ぶつぶつ日記
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2002年04月19日(金) |
世界で最も楽しいオシゴト |
それはアメリカ大統領かもしれないな〜。 だって、自分勝手に自分の思い通りに、 攻めたい時に他の国を攻めていって、 しかもその理由が「人助け」、「正義を守る!」なんだし。 その上、自分の仲良しさんが、どんなにひどいことをしても、 「彼は平和の人だ」なんてわけのわからないことを言って、 ひたすら自分と仲良くない人を責められるし。 その理由も、これまた「正義を守る!」なわけだし。
これだけ好き勝手なことをやっていても、 実質暗殺される心配は皆無に近いし、 例え主だった国が非難をしたとしても、 そんなのは「正義なんだから!」と無視できるわけだし。
キューバだのリビアだの、今まで色んな自分と仲の良くない国を 何度も攻撃して、どうもうまく行かないと思ったり、 飽きてしまえばまた別の敵を見つけて、 自分の好きなように非難できて、 その理由も「正義を守る!」だったりするわけだし。
正義の意味の定義をいっそ変えたらどうだろう?
正義=アメリカが他者、他国に対して何かをしたい時、オールマイティに使える理由。 ただし、アメリカのみに有効で、他国はつかえない。
とか。 どう?
エルサレムからベツレヘムまで、 そのローカルなアラブバスはコトコト進んだ。 調度中東和平プロセスが進み始めて、自治区が出来ていた頃で、 検問所もなく、私たちはまるで隣街に行くように(実際に隣町、だろう)、 のんきにバスに揺られていった。 ベツレヘムのバス停でバスを降りても、 エジプトのように客引きや子供たちが近づいてくることもない。 聖誕教会はどちらに行けばいいのか、 誰に聞いたらいいのか私たちはきょろきょろしてしまったくらいだ。
青い空に、パレスチナの旗がいくつもはためいていた。
聖誕教会に入るとミサの最中で、 障害を持つ弟を連れた美しい姉妹に話しかけられた。 彼女たちはカソリックのアラブ人で、 パレスチナ自治区に住むパレスチナ人、 エルサレムなどに住むアラブ系イスラエル人が 彼女たちと同じように日曜日にここに来て、 祈りを捧げていた。
ナブルスまで行かないか、という押しの弱いタクシーの客引き達、 市場には人が溢れ、 日本人をあまり見たことがないのか、 おばちゃんに「フランス人?」と言われ苦笑し、 ぶらぶらと街を歩いて、それだけの一日。
ベルレヘム攻撃、と聞いたとき、 だから私はピンとこなかったのだ。 あののどかそのものの街、 私が普通に歩いていた道を戦車が走っている。 それは遠い悪夢のような光景だった。 聖誕教会の壁に飾られていた、 聖フランチェスコが鳥と戯れているあのレリーフはどうなったのだろう。 せまい、ぎゅうぎゅうに店が並んでいた市場は? 広場の横にあった、パレスチナの自治警察署は? 道を聞いたサイダリーヤ(薬局)は? そして、あの時出会ったあの美しい姉妹は? 危険な目に遭っていないだろうか、 傷ついてはいないだろうか?
私が見たベツレヘム。 その姿こそが本当の姿だと思いたい。 今の、イスラエルに蹂躙される、ベツレヘムではなく。
また色々考えていることがあるので、 実現させるために、ここで宣言しておきます(笑)。
・できるだけ毎日、11時までは創作活動します。 寝すぎなんです、私・・・。それで創作がはかどらなくって(^^;)。
・7月にTOEICを受けます。 とりあえず、今ある本を一冊ずつ勉強して本番に臨もう。
・家の一階を作業場にします。 近所の方、体験講座に来てもらえるかも。 と〜っても、便が悪い所だけど(^^;)。
以上、よろしく〜。
もう少しちゃんとした製作スペースが欲しいので、 一階の6畳板張りの部屋を整理しようかな。 今はどでかい本棚2台だけで、 素通りしているだけの部屋なんですけど。 じゅうたんを取って、 バーナーなども使えるようなちょっと大き目の机を置きたい。 明かりをもっと明るくして、椅子を2つとか3つ用意すれば、 もしかしたら、ご近所の人への体験講座くらいは出来るかもしれない。
とりあえず、まず机( ̄ー ̄)〜♪
2002年04月14日(日) |
自爆テロアラビア語の追加 |
「自爆テロ」のアラビア語、どうやら2通りあるらしいです。 アマレイヤ・インティハーレイヤ(自殺行動)」、 「アマレイヤ・イスティシュハーデイヤ(殉教行動)」。 どちらを使うかで、その人のスタンスが問われることがあり、 前者を使ってエジプト人にたしなめられた、 と在カイロの知人のHPに書いてありました。 私が聞いたのは在東京のエジプト人の知人から前者を聞きました。
どちらにするか。 確かにびみょう〜な問題だなあ・・・。
2002年04月13日(土) |
ジェニンの空を飛べ! |
和平交渉のために中東入りしたパウエル氏。 行った早々、モロッコ新国王に 「最初にくるべきところが違うのでは?」と痛いところをつかれる。 その後イスラエル入りしたが、 入りした途端にまたしても「自爆テロ(ほんと、いい加減何とかして欲しい、この名称。 ちなみに、アラビア語では「アマリーヤト・インティハレーヤ=自殺作戦」と言うらしい)」、 その時シャロンはパウエル氏の乗ったヘリコプターだかなんだかを、 その現場上空に向かわせた。 自分の目で、その「悲惨さ」、「むごさ」を確かめろ、という事か。 「ほ〜ら見ろ、こんなにひどいんだぞ、こんなに可哀相なんだぞ。」 とのアピール。 パウエルはまんまとその術にはまったのは言うまでもない。
もちろん、私とてこれらの爆発からは目を背けたい。 亡くなった人のご冥福を祈っているし、 もういい加減にして欲しい、という気持ちもある。 しかし、じゃあ世界各地に放送される、 そしてパウエルが目にすることの出来るこれらのパレスチナ側からの 攻撃ではなく、 ラマッラでは、ベツレヘムでは、ジェニンでは、 何も「悲惨なこと」が行われていないのだろうか?
イスラエルは「パレスチナ側が女子供を盾にした」 と非難しているが、 例えそうだとしても、その「人間の盾」である一般市民を攻撃することに、 果たしてだれが躊躇したのだろう? だれも、躊躇せずに攻撃したのではないか。
テロの現場を見るのは構わない。 しかしパウエルよ、 どうしてジェニンの空は飛ばない? そのことを、どうして望まないのだ?
今朝の新聞に、「命のビザ」の杉原千畝さんの奥様とご子息が、 イスラエルに正式に抗議文書を送った、と言う記事があった。 杉原千畝さんは、第2次世界大戦時ナチスドイツの迫害から逃れるために、 日本からの命令を無視して、個人的判断でユダヤ人たちにビザを発給し、 2万人にも及ぶユダヤ人の命を救った。 その人たちの子孫も入れれば、一体何人のユダヤ人を救ったことになるのだろう。
奥様はイスラエルへの抗議書にこう書いている。 「現在の状況を見ると、果たしてあの時2万通のビザを発行したことが ただしかったのかどうか、わからなくなります。」
なんと悲しいことだろう。 杉原さんのしたことは、絶対に間違っていなかった。 それなのに、そんな悲しいことを、 杉原さんの遺族に思わせるイスラエルの行為。 パレスチナ自治区では、激しい攻撃が続いているため、 遺体の埋葬すらままならず、 国連や、赤十字、あらゆるNGOが自治区に救急車を向かわせようとしても、 イスラエル軍の妨害、発砲に遭い、一歩も入れない状態で、 負傷者は治療も受けられずにどんどん死んでいっていると言う。
昨日翻訳していたアラビア語の記事には、 パレスチナ自治政府要人に対するイスラエルの暗殺作戦について こう書かれていた。 「イスラエルは、文民機構(つまり軍事部門ではない行政関係)の 要人の暗殺を決めた。 これには、あらゆる規制や基準はない。」 つまり、パレスチナ自治政府に関わっていたが最後、 テロリストとみなして皆殺しにすると言うことか。 そして実際、彼らは全く手段を選ばない。 交差点で信号待ちをしている目的の人物の車を、 アパッチタイプの戦闘機からミサイルを発射して大破させるのだから! その結果、どうなるか。 子供たちが死ぬ、普通の人たちが傷つく。
シャロンは「テロリストを根絶やしにするまで続ける。」 と言っているが、それは結局「パレスチナ人を全滅させる。」 ことに等しいとは、言いすぎだろうか? 一般のパレスチナ人は、決してテロリストなどではない。 しかし、その極普通のパレスチナ人が、 ある日突然、テロリストにかわることも、また事実なのだ。 なぜなら、彼らは「監視され」、「窃取」され、 「占領」され、「攻撃」され続けているのだから。 そして、ユダヤ人が現在「イスラエル人」と呼ばれているように、 彼らも決して根絶やしになることはない。 国際社会はそれを許さない。 そして結局、今回の自分たちの行いで、 新たな「ユダヤ人差別」が始まろうとしている。 それは、「ユダヤ」を差別する側、攻撃する側だけが問題なのだろうか?
世界には杉原さんの出したビザを受け取った人たち、 そしてそのことによって生まれてきたユダヤの人たちが 何万人もいることだろう。 彼らにこそ、発言して欲しい。 なぜ、自分たちが生きられたのか。 自分たちだけ生きつづけられれば、 それでいいのだろうか? 彼らの良心は、今、どこにあるのだろうか?
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