皇帝の日記
目次もくもく|ぶらり過去旅|ぶらり未来旅
半分引っ越しって、死ぬ程面倒くさいんですよ、奥さん。 (て、前回の引っ越しのときも言ってた言ってた)
何せ、今使ってる物は置いておいて、要らないもの(というか、要る物なんだけど)だけをパックして持ってってもらう。 ということは、何が要る物で、何が要らない物なのか、判断できるのは自分たちだけ。
義父母がお手伝いさんを3人もよこしてくれたのだが、なんも考えていなかったので、果てしなく手際の悪い指示。 そして、何故かものごっつでっかいトラックをレンタルしてるよ、この人達・・・。 ウォルマートの搬入ですかってくらいでかいよ。 ああ。 せめてトラックの半分埋まるくらいは入れて返さないと、もったいない。
というわけで、あれもこれもコーヒーテーブルも、イサムさんのおもちゃも一箱分。 冬服も送っちゃえ。 あーあと何が送れるか。 うーんテレビの台とか・・・うーん本棚とか・・・うーん・・・うーん・・・。
中々埋まらないトラック。 微笑みのまま待機のお手伝いさん達。 あうー。
結局、トラックの丁度半分くらいで良いお時間だったのでサンタバーバラに帰ってもらいました。 次回は8月の終わり頃でお願いします。 よろ。
そして、今日は搬入された先で梱包を解いているらしく、「あれはどこに置くの」コールが鳴りっぱなし。 段ボールに指示を書いておけば良かったんだけど、そんな暇もあらばこそ。 何故このタイミングで来た。 いや、言っても仕方がないな。 ふう。
おら、ジャバ夫さんと結婚すると決めて日本から出てくる時の引っ越し(まだ実家に荷物残してるから、完了してないし)、アメリカですぐ引っ越し、また今のアパートに引っ越し、今回の引っ越し。 引っ越し祭りだよ。 引っ越し嫌いなのに。 でも頑張ろう。 おー。
近頃gooが突然ユーザーを裏切って暴走したり、西院ネットがいつも通り裏切ってくれるもんで、エンピツ(この日記)のサーバーに一時アクセスできなかった時に、ものごっつ焦りました。 良かった。 データも飛んでないし、いつもと同じ無愛想なエンピツのままだった。 そのままのあなたで居て。
ところで、ジャバ夫さんは文末に「〜か?」をつければ、日本語は疑問系になると思っているので、かなり頻繁に「か?」と言われる。 まあ間違えではないので放っておいたが、実際の会話の中で「か?」って言われる事、そんなにあるだろうか?
今日は家の半分の物を引っ越ししたので、ヴィリニュスを更新して寝ます。 ナイナイ(グッドナイトの幼児語)
そんなわけで、イサムさんとディラン君を連れて、動物園に行ってきたのだ。 イサムさんの目的は、大好きなキリンさんを見る事。 ディラン君のお気に入りは、お猿さんとライオンさん。
というわけで、的を絞って突撃。 なにせ、サンディエゴ・ズーは巨大なのだ。 丘二つ分くらいある敷地に、できるだけ柵を目立たせない設計で動物を点在させている。 園内を、バスがグルグル回っていて、歩きたくない人や歩けない人にも楽しめるようにできている。
キリンさんは柵が大変低く、首を伸ばして食べれる高さで、柵ギリギリの位置にワラをぶら下げてあるので、ものすごい近距離でもっちゃもっちゃ食べてる様子が見えたので大満足。 というか、イサムさんが目を輝かせ食い入るように見ていて、暑い中頑張って行った甲斐があるというものです。 そして「Dog, Dog, Dog.........」と呟くイサムさん。 犬ではないよ・・・・。
その後、何を見てもDogと呼ぶイサムさん。 サイやフラミンゴなど、ロッキー的でない物までも。 君の中で、人でない物は全てDogか。
猿は色んな所で色んな種類の猿が居たので、結構見れた。 だが、昼寝真っ最中のディラン君。 ほとんど見逃してしまった。 く・・・。 赤子を満足させられない悔しさ。 しかし、どうしようもない。
奥にある、目玉のシロクマさんはお昼寝中で、あんまりサービスしてくれなかった。 ずっとお尻を向けたまま、うつぶせで寝てただけ。 まあこれもいたし方無し。
パンダはあまりに行列で、見るのは断念。 妊娠中のパンダが居るんだそうだが、妊婦なのにお仕事大変だ。 ジャバ夫さんが「パンダの妊婦って日本語でなんて言うの?パンプ?ニンダ?」とずっと聞いてた。 面白いから言わせておいた。 「パンダの妊婦」という熟語がある国ってなんですか。
そんなわけで、かなり満足な動物園体験。 赤子のコンディションを考慮に入れ、3時間で退園。 ディラン君のお爺ちゃんとお婆ちゃんは、動物園のフリーパスを持っていて、一日おきに朝ウォーキングに来ているんだとか。 動物を見ながらの散歩、面白そう。
予定では、昨日ロスに戻っている予定だったのだけれど、動物園に行こうと誘われて、まだサンディエゴ。 今回、雨を降らす事もできず、雨女の名を返上することに。
ディラン君の1歳の誕生日は、それはそれは立派なものでした。 韓国では1歳の誕生日はとても特別なものだそうで、大きな結婚式ばりの規模で100人以上の招待客が。 会場は地域の住民の為に解放されているプールサイドを一日貸し切りで、子ども達にも大受け。 韓国料理を中心に、バイキング方式のご馳走は食べきれない程用意されていた。
メインのイベントは、ディラン君が将来何になるかを決める、物選び式(正式名称不明)。 テーブルに置かれた、各職業のアイコン的な物(医者なら聴診器、学者なら鉛筆、銀行家ならお金等)を、ディラン君が選び取るのだ。 招待客は、事前に結果を予測して、票を入れておく。 見事あてた人は、抽選で記念品がもらえるのだ〜。
盛り上がる会場。 皇帝が予想したのは、お医者さんになる聴診器。 だって、いかにも赤子が好きそうな、魅惑の形をしているじゃありませんか。 ジャバ夫さんも、「イサムの友達に医者が居たら便利だから」という世俗の理由により、医者を選択。
結果、見事聴診器を選んだディラン君。 やふー! 更に抽選をも当てたジャバ夫さん。 スターバックスのコーヒー券をもらった。 やふー!
そして、食べまくる。 イサムさんは、大勢の子ども達に一気に会うのが初めて。 うまく遊べるかなー、と見ていたら、普通に遊べてて安心。
水鉄砲を持った、3−4歳の子どもに囲まれた時は、絶体絶命(!!)なイサムさんだったが、子ども達もさすがに「なんかこの状態はおかしい」と思ったらしく、水鉄砲発射にはいたらず。 どうするのかなー?と思って観察してたら、お姉さんポイ女の子が「Can I shoot you?(撃っても良い?)」と聞いた。 ほう。 そう聞くのですか。
もちろん、イサムさんしゃべれませんから。 黙っていたら、もう一人の女の子が「きっと丸腰の人を撃つのはフェアじゃないんだ」と考えたらしく、イサムさんに水鉄砲を渡した。 おお、これでイサムさんを撃つ正当な理由が!
・・・できる筈も無く。 水鉄砲の使い方を知らないイサムさん。 ものすごく困った様子で、立ち尽くしています。 そして、まだ包囲を解かない子ども達。
どうするんだ。 アメリカの子ども達よ。 はらはら。
どうやら緊張感に耐えられず、バラバラと散らばって行く子ども。 しかし、最後に3歳くらいの女の子は、イサムさんの至近距離に寄って行き、腹を撃った! なんという冷徹な女! きっと将来はCIAエージェントだ。 あ、イサムさんは平気でした。 水も冷たくなかったし。
そんなわけで、韓国料理満喫な一日でした。 ディラン君1歳おめでとー。
ディラン君の誕生日なので、明日からサンディエゴに行くのである。 戻りは月曜日。 のんびりしてくるざんす。
旅行記も、帰ってからのろのろ更新していきます。 ありがたいことに、読んでくれている人々がいるので。 なむなむ。
さて、イヤイヤ期のイサムさん。 本日は午前中皇帝の病院に連れて行ったら、医者を見るなりエビ反りになって大泣き。 「ドクター!オーノー!」 と、初めて文っぽい事を言ったんだが、偶然かもしれないので喜ばないでおこう。 というか、母は君の泣き声で、さっぱり医者が何を言っているのかわからなかったよ。 問題の症状は、例の微熱と、明け方の咳他色々。 とりあえず前回レントゲン検査で異常無しだったので、結核とかではないようです。 じゃあ何?
というわけで、血液検査。 いつも血管が見えないで苦労する皇帝だが、今回の看護士さんは一発で採血できた。 痛いのには変わりないけど。
ほんで、意気揚々と家に帰ったら、午後また看護士さんから電話で 「採血が足りなかったので、もう一回採らせてください」 とのこと。 なんと。 結局、これも注射一度で血管に命中したのだが、結果は二カ所刺されたので、プラマイ0だな。 というか、もう一回病院まで行ったので、マイナス。 次回この看護士さんにあったら気をつけよう。
サンタバーバラからロスに戻って。 とりあえず、下の方で旅行の記録も更新中。
帰ったらまず、白米を炊いて食べた。 はー、やっぱり白米ですよね。 もむもむ。 そして、時差ぼけのせいか、とても眠いのに、朝はとても早く起きてしまう。 もう、これ書いたら昼寝する。 決めた。
そういえばイサムさんは、留守の間に蕁麻疹が出たので、病院に行ったらしい。 背中と首のあたりに、まだポツポツと赤いのが出ているが、痒いのは収まっているので、特に機嫌の悪い原因にはなってなさそう。
しかし、機嫌の悪いイサムさん。 皇帝の太ももをガブ!と噛んだので「ぎゃああ」と叫んだら、何故か「うわあああああ」と泣き出す始末。 こらこら、噛んだのは君だろうが。 そして、痛いのは母。
義母の話では、ジャバ夫兄弟も2歳を待たずにイヤイヤ期に突入し、2歳になる頃には、また良い子に戻ったんだそうな。 これから2歳までこの状態かあ。 うーん。
そう、昨日はアメリカの独立記念日だったのでした。 7月4日に産まれて。
トムクルーズつながりではないが、トムとキャメロンの新作「knight and day」を観に行った。 やっぱりね、トムは絶対コメディーが似合うと、前々から思っていたよ。 彼はとても輝いていたわ。
ところが、キャメロン・ディアスの方は、もうすっかりお婆ちゃんに。 顔はしわくちゃでやせ細っていて、骸骨が微笑んでいるような有様。 体も、一応サービスなのかビキニ姿を披露するも、残念ながら筋肉質なのだけが伝わるボコボコっぷり。 滑らかなラインが一切無い。
かつて学生とのワークショップで 「何故あなたはナイスバディーなの?」と言われて、ぶち切れながら「私はお腹いっぱいご飯を食べた事が、一度も無いの!一度もよ!!」と憤慨していたそうだが。 その結果がこれですかい。 まことに残念な。
しかし、映画自体はエンターテイメントに徹して良かったのでお勧め。
サンタバーバラではパレードがあり、夜はヴェンチュラとカーペントリアとサマーランド、サンタバーバラで花火が打ち上げられた。 山の上に居るので、その全てが海岸線上で並んで観れて、面白かった。 各街の財力の差が、花火の規模に見える。
そういえば、リトアニアの首都ヴィリニュスには年に一回4月1日に独立宣言をするウジュピスという小区画があり、その日はパスポート無くしては通行できないんだそうな。 独立の原因は、この地区に十分な行政援助が回って来ないから。 ふーん。
イヤイヤ期のイサムさんも、十分なケアが両親から与えられていないとして、独立宣言をしているようだ。
イサムさんに久々に出会ったら、大変喜ばれ、おでこをグリグリとこすりつけてきました。 なんということだ。 可愛過ぎて死ぬ。
そして留守中にイヤイヤ期に突入したらしく、なんでもかんでもイヤイヤして、泣きわめいている。 泣けば良いと思って。 あとは、義父が自分の食べてる物をそのままあげていたらしく、チョコレートでもポテトチップでも、なんでも食べていいと思っているらしく、義父が食べてるともらいに行っている。 まあ良いか・・・ふ・・・。
さてリトアニア。 詳しくさかのぼっては後ほどロスに戻ってから書こうと思う(メモを忘れた)。 首都ヴィルニスと、近郊のトゥラカイに行ってきたのだが、だいたいは地球の歩き方を参考にすると写真もあってわかりやすいので、次回の休暇に興味を持たれたら是非見ていただきたい。
結論から言って、大変お勧めの街。 プラハより良かった。 日本で異国の街を歩き回る番組をやっているが、あの雰囲気が存分に味わえるのである。 観光客も多いが、だいたいロシアやドイツ、ポーランドからの人が多くて、「ひゃっはー!」という感じのアメリカ人が居ないのが良いと思う。 あの人達が居ると、どこでもディズニーランドになっちゃうので。
街の造りは、12、3世紀になるまでキリスト教国にならなかったと言う、ヨーロッパでは大変レアな文化背景を持ち。 華麗な教会美術は在るものの、見る人を威嚇するようなでかさではなく、全体的にコンパクトな建築群。 あちこちに建ってる塔の高さも、ほどほど。 あと内陸に位置し、ハンザ同盟にも所属しなかったので、北欧の港町に在るようなリッチな町人文化もない。 実に地に足着いた様子で、しっかり生活してます感。
特産品は麻と琥珀。 特に琥珀は、最近までソビエトに流出していたルートが止まり、自国でふんだんに使用できるようになったので、思う存分土産物として売り出している。 麻の土産物を作っているのは、地元のお婆ちゃんとか。 もちろん大量生産品も混じっているけれど、中国製品は少ない。 木で作った子どものおもちゃは、他の東欧諸国の物に比べると、遥かに安い。
過去侵略、占領され続けた歴史のせいか、住民の表情は厳しい。 ポーランド、モスクワ、フランス、ドイツ等々、次々と攻め込まれ、第一次大戦の後のほんの少しの間だけしか独立してた事が無く、その間もポーランドの監視下に置かれていたし、ナチの進攻の後はソビエト連邦になっちゃった上に、つい最近の独立までの間に何万人もKGBに虐殺されたりシベリアに流刑になったり。
皇帝と同い年の若者も、子ども時代の過酷な記憶が生々しく、両親と旅行なんか行った事無いさ、という感じ。 街中にスパイが居て、うっかりした事は言えない。 それがほんの19年前の事なので、とても「ワールドカップひゃっはー!」という能天気な雰囲気ではないのだ。 更に、最近経済破綻の波をもろに受け、資本主義国として独立したばかりなのに、ローカルの銀行が全滅という大打撃。 またどっかの国にやられちゃうんじゃないのーという緊張感。
お婆ちゃん達が、厳しい顔でお散歩しているのである。
でも、公園なんかで子どもを見かけて、イサムさんを思い出してあやしたりしていると、時々ちょっと微笑んでくれるのだ。 笑うと優しい感じ。
平和で安いうちに、ガンガン観光に行って、外貨を落として行って欲しいものである。 そのうちスペインのごとく、不死鳥のように経済がメキメキ回復するかもしれないので。
ただいまただいまー。 しかし、すぐにイサムさんを引き取りにサンタバーバラへ行かねばならないので、後ほど旅の更新を、日付をさかのぼって行いたいと思っております。
プラハにも3日ばっかり居れたので、色々観れました。 しっかしプラハは人が多い! そして、涼しいと勝手にタカをくくっていたのですが、どっこい(日本に比べたら涼しいかもしれないけど)湿気も日差しも強く、ロスに比べたらデロデロの暑さでごわした。 プラハは毎日ちょっと歩いては、屋台でビール補給。 黒ビールの味に目覚めた皇帝。
結婚式のあったリトアニアは、とても素晴らしい国でした。 野菜も肉も美味しくて、ジャガイモ料理に感涙。 人々も、ちょっとよそ者には距離を置く感じで、観光客ずれしていないのが良い。 そして親切。 結婚式では花婿さんの家族、友達と、観光客ではない立場でであったので、彼らの優しさがとても伝わったのです。 皆ダンスが上手で、結婚式では踊りまくり。
惜しい事には、妙な食材が多くて「あ!なんかこれ美味しい!でも何?」というのが多かった。 赤かぶのスープ(ピンク!)とか、ビーバーのシチューとか。 正体不明の美味しい物を、沢山食べた。
旅行中、イサム的な物を見ると、とても寂しかったけれど、年に一度、一週間くらいは良いんでないかなこういう旅も。 そしていつもの洗濯地獄。
さて、丸一日残されたプラハ最終日。 今日は昨日入り口でいちゃもんをつけられた、カレル橋を渡ってしまうのよ。 そして、プラハ城を見学する予定。 ジャバ夫さんが疲れたから、今日は観るのは一個だけ!プラハ城だけ!というのでね。
でも、皆様ご存知でしょう。 プラハ城って、お城一軒だけのことを言っているのではなくて、城壁内にある建築群全てをひっくるめてのプラハ城だということを。 全部観るのに数日かかると言われているプラハ城を一日でねえ。 うふふ。
朝早くに出てきたのには訳があり。 最終的にカレル4世の時に建てられたこの橋(建築家は例のペトルさん)、上に30体もの彫像が立っているのである。 一気に作ったのではなくて、コツコツ事あるごとに、モチーフ(聖人とか)を選んで作って行ったので、一体一体洋式も雰囲気も違う。 その彫像の写真を撮りたいと、ジャバ夫さんが言うので。 彫像の撮影には、日が傾いている時の方が良いのです。 太陽が真上だと、良い影ができないから。
というわけで、朝日の中で彫像撮影会。 朝の方が、人が少なくていい。 とにかく、10時過ぎると橋の上は観光客の鮨詰めになってしまうので、写真どころではない。
橋を渡りきると、プラハ城は目前に見える。 見えるが、実は城はちょっと高い所に建っているので、坂を上らなければならない。 えっちらおっちら。 暑い。 もわ〜っとしてきた。
聖ミクラーシュ教会という、またミュージカルを観たのと同じ名前の教会を見上げつつ。 なんか、橋のこっち側は建物がいちいち立派。 ペストの円柱というのを眺めつつ、坂を登れば王宮のチケット売り場まですぐよ、と言われながらも、影を求めて反対側の階段を上る事を選択。 階段を上りきってからシュヴァルツェンベルク宮殿という、何回言っても覚えられない建物に避難する。 冷房を求めて建物に入ると、バロック美術の全て、というような展覧会が催されていた。 リトアニアですっかりバロック美術が気に入ったジャバ夫さんが見たいというので、入場。 建物内部は現代風に改築されて、冷房も効いて、トイレも綺麗。 地下も入れて、4フロアに渡る大きなスペースに、ミチミチと美術品が詰められているのだ。 みっちり。
チケット売り場に行くと、11時30分頃。 正午には、門番の交代式がファンファーレとパレードで行われるのだ。 見なきゃ。 チケット売り場(は工事中で、中庭の反対側に移設)でチケットを購入。 ちょっと多めに払って、音声ガイド付きにしてもらう。 音声ガイドを持っていると、中の聖ヴィート大聖堂に並ばずに入れるというのです。 チケットの有効期限は、発券から3時間以内、音声ガイドは夕方6時までに返してね、という、色々突っ込みたい制度を得意げに説明される。 この説明を、客一人一人に悠長にやっているから、チケット売り場は長蛇の列。 ちなみにチケットは、ネズミーランド並みの価格です。
やれやれ。 兵隊さんのパレードには間に合い、ブンチャカブンチャカラッパのマーチを見る事ができた。 この糞暑いのに、兵隊さん達は帽子手袋長袖長ズボンジャケットだよ。 えらいこっちゃ。
さて、パレードが終わると、観客は皆お城へ入って行く。 増々ネズミーランドっぽい。 入ってすぐ、ゴシック建築の粋を集めた聖ヴィート教会が登場。 縦にも横にもでか過ぎて、城壁で囲まれたどの位置からも、綺麗に写真に納まらない。 でけー。 件のカレル4世がこんなにでっかくしたらしい。 建築家はもちろんペトル・パルレーシュさん。
プラハの重要な建築が、なぜカレル4世の時に集中しているかと言うと、この人元々ボヘミアの王様でこの辺にいたのですが、途中から神聖ローマ帝国の皇帝になったのでした。 経済、軍事に長けた名君だったらしい。 その権力と財力をご自宅周辺の整備に使ったのですね(失業者を救出する為の、インフラ整備にも熱心だった)。
さて、そんな立派な聖ヴィート教会は、プラハ最大の見所として、今なお観光客を集めまくり、高額チケットが飛ぶように売れているわけで。 プラハの人は、彼に感謝したら良い。 教会の前には長蛇の列。 でもこちとら、音声ガイドを持っているから、別の入り口から入れてしまうのだ。 ふふふ。
入ると、天井も見えない程高ければ、奥行きも半端ない。 ステンドグラスは巨大で、「これでもお前は神の奇跡を信じないのか!」とばかりにベカー!!と色んな色に光り輝いちゃっている。 まぶしー! 特に赤色!! 目にイタイわ!! シパシパしながら、一応写真にもおさめてみたけれど、あのピカピカギラギラした感じの色は、カメラを通すとただのセロファンっぽい色になってしまうのだ。 うーん。 ステンドグラスは肉眼で楽しむべし。 ミュシャデザインの、緑と青基調のステンドグラスもある。 目に刺さらない、優しい色合い。
窓の形が繊細で、色んな光の入り方が楽しめる。 ナイスな教会だった。
さて、外に出ると王宮内に郵便局があったり、切手の展示会をやっていたり。 観光客には開放されていないが、建物の一部は大統領府になっており、「大統領が今居るよん」ということを示す旗が立っていたりする。 敷地はんぱねーでけー。
旧王宮を見学し、目の前にあんなでかい教会が有るのに、王宮の中にも万聖人の礼拝堂というのがあって、王様外に出るのが面倒くさい時はここでお祈りしたんかな、と思いながら。 王冠のレプリカを見たりしてたら、突然空腹に襲われた。 あーなんか食べなきゃ。 あー!と外に出ると、目の前に喫茶店。 日光が真上から、ガンガン容赦なく照りつけてますからね。 とりあえずビールで! と、ビールをガボガボといただき(しかしぬるかった)、ビーフシチュー的な物を食べた。
ボヘミア美術を展示している建物に入り、プラハ城の歴史を説明する建物に入り、聖イジー教会を眺め、黄金小道へ。 ところが修復中で入れず。 以前来た時にはツアー中で入れなかった、おもちゃ博物館に行く。 なんとバビー人形50周年特別企画をやっており、レアなバービーが沢山飾られていた。 80年代に作られたと言う妊婦バービーは、中の赤ちゃんが見えるようになっていて、大変グロい上に、生物学的に誤った造りであった。 さすが80年代は裏切らない。
かなり良い時間になったので、引き返そうかと外に出ると、鍛冶屋の兄さんが鉄でバラの花を作って売っていたので、一本もらう。 軽く人を殺せる重さのバラ。 凶器は鈍器。
チケット売り場に音声ガイドを返しに行って、すぐ横の王宮美術館をジロジロ見て、ホテルに帰った。 やれやれ暑かった事だ。 もっさもっさ。 途中カレル橋から降りて、カンパ島というほとんど地続きのような距離で在る中州に行く。 そこでビールと、早めの夕飯。 クルショヴィツェというビールは、今回の旅行で間違いなく最も美味しかったビールの一つ。 うめーうめーと飲みながら、蚊に刺されながら、食べながら。
ホテルで着替えて、初日にチケットを購入した人形劇「ドン・ジョバンニ」を観に。 ガイドブックには、7、8月は人形劇やってない的な事が書いてあったけど、普通にやってたよ。 毎晩やって、毎晩満員御礼らしい。 内容は、大変楽しめました。 ブラボー。 もう何年間も同じ演目で上演しているんだそうな。
大満足のまま、今回の旅は幕を閉じたのでした。
皇帝

|