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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
江ノ島水族館でイルカのショウを見た。イルカのショウはいくらも見てきたので期待していなかったが、見てビックリ。スタッフが7人も出てきて、5頭のイルカの名前を紹介して、イルカとマンツーマンになって遊ぶ。そんなシーンの連発だった。ショウを見ながら『わんぱくフリッパー』というTV番組を思い出していた。イルカの能力だけではなく、人とイルカの関わりを見せる。コンセプト次第で差別化できるのだ。
海に出て、波に大きな浮き輪を浮かべ、プカプカ浮かんでいる。時折大きな波が来て、一気に岸まで運ばれたり、ひっくり返されたりする。山育ちのせいで、海でこんな風に遊んだ記憶が殆どないのだが、やってみると面白いものだ。干潮時には岩場に行ってカニやヤドカリを取る。これは山で昆虫を採るより一度にたくさん取れるのでとても面白い。海が好きだという人が多数いる理由がやっとわかった。
葉山に2泊3日いた。この間、何度か逗子行きのバスに乗った。道が狭いこのエリアでは、バスが今でも重要な交通手段なのだ。バスは電車と違い、乗客同士のコミュニケーションが生まれやすい。挨拶や雑談が交わされるシーンを何度か見た。また、バスが主要な交通手段だと、バス停が屋根つきのちゃんとした空間になっていて、風情もあった。改交通手段としてのバスの魅力を見直した日々だった。
友人の葉山の家は、浜から帰ってまず外のシャワーで砂を落とし、そのままウッドデッキに上り、そこから風呂場に入られるようになっていた。この導線が見事だったので一番に構想したのは風呂場だったろうと聴くと、そうだという。最初に「譲れない空間」を設計し、その後必要な部屋数だけを付ける家は豊かな感じがする。設計士は施主の大切にしたい時間の過ごし方を正確に聞き出す必要がある。
井上陽水の歌を聞いて、私は白川村の光景を思い描き、私の友人は葉山の海を連想した。そして、その憧れが高じて葉山に土地を買い、新築し、移り住んだ。新居は、暇なときは子供と海に出て浮かび、帰ってきて砂を落とす。そのことが生活の中心になる設計だった。遊ぶこと・癒されることを人生の第一に考えた住宅。家を建てるなら子供が小さい頃に限るとつくづく思った(私は早過ぎた)。
荘川の帰り。歩道の両脇に濃い緑。眩い日ざし。子供たちの背中を見ながら、自分の原風景を思い起こした。井上陽水の『少年時代』を髣髴とさせる光景だった。20世紀に失われたと思われていた光景も、まだ微かではあるがこの国には残っている。そのことに少し安堵した。人は行き過ぎてから丁度いい場所に帰るという。このような景色の大切さに気付く人が多ければ、今一度緑豊かな国に帰るだろう。
荘川でアマゴを釣る。次々と余りに簡単に食いつくので、子供に「川の中を水中眼鏡で覗いて、エサに食いつく瞬間を見たらどうだ?」と言うと、「そんなの『どうぶつ奇想天外』で何度も見た」という。TVの映像で観るのと生で見るのでは迫力も興奮も違うはずだが、現地・現物をおざなりにするのは教育上よくない。そう考えて、子供のために強制的に観察させた。特別興奮した様子はなかったが…
夏休みに、トヨタ白川郷自然学校のナイトハイクに参加した。ナイトハイクとは、夜の森の中を灯りを殆ど付けずに約2時間散策するツアー。決して一人では行かないだろう森の中でコノハズクの鳴き声を聞いたり、超音波探知機でコウモリが飛ぶ音を拾ったりした。真っ暗の中を歩くと、眠っていた自分の聴覚・視覚が研ぎ澄まされる。ムササビは見られなかったが、自分の中にも野生があることを感じた。
春に小川でモツゴとタナゴを取って、家の水槽で飼っていた。なかなかかわいいものだったが、ときどきタナゴがモツゴに食べられて死んだ。7月に近くの田んぼで泥鰌を取ってきて同じ水槽に入れた。それぞれ元気だったが、休みで家を空けている間に水槽のポンプが目詰まりし、モツゴが全滅した。今生き残っているのは泥鰌のみ。タナゴ<モツゴ<泥鰌という生命力の力関係が浮き彫りになった。
メーカーで取扱説明書の翻訳を担当している部門の課長と話した。「部下には翻訳家としての『誇り』を持ってほしい」という。設計が書いた言葉を単に翻訳するのではなく、意味がより正確に、鮮明に伝わるように、単語ひとつ選ぶのが彼らのプロとしての仕事だという。つまり自分の仕事が誰かの「役に立つ」という自覚を持つことが「誇り」なのだ。彼はこの想いを自分の課のクレドにすべく奮闘中だ。
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