Art-Hanaの日記

2006年07月30日(日) 東山・・・、

比叡山から東山にかけて山の姿が濃紺に浮かんできた・・・、しばらくしたら薄っすらと、しらいできて、こんどは藍染色になって、山の形にそって淡い茜色が染まり、薄墨を刷毛で掃いたような雲が浮かぶ・・・、一刻一刻鮮やかに変化していく、まことしなやかな自然の色・・・もう二度と見ることもない今日の夜明けの色、その空間のなかに一緒にいてるわたし・・・このわたしの時間も二度とは来ないなぁ・・・。「是諸法空想 不生不滅 不垢不浄 不増不減」という般若心経の一説が不思議に浮かぶ。(綺麗なもんやなぁ〜神さんが創らはった京都の色やなぁ〜と・・・)ふっと手元の本を見て、気がついたらこんな夜明け前の時間になってた。いつも自分の部屋のベランダから見える景色なんやが、こんなに丹念に見つめてたんは久しぶりなことで、(この間からいろんな般若心経の本を読んでみてる)昨日は生命科学者の柳澤桂子さんの「生きて死ぬ智慧」というのを買うて読んでみている。般若心経はそれぞれいろんな解釈があるようやが、柳澤さんのは分かりよいように思える。それに挿絵(画)の堀文子さんの画がとても幽玄で美しい。この本ではないけど、人間生まれてきたら避けては通られん「四苦八苦」という意味が書いてあったんを、深く、はぁ〜!なるほど!と思って読んだんがある。わたしたちが世界でたったひとりの人間になっても絶対抜け出せないのが、生・老・病・死・の「四苦」で、他人がいる社会に出ればさらに四つの苦が増える。それが、� 岼κ摸ザ譟�(愛するものに別れる苦)�◆岷總�会苦」(怨んだり憎んだりする相手にあってしまう苦)��「求不得苦」(ほしいものが手に入らない苦)でここまでは納得できることばかりで、最後に上げられるのが、�ぁ峺溽樟攻譟�(人間の体と受・想・行・識で得たものが自分を苦しめる)なのです。人間には煩悩がある。つまり欲がすべての根元にあるから、眼・耳・鼻・舌・身・意・という感覚器官から得た情報だけで心ができて、さらに意識も間違ったものになるわけで、生・老・病・死にこの四つが加わるから「四苦八苦」というのやそうで。こんな深い意味があるとは知らんかった・・・!しかし、この「苦」「煩悩」があって、芸術が出来、文化、哲学、宗教ができた、出来るものとも思う・・・が。そうそう、何時ぞやの夏、祇園の歌舞練場で日舞の「東山」という舞を舞妓姿で舞った写真があったんで(絽の着物を着て涼しげで、わりあい気に入ってる)楽天ブログのプロフイルの画のところに入れてみた。



2006年07月18日(火) 祇園祭り〜

やれやれ日々の早いこと過ぎることで・・・、この間七月に入って祇園祭りの今年のお稚児さんやら何んやらの行事が八坂神社で始まったんをTVで見てたのに、もう今日は「山鉾巡行」になって、朝の九時から山鉾巡行をKBSのTVで見てた。今年は雨になって皆さん大変やったやろうなぁ、思う。クリーニングの数は何千枚になるとか・・・?。「祇園祭り」は貞観11年(869年)に全国に疫病が流行った際に疫病退散の祈願をしたものがはじまり。と云われてる千百年の伝統行事・・・今年も長刀鉾を先頭に32の鉾が四条通り河原町通り〜と巡行して行くのは毎年見ていて千百年の伝統を(TVを通しやけど)雅に感じられるんは有り難い思いで好いもんで・・・。この32山鉾は一山鉾づつ飾ってる絵柄は神教は勿論やが、仏教、キリスト教、イスラム教と、いろいろな宗教、世界の絵柄が取り入れてある。これを見ると、京都人の気性とも同じように似てるように思えてくる。古いもんを大事にはするけど、いつも新しいもん、好いと思うもんは、こだわりなしに挑戦していって取り入れる工夫を大事にしているように思う。昔の人のパワーには勝てへんなぁ〜!(こんなすごい文化の行事を絶やすことなく、ずぅ〜と守ってやってきたはる人々も偉い!)。歴史、文化、というのはロマンやなぁ〜。 しかし、いまの時代で皆々の何々が良くなるように・・・、皆共々の幸せのために、という皆々が力を合わた壮大に本気で願うたり、祈ったり、するような(文化を造るような)もの出来へん(造られない)なんやろか? 思うてみたりするが・・・。いまのところ辺り見回してもTV見ても、なんか他人との比較やら他人を意識してやらオレがオレが(目立ちたい?欲したい?)の不安そうな顔(貧相な顔)見え見えの人が多いなぁ〜、あかんなぁ! て、思うたり。いやいや、その内、ぼつぼつに、こらあかんと気付いて良うなって行くやろう。と、ふっと思うてみたり。



2006年07月02日(日) 細そう〜長ごう〜淡々と、

梅雨本番の雨模様の日やった。今日も「お湯屋(銭湯)」で90歳過ぎのばぁさまに会うた。コロコロ買い物手押しクルマにお風呂グッツを入れて来はる。このあいだ道で会うて「こんにちわ!」て云うたら「いやぁ〜こんにちわ!」て元気に挨拶してくれはって、びっくりしたんは買い物手押しクルマを押して歩いて行かはる速度が速い!  チャッチャッチャッチャのごとく・・・。ばぁさまは「お湯屋はん」では、いつものとおりお風呂グッツもって入って来はって座らはるところも大体きまってる。洗わはる順番、時間、も同んなじ、湯船に入らはるのも、いつも電気風呂に二回入らはる。ほんま気分良さそうに(極楽、極楽、の顔)で入ったはる。・・・ながめながら、ばぁさまの90?年、自分の身の丈に合うた生き方、淡々とした安らぎ、この京都、西陣辺りの、いつの時代でも自立して生きていってはる、ばぁさまの女性の人生の歳月・・・「毎日淡々と過ぎ行く変わりばえのない平凡なんが、実はしあわせの本質や」と、ある本で読んだけど、ほんまやなぁ〜と、細そう〜長ごう〜に願う「しあわせ・・・」についてちょっと思うた。  
近くにあると
どうってことないのに
遠く離れると
大きく見えてくるもの

ってなに?

それがまさに、

「しあわせだ。」

と、書いてあったんを思いだした・・・。


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