某社では営業担当者と上司が毎月面談している。面談内容は今月の反省と、来月の予定だが、このとき比較する対象は過去の自分のデータ。以前に比べてどのくらい伸びたか。その伸びは何によってもたらされたのか。「やればできる」と自分を信じることに主体性の源がある。同時に頑張った先に「頑張れば××になれる」という目標と上司が提示する。展望が開けたとき、人は尚一層意欲的になる。
「どうしたらこの商品の売り上げがもっと伸びるのか?自分たちで考えてみよ」。某社では商品別の販売促進策を創出するため各課から担当者を選出したWGを設けている。通常の業務はマニュアルにのっとって売るのが仕事だが、このWGだけは自由に発想して良い。そこに商品Sの担当者として参加したAさんは自分の意見を多数提案。仲間で議論して決めた販促策を職場に持ち帰り、朝礼時には「商品Sの販売のため今日から××してください」と改善点を伝えた。「自分で決めたことをやるから楽しい」。自己完結を醍醐味を知ったSさんは「次はリーダーになりたい」と意欲を燃やしている。
F社長は毎月、竹内日祥上人の経営人間学講座に通っている。この講座は経営のノウハウよりずっと上位概念の人の道を学ぶところ。参加者の人の70%が経営者だ。「ここに参加することで社員と違ったものを学んでいるというモチベーションを保つことができる」という。経営者には人間学と戦略と実行力が必要だというが、人間学こそ決断のときに絶対必要なもの。それを学び続けることは経営者の証なのだ。
若手経営者が集まる会合。そこには創業社長と二世経営者がいる。そのような場に行くと、工務店の三代目のE社長はコンプレックスを感じていた。0から立ち上げた創業者から見れば、自分など敷かれたレールの上に載っただけではないか…という負い目だ。しかし、やがてそんな負い目を感じなくてよいと気づく。先代と違うことをやり、それが成功して先代に認められ、その上で跡を継ぐことは、創業とは違う凄い才能なのだ。
なかなか経営を譲ってもらえない二世。理由は「お前では結果が出せないだろう」と思われているから。だから、先代ができないことをやって認めてもらうしかない。工務店のE社長は先代が手がける赤字の事業一本に絞り、それを黒字化することで認めてもらおうとした。そして見事その試され(テスト)に合格。「じゃあ、後一年でお前に任せる」と言ってもらった。以後、先代は経営にノータッチだ。
二世経営者はあるとき突然逞しくなる。そのような人が集まる会に行くと、そうした変化を目の当たりにして驚くことがしばしばだ。彼らは、ある時点まで「大丈夫かな?」という不安だらけ、という表情をする。ところが、それが「ギリリ」と変わる。ふにゃふにゃした身体に一本筋が通ったような強さだ。その強さは「覚悟」から生まれる。これをやるしかない、という覚悟。自分が背負う覚悟。その瞬間から見える景色が違ってくる。
某メーカーの専務はあと2年で社長に就任する予定。この2年で設備と品質がわかるようになりたいという。現社長は設備・品質に強く、品質に問題があれば取引先の人は社長に相談をするし、同社が今成り立っているのは、思い切った設備投資をした結果なのだ。そこだけは社長に適わないので身につけたいという。専務は生産性が後20%は上げられるのではと考えている。その課題を解決しながら製造にも強い人になっていくのだろう。
D社の専務は、専務就任時に先代の番頭であった経理担当者から仕事を引き継いだ。経理の経験は全くなし。それなのに、いきなり書類と印鑑を渡されただけで、何の説明も引継ぎもなかったという。先代も番頭も「自分でやらないと覚えられない。教える必要はない」と考えたからだ。彼はその後2年経理を担当し、今は全体を統括する専務へと成長した。
某社の社長には先代が残した番頭がいた。その番頭は公私混同が目立ち、社長が専務だった頃はいつも当時の社長であったお母さんに愚痴をこぼしていた。しかし、社長に赴任するとそれを言わなくなった。そんな困った番頭を使いこなしてこそ経営者である…と腹を括ったのである。すると見方が変わって接し方が変わり、衝突そのものがなくなったのだ。
老舗のA社長に部下を褒めて使う秘訣を聞いた。それは「3S+1S」だという。「3S=すごい!、さすが!、すばらしい」。そして「+1S」は、部下が「どうせ私なんか」とか「私、別にできなくてもいいのです」とか思わぬネガティブワードを言われ、どうにも褒めようがないときに使うという。それは、「そう来るか!」。それを聞いて思わず噴出してしまったが、一度使ってみようと思う。