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| 2005年03月01日(火) ■ |
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| 金魚屋古書店出納帳上下」芳崎せいむ |
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金魚屋古書店出納帳上下」小学館 芳崎せいむ 「もう少し早く生まれてくればよかった。そうすれば島村ジョーの時代をすごせたのに…。」と少女は言う。「もう少し早く」とは30年前という意味。同じく「サイボーグ009」のファンである少年はこう応える。「オレにはこれからが009の時代だ。」少女はジョーに恋心を抱くという読み方をしていたのに対して、少年は作品の「世界」が好きだったわけだ。少女は少し驚いて納得する。「そうか。でもそれって…すこし怖いね。」こんな会話はしっかりこの漫画を読みこなしていないと成立しない会話ではある。でも日本のどこかにはそんな「現代」の少年少女もきっといることだろう。
この作品群には、至る所にそんな「昔の漫画」への愛が溢れている。30年前、「少年マガジン」という雑誌の中で流れ星になった002と009にリアルタイムで涙した元少年にとって、この愛情は嬉しいかぎりだ。しかしそれだけではない。作品の創りがしっかりとしていて、一編一編にきちんとした人間ドラマが入っているところが素晴らしい。「あの川べりで」「さらば火星よ」「漫画の神様」が秀逸。
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| 2005年02月28日(月) ■ |
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| 「内なる宇宙上」J.P.ホーガン |
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「内なる宇宙上」創元SF文庫 J.P.ホーガン 前作で完結していたと思っていた著者も、読者の強い要望に支えられて物語を再始動させる。上巻はまだ「序章」という雰囲気である。「仮想世界」がもたらす可能性と危険性については、映画界においては「マトリックス」シリーズをはじめ、いろいろな試みがなされている。この著作はその端緒を創ったものとして重要なのだろう。今から14年前、果たしてどこまで描かれているのだろう。興味津々である。
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| 2005年02月27日(日) ■ |
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| 「国家に隷従せず」斎藤貴男 |
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「国家に隷従せず」ちくま文庫 斎藤貴男 ここに書かれてあることは「公正」ではない。と言ったからといって勘違いしてはいけない。ここに書いてある、国民総背番号制、管理社会、「生産性を阻害する可能性のあるものは人間の尊厳であれ排除する」社会のマクドナルド化、優生学思想、警察の暴走、「自己責任論」騒動、それらの危険性について、「そこまで言うのは大げさだ」とか「そこまで言うのには証拠がない」だとか、反論するのは一応簡単だと思う。しかしそれを科学的に分析するのは社会学者か歴史学者の仕事であろう。ただし、証明された時にはすでに遅かったという事か多いだろう。ジャーナリストの使命はそうではない。一つの「事実」が正しいと思ったら、勇気をもってそれを「報道」するところに在る。(事実自体の検証はジャーナリストの最低限の仕事ではある)。斎藤貴男はその勇気あるジャーナリストの一人だろう。ここに書かれてあることは実証的ではないが、きわめて重要で「予言的」である。実際「予言」が的中している部分があちこちにある。 この本の最初に斎藤貴男が「不偏不党、客観報道」から離れていく経緯が書かれている。「このスタイルは、時代の空気、大衆の気分しだいで、権力のプロパガンダとして機能してしまわざるを得ないのではないか」と思ったからだ。重要な指摘である。 この本で、唖然とした「事実」を一つ。ある有名な、責任ある人が言ったこと「これからの教育では、就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの遺伝情報に見合った教育をせざるを得なくなりますよ」。昭和のSFが警笛を鳴らしてきた「未来」が近づいてきている
この下の文章をアマゾンに投稿すると不採用だった。 人物が特定されるからかな。でもこの程度で不採用とはアマゾンも懐が狭い。
この本で、唖然とした「事実」を一つ。ノーベル賞受賞者で教育改革国民会議座長の人が言ったこと「これからの教育では、就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの遺伝情報に見合った教育をせざるを得なくなりますよ」。昭和のSFが警笛を鳴らしてきた「未来」が近づいてきている
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| 2005年02月26日(土) ■ |
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| 「熱球」重松清 |
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「熱球」徳間文庫 重松清 仕事に行き詰まり、親の要望もあり郷里に帰った男。娘は新しい学校でいじめにあい、妻はアメリカに短期留学。故郷には忘れたはずの「高校野球」があった。 「逃げても良いんだよ」その言葉がとてつもなく優しく聞こえる。それでも男は一つの決断をせざるを得ない。小学生の娘が小賢しくて可愛い。 昔は毎年1回戦敗退するような野球部でも、「伝統」があり、実に頑張っていたなと思う。まだサッカーは人に認知されず、野球だけが大きな夢に向って開いていた。負けつづけた野球部をずっと戦後からネット裏で応援しつづけていた「ザワ爺」のために読まれた弔辞が、涙をさそう。
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| 2005年02月25日(金) ■ |
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| 「韓国語がぺらぺらになった私の勉強法」門脇千恵 |
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「韓国語がぺらぺらになった私の勉強法」中経出版 門脇千恵 「楽しく学んで気がついたら話せるようになる」という副題のようには到底いかないような非常にオーソドックスな韓国語マスター本です。死にそうな「オ」と普通の「オ」というような今まで今一つつかめなかった発音の極意に触れたのは良かったのですが、もう少し独創的で(楽な)学習法が書かれてあるのだとばかり思っていました。ともかく、私の苦手なハングルを徹底的にマスターする以外に道はないのだと悟りました。
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| 2005年02月24日(木) ■ |
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| 「とびはねて町を行く」森まゆみ |
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「とびはねて町を行く」集英社文庫 森まゆみ 地域雑誌「谷根千」の編集人三人の人生を考えると、時々うらやましくなる。地域起こし運動と密接に結びついた雑誌を年4〜5回出し、市民運動の陳情や、イベントもこなし、一方三人で10人の子供を育てる女性として、PTAや授業参観、子育てのあらゆることをこなしていく。生活と生き甲斐が結びついた人生、どうしたらそういう生活を手にいれる事ができるのか、この本でその生活を垣間見る事ができる。決して綺麗ごとだけでない、けれどもやっぱり楽しそうな仕事や生活が読める。もちろん幾つかの偶然と幸運と努力とそして才能が合わさった結果であろうという事も分かる。子供たちは見事に育っていく。だれも道を踏み外すことなく、ほんとうか、と思うくらい個性的に。
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| 2005年02月23日(水) ■ |
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| 「バッテリー3」あさのあつこ |
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「バッテリー3」角川文庫 あさのあつこ このバッテリーに最終回なんてくる事があるのだろうか。何対何とか結論がついて、なんらかに勝ったとか、負けたとかいえるときが来るのだろうか。監督のオトムライ、弟の青波、祖父で名監督だった井岡洋三、海音寺キャプテン、横手中の門脇、それぞれの登場人物たちの輪郭がしっかりと描かれ、なんと3巻目にしてやっと野球のストーリーが動き出す。今回豪と巧は初めて根本的な問題で対立する。それは「信頼関係」である。
終りなんて見えない。この巻にいたり彼らの戦いはまさに始まる。次巻が楽しみ。
今回表紙は予想どうり、豪だ。まだ幼さを残してはいるが、がっちりした体格、賢そうで優しい目、意志の強い眉、なるほど納得した。ただ、次回の表紙、誰にするかは難しいぞ。
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| 2005年02月22日(火) ■ |
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| 「殺人現場雲の上」東野圭吾 |
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「殺人現場雲の上」光文社文庫 東野圭吾 いつものように東野圭吾は事件が起きる場所と人物を特定する。今回は飛行機関係。活躍するのはスチュワーデス。聡明で美人のエー子とアバウトで「事件を持ってくるタイプ」のビー子。彼女たちは刑事ではないので、事件は明かになっても必ずしも解決はしない。特定職業を探偵にする作品は古今東西たくさんあるが、スチュワーデスは東野のこれが最初で最後だろう。お客様にたまたま紹介したホテルの部屋でその客が無理心中みたいに殺されていた「旅は道連れミステリアス」、純粋に飛行機の上だけで事件が始まり終わる、遺書を書いた相手を特定する「とても大事な落としもの」が秀逸。
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| 2005年02月20日(日) ■ |
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| 「民俗学の旅」宮本常一 |
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「民俗学の旅」講談社学術文庫 宮本常一
民俗学者宮本常一は山口県大島郡の貧農の出身である。この本はその祖父の代から書き下ろされた彼の自伝。自分の祖父や両親、そして故郷、勤め先、やがて旅に次ぐ旅、そして戦争前後半の出来事をまるで民俗事例の紹介をしていくように細かに平静に書いていく。そこから浮かび上がる平凡だったり非凡だったりする人生の豊かさ。柳田国男は民俗学の学問の目的を、たしか「普通の人たちを幸せにする事」に求めていたと思う。結果は散々なものになったが、実は宮本の採取してきた人生経験と民俗事例は、柳田ができなかった事を実践していたのではなかったか。渋沢敬一という稀有の師匠を得て、宮本はやがて遅咲きの花を咲かす。
宮本は自分の事は誇らない。しかし、回りの人の偉さをかたるとき、それは自分のことをも語っていたのだと私は理解した。特に父親と渋沢敬一のエピソードは感動的である。宮本は大阪に就職で出るとき父親に言われた事を10カ条にまとめている。いや、それは人生訓というものではない。「金があったら、その土地の名物や料理は食べておくのが良い。その土地の暮らしの高さが分かるものだ」といった父親の個性が現れた言葉なのだが、私には一つ一つが、ずしりと来た。
宮本は昭和15年、渋沢敬一に満州行きを止められる。そして昭和19年1月宮本にすでに日本は負けるだろうとはっきり言っている。そしてそのときの混乱の中にあって、「君は戦前見聞したものを戦後につなぐ一つのパイプになるだろう」と励ます。見識の高さ、弟子想いの師匠、凄い。その弟子宮本の昭和20年8月15日は、なんの断絶も生まれず、大阪の食料事情改善のために走り回る事になる。
人は一生の間どのようなことができるのだろうか。この本を読み、しきりとそういうことを考えた。
たくさんを本を読んでいると、しばらくその本のことが頭から離れなくなって、そこに書いていることを何度と無く頭の中で反芻するような本に出会う事がある。それが高じると、その後の人生の中であの本が決定的な役割を果たしたのだと回想するような事がある。そういう本に出会いたくて片っ端から本を読んでいるようなものなので、この本に出会ったのは大変嬉しい。その可能性があるからである。
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| 2005年02月19日(土) ■ |
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| 「新宿鮫�恒裼�」 大沢在昌 |
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「新宿鮫�恒裼�」光文社文庫 大沢在昌 本来は二人一組で捜査するのが刑事という仕事の原則であるが、鮫島だけは事情があって一匹狼で捜査する。しかし今回は、いっとき二人一組になる。相手は刑事ではない。農水省植物防疫官、甲屋公典である。この奇妙な組み合わせが、今回の作品をユニークなものにしている。そして、鮫島の存在意義を改めて説明している。 それは「組織の中での位置などに関心を持たず、自分の仕事に誇りを持つ」ということである。言葉では簡単だが、なかなか簡単な事ではない。その証拠に、その事を描くとこんな長編になる。 最終版、三つの事件がたたんでいく様子はどきどきする。終り方は気にいっている。
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