今日もビーズしなかった。 午前中はNTTのフレッツスクウェアの設定してみたりしてて、昼からはゴロゴロ。午前中にお昼寝しなかったから、昼から眠くてお昼寝。 午前中ひとりだったんで、PCと格闘しながらなんとか涙流さずに終わったの。昼からは長男も学校から帰ってきたから、平気だった。 頭の中ではわかってるんだ。1年8ヶ月頑張ってくれたのは、けいちゃんが泣き虫の私に猶予の時間をくれたんだって。本当はもっと早くに楽にしてあげるべきだったのかもわからなかったけど、生きてほしくて、それに応えてくれたんだって。私に命の重みや時間の大切さを教えるためにくれた猶予の時間だったんだから、今はけいちゃんがなにもつけずに走り回ってるって思って、だから悲しむことないんだって。むしろ1年8ヶ月の時間の方が苦しかったんだって思うんだけど、でもね、やっぱり生きてほしかった。 それが私の身勝手だとしても。頭の中では少しだけど、前に進もうって思うんだけど、気持ちがついてこないんだよね。
今日はでも、嬉しいことが一つ。時期的に喪中の葉書を出す時期なんだけど、出すのがいやで、近況報告みたいな手紙を出したりしてるところが多いんだけど、ここんところ、年賀状だけになってた小学校の恩師に近況報告ってかたちでけいちゃんの事報告したんだけど、私にとっては今でも恩師。その先生って小学校卒業の学年の時の担任だったから、当然当時同級生の主人も恩師。特に体弱かった私には先生になにかとお世話になったんです。その先生、私達卒業と同時に養護学校の先生になられて普通学校の先生としては最後の教え子だったんで、20代の時は、よくクラス会とか私達中心で開催してたんだけど、30になってから集まらなくなって、すっかり年賀状だけのつきあいになってたんです。とくにここ2,3年、年賀状も誤送だったのか、連絡できなくて私の中ではもうお年でって心配してたんだけど、友達が今でも年賀状くるよって事で近況報告がてらに手紙出したんです。そしたら手紙読んでびっくりしてって電話頂きました。元気な声が受話器の向こうから聞こえたんです。嬉しかった。もう82歳の高齢なんですけど、元気みたいです。私の体を気使ってくれた先生の言葉が嬉しかった。まさか声が聞けるとは思ってなかったから、うれし涙を流してしまいました。多分直接お会いしたら今の辛さと一緒になって泣き崩れてしまうくらい嬉しかった。 タイムスリップしたみたいに子供に戻って素直に涙流せそうでした。 私にとってもいつまでも先生なんですよね。会いたくなりました。 春にも3,4年の時の先生とも電話で話したことも嬉しかったんです。 私は先生には恵まれてたんですよね。
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