたい外国人が登場する作品を日本人が演じるだけでもキツイのに
耽美系だし、しかも主人公達は思春期の少年なんだもの。
「オスカー」だの「ユーリク」だのと舞台で熱くなられても、正直辛い。
開演30分は修行のような感じで観ていたのだが
思いがけず面白い芝居で、途中から夢中になって観てしまった。
原作が素晴らしいのもあったろうし、芝居が良かったのもあったろう。
いつしか舞台のキツさなんて、どうでも良くなってしまっていた。

音楽は「ここはコレでなきゃ」という選択で感じが良かったし
演出も素敵で、舞台装置も美しかった。
途中、ちょっと寒いところがあったけれど、それほど気にならなかったし。
何よりも私は、ストーリーに夢中だった。登場人物達が、みなそれぞれに、いい子で……
それぞれに間違っているのだが、しかし「いい子」だったのだ。
「さぴしさ」だの「孤独」だの「愛」だの気恥ずかしい言葉がたくさん出てくる話なので
漫画でなければ「舞台」という、一種隔離された世界が良いのかも知れない。
「人はさみしいから、愛を知らないと生きていけない」なんてことを
テレビの画面で演じられた日には、きっと引いてしまうだろうから。

これは原作の漫画をちゃんと買って、読まなくちゃなぁ。

昨夜は千秋楽だったらしくて、原作者の萩尾望都が会場に来ていた。
個人的に彼女の作品は大好きなのだが、キツイ作品ばかり描く漫画家さんなので
作者もさぞや……などと思っていたのだが
存外、感じの良い女性だった(私の席の近くに座っておられたのだ)
好きな作品を描く作家さんが感じの良い人だったというのは嬉しい事実だった。

朝っぱらから日記を書いてしまうほどに、昨日は良い舞台を観れて幸せだった。
チケットを買っていたのに、観れなかった友人は気の毒だったけれど。
さて。そろそろPCを落とさなくちゃなぁ……今日も頑張って仕事へ行こう。
そんなこんなで、昨日の興奮褪めらぬまま今日の日記はこれにてオシマイ。


2003年03月25日(火) マンゴーの蜂蜜

タスマニア旅行へ行ったペンフレンドから『マンゴーの蜂蜜』をいただいた。

蜂蜜といえば、レンゲがポピュラーだけど、色々な種類があるのは知っていたし
実際に、タンポポだの、カトレアだの蜂蜜は食べたことがあるのだが
マンゴーの蜂蜜を食べるのは生まれて初めてのこと。
どうやって食べようかと考えた末、トーストにつけて食べてみた。

美味しい! すんごく美味しいぢゃないか!

流石にマンゴーの味こそしなかったが、ものすごく個性的な味だった。
香りからして、ぜんぜん違うのだ。
ジャムのふたを開けたとたん、強烈に甘い匂いがして驚いたのなんのって。
いまだかつて嗅いだことのない、濃厚な甘い匂いにクラクラしてしまった。
なにやら女の扱いを知り尽くしたジゴロのような雰囲気が……

「俺、南国育ちなんだ。舐めてみるかい? お嬢ちゃん」

その香りだけで、充分に「南国育ち」だってことが分かるほど。
そして女性の甘さというより、男性の力強さを感じさせるしっかりした味わい。
飲み物に入れたり、甘いホットケーキにかけて食べるには濃厚過ぎるが
パンにつけたり、ヨーグルトに混ぜて食べると良いだろう。
これは、ひとつプレーンヨーグルトを買ってこなくては……

友人にも勧めてあげたいと思って
日本でも売っていないかと検索してみたが発見できなかった。
もしも南の島方面へ遊びに行く人がいたら、おねだりしてみよう。
まさかタスマニア限定ということもないだろうし。

久しぶりに大ヒット食品に出会えて嬉しくてたまらないのだが
簡単に手に入りそうにないあたりが、ちょっと残念である。
日本でマンゴーの蜂蜜を売っているお店をご存知の方がおられましたら
ぜひぜひ、ご一報くださいまし。

マンゴーの蜂蜜を味わった興奮を書いてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2003年03月24日(月) ガス抜きしたいなぁ。

日に日に暖かくなってきているせいか旅行へ行きたくてたまらない。
なんとなくガス抜きしたい気分なのだ。
転職してからは、以前に較べて自由時間が格段に増えたので
休日も、それまでに較べると出掛けることが多くなっているのだが
ちょっと今いる場所から離れてみたいと言うか、なんと言うか。

前回の旅行は4ヶ月前だったものなぁ……などと遠い目をしてみたりする。

しかしながら旅行に出掛けるとなると、先立つものもいるわけで
当然ながら休みだって取らなきゃならないわけで
↑せっかく行くのなら1泊ぢゃもったいないとか思っちゃうし。
そりより何より、たぶん4月には愚弟が入院すると思うので
旅行になんて出掛けていたら、人でなしの姉だと思われちゃいそうだし。
これでも、そこそこ世間体を気にする性質なので、それは嫌な感じだし。

なんとなく、無いものネダリをしてみる月曜の夜である。
雨の日の月曜日ってのは、ろくなことを考えませんなぁ……

つい先日、知人から「仕事を辞めて世界を放浪している友人がタイの人と結婚した」
なんていう、ちょっと楽しげな話題を聞かされたので
「どっか行きたい熱」に火がついてしまったものと思われる。
タイ人と結婚したその人は、30過ぎて仕事を辞めて
37歳になる今も、プー太郎生活を続けているのだとそうな。
……羨ましい。羨まし過ぎるぞ。放浪のプー太郎生活。憧れちゃうなぁ。

さてと。

ブツクサ言ってないで、早く寝ようかな。まだ1週間は始まったばかりだし。
明日は晴れるといいのになぁ……と思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2003年03月23日(日) なんか違うと思うのだ。

とうとうはじまっちゃいましたね>戦争

このことについては、日記には書かないでおこう……と思っていたのだけど
それに「なんか気になること」などを少し書いておくことにしようかな……と。
私は基本的に戦争は反対。とりあえず今回の戦争は全面的に賛成できない。
いまさら理由を並べる必要はないかと思うので、その事については省略。

私が気になっているのは『人間の盾』というヤツ。
「戦争反対」に熱い人達が参加しているアレ。
人の考えは、それぞれ違うし、表現方法も色々なので
彼らのしていることを、ど〜の、こ〜の言うのは野暮な気もするのだが
私は「なんか違う」と思うのだ。ああいう方法というのは。
上手く言えないけど、なんか違う……と。

戦争反対ってことで、展開している人間の盾が逆に利用されているということもあるが
それより、そもそも彼らは何をもってして「戦争反対」なのかと疑問に思う。
戦争は人殺しだから反対。人の命は地球よりも重いから反対。
……というようなヒューマニズムから生まれた思想なのだろうか?
だったら『人間の盾』ってのも、間違っているような気がするのだ。
そもそも『盾』というのは攻撃する武器ではないが、基本的には戦争の道具なのだし。
自分の生命を大切に出来ない人が、戦争反対と声高に叫ばれてもねぇ……
などという皮肉なことを思わなくもない。
「戦争反対」に水を差すつもりはないのだが、その手段はいかがかと。

私は彼らを「偉い」とも「凄い」とも思わない。
勘違いしているんぢゃないかと思ったりはするんだけれど。

今回の戦争に関して書かれた、ある人の日記に刺激されて
ちょっと私も書いてみたのだけれど、なにげに消化不良気味かも。
こういうことを書く時は、腰をすえて掛からねばいけないのかもなぁ。
イマイチ書き切れない感がぬぐえないけど、今日の日記はこれにてオシマイ。


2003年03月22日(土) 骨董市を歩く。

今日は京都へ行ってきた。お目当ては『フランス近代絵画展』
私は1人の画家を追いかけるタイプの展覧会よりも
『○○美術館展』とか『○○時代の画家たち』みたいな展覧会の方が好きだったりする。
絵を観るのが好きといっても、専門的な目でもって観る訳ではないので
色々なものを見れた方が、飽きなくて良いと言うか。
もっとも、ものすごく御贔屓の画家になると、話は別なんだけど。
今の季節に、明るい色使いの印象派の絵って、しっくりくるような気がする。
春=パステルカラーという発想って、ちょっと単純過ぎるようだが。
もちろん暗い色使いの作品も多かったし、陰気なルオーとかも良かったんだけど。

絵画展は期間終了が近かったせいか、それとも今日はお天気が良かったからか
思いのほか空いていて、のんびりと観ることができた。
どんなに良い展覧会でも、人の頭を観るようでは興ざめな訳で
今日は本当に運が良かった。ラッキー♪

絵画展以外に、なんの目的もなく京都へ出掛けてしまったので
その目的が達成されたらば、たちまち行き先を失ってしまった。
で。急遽、書店へ行き、ガイドブックをチェックして
京都駅から歩いていける東寺へ足を伸ばしたのだが
なんと今日は偶然にも、弘法大師の命日で骨董市の立つ日であった。
行き当たりバッタリにしては、運が良い。

ガラクタと骨董の境界線って、どこにあるんだろうねぇ。

なんてことを言いながら、骨董市を冷やかして歩いた。
春先に骨董市を歩くだなんて、風情があって良いではないか。
なんだか時代劇めいている……某ゲームにも登場したよなぁ>東寺
なんてことを思いつつ、ガラクタとも骨董とも言いがたい品物を見て歩いた。

久しぶりに、お日様の下、人ゴミの中を歩いたらば
心地よく草臥れてしまって、帰りの電車では見事に爆睡してしまった。
日頃鍛えていないので、ちょいと人ゴミにもまれただけで、草臥れるらしい。
そう言えば東京へ遊びに行ったときも、午前中は元気一杯なのに
日が傾くにつれて無口になっていった……という思い出が。
たまには、人ゴミの中を歩いて、人酔いしないようにしなくちゃいかんかのぅ。

残念ながら木蓮の花には、お目に掛かれなかった。
ちょっと期待していたのに残念だなぁ。

1日、愉快に過ごしたので、今日は気持ちよく眠れそう。
明日の朝は、自分ち用のお土産に買ってきたフキノトウ&竹の子のお漬物で
お茶漬けをして食べるつもり。楽しみ。楽しみ。
とりあえず、そんなこんなで今日の日記は、これにてオシマイ。


2003年03月21日(金) 介護の事など書いてみる。

HPの読書禄に『二十三年介護』という本の感想を書いたのだが
ちょっと書き足りない感じがしたので、書き足しておこうと思う。
本の内容とは、あまり関係のない話なので、ここに書く方が良いかなぁ……と思って。

本の内容は、題名の通り23年間、夫を介護した妻と息子の手記である。
23年とは……あまりにも長過ぎやしないだろうか?
私など、父が8ヶ月入院していただけで「そろそろ勘弁してちょうだい」と思ったというのに
いつ終わるともしれぬ介護の日々とは、考えただけで気が遠くなってしまう。

しかし23年に渡る介護生活は、想像していたほど陰鬱な感じではなかった。
もちろん「楽チン」なものであるはずはないのだが
それでも「死にたくなるほど不幸」というものではなさそうな印象を受けた。
自分の身を振り返ってみて思うのだが
病人を抱えていたり、最高に貧乏だったりした時期が、今より不幸だったかというと
案外そうでもなかったように思うのだ。
不幸とか、幸せとか言うよりも「とりあえず毎日が精一杯」って感じで。

未来に色々と不安を抱くこともあるが
どんなことがあっても、どうにでもなっていくのではないかと思ったりした。

しかし、これは「行き詰まっていない」から言える言葉なのだろうと思う。
本に登場したご一家は、経済的にそこそこ恵まれていた家庭だったし
私の場合は、母はともかく、弟と私は「若さ」という武器があった。
ぢゃあ、どうしようもないくらい、行き詰まってしまったらどうだろう?
そうなった場合、同じ言葉が言えるかどうかは激しく疑問である。

何か一大事が起こった時に、社会のシステムがしっかりしてたり
そうでなくても、ガッポリお金を持っていたり、力強い助っ人がいたり
そういうのが重要なんぢゃいなかなぁ……と思ったりする。
「自分のことは自分で」って言うのが理想だが
あまりにも大きすぎる問題に直面した場合は、そういうことは言ってられないものだ。

とりあえず個人レベルで私が出来ることと言ったら
地道に貯金して、良い人間関係を作って、選挙にちゃんと行くことくらいだろうか。
「そういう事態」を経験しなくて済むなら、それに越したことはないと思うのだが……

『さんまのからくりTV』に登場するご長寿のように、いつまでも両親が元気でいてくれて
家族円満、愉快に日々を過ごせたら、それが最高と思うが
そうでない場合も、ちゃんと「得るものはある」と思いたい。
いま親しい友人が、母上の介護に取り組んでいるだけに無関心ではいられないのだ。
気休めかも知れないが、最悪っぽく思える日々の中にも「何か」あると思う。

なんとなく、思いつくままに「介護」がらみのことで書いてみたけれど
そろそろ眠たくなってきたので、今日の日記はこれにてオシマイ。


2003年03月19日(水) パン食い女×3

以前、この日記で朝の電車でパンを食う女の話を書いたが
今朝は、パンを食う女がパワーアップしていた……
なんと電車の長いシートに3人並んで、パンを食っていたのだ。
向かいのシートでは『ハリー・ポッターと秘密の部屋』を膝に置いた小学生が
まるで、めずらしい動物を見物するかのような目でもって、彼女達を観察していた。
私だって不思議だったさ……電車で食事する光景は見慣れてきたけれど
それでも3人も並んだりしたら壮観としか言いようがなくてさ。

ま。彼女達が電車でパンを食べようが、どうしようが私の知ったこっちゃないのだが。

今日は以前から着手していた会社のHPが、めでたく完成した。
自分で言うのもなんだが、素人にしちゃ良い出来だと思う。
↑それなりに時間と手間をかければ、それなりの物が出来るということなのだが。
自分のHPも、もうちょっと手をかけてやりたいよなぁ……と思ったりした。
上司は非常に嬉しそうだったが、その上の上司は不満そうであった。
いまだにOA化が気に食わない彼と、私とは、交わる無いような気がする。
入社して2ヶ月半になるが、カルチャーショックはまだまだ続きそうな予感満載。

ただいま関西は、私の大好きな木蓮の花の季節なのだが
今年は通勤途中に見かける、こじんまりとした1本を観察しているだけで
ほとんど木蓮の花を目にしていなくて、ちょっぴりさみしい。
私は白い木蓮の花が大好きなのだが、よくよく考えると
毎年「いつも、あちこちで見ている」って訳ではないように思う。
心にガツンとくるような、大きな木を見たことがあるも事実だが
それ以上に、イメージだけが大きくなっているんぢゃないかと思ったりして……
「お気に入り」ってのは、えてして、そういう物かも知れないけれど。

あっち、こっちに話が飛びつつ、とりとめもなく今日の日記はこれにてオシマイ。


2003年03月18日(火) どうしたも、こうしたも。

今日、私が帰宅した頃に、駅前で大きな火事があったらしい……
家に帰ってみたらば裏の人から「すごい火事らしいね」と聞かれて驚いた。
私はまったく知らなかったのに、なんで知っていたのだろうと思ったらば
駅方向の空に、モクモクと煙が昇っていたのだという。

ネタでもなく、ウケも狙っていなかったのに、マジで知らなかったよ。

そう言えば電車を降りるときに、近くに乗り合わせた小学生が
「あっ。火事だ。煙が昇ってるや」って言ったいたような気もするのだが
私は何かに熱中していると、どうも周囲への注意力とか、気力が散漫になるらしく
そういう「夢うつつ」の状態の時っていうのは
「聞いたつもりで、聞いてない」とか「やったつもりで、やってない」ってのは
日常茶飯事で、ネット生活的に言うなれば
本文を書かずにメールを送信したり、日記を書いたのに更新してなかったり
そういうことを平気でしてしまうようなのだ。
↑たいてい人から指摘されたり、ずっと後になってから発覚する。
そして今日の場合は、一応、車窓を観たのだが煙は見えなかったので
「おや。また、夢うつつで妄想(幻聴)でも聞いたかな」としか思えず
これは「なかったこと」として処理してしまったのである。

しかし……

今にして思えば、改札を出たところは人がいっぱいだったような気がする。
そう言えば、たくさんの人とぶつかったような気もする。
なにやら、慌しげに走っていた人が、いっぱいいたような気もする。
地味な駅にしては、やたらと人が殺到していたような気もする。

だが、どれもこれも「気がする」だけで、今となっては後の祭りである。

人として、こんなことでいいんだろうかと心配になってしまった。
どうしたも、こうしたもありゃしない。
今日は早く寝て、少し脳みそを休めた方がいいのかも知れないなぁ。
いやはや……まったくもって、まいった。まいった。

そんなこんなで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2003年03月17日(月) HP職人への道?

最近CADオペレーターというより、HP職人(の卵)のような仕事をしている。
自慢ぢゃないけどWeb知識も、HPの知識も皆無だし
自分のHPも「HPビルダー」任せという、素人中の素人なのだ。
だが、しかし今の職場は、吃驚するほどOA化が立ち遅れていて
CADはもとより、PCに強い人間の�癸韻�私だったりするのだ。

そんな訳で、先週からチマチマと会社のHPを作っている。
もともと嫌いな作業ぢゃないので、遊んでいるような気楽さはあるが
しかし勉強不足なだけに、なんだかんだと大変である。
私は素人だというのに、注文だけは、うるさいし。
「ビデオとか、アニメみたいなのを流して欲しい」だの
「ここ触ったら、パッと画面が変わるようなヤツを作って欲しい」だの
「ちょっと地味過ぎる気がするから、もっと派手な色にしてやってくれ」だの。

「船頭多くして船 山に登る」とは、よく言ったもので
9割がた出来上がったHPは惨憺たるものだった。
無意味に手間、暇はかけてあるが、やたらと見辛いHPってヤツ。
いまは、セカンド・ステージに突入中なのだが
今回は、かなり任せっきりにしてもらえたので、ちょっとはマシな物が出来そうだ。

それにしても、Web上には数え切れないほどHPがあるけれど
みんな上手に作っているよなぁ……って、しみじみと思った。
いままでHPを放浪しても「内容」ばかりに目がいって
「作り」だの「見栄え」だの「はじめての人にも分かるかどうか」など
そんなことは、考えたこともなかったものなぁ。
技がなくても、センスが良ければ素敵なHPに見えるものだし
センスが悪くても、技でもって素敵にしているHPだってあるし。

センスも技も、イマイチだったりすると泣くになけないんだが。

目下の不満事項は「こんなことが出来るようになった」ってことがあっても
仕事で劇的な成果をあげても、感動を分かち合える相手がいない……ってことである。
前の職場ではCADオペ仲間がいたので、その辺は楽しかったんだがなぁ。
もちろん、ものすごく出来の良い人の集団に放り込まれて
ビシ・バシとしごかれるのも、それはそれで困るだろうと思うけど。

とりあえず、早いとこ仕上げてCADの仕事に専念したいものだ。
……って。今、作っているHPが終わったら
系列会社のHPを、もう1つ作らなきゃいけないようなんだけど。

CADと違って、画面がカラフルな分だけ、疲れ目と肩こりが酷い。
仕事帰りにマッサージとか、整骨院とかに通ってみるかなぁ。
とりあえず、明日もHP作らなきゃ……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2003年03月16日(日) 『戦場のピアニスト』

『戦場のピアニスト』を観に行ってきた。

正直なところ、オスギがあれほど絶賛していた理由がイマイチ分からなかった。
良い作品だとは思ったが、フィクションの作品は、捉え方がムツカシイ。
その作品が面白くても、そうでなくても
「本当にあったことなんだよねぇ」というところに行き着いてしまって
作品がど〜とか言うよりも、私の場合は「事実」に振り回されてしまうのだ。

「ピアノ演奏が素晴らしい」とか「ショパンの調べが耳に残って」と聞いていたので
ピアノの演奏を期待していたのだがピアノ的には
『海の上のピアニスト』とか『シャイン』の方が
私の好みだったと言うか、なんと言うか。ちょっとだけ膝カックンであった。
もともとクラッシック好きなので、嫌いではないんだけどなぁ。

それしにても、主人公がナチスの迫害から身を潜めて生きる姿にはグッときた。
人間は……というよりも、生命をもつものというのは
どんな状況におかれても「生きたい」という本能があるんだなぁ……と。
生き続けたいという欲求、生きるために食べたいという欲求
生命を脅かされずに安全に暮らしたいという欲求。
当たり前のことを「さあ、どうだ」とばかりに突きつけられて
正直なところ、ちょっぴり戸惑ってしまった。

「生きたい」というのは本能なんだろうなぁ……

ナチスの将校と、主人公のピアニストが出逢う場面は、想像以上に良かったと思う。
芸術なんて、なくても生きていけるような気がするのだが
でも、やっぱり「なくてはならないもの」なのだと思う。
音楽も、文学も、絵画も……「人はパンのみにて生きるにあらず」ってところだろうか。

肩に目一杯、力を入れて観入ってしまったので、やけに草臥れてしまった。
物語の筋はわかっていたのに、それでも目が離せなかったのだ。
世界情勢が、なにかと物騒でいただけないだけに、余計に色々と考えてしまった。
とりあえず、殺したり、殺されたりってのは嫌である。たぶん、これも人の本能。

明日から、また1週間がはじまることだし、今日は早めに休むかなぁ。
そんなこんなで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2003年03月15日(土) 餌と食事。

白い木蓮の花の蕾が、ふくらみつつある今日この頃。
私にとって白い木蓮は、桜よりもチューリップよりも春を告げる花である。
その姿が好き。その散りっぷりが好き。夕日に染まる変容が好き。
ようするに「なんだか分からないけど好き」ってことなのだが。

友人が贈ってくれたワインを開けた。

思えばここのところ「食事」が「餌」と成り果てていたような気がする。
口から食べて、身体に栄養を摂取するという意味においては
食事も餌も、たいして変わりはないように思うのだが
その心がまえは、天と地ほどに違うのだ。

私の場合、食べることは、滅法好きなのだけれども
それでも物理的に忙しかったり、精神的に駄目駄目だったりした日にゃぁ
食事は「餌」と成り果ててしまえことが多い。
今日はひさしぶりに「食事」をしたように思う。
美味しいワインをいただくと「美味しいものを作ろう♪」と思うから不思議だ。
……単に酒飲みなのかも知れないけれど。

来週には、白い木蓮が花盛りなのだろうか???
今年は愚弟にデジカメでも借りてHP用に写真を撮るかなぁ。
↑あくまでも希望&予定。
とりあえず、そんなこんなで今日の日記は、これにてオシマイ。


2003年03月14日(金) その境界線。

気がつけば、ずいぶんと髪が伸びた。
昨年の春頃は大正ガールのようにパチッと切りそろえたボブカットだったのに
最近ではロングヘアーと言ってもいいような長さである。

「暑いから、もう切りたい」だの
「髪を乾かすの大変だから切りたい」だの
「髪が長いと肩が凝るような気がするから切りたい」だの
次々と襲いかかる「髪を切りたい病」を克服して、やっとこの長さになった。
……非常に感慨深いものがある。

しかし「慣れ」とは恐ろしいもので、最近は「髪を切りたい病」も息を潜めている。
そしてあれほど「ロングヘアーになったら、こういう髪型にしよう」などと
心ときめかせていたのに、いざ目標を達成したらば
そんな気持ちはどこかへ飛んでいってしまったらしくて
毎日、やる気のないヘアースタイルで出勤している。
「髪を伸ばしている」というのと「髪が伸びていっている」のとは、あきらかに違う。
今の私が該当するのは紛れも無く後者の方だ。
能動と、受動の境界線は、いったいどこにあったのだろう?

そして私は、どこまで髪を伸ばす……もとい放置しておくつもりだろう?

あ。もう7時を過ぎてしまった。そろそろPCを落とすさなくっちゃ。
そして私は今日も、やる気のない髪型で出勤するのだ……
とりあえず目標は達成したのだから良しとしよう。

そんなこんなで、つぶやいてみたところで今日の日記は、これにてオシマイ。


2003年03月12日(水) 心機一転。


HPをリニューアルしてみした。

「長いこと日記サボって心配してたのに、こんなことしてたんかい?」と突っ込まれたら
「いやはや。まったくもって、かたじけない」としか言いようがないのだが。
読書日記のログを、HPに移動させるのに、恐ろしく手間取ってしまったけれど
なぁ〜んにも考えないでの単純作業が、ちょうど良い活性剤になったと言うか。
理由もなく、身辺整理(?)をしてみたかった……と言うべきか。
ま。女も30を過ぎると色々と思うところがある訳で。
……とか、なんとかお茶を濁しておこうかな。

この日記も、まめに書いてゆきたいなぁ……などと殊勝なことを思ったりした。
書きたいことや、書かなきゃいけないことは色々あるのだもの。
毎日「いっぱい・いっぱい」な感じで過ごしていたらば
大切なことが、すくい上げた指の間からこぼれていってしまいそうな気がする。

もったいなや。もったいなや。

とにかく、そんなこんなで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2003年03月11日(火) そうしよう。そうしよう。

こんなに日記を書かないでいると、書きたいことが山のよう。
なにから書くかなぁ……やっぱ、とりあえず愚弟のことだろうか。
前々回の日記で、なにげに陰気な前フリを書いていることだし。

私は、けっこうキッパリ・サッパリ・シッカリ体質だと思うのだけれども
それでも、たまにはブルーになってみたりもするのである。
愚弟の怪我につきあってから、けっこう長いしなぁ。
ま。ぶっちゃけた話、ポリアンナのようにはいかないんである。
「どのあたりを探したら見つかるんですかね? 良かったってヤツは?」
などと、ひねくれたことを考えてみたりもするのだ。
相田みつをぢゃないけれど、人間だもの、しょうがないぢゃん。

まぁ、だからって、いつまでも悶々としていては仕方がない訳で。

あ〜だ、こ〜だと色々考えてみたのだけれど
とりあえず「愚弟の希望通りになるよう応援する」ことに決めた。
つらつらと思うだに、いま「いいかげんで諦めてくれないかな」と思っていたらば
きっと後で後悔しちゃうと思うのだ。
「あの時、応援してあげたらよかった」なんて思うのは嫌だし
愚弟から「姉が嫌がってるのを感じてたから諦めた」
……とか思われて恨まれるのはもっと嫌。
優しいとか、いい人ぶるとか、そういうノリではなくて
優雅な隠居生活に、陰を落とすようなことはしたくないのだ。相当本気で。

これから先、何年生きるのかは分からないけれども
たぶん何十年も生きていくだろう中で、後悔を引きずって生きるのは嫌なのだ。
自分ではどうしようもないような類の後悔なら仕方がないと思うのだが
「たぶん、そうなるだろう」と予見できることは避けて通った方がベターだろう。

そんな訳で、気持ちの整理はつきましたとさ……ってことで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2003年03月09日(日) 手抜きっぽくて「なに」ですが。

うっかり、1週間も日記をサボっておりますが
おかげさまで元気にしています。
この週末は『ロード・オブ・ザ・リング』などを
たっぷり、しっかり楽しんだりもして
日記ネタには、事欠かないのですが、手が回らくて。えぇ。

劇的に、哀しいこととか、大変なことがある訳でもなく
「幸せ過ぎてネットなんて、やってらんない」って訳でもないのですが
ちょっとサボりモードとでも申しましょうか……

とりあえず、今日「無事に暮らしています」ってご報告だけ。
近いうちに……ホント近いうちに、また。


2003年03月03日(月) 「………」な心境。

年明けに予定していた弟の手術が、なにげに延期になっているのだが
ふと次の手術の予定を聞いていないことに気が付いたので
乙女な母に次の手術の予定を聞いてみたらば、4月になったとのこと。
もう、延期になった攻撃も慣れっこになっているので
そのこと自体は、それほどショックでもなかったのだが
しかし「その次の手術は、ぢゃぁ、いつなんだ?」と気になったので
ふたたび、乙女な母に聞いてみたらば……

「次の手術は4月。その次の手術を受けるなら7月になる」とのこと。

あぁ……7月と言ったら、事故から丸2年ではないか。
流石に今回は、気が遠くなってしまった。
「それって、いつ決まったことなの?」と尋ねたらば
かなり前に決まっていたらしいのだが
私には時期を見て話すつもりだったとのこと。
「白蓮はショックかなぁ……と思って」と乙女な母。
あぁ。ショックだったよ。かなりのダメージだったよ>乙女な母

4月の手術は、どうしてもしなければならないための手術なのだが
7月の手術は「より指が動くようになるなる」のを目指しての手術である。
前々回の手術で、期待していたほどの効果が出なかったので
あらたに腱の移植手術という方法を模索してみよう……という事なのだ。
もちろん、移植したからって100%効果が出るかどうかは分からない。
ただ可能性はある……というとに間違いはないのだけれども。

乙女な母と話をしていたのだが、7月の手術については
今までとは違って、ちょっと複雑な思いがよぎるのだ。
医学は常に進歩しているから可能性に賭けるのは悪くないと思う。
だが、愚弟の社会復帰のことを考えると
そんなに長い間、社会から隔絶されているのは、どうかと思うのだ。
7月に腱の移植手術を受けれぱ社会復帰は秋以降になるだろうし……
「少しでも動くようになれば……」という愚弟の気持ちも分かるだけに
「それ以上は辞めておけば?」なんてことは言えないのだけれども
2年以上も社会から隔絶された生活を送るというのは、どうなんだろう?
今のところは、治療が終わりしだい
前の会社に復帰できることになっているが
あまり長くなってくると、その辺のことも心配だったりするのだ。

長い目でもって愚弟の人生を考えると
できるだけの事をした方がいいのかも知れない。
だが、それが本当に最良の道なのかどうか……
愚弟自身が、主治医や、会社と話し合って決めるしかない事なのだが。

私自身は、正直なところ「早く終わって欲しい」という気持ちがある。
愚弟が今の状態でいる限り、身動きが取れないだけに
私個人としては、そろそろ自由にさせて欲しいと思っているのだ。
それだけに、かえって口出しするのが躊躇われるのだ。

ま。とりあえず4月の手術は絶対に受けなきゃいけないのだから
それから先のことは、それから考えれば良いのだが
なんとも言いがたい心境である。
愚弟のことはともかく、明日からまた1週間がはじまるので
気を取り直して、今日の日記はこれにてオシマイ。


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