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もずりんの日記
もずりん
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2003年06月09日(月)

土曜日は主人が休みだったんで、お買い物等々にお出かけ。
今ではもうすっかり飽きてしまった熱帯魚の水槽セットなどを
お片づけしてもらいました。(もう3年ほど前から熱帯魚もいなかった)
で、玄関前がすきっとしたらやっぱり犬がほしくなった。
でも、我が家の今の家計には犬を飼育するほどの金なんてありません。
でも、ほしいなぁ。
夜、娘が部活から帰ってきたら、なんだかおちこみ。
先生との話し合いがあったみたいで、めちゃ凹んでました。
気になったんで、今夜から娘を置いて出かける予定を私も家にいることに
しようかと思ったら、「お母さんいると余計に口うるさくて落ち込むから、
一人のほうがいい」って言われて追い出されました(といっても、我が家は
私の両親と同居なんで、おばあちゃんはいてるんだけど)
ということで、夜の9時過ぎから日本海に向けて出かけました。
長男と一緒ということで、私は後ろの座席で即睡眠体制になる予定で、
お薬を飲んで車に。当然道中全く知りませんが、気が付いたら、
迷子の子猫ちゃんになってたみたいで、先についてる友達に連絡。
やっぱりナビは私でないといけないのか??
現地到着後、またまたおねむにはいりました。

で、朝方、今度は主人の携帯に早朝着予定の友達から迷子って連絡。
気が付けば5時前。ってことで主人は釣りに。
今回日本海には釣りにきたんです。が、実は私には別の目的が
ありました。けいちゃんが溺水事故にあったのは、同じ日本海。
今回の場所よりはもう少し京都よりだったんですが、
実は、けいちゃんが生まれてからどうも水辺に行くと、なんだか
すごく不安と恐怖心があったんです。小さい子供がいると当然なのかも
わからないけど、今から思えば暗示だったような気がして気になったんで、
それを自分の中で確かめたくて、あえて日本海の釣りに同行しました。
その結果は、やっぱりピンポンでした。今回小さな子供がいなかったのと、
海水浴シーズンでなかったために、フラッシュバックもなく、ある意味、
すごく落ち着いた気分になれました。一応精神安定剤も持ってたし、
万が一動揺するような事があればって事で、友達には対策法を話し合って
いたんですが、全然大丈夫で快適に釣りをやってました。
帰りは主人が途中で疲れたって事で、おにいちゃんが少し運転をしてました。今回長男を連れて行ったのも、実はこれが目的。前夜から出かけて
早朝から釣りだったんで、睡眠があんまりとれないだろうし、ましてや
素もぐりの予定があったんで、疲労を考えて、峠以外は長男が運転することも可能って事で、運転サブで連れて行きました。これもやっぱり正解。
途中ほんのわずかでも後ろで横になるだけでも、ちがったみたいです。
ただ、やはり長男の運転では峠は心配で20分ほどの運転で交代でした。

予定より早く帰れたんで、今度は娘とお買い物。その間、主人は車の中で、
お留守番。買い物しながら娘と話したんですが、土曜日程の凹みはないものの、コンクールに向けての部活内容などで焦りがあるみたいです。
1年生なんでコンクールにでられるかどうかも数日後にはオーデションが
あり、なにかと不安定みたいです。

さて、今日の日記はとっても長いんですが、本日は、さすがの私も
疲れたのか、朝からごろごろしてます。とにかく眠くてうたた寝状態
なんですが、なにもするきが起こらずにごろごろと時間を過ごしていました。22日には大阪の友達一家と遊ぶ予定なんで、場所を探したり
しながらのんびりとネットしながらって感じでした。



2003年06月06日(金)

今日、また私のHPをみて直メールをもらいました。
その方は、1歳になったばかりのお子さんが脳死状態で
今、自分が子供さんにやってられることが本当にいいのかどうかで
悩んでられるみたいです。私個人的な意見としては、
どんな形でも生きててほしいって願うし、がんばってほしいって
思います。けいちゃんも事故当初からどれぐらいもつか?って
言われながら1年8ヶ月がんばってくれたし、看病してこれた。
それを後悔はしていないし、よかったって思ってます。
確かに、本人にすれば、苦しいことかもわからないし、
長い闘病中には親もいろんな意味で大変です。
体調も崩すときもあれば、精神的にも不安な毎日があります。
実際、私もそうでした。でも、生きてるっていうことって素晴らしい
ことなんですよね。私自身、多分事故当時、あの奇跡が起こらなかったら、
私の精神的ショックはもっとすごかったと思います。
でも、看病できたおかげで、いろんなことを教えてもらいました。
もちろん、不安や恐怖におびえる事も多々ありました。
もう頑張らなくてもいいよってけいちゃんに言いたくなるときも
ありました。でも、主治医の先生は「けいちゃんが答えをだすよ」って
言ってもらいました。何度も何度も大きな壁を乗り越えながら
それでも、生きててほしいって願ってました。
今、けいちゃんがいない事がどれだけ苦しみであり、悲しみなのかって
わかるから、わずかな望みでも頑張って看病してほしいって
返事を出しました。脳死でも、生きることへの治療の選択が
正しいのかどうかわかりませんが、私は後悔していません。
そして、多分これからも今回みたいなメールがきたとしても、
私は最後まであきらめず頑張ってほしいって返答すると思います。
闘病中の苦しみより、いなくなった時の悲しみのほうが、大きいから。
どんな状態でも生きててくれればって思います。
だって、今では抱っこしてあげることも、触ってあげることも
できないんですよ。例え親がいることすらわからなかったとしても、
声を聞くことが出来なくても、生きてるって事だけで嬉しいです。
今は、いくら抱っこしたくても、触りたくてもぬくもりを感じることが
できないんです。

ふと、1年前を思い起こしたら、今頃が一番けいちゃんが落ち着いてた頃。
事故以来初めてシャワーしてもらったんですよ。
在宅に向けて、私もいろんな事を勉強しようとしてたときです。
まさか、あれから1年後には、天使になってるなんて・・・・・
でも、けいちゃんも精一杯頑張ったんだよね。何度も奇跡を起こしながら
頑張ったんだよね。すごくえらいねっていってあげるよ。
でもね、やっぱり辛いよ。天使になって明日は3回目の月命日。
けいちゃんの頑張りに負けないようにって思うけど、
まだまだダメです。

でも、こうして私の毎日の日記がいろんな人にいろんな形で影響してる
ってことがとってもうれしいです。いろんな形で頑張ってる命、
最後まで絶対にあきらめないで頑張ってほしいです。頑張ってる命に
最後まで応援してあげてほしいです。