今日はなにしたかなぁ
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LAに行ってた息子が無事帰国をした、あっというまに半年が過ぎた 私も学校があと5週間近くになった、一時期は体調が心配だったけど今はなんとか大丈夫みたいだから良かった。こんな事を書きながら金曜日はPABで、土曜日はBBQで若い生徒と楽しいpaerhを楽しんでいる。
31日に新しい家に引っ越した、私のほかには全部女性、インドネシア2人、スイス、そしてマザー、顔を合わせてるのは夕食だけで後の時間は全くわからない、出入りは感じているのだが、新しい家はイタリア系の家で料理は電子レンジは全く使わないし、とてもおいしくてたべすぎてしまう、だってこちらきて5キロ以上痩せてるから。
ここ1か月前から夜になると胸が痛くなっていた、日中は何もかんじないんだけど、、心配なのでこちらの病院で診てもらった、触診的には異常はないと、でも年だから心電図をとったほうがいいですと言われて後日検診に行く予定だ、自分なりに気分転換してるはずだけど、違ったストレスがたまってるんだろうなぁ。。。 ただし、ストレスだけの問題ならいいのだけどなぁ、あと7週間で学校も終了するし、そのあとの3週間の旅行がたのしみだからなぁ。。。
先日飛行機の搭乗日の変更に行ってきた、学校は10月26日終了、その後3週間西オーストラリアを北に上る予定、そして11月22日の飛行機で日本に帰国。さすがにストレスが抜けきれなかったり、飲みすぎたりで体調不調(笑)月末には新しいホームに引っ越しだ。
| 2007年08月14日(火) |
いい加減なオーストラリア |
もう3か月が終わったのに未だに日本人的心があり、時々切れてます^^ 午前の先生には完全におちこぼれレッテルを貼られてるし、午後の先生は20分遅刻してもいい加減だし、事務室の職員も毎回頭に来る、本日の留めは、新しい家に訪問を試みたとき、最初は電車がいいと言われたので、間違わずに乗って乗客に聞くと、「駅員に聞け」と駅員に聞くと「電車じゃなくてバスだとそれも400番」400番のバスに乗り込んで運転手に聞くと「このバスじゃない、277番だ」無事277番に乗って、やっと目的地におりたがまったくそれらしい住所が見当たらない、電話したが英語がわからない、すると日本人が電話の向こうにいて、ホストマザーと一緒に迎えに来てくれた。なんとその家は満杯だった(おいおい学校の事務員しっかりしろよ)ところがその家の前の家もホームスティをしてるということで、案内されてなんとかそこに落ち着きそうだ。なんと学校から2時間もかかったのに電車だと25分でたどり着けていたに。。。。。 本日の反省、やっぱり気長に暮らすのが最善と納得させた、でもストレスたまるかも。。そうだ学校が終わるまであと11週間になった。
| 2007年07月21日(土) |
アジアカップ対オーストラリア |
ロッジの近くのパブの大スクリーンで、サッカーの試合を見ていた。もちろん周りはオーストラリアのファンばかり 私の他に日本人の若者が4人静かに観戦していた。私は時々睨まれたりもしたが、最後は日本が辛くも勝ち、さて祝い酒をと思って 日本人をみてるとなんだか元気がないので声をかけて祝杯を一緒に飲もうと誘ってから、1時間くらい話してから、一人の若者が 私に「日本人ですか?」と聞いてきてびっくり、もちろんずっと英語で話していたけど、へたな英語なのに。。。 どうやらひげをしっかり伸ばしていたのでオーストラリア人に間違えたらしい(笑) そういやだいぶ伸びたなぁ
午後2時から「FloorPlay」の2時間のダンスショーを見に行ってきた 観客は圧倒的に中年以降の女性が多く、ちょっと小さめの劇場で満員だった。 その中で日本人はもちろん私一人で、優越感にひたっていた。 学生割引で1000円安くチケットが買えて、日本で開催しても高知では絶対公演 はありえないと思って行った。演劇なら言葉がわからないけどダンスなら見るだけ なので問題なかった。知ってる曲が結構あり楽しい2時間だった。
lodgeに仮住まいをして2週間が過ぎかけてスコットランドからきている 青年と仲良くなった。彼は奄美大島に彼女がいて1週間前に話を聞いていたが 今夜二人でビールを飲みながら意気投合して、お互いが言葉を教えあうということになり すっかり友達になった。彼は結構シャイな感じで生真面目な面もあるが、ビールと タバコが離せないようだ。彼もここから近いうちに出てアパートを借りるといってたので 遊びに行って英語を教えてもらうことになる。
パースにきて学生達と一緒に郊外の公園でバーベキューを楽しんだ、日本人と韓国人 だった。ここパースでは公園にバーベキューが無料でできる施設がありゴミも捨てていってもいいことになっている。 日本では絶対考えられないことだ。こちらは冬ということで少し人が少ないようだったが、 それでも天気がよくて4月の下旬の気候だった。
何故かホストファミリーが旅行に出かけるので留守のため日本のウィクリーマンションのようなロッジに3週間生活するはめになった。 汚くはないのだが、布団といっても夏蒲団のようなものが1枚だけで夜中に寒くて目が覚めてしまった。 朝食時にフランス人と話すと彼らは平気だそうです。これも試練なのかなぁ、旅行業者にこんなマジックは聞いていなかった。 食材やら生活用品をすべて買ってると財布のお金がガンガン減っていってる、これでいいのかこのまま突っ走るのか微妙な選択を強いられた7月の第1週になった。
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