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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
「省エネ」「コンプラ遵守」「セキュリティ」の分野が、新規ビジネスのチャンスありと脚光を浴びているが、この世界は利害を求める「ビジネス」というよりは、皆で共に理想を実現しようという「運動」的要素が強い。運動に必要なのは以下の3つの要素。「意義」「教育」「リーダー」。教育の中には【体験】→【実感】のステップが必要。この夏の「運動」ではクールビズが成功したがこの3要素を含んでいる。
高島屋の「五大陸」で金ブレを買おうとしたら黒系しかなく、そこの店員に同じフロアの「ブルックス・ブラザーズ」を案内される。そこではサイズがなく困っていると、そこの店員に「バーバーリー」を案内された。さすがバーバーリー、サイズもあり、着心地・感度抜群なれど、値段は当初欲しかった「五大陸」の倍。さすがに諦めたが、同じフロアの他店を案内する顧客第一の姿勢に感心した。
日本人はとかくモノの価値を「価格」で図ろうとする。私なども、紳士服売り場で「良いな」と思うと即タグを見る貧乏性だが、米国の高級店は価格表示がない。これは「金額に左右されることなく買い物ができるのがカスタマーサービス」だと考えているから。価格を先に表示して「興味がなくなる」のを防ぐのが狙い。逆に言うと「欲しい!」と思わせれば価格は阻害要因にならないということか。
木の家の良さをうまく伝えられないのは、伝統商品だからかもしれない。以前、納豆のメーカーが、品質差が認識されず価格差ばかりが訴求される「品質<価格」となってしまうのは伝統食品の宿命だ、と語っていたが、木の家も「品質<価格」となっているのかもしれない。どこの木の住宅メーカーでも「木の家の良さ」として書いてあることが同じなのだ。これでは叩き合いになるだけだ。
最近、木の家で寝る機会が時折あるのだが、なんというのか、とても気持ちがいいのだ。うまくいえないが「空気が違う」と思う。それが布団に伝わり布団が違うような感じだ。こういう気持ちよさに接すると、RCの家で育ち、今もコンクリートで固めたマンションに住む自分がとても損をしているような気になる。古木なども天井の梁などで一定の需要があるが、それがわかる気がする。
クライアントが環境のことを強く意識している会社で、空調を28度に設定して講義した。同じ講義の3回目。今日は会場をいつもと変えていたために、受講生の反応は鈍い感じがした。研修担当者は「受講生の反応が鈍いのは会場のせいですかね…」という。が、私の答えはNO。部屋が暑すぎるのだ。空調の設定が28度でも、受講生が座る場所が30度のこともある。そうなると研修は限界である。
クライアントから貴方の失敗体験ばかりで90分話せとの要請。う〜ん…一生懸命売った商品は事業撤退…投資に失敗して借金まみれで親族会議…私を裏切った人は自己破産…自分の20代の振り返るとひとつのキーワードが出てきた。それは「逃げてもいいよ。誰もいないところまでどんどん逃げろ。そこまで逃げたら後は踏ん張れ」。結局「逃げてもいい」「言い訳してもいい」と堂々と語ってしまった。
長良川で溺れかかった。去年良型の鮎が釣れた中州。いつもより30センチ高だが行けないことはないと思っていくと、中州の手前が大きな穴になっていて立てない。あわてて中洲によじ登るが、左右濁流でとても帰れない。助かる方法は一か八か泳ぎ切るしかない…。竿をたたみ必死に泳いで流されながらも何とかもとの岸へ。「こんなところで死んでたまるか!」と本気で思った。川の怖さと命の尊さを知った。
65歳を過ぎている親戚が、孫と一緒に相次いで万博に出かけた。孫にせがまれて入ったのが「ワンダーサーカス」。帰ってきて口々に「あれは良かったよ〜ドイツ館よりも」。私の周りの大人の印象は「?」だっただけに意外な答え。ただよく考えてみれば、この世代はディズニーランドでライドものに乗って遊んだことがない。だから、新鮮なのだ。娯楽の評価はその人の経験的の有無で決まるのだ。
パリとロンドンで2012年の五輪の開催を争った。最後はロンドンが勝ったが、日韓W杯のように一緒にやるという発想はあの国にはないのだろう。私などはベルギーとオランダの区別も付かないが、ヨーロッパ人から見れば中国も韓国も日本も同じ。だから一緒にやったらと言えたのだろうが、英仏にはとてもいえない。それだけ歴史と民族性の違いがある。それが世界中に認知されていることは凄いことだ。
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