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2004年11月08日(月) ■
「インファナル・アフェア無間序曲」は75点

「インファナル・アフェア無間序曲」
監督アンドリュー・ラウ/アラン・ラック 
おしい。良い映画だとは思う。しかしまるで「ロード・オブ・」だ。三部作全てが完結しないと評価が難しい。犯罪映画である。フィルム・ノワールである。香港返還前の暗黒社会を一部では脇役に回っていた組織のボス(エリック・ツァン)と警視(アンソニー・ウォン)が、その若かりし頃を見せる。今回実質の主役である。やがてとニーレオンが演ずる事になるヤン(ショーン・ユー)の気持ちの中が今一つ見えない。アンディラウが演じる事になるラウ(エディソン・チャン)のほうは単純なぶんだけ面白い。今回初めて登場してきた人々は第一部では既にいなかったのだから、当然死ぬことになるという事がもう明かに分かっている。具体的には組織のボスでヤンの義兄に当たるハウ(フランシス・ン)、ウォンの相棒ルク(フー・ジュン)、サムに恋女房マリー(カリーナ・ラウ)。しかし、一部では見えなかった愛増の糸がこれでいよいよはっきりして(いよいよ複雑で分からなくなり)第3部ではなんともう一度第一部に戻るという。こんな三部作は初めて見た。来年が楽しみだ。最後の予告編が正直一番衝撃的だった。



2004年11月07日(日) ■
「夕陽妄語�察廖_弾�周一

「夕陽妄語�察彡�日新聞社 加藤周一
朝日新聞月一の連載の単行本化7冊目である。2001年1月より2003年12月までが収録されている。単行本の帯にはこう記されてある。「ぶれない・流されない・こわばらない 20年間の定点観測が教えてくれる抵抗のかたち」なかなか的確なキャッチコピーだと思う。加藤周一の意見はずっと変わっていない。しかしこの20年間変わってきたのは日本と世界の政治状況であろう。「大勢順応主義」に陥りやすい日本のことをその文化の根本からずっと批判してきたのは加藤周一である。(ぶれない流されない)しかし彼の関心はいつも政治に向かっているのではない。むしろ、この数年間は「日本美術史序説」の完成に向けてアジアに散らばる仏像と日本との関連、あるいは雪舟の事、あるいは淋派の事、あらゆる美術を精力的に見ていた。(こわばらない)ただこの連載の三年間の途中でその研究を一時中断してまで取り組まねばならない出来事が起きたのだと、私はこの単行本の目次を見て気が付いた。2001年9月11日の同時多発テロに発する、アフガン征伐とイラク戦争、そしてそれを積極的に「支持」する日本政府と「改憲」策動である。9.11以降の28ヶ月で直接間接にこれらの事に関して言及しているのは、私見によれば20ヶ月にも及んでいる。長い連載の中これほどまでに具体的な政治状況にコミットしたのはなかったと思う。この連載の外では精力的に講演もこなし、反対宣言も幾つか出し、そして関連の本も書いている。1919年生まれの加藤周一氏であるから今年85歳のはずである。私は氏がこの連載中二回も紹介した木下順治作「巨匠」の事を思いだしている。老知識人は自分がそれを言いだせはナチスに殺される事が分かっていて自分の芸を披露する。その事がなによりも大切な自分の生きている証だったからであり、抵抗のかたちだったからである。失礼な事を充分承知しながらあえて言えば、私は日本を代表する知識人・加藤周一がこの老知識人のように「最後の闘い」に打って出ているのだ、と何度も何度も感じてたいた。

アマゾンコム書評で没になった。
やっと問い合わせることができた。
800字を超えているそうだ。
他にも超えている書評はあるような気がするのだが、
今は良い。とりあえず理由がはっきりしたので、削ってみる。

朝日新聞月一の連載の単行本化7冊目である。2001年1月より2003年12月までが収録されている。単行本の帯にはこう記されてある。「ぶれない・流されない・こわばらない 20年間の定点観測が教えてくれる抵抗のかたち」なかなか的確なキャッチコピーだと思う。加藤周一の意見はずっと変わっていない。しかしこの20年間変わってきたのは日本と世界の政治状況であろう。「大勢順応主義」に陥りやすい日本のことをその文化の根本からずっと批判してきたのは加藤周一である。(ぶれない流されない)しかし彼の関心はいつも政治に向かっているのではない。むしろ、この数年間は「日本美術史序説」の完成に向けて、仏像、あるいは雪舟、あるいは琳派、あらゆる美術を精力的に見ていた。(こわばらない)ただこの連載の三年間の途中でその研究を一時中断してまで取り組まねばならない出来事が起きたのだと、私はこの単行本の目次を見て気が付いた。2001年9月11日の同時多発テロに発する、アフガン征伐とイラク戦争、そしてそれを積極的に「支持」する日本政府と「改憲」策動である。9.11以降の28ヶ月で直接間接にこれらの事に関して言及しているのは、私見によれば20ヶ月にも及んでいる。長い連載の中これほどまでに具体的な政治状況にコミットしたのはなかったと思う。この連載の外では精力的に講演もこなし、反対宣言も幾つか出し、そして関連の本も書いている。1919年生まれの加藤周一氏であるから今年85歳のはずである。失礼な事を充分承知しながらあえて言えば、私は日本を代表する知識人・加藤周一が木下順二の戯曲「巨匠」の老知識人のように自らの人生を証明するために「最後の闘い」に打って出ているのだ、と感じていた。



2004年11月06日(土) ■
「塩の道」宮本常一

「塩の道」講談社学術文庫 宮本常一
信濃などの山の中でも当然のことながら塩が必要とされた。その塩を運ぶ道は街道ではなくそれに沿った細い道が使われている。なぜか。牛で運ばれていたからである。途中で草を食べる必要があったのだ。等々、綿密な民俗調査から明かにされる昔の人の生活の知恵の数々が次々と出てきてなかなか楽しかった。例えば塩サケなどは保存のためだけではなく、その塩を必要とされていたのだということ。あるいはニガリのある「悪い塩」をわざわざ買い、そのニガリを抜く事で山中の人々は豆腐を作るためのニガリを確保していたのだということ。

長い歴史の中で「道を開く」という事はどう言う事なのか。その道が必ず海に通じていたという事はどう言う事なのか。「道も一つの遺跡である」街道などの当時のクニが作った道だけでなく、民衆が作ってきた道をどう見るかという視点をくれたことが今回の収穫であった。

宮本民俗学は柳田民俗学とは違い、綿密な民俗調査のあとがはっきりしていたり、歴史文書資料の活用など、学術性が高いところに特徴がある。しかもその眼差しは常に民衆の立場に立ち温かい。それは彼自身が若い頃からずっと自分の足で日本中をくまなく歩いてきた成果なのだろうと思う。





2004年11月05日(金) ■
「テイキング・ライプス」は60点

「テイキング・ライプス」
監督D.J.カルーソ イーサン・ホーク アンジェリーナ・ジョリー
「サイコ・パス」対「FBI心理捜査官」ものである。もう「羊たちの沈黙」以上の傑作はつくれないのだろうか。相手が弱すぎる。捜査官に深みがない。物語上必要だからといってああ簡単に裸晒して良いものだろうか。まあ、いうまい。あっという結末が待っています。
そもそもサイコキラーで映画をつくるのは止めたほうが良い。どういう背景を描こうと、彼の心理に「ドラマ」を求めるほうが間違いだと思う。サイコキラーを分かったつもりになってはいけない。しかし、それを分からないとドラマは作れない。ドラマをつくれなければあとはスリラーがアクションに頼らざるを得ない。もうそれだとB級映画以上のものは作れない。それが悪いというわけではないけど。



2004年11月04日(木) ■
「アイ・ロボット」は75点

「アイ・ロボット」
監督アレックス・プロヤス ウィル・スミス ブリジッド・モナイハン ジェームズ・クロムウェル
ロボット三原則はやはりこんなに簡単に破る事が出来るのだ。ということだけを教えてくれる映画。SF部分に目新しさはなにもない。むしろ、主役級のロボットが全てCGである事を考えると、俳優のこれからの生きていく道の険しさを考えて同情したくなる。最初事件から始まり、最後のその解決で終る映画としては、ミステリ映画としてみたほうが良いかも。女優はよかった。ああいう美人弱いのよね。



2004年11月03日(水) ■
「サバイブスタイル5+」は60点

「サバイブスタイル5+」
企画・原案・脚本多田琢 監督関口現 浅野忠信 橋本麗香 阿部寛 小泉今日子 岸部一徳 荒川良々 ヴィニー・ジョーンズCM業界の苦悩は良く分かった。ついでに夫婦関係の難しさも一応同情しよう。でもこれがスタイリッシュってことなの?万が一の可能性に賭けて見てみたのだが、予想とおり外した。CMというのは商品を売るために存在する。しかし、この映画の「役割はなんだ?」私に質問するな!脚本家と監督に聞いているんだ!さっさっと答えろ!このビッチ! 



2004年11月02日(火) ■
「ヴィレッジ」 は60点

「ヴィレッジ」 ナイト・シャラマン監督 
19Cと覚しきアメリカの一村では、森の中に入ってはいけないという様々な禁畏があった。なぜそんな掟があるのか、森の外の町は本当はどんな「町」なのか、ほとんどそのラストの種明かしに向けてのみ、物語は進んでいく。

過去に幽霊、超能力、異星人と登場させてきた監督だけに、推理あと一歩まで行ったのに、過去の作品にとらわれて、解明する事が出来なかった。「6センス」に戻ったかのような「ほのぼの」ラスト(もちろん文字通りに捕らえてはいけない)である。しかし、私は失敗作だと思う。今回はたまたまうまく行ったからいいものを、もうあとが続かないのは目に見えている。この世界のウソはもうほとんどすぐに暴かれるとしか思えない。監督が一生懸命築き上げた「ウソ」も、それに並行して先が見えてしまう。感動しない所以である。



2004年11月01日(月) ■
再開の弁

9月24日、「スウィング・ガールズ」を2重投稿してしまって、「あっ、やっちゃった」と思った直後、PCがブレイク・ダウン。去年と同じ理由で長いお休みをさせてもらいました。しかし、去年はPCの買い替えが必要な深刻なハードの故障だったのに対し、今回はソフトの不具合。再インストールで二日後には再開。しかし、いろいろ不具合があってインターネット再開には1週間以上かかり、「まあいいや。このまましばらく休んじゃえ」と思って1ヵ月半近く休んでいましたが、このたび、月が変わるに従い、再開する次第です。

一応(毎日更新めざす)と書いてるのですが、元より毎日1冊、あるいは一本、あるいは1回、本を読み終えたり、映画を観たり、旅をしたり出来るはずも無い。私もごたぶんにもれず、毎日サービス残業をしたりする長時間労働者ですし、しかも、労働組合の役員までしているので、週休二日といいながら、たいてい一日はなんらかの会議がある始末です。しかし、それでもこういうことに時間を割く事が出来るのは、一に私の努力(冷汗)、二に独身という境遇のせいです。しかも不幸な事に、恋愛に割く時間をほとんど持たなくてもすむという境遇のせいです。しかしまあ、休んでいたせいで大部ストックも出来たし、しばらくは毎日更新できそうです。

この秋、めでたく会費更新を果たし、私も永年会員になりました。これでおそらく数年、下手をすると30年ほどは、このまま明日私が死んでも、この電脳空間に私の駄文が残る事になりました。私はその事になにやら「意義」を感じているのです。思えば不思議なものです。もちろん私の批評や、書評や、旅行記が社会的な意義があるなどとは、思うほど私は若くありません。でも「無いとも限らない」と一方では思っているのです。このサイトに訪問してくれている人は今までで1627。それは私以外に数人はいるという事を示しています。将来で言うと、何人になるかは予想も出来ないというのも事実でしょう。いやいや、一日何万も訪れる超有名で有益なサイトがある事は知っています。そいうサイトに社会的意義があるかどうか、とまでは一般的に言えないという事も一方では私は知っています。そういうサイトと比べると私の文章なんてゴミ屑の集まりのようなものです。でもです。要は何が残るかは、遠い未来の歴史家に任せるほかは無いのです。たとえば、小熊英二の「<民主>と<愛国>」を今読んでいるのですが、そこにこんないち少女の文章が載りました。1952年の静岡県富士郡上野村で、不正選挙がはびこっている事に、石川という少女が学校新聞に抗議の文章を書き、それが学校側で回収され焼き捨てられると、「朝日新聞」に手紙を書こうとする。すると彼女の家が「村八分」に追いこまれた。その後教師のアドバイスの元、知人の新聞記者に手紙を送る事になった。「私は限りなく祖国を愛したい。だから限りなく人を愛したい。」小熊はこれを「村の思想」と「祖国の思想」の対決だといい、戦後『民』の自立が試されていた時期、一方ではアクティブな革新運動に行ったが、一方では「民」の「私」の方向に行き、その「民」の分断を支配層はうまく利用したのだと指摘した。この少女の文章はそのなかではっせられた「一つの可能性」だったのではあるが、ついには歴史的には花咲く事は無く終った。私は石川といういち少女のこの文章は小熊がゴミの山の中から見つけてきた『一つの花』だと思っている。歴史家とはそういうことをするのである。

私はいつかでいい、『一つの花』を描きたい。加藤周一は戦車という圧倒的な権力の前にさしだされた『小さな花』ほど美しいものがあるだろうか、と美しさの基準を描き出した。私はその事に大いに賛成する。



2004年09月24日(金) ■
「スウィングガールズ」は70点

「スウィングガールズ」矢口史靖監督 上野樹里
山型弁丸出しの女の子たちがジャズに目覚める。音出しと、資金集めの苦労のほかは、別にたいしたトラブルも無く聞かせるジャズメンになってそれで終り。
なんかちがう。「ウオーターボーイズ」の時と何かが…。「ジャズも良いもんだわねえ。」という女先生の感想以上の事は感じず。それなら既にジャズのよさを知っている私なんかはなんにも思わない。上野樹里はあの甲高い声が耳に付いた。もっと彼女は色気のある役をやったほうが言いような気がする。



2004年09月23日(木) ■
「バイオハザード��」は70点

「バイオハザード��」ミラ・ジヴォビッチ
前回の続き。製薬会社はひとつの町を封鎖し、核兵器で証拠隠滅を謀ろうとしていた。薬の力で超人的な力を得たミラ扮する主人公は、一人の女の子と脱出するため、動き出す。
話が国家規模になった分、滑稽無等であるが、面白くなってきた。一番悪の科学者を殺すとき、「俺を殺しても何も解決しないぞ」「わかっている」このあたりはハード・ボイル度いっぱい。