皇帝の日記
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出発前夜に日本酒2合飲んだら酔っ払って、足の小指の内側を深深と風呂場で切ってしまった。 酔いの覚めた今となってはもう、何処をどうしたらそんなところが負傷するのかわからないのだが、爪も剥がれかけている。 ハラーン。 何したの・・・酔った私・・・。
出発日は朝から津田沼線が運休。 足から血を吹きながらJRまで歩く。 早くも波瀾の予感が。 兄貴に見送られ、飛行機の搭乗口に行くと、なんだかとっても不吉な音が耳に届く。 この刺すような激しい言語、耳慣れたようでいて、けして馴染むことができない、他者を廃絶するかのような音。
上海語。
ですね。 ふふ。 そう、おそらく成田経由ダラス行き、上海発のお客様の群れが待ちうけていたのです。 ああ、神様、とことん私が嫌いなのね・・・。 予想通り、機内は難民キャンプ状態。 上海人の特色として、子供が泣こうがわめこうが放っておく。 嫁が騒いでも放っておく。 あっちの子供が泣き止めば、こっちの子供が泣き出す。 持ちこみの肉は貪り食う、淡は切る。 人が隣で寝てるなんて、まるで千里の彼方の出来事のように振舞われる。 ふふふ。 傍若無人なんて、辞書無しでは書けないお言葉が浮かびましたわ。 それが、全くわからない言葉で騒いでいるとしたら喧しいな、ですんだかもしれない。 だがしかし、「後三十分我慢したらトイレにいくわー」だの「乾燥するから鼻がつまって手鼻がかめないわー」だのが一々聞こえてきて私の突っ込み精神を刺激する。 上海語特講など取らなければ良かった・・・。 語学をやって後悔したのは始めてのこと。 全く眠れぬ時を過ごし、ダラスへ。
さすがに世界一広い空港。 無駄に歩いて足の傷も広がる。 厳重なアメリカン・エアラインのセキュリティ・チェックを抜けるとそこはテキサス人の山でした。 テンガロン・ハットにカウ・ボーイ・ブーツ。 シャツの裾を薄い色のジーンズにきっちりと入れて、袖を捲り上げて腕毛をさらす男くさすぎる男ども。 隣のおっさんはやたら話し掛けてくる。 ジュンコという日本人が十数年前におっちゃんの家にホーム・ステイしていたとかで、延々とそのお話。 今ならジュンコの伝記が書けます。 東芝でマネージメントをしているジュンコのことを。
家に着いたら時差ぼけで転がっている両親。
波瀾のヒューストン篇再開。
そんなわけで、祖母宅にいる。 祖母のパソコンは、タッチパネル式なので、なれないと入力に時間がかかります。かかりますので、何だか動きも文体もかくかくしてしまいますよ。 かくかく。 キーボードもあるみたいだけど、どこに接続するのか不明。
帰りの便もダラス空港経由なのだが、世界最大規模とわかりにくさを誇る空港で入国審査という、できれば一生あいたくない目にあってしまう。 嫌だ。 嫌だとか何だとかではなく、本当にこのビザで入国出来るのかなあ。
とりあえず、入力しづらいのでこれで。
| 2003年01月27日(月) |
兄がカレーもどきを作った |
兄が生ビールのホームサーバーを買ったので、飲んでいる。 大体帰国初日の葬式というのは飲みなしでは語れない。 それから一日もあけずに飲んでいて、さすがにまずいと思っている。 肝休日を設けなければならない。
新しいビザが届いたので、予定通り水曜日の便で帰ろうと思う。 明日千葉の祖母宅に行って、成田に少しでも近寄ろうとしている。 そのようなわけで、しばらく更新が出来なくなる。 でも生きているのでご心配なく。
千葉に行ったら銚子の新鮮な刺身でまた飲む。
それにしても日本に来てから体重が2キロ減。 審美的にはOKだろうけど、生物的にはあまり日本の風土が合っていないのではないだろうか。 とりあえず酔ってるので寝る。
| 2003年01月26日(日) |
牡羊座はいばりんぼう |
そのようなわけで全身筋肉痛になりながらも、延長された滞在期間を日本満喫に費やそうとして、特に何も出来ずに床屋に行った。
実はおかあたまが江戸っ子の気迫でざっくり切ってくださったのですが・・・ごめん・・・気にいってなかったの・・・。もう飛行機に乗っちゃっただろうから言うけど・・・。
とりあえず、近所に新しく出来たおしゃれ系の美容室に行ってきた。 喪服で。 ええ。 私の喪はまだ明けなくてよ。
縮毛矯正をかけたら、二、三日耳に髪をかけたり、縛ったりしちゃいけないと言われた。 シャンプーも一週間はするなってさ。 ワンレンだから、耳にかけちゃいけないって凄い辛い。 貞子みたい。
喪服貞子。
最強。 最凶。
実は面倒くさいことになっている。 面倒くさいので詳しくは説明しないが、ビザの問題があって、日曜日の便では帰れなくなった。両親だけ日曜日に帰り、私は早くて水曜日の便になるらしい。 今学期は卒業できないんじゃないかって気すらしてきました。 免許もいつ取りにいくのやら。
慌てない慌てない、一休み一休み。
もう二年も一休みしてんだし、まあ焦ってもアメタイ(米国大使館)が何かしてくれるわけでなし。
とりあえず本腰入れて冬服探しますか。
まだ喪服だ。 黒いので猫の毛が付くと目立つ。 初日はパジャマもなかったら喪服のまま寝ていたが、さすがに寝巻きは発掘した。 選択肢が広がったように見えて、ちっとも本質は変わっていない。
宰相と愉快な仲間たちと会ったりした。 偶然同じ駅に用事があって。 運命の人だからこういう時によく会う。
帰りの電車の窓ガラスが走行中に砕け散ったので、最寄駅の隣で止められて焦った。 今朝は地震もあった。
たまに帰国したら滅多にないことオン・パレードでむしろ笑える。 笑うことを忘れずに生きてゆきたいと思った。
だってうちの風呂壊れてる。 笑うっきゃないでしょう。
今日はおたおたしている。 前回帰国した時は夏だったから、冬服を全てしまってしまっていておたおた。 飛行機に乗り込んだときからずっと喪服を着ていておたおた。 朝雪が降っていておたおた。 体重をキログラムで量ってみておたおた。 車が右ハンドルでおたおた。 猫たちが、テキサス州動物アルマジロくらいの大きさに成長していておたおた。
おたおた。
雪の中で喪服。 幸薄そう。 おたた。
直行便の切符が取れなかったので、ダラス経由でした。 薄々感づいてはいましたが、家を出てから成田まで17時間。 直行で式場についたときには半死半生です。 というか、死6:生4位で死の方がまさっていました。 家に帰って布団の埃を払う間もなく寝込みました。 ですますになるくらい疲労たまります。 おかげさまで本日は時差ぼけもなく爽快に目覚め。
目覚めてみれば、日曜日にはもう飛行機に乗り込まなければならない現実と、(花福が荒らしたらしい)ごみためと化した我が部屋の掃除が待っておりました。
それにしても寒いです。 パソコンの部屋は暖房がつきません。
床屋にでも行こうと思っていましたが、そんな時間もなさそうです。
身内に不幸がありましたので、一週間限定で緊急帰国することになりました。 しかし、期間が短いですし、再びこちらに帰る時のことを考えて時差ぼけを治す気がないので、帰ってもお世話になっている皆様にお会いできるかどうかわかりません。 ご了承をお願いします。
でも明後日今ごろは日本にいることでしょう。
| 2003年01月19日(日) |
マーチン・ルーサー・キングの日 |
今日の「ねこめくり」の白猫は顔が短毛種で身体が長毛種。 激レアだと思うが雑種なんだろうな。
私の部屋の前の道路で子供等がよく騒いで遊んでいる。 五月蝿いとは思うが、騒いでいる言葉が英語なので適当に流していた。 ところが、今日はやたらめったら五月蝿さが耳につくので何故?と窓からのぞいてみると、金髪の子供等に混じって黄色い子供が一人。 ママが出てきて「ご飯よー」と呼んでいる。
あ、日本人か。
たとえ子供が英語を話していても、周波数が合っているので音を拾ってしまうらしい。 言葉の不思議。
皇帝

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