実はガッツリ一年遅れですが個人的な記録の為に出産レポを書きました。えあですこんにちは。 まあ既に大分忘れつつあり、細かいイベント時刻には間違いがあるかもしれませんが大体こんな感じって事で。ふんわりふんわり。
人様のお役に立つようなレポではないですが、お暇つぶしにでもなったら幸いです。
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秋ごろから妊娠中毒症(妊娠高血圧)を患っていたえあさん。 入退院を繰り返しながらも次第に病状は悪化し、予定日を3日前に控えた10月30日、とうとう3度目の入院をする事になってしまいました。 これまで尿淡白と浮腫のみだった異常な症状に、とうとう最も問題となる高血圧まで加わってしまいました……。診断されてからはそれなりに節制してたのになあ……。
もっとも途中で引っ越したおかげで産院がえらく遠くなってしまい、私一人のときに産気づいたらどーしようと真剣に悩んでおりましたので、それを心配しなくてもよくなったのは却ってラッキーかも知れません。 陣痛わかんなかったらどうしようって初産なら絶対誰しも心配になるよね……!
さて、そんな訳ですっかり見慣れた病室へと舞い戻り、検査以外にすることのなーんにもない暇極まりない生活を始めながら、そわそわと病院のベッドで産気を待ちます。 予定日二日前……一日前……当日……あれ。
予定日が通り過ぎても一向に赤子光臨の気配はやってきません。
前回までの入院中、切迫早産の兆候もあるとの事でぶら下げ続けていたウテメリン点滴、あれは一体なんだったのか。
まあ切迫のみで入院してた人も、37週(正規産)で追い出されたその後なんだかんだでしっかり40週まで持っちゃった☆ミってケースも全然珍しくないそうなのですが。解せぬ。
ただ、予定日を数日越えること自体はごく普通のことですが、私の場合、母体の状態が既に入院必至レベルに宜しくないわけですので、予定日の次の日から促進剤?を使うことになりました。 飲み薬を頂き点滴を入れ、病室のベッドが足りないとかでまだ陣痛のかけらも来てない昼間のうちに陣痛室に移る事になりました。
陣痛室は病室よりも一回り狭い保健室のようなお部屋でした。 お隣のベッドでは少しだけお産の進行が先を行ってるらしき妊婦さんが、いだいいだいと終始すごい声を上げていました。ひぃぃ。 数時間後の私の姿があれなのかしら。カーテンで仕切られてて姿は見えないけれど、誠実な状況はまざまざと伝わってきます……!
そしてその日の夕食後しばらくした辺りから、私の身にもついに、徐々に生理痛のような痛みが現れ始めました。 きた……きたぞきたぞきたぞ……! 痛みは時を追うごとに徐々に強まり、夜になると生理痛の重い時くらいの痛さになってきましたがまだまだ歩いてトイレに行ける程度です。廊下でお産を待っていた妊婦さんのお母さんらしき女性と少しおしゃべりをしたりする余裕もありました。
「あなたももうすぐね?」 「はい」 「ウチの娘も今がんばっててねえ……騒いでてごめんなさいね」
お隣さんのお母様ですか!
じわじわじわじわと進む陣痛。深夜には、寝れるかなこれ……という痛みに発展する中どうにか就寝するも、朝にはそろそろ辛抱たまらん感じになってまいりました。
陣痛痛い。まじ痛い。
ほんとそれしか出てきません。リアルに声も出ない痛みというものを不肖わたくし人生で初めて体験しました。痛い間は本当に何も出来ないのたうち回るだけの芋虫と化します。 無論、壮絶に痛いものだとは聞いていましたからここまでとはとは思いませんでしたがさすが陣痛先輩さすがやでえって今だからボケられますけどいやこれ何なの、痛みって身体に発生した不具合を知らせるアラートでしょ、お産という生命としてごく正常なルーチンの中にこの常軌を逸した痛みサブルーチンに入る必要がどこにあるわけなんなの馬鹿なの身体って馬鹿なの。 まじこの糞仕様書いた馬鹿小一時間問い詰めたいわ。
ただ陣痛には波があるのが救いです。
1分!1分堪えればァ!!5分休めるッッ!!!
痛みが始まると時計を睨み据えて痛みが去るのを待つ。そしてしばしの休息をむさぼる。ただただそれだけを愚直にこなすのみです。 朝食も、今これを食わなきゃ今日という日を乗り越えられない……!!という義務感に駆られ、1、2回中断を挟んでガガッと完食しました。
ただただ時間が過ぎるのを願い続け、お昼の少し前くらいの辺りで分娩室へと移動しました。分娩台(変形前)に乗ってそこでまた待機。 あ、分娩台って変形するんですよ。ベッド形態から出産形態に変形します。それはまた少し後に。
このときのえあさんは、分娩室にやってきたんだからもうそろそろ産まれるのだろうと途切れ途切れになる意識の中で安堵と共に思っていたのでした。
しかし。
甘かった。
ようやくラストバトルの幕が開き、強大なラスボスが光臨し始めたところだという事実にこの時のえあさんは全く気付いていなかったのでした。
分娩台にて助産師さんから何回も内診を受けますが「まだまだねー」とその場で放置。えええ。まだまだなの。これまだ続くの。いつまで続くの。もしかして安堵した私が早とちりだった系ですか!?と、七転八倒しながら現実を徐々に悟り始めます。
出産とはこれまでの人生で体験したことのない苦難の時間でした。 陣痛も痛いんですが何故か腹に巻かれたモニターがやたらと痛い。マジックテープが素肌に当たってるのかきついのかよく分からないけど痛い。常識的に考えればその程度の痛みが陣痛に匹敵するわけない気がするんですが、なんか精神的なとげとげに上手く引っかかってしまったかのようにたまらなく痛いのです。陣痛の合間にモニター痛いお;;と訴えてぎりぎりデータが取れるか取れないかくらいに緩めてもらいましたが緩めすぎたか陣痛きてるのに弱めなうちは数値が振れてなかったりとか微妙にあった気が。いいのかなこれ(自分で訴えたくせに)。
しかし私にとって最も辛かったのはモニターでも陣痛そのものでもなく、いきみ逃しでした。
出産未経験の方にはおそらく理解の困難であろう感覚なのですが、出産時ってなんかもう身体が「中身出したい!!!!」って全力で叫んでるんですよ。もうとにかく出産したくて自然に下半身に力が入っちゃうんですね。うんこ出したい気持ちに似てると聞きますが私的には似ているような似ていないような……という感じでした。
ともあれ子宮が収縮すると母体は勝手にいきんでしまうわけですが、中途半端にしか子宮口が開いていない状態で力を入れれば狭い所に無理矢理赤子を突っ込む事になり、赤子さんがママの膣で窒息するみたいなエロゲにすらならねぇ状況になる訳で、時が来るまでいきむのを我慢しなくてはなりません。 それがいきみ逃しという訳なのですが……これがもう辛い。 これは最早人間の三大欲求にすら並ぶ、あるいは超越するもの凄まじい生理的な欲求なのです。性欲に遥かに勝り食欲にすら勝り極限の睡眠欲とタメを張る、そんな生命の限界ギリギリを衝くような抗い難さが陣痛と共に繰り返し繰り返し襲い来るのですが我慢しなくてはならないのです。痛みがせり上がってくる時はクロールで泳ぐように夢中で手を掻き痛みの波に乗り、最高潮時は手足を震わせ言葉にならない悲鳴を垂れ流す謎物体と化しました。
なんていうか もう はやく うみたいよほおおおおおおおお
と、格闘してもうどれくらい経ったでしょうか。分娩台から時計は見えてたんですけどよく覚えていません。たぶん19時か20時くらいではなかったかと思います。
「んーじゃあいきんでみようかー」
内診を終えたベテラン助産師さんが、唐突にそうおっしゃいました。 えっいいの!? 先生いないのに!? ってか絶対産まれないって分かってるけどとりあえず私を納得させる為に言ってますよねそれ!? いや私この状況に納得してないわけじゃないのよ!? 頭では! 声の軽さがまさに「出せるものなら出してみればー」みたいな感じだったんですが、いきんでいいならいきみますよ!! いいって言ったんだもんやっちゃうよ!! ふんぬー! ふんぬー!
はい出ませんでしたー。
「まだまだねー」 そんなこったろうと思った!!
合間合間にそんなサブイベントも入ったりしましたが、分娩室在室中は基本放置プレイでした。時折思い出したように助産師さんが内診にやってきては去っていきます。相方氏はずっとついててくれていましたが押してもらうと楽になるポイントというのが私はいまいち見つからず結局最後まで二人で四苦八苦という感じでした。苦労をかけたのう……
相方氏も私と一緒になってずっと飯を食っていない様子で、かつ私の食えなかった昼飯夕飯がナースステーションに飾られてるよ☆ミという至極どうでもいい情報を聞いていたので、陣痛と陣痛の合間を縫って気力を振り絞り、
「相方氏に食べてない私の夕飯をあげてくださいぃー!」
とお伝えしたのですが残念ながら相方氏は食わなかったようです。 この一言言い切るのも結構努力が必要だったのに! 遠慮せず食えよ! 勿体無いな!
在室時間が長かったものでカーテンで仕切られた他の分娩台からの他の妊婦さんの「ほぎゃあ」「おめでとうございます」の記念すべきイベントを全部で4回も聞くことになってしまいました。結構長く苦戦していた同志も多かったですが、早かった人は30分くらいで終了して羨ましいなおめでとう!
そんな妊婦さんたちの中でなんか一名、ずっとうんこ出る出るトイレ行っていい?ダメ?ダメなの?あっ出る出る出た出ちゃったよせんせいうんことか言ってた人がいました。私もひょっとしたら出てたかも知れないので笑えませんが(出産の場ではたぶん普通の事ですし)、よもやのうんこうんこ連呼はちょっと気持ち的には和みました。出産現場おもろいな。
当時の私は出産の痛みのピークがどこかというのは勿論知りませんでしたが、今思うと分娩室以降はずっと同じような痛みであったように思います。変わらぬ激しい痛みといきみ逃しと放置プレイとの戦いで時間感覚も薄く、メモを取れる訳でもないので今となっては曖昧ですが、この日はいつの間にか相方氏が来ていて、たぶん昼ごろに実家から母と妹が来ていて(という話を聞いて)(配偶者以外は立ち合い出来ないので会えてない)、遅くなるから一旦帰って、また夜に再び母が来た(という話を聞いた)と外は外で大忙しだったようでした。 会えてない、とつい数行前に書きましたが、実は一番出入り口間際の台にいたので相方氏の出入りついでに一瞬実母ともご挨拶したのは先生たちにはないしょです。
しかし何事にも終わりは必ずあるものです。明けない夜などありません。 21時ごろの内診で、「今日産まれるのは確定なんだけどねー」というコメントに勇気をもらい、えあさんは残された力で最後のひと頑張りに入りました。 やがてにわかに周囲に人が多くなり、そろそろ先生呼んできて、という声が聞こえてきました。放置プレイ解除の気配!
苦闘10時間超、最終局面やっとキターーーーーー!!! 長かった!! ラスボス戦超長かったーーーーーーー!!!!
変形する分娩台。足を乗せる台ががしゃこんと開き、強制くぱぁされる形になっていよいよ臨戦体勢に入ります。 先生もやってきていきみの許可ももらい、ばつん!と噂の会陰切開をされてラスボス(最終形態)との戦闘開始。あ、会陰切開は痛いと聞いていましたが私の場合はされたのは分かりましたが他の痛みに紛れて痛みは特にありませんでした。
切り開いたアソコをおっぴろげ、満を持してふんぬーふんぬーといきみます。 が、予定日過ぎても出てくる気配のなかった赤子氏、やっぱりまだお腹の中でのんべんだらりとしていたいらしく中々出てきません。 折角出口広げたんだから出ましょう!? ね!? ね!?!?
「ほらいきんで! はい休んで! 痛い!? 今痛くないでしょ!?」
いやいやそれ絶対モニターずれてるよ! 数値おかしいよ0なわけないだろ! Maxじゃないけど十分痛いよ今!(注:私がいちゃもんつけた所為です) と思った所で勿論言い返す体力などなくこっちはヒーハー言ってるだけですがとにかく踏ん張っても頑張っても中々赤子氏出て来ない。
いきんだり吸引を行ったり看護婦さんたちが乗りかかる感じで腹を押したりとパーティー全員の力を結集した全力での戦闘が続きます。ってか腹押すのか!! 10ヶ月の間いたわり護り続けた妊婦の腹全力で押すのか!! そんな絞り出す感じでいいもんなの!? 出産の現場まじ衝撃の連続!!!
みんながみんな揃って奮闘するその最中。先生が看護婦さんに一言告げました。
「次出て来なかったら○○先生呼んで」。
えっ? 反射的に私は思いました。
それってもしかして緊急帝王切開フラグ?
もしかしたらそっちのベテラン先生の方が吸引が上手いとかまだ平和的な理由だったのかもしれません。が、帝王切開でも最早不思議ではないのかもしれません。とにかく私はそう思ってしまいました。
ここまで陣痛の痛みに耐えた挙句に切腹とかそんなフルコース嫌でござる嫌でござる!!
ここまでも全力でしたがハラキリの恐怖に怯えた私はここで100%中の100%の力を振り絞り、内心で叫びました。
○○ちゃん(決めてた名前)、出ておいでーーー!!!
もういきまなくていいよ、という声が聞こえました。
そして、ずりゅっ、と何かが出て来る感じがしました。
とりあえず、暫くの間私は外界の情報を満足に仕入れる事が出来ずにただただぜえはあと息をするばかりでした。これが100%を超えた報いか……。ってさっきからネタ分かりますかねこれ。
まあそういう小ネタは置いといて、呼び掛けても反応の薄かったらしい私の目の前に赤くて小さな物体が差し出されました。 胸の上に乗っけられるように置かれて。 初めて私は嗚咽の為の息を吸いました。
ああ。
何て小さい。
そして、
生まれた時は皆ガッツ石松だった、という名言は正しかった。
うん。ガッツ石松だぁ……。
陣痛は終わったとはいえ満身創痍、身体中痛かったに違いないのだけど、その時はそんな痛みなんて超越していました。 ガッツ石松似の顔が可愛いとか可愛くないとかそんな感想すらもなく。
ただ、ただ、目の前にいる、ほえ、と泣いてすぐに泣きやむか弱い存在が愛おしくて仕方ありませんでした。
やっと会えたね……
という感動に浸るのもつかの間。後産の処置という難関が残っていました。 後産とは胎盤諸々を娩出することですが、普通は割と勝手に出て来る物のようなのですがこれがまた例によって出て来ない……。
というわけで出すものを物理的に引きずり出すべく先生の腕が今赤子が出てきたところに入ります。
あっ先生麻酔なしで臓腑の中に腕入れちゃう? 器具入れちゃう? なんかお腹の中で引きちぎられてる感満載ですけど大丈夫? それあかんやつとちゃう?
最初は疲れてたのもあって「出産を終えた私に最早堪えられぬ痛みなどないわ……」とでも言った風になすがままでしたがコトを終えたばかりの腹ン中をぐりぐりぐいぐいぐいごりごりごりってちょっおまっ(先生)痛すぎて変な半笑いがでてくるわおいいィィ!?!?
……陣痛の痛みは忘れる、という先人の言葉通り、陣痛その者については今やもやもや記憶が薄れておりますが、胎盤引きちぎられる痛みはなんか思い出そうとすると腹がシクシク痛む気がするので忘れてないんだと思います(震)
後で聞いた話ですが全ての処置を終え、血塗れの先生と対面した家族は大層ぎょっとしたそうでした。 その前に「ちょっと出血が多いので止まらなかったら輸血するかも」的なお話があってその時点でぎょっとしていた所だったようで、腕から何から血塗れヴァーな先生の姿は中々のインパクトがあったようでした。 結局出血は1000ml以上ありましたが輸血はせずに済みました。ヨカッタヨカッタ。
お産終了後、助産師さんがいいよと言ったので分娩室におにぎりとイオン系飲料を差し入れて貰いました。再びドアからこっそりと実母と対面してご挨拶。赤子は新生児室で無事にスヤァ中だそうでした(後で動画を見ました。産まれたて動画を気軽に取れるとかいい時代になったのう) 有り難くおにぎりを頂きます。 終始夢中過ぎて空腹など全く感じておりませんでしたが、大仕事を終え食った飯は大層旨かったです。
その姿を通りすがりに助産師さんが見て言いました。 「あ、妊娠中毒症だからそのジュースは駄目」
�瑤┐辰泙逝面椶覆痢�?
その後一時間か二時間か、はたまた30分くらいだったか最早分かりませんが、少しの間分娩室で休んだ後、分娩室隣の管理室?という名の通り道のような部屋?に移り、ようやっと全てが終わった心持ちになれました。
今この時こそが、本当の戦いの幕開けであることに、まあ当然ながら感づいてはいたものの、全身全霊での戦いを終えた戦士はひと時の安らかな眠りに落ちるのでした。
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